最終話「太正燃ゆ」(その4)

「ツクヨミ。追いつめたぞ!」

 その言葉に、意外にもツクヨミ自身が肯いた。

「確かにそうだ。やはり、今の我らが陣容では諸君らを足留めすることすら適いませぬな」
「さあ、あきらめるんだ!」
「そうはいきません。私にはもうあと少しだけ時間が必要なのです」

 ツクヨミは鎮座したまま手を振った。
 すると、それを合図に金色の防具を身に纏った扶桑兵が現れる。

「神衛兵よ。我に時間を与えたまえ!」
「御意」

 神衛兵は、花組への攻撃を開始する。

「みんな、油断するな!」
「了解!!」

 花組も守勢に回ることなく、真っ向から切り込んでいく。

「でぇい!」

 ツクヨミが整備している軍隊は、中世の軍制を踏襲している。
 神衛兵、すなわち近衛兵は、最強の部隊ということになるだろう。実際、彼らは、機動力・士気・戦闘力のいずれも通常の扶桑兵より高かった。
 それでも、神武改の方が地力は遥かに上である。神衛兵は次々と撃破されていく。

「ツクヨミ! 貴様、兵を盾として使おうというのか!? それでも指導者か!!」

 しかし、ツクヨミは、静かに言う。

「大神一郎。一介の軍人たる貴方には、我が苦悩などわかりますまい。座して滅亡を待つか、多数の犠牲の上に民を救うかの、二者択一を迫られた為政者の苦悩が!」

 それは哀しみ、怒り、あるいは諦めといった感情を押し殺しているようである。

「だからといって、俺達は黙って帝都の、日本の人々を犠牲にさせるわけにはいかない!」
「そう。許容しろとは言わぬ。だから、私も貴様らを倒さねばならぬのだ!」

 ツクヨミが指示する度、まるで汲めども尽きぬ水のように神衛兵は沸いてくる。

「くそ、きりがないぞ!」

 このままでは、うまうまと時間を稼がれてしまう。

「中尉!」

 すみれの声が無線に飛び込んできた。

「八方の柱に気づきまして?」

 それは、ツクヨミを取り囲むようにして正八角形に建てられている。外見的には切り倒した巨木をそのまま垂直に据え付けただけにしか見えない。

「あの柱同士の間に、ものすごい霊気がいきかっていますわ!」
「ということは、あの柱が富士の霊力を集中させて、ツクヨミを回復させているということか」

 幸いツクヨミ本体に接近するのは無理でも、柱までならば辿り着けそうだ。

「よし、みんな! あの柱を破壊するぞ!」
「了解!」

 こうなると、あまり集団で密集するよりも、小単位に別れて、それを互いに有機的に関連付けて機動させる戦術が有効だ。
 大神はすみれとアイリス、カンナと紅蘭、さくらとマリアというようにそれぞれが組んだ。この編成分けも、事前に策定されていた通りで、白兵戦型機体と後方支援型機体とを組み合わせている。

「すみれくん、右へ! アイリスは援護!」
「わかりましたわ」
「まかせて、お兄ちゃん!」

 大神を指揮官とする単位は唯一の三機編成ということもあり、攻撃の枢軸として敵戦線中央で暴れる。

「ほいな! カンナはん。とどめやで!」
「まかせとけぃ!」

 カンナ・紅蘭組は、紅蘭がうまくカンナを引っ張っていっている。
 攻撃力、防御力そして機動力のいずれにおいても優れた単位であるため、盛んに戦線を駆け巡り、突破を試みて行く。

「さくら、そこよ!」
「わかりました!」

 さくら・マリア組は、もちろん、マリアが指揮官だ。こちらは、均衡がとれた単位であり、狙った部分を確実に撃破していく。
 そして、この三単位がお互いを常に視野に入れ連携する。

「まず、一本目だ!」

 柱を攻撃圏内に捕らえた大神は白刃をふるった。
 強大な霊力を制御していたとはいえ、それ自信はただの柱にすぎないから、ただの一撃で簡単に倒された。

「うわっ!」

 その直後、大神は、思わず二三歩後ずさりした。解放された霊力が瞬間的に拡散していったため、まるで突風のように機体を揺らしたのだ。

(これだけの霊力を集中させて、何日も篭っているとは……)

 改めてツクヨミの力を実感する。
 だからこそ、早くツクヨミに到達しなくてはならない。

「二本目はうちがもらったで!」

 紅蘭機・雷武の八八粍砲は柱を、それを守ろうとしていた神衛兵もろとも吹き飛ばした。
 そして、その噴煙の中から飛び出してきたのは、カンナ機・剛武である。カンナは被害をうけないギリギリの間合いで、機体を着弾地点に突入させると、その爆煙を目くらましに使ったのだ。

「おらおらおらぁ!」

 一直線に柱に突っ込んでいく剛武を誰も止められない。

「チェストォ!」

 そして、三本目の柱が倒れた。
 こうなると、勢いは帝撃側のものになる。

「さあ、私の出番ですわよ!」

 すみれ機・麗武が突出した。

「神崎風塵流・朱雀の舞!」

 広範囲の攻撃範囲を誇るすみれの必殺技は、一気に三本の柱を倒す。

「その調子だ、すみれくん」
「あら、これくらい当然ですわよ」
「やれやれ、じゃあ、負けてはられないな」

 大神は、真武の重心をおとすと高機動装置を起動した。
 無限軌道が唸りをあげる。すみれの必殺技で掃討された地域を高速で駆け抜けていく。

「お兄ちゃん! 危ない!」

 その高速には神衛兵とて追いつけない。しかし、弾丸となれば話は別だ。高速がゆえに直線的機動となっている真武に、銃をもった神衛兵が照準を定めている。

「ちぃ!」

 アイリスの声でそれに気づいた大神は、左の無限軌道のみを後進に入れた。いわゆる超信地旋回だ。
 これで真武の向きを一八〇度転回させた大神は、そのまま両無間軌道を後進全速に入れる。つまるところ、機体の向きけ変えたのだ。
 ただし、進路までは変えていないから、神衛兵の照準は外せていない。神衛兵は、満を持して発砲した。

「お兄ちゃーん!」

 思わずアイリスが悲鳴をあげたが、大神には予想済の行動だ。

「見切った!」

 大神は全ての弾丸を、神武改の左肩に取付けられた盾で受けきった。
 機体の姿勢を変更したのは、このためだったのである。
 もちろん、大神もこの手が二度は通用するとは思っていない。
 だが、一度防げば十分であることもわかっていた。

「そこまでよ!」
「それ以上、隊長に手出しする事は許すわけにはいかない!」

 援護に回っていたさくら・マリア組が、既に射撃を行っていた神衛兵を捉えている。
 一撃で倒すというわけにはいかないが、近接戦闘状態に入ってしまえば、それをおいて真武に照準をあわすような悠長なことはできない。

「これで七本目だ!」

 二刀が左右に払われ、柱は輪切になって崩れ落ちた。
 残るは一本。
 こうなると、守る対象がはっきりとするために、神衛兵も防衛態勢をとりやすくなる。
 それに対応し、花組も一点突破をはかりやすい密集陣形に戦術を変更した。
 いつものように、剛武、翔武、真武が先頭にたち突撃する。

「ちぃ。こいつら、粘りやがるぜ!」

 再び数の暴力が花組に重くのしかかる。このままでは、今まで手早く破壊してきた意味がなくなってしまう。

「さくらくん!」
「はい!」

 大神は真武を翔武に隣接させた。

「瞳に映る輝く星は!」
「みんなの明日を導く光!」
「今、その光を大いなる力に変えて!」
「破邪剣制・桜花乱舞!!」

 ここまで一度も使わずにいた合体攻撃だ。
 目の前の戦いに気を取られており、すっかり警戒を怠っていた神衛兵はまともに直撃をうけることとなった。

「隊長、さくら! よけて!」

 マリアの声に、真武と翔武は、すばやく左右に分かれた。

「もらったわ!」

 半身に構えた烈武は、その長砲身の回転式機銃を左手で支えながら発砲する。
 十分に狙いをつけられた弾丸は、まがうことなく柱に着弾。瞬く間に蜂の巣に仕立て上げていく。

「終わりね」

 宣言するかのような言葉とともに、柱は崩れ落ちた。
 最後まで残っていた僅かな霊気も解放され、ツクヨミを囲っていたものはなくなったのである。

「今少しだったものを……」

 ツクヨミは忌々しげにそう言うと、ゆっくりと立ち上がった。

「やはり、神衛兵をもってしても時間稼ぎすらかなわぬか」

 口調は静かだが、既に自らの手によって花組と戦うよりないと決意している。
 むしろ、それだけ冷静であることが恐ろしい。

「神衛兵よ。下がっておれ!」

 有象無象のように出現していた兵が、その一言で退いて行く。

「覚悟を決めたか、ツクヨミ!」
「勇ましいですね、大神隊長。ですが、兵を退かせしは、我が攻撃に巻き込まれぬため。これからが、本当の戦いとなる!」

 だが、ツクヨミは、何やら唱えるばかりで、自ら攻撃してこようという気配が感じられない。

「中尉。ツクヨミは術を行おうとしているに間違いありませんわ」

 すみれの見方はおそらく正しい。
 何をするのかはわからないが、待てば術は完成し、不利なることは間違いない。

「みんな、いくぞ!」
「了解!」

 全員がいきなり、必殺技を放って行く。

「神崎風塵流・朱雀の舞」
「うちの力を見いや。いったれ! 四天王ロボ!」
「いくぜ! 桐島流空手奥義・一拳励魂」
「イリス・シュペール・エトワール」
「クワッサリー・レボスカヤ」
「破邪剣征・千花乱撃」
「くらえ! 狼虎滅却・天衣無縫」

 術を仕掛けている間は、防御もできないと読んでの一斉攻撃だ。
 そして、それは的中した。
 すべての攻撃を、ツクヨミはまともにくらったのだ。

「一気に畳掛けるぞ!」
「おーっ!」

 大神が真武の両腕を真上に突き出した。
 その間に純白の霊力塊が発生する。

「檄!」

 マリアの銀の霊力が、

「帝!」

 カンナの紅の霊力が、

「國!」

 すみれの紫の霊力が、

「華!」

 紅蘭の緑の霊力が、

「撃!」

 アイリスの黄の霊力が、

「團!」

 そして、さくらの桜色の霊力が、大神に向けて放出され、一つになる。

「真・正義降臨!!」

 皆の霊力を乗せて、真武の刃がツクヨミをめがげて振り下ろされる。
 しかし、時を同じくしてツクヨミの術は完成した。

「破!」

 ツクヨミを中心に円弧となって効果範囲が広がっていく。そして、それはすぐに真武と衝突した。

「なっ!?」

 真武はそれ以上、進むことができなくなった。
 霊圧におされているというよりも、真武自らが退こうとしているかのようだ。

「うぉぉぉぉぉ!」

 大神は更に力を込めるが、逆にじりじりとツクヨミから離れていってしまう。

「無駄な努力ですな」

 遂に真武は大きく後方へと弾き飛ばされてしまった。

「大神さん、大丈夫ですか!」
「お兄ちゃん、しっかり!」

 翔武と陽武が真武を助け起こした。

「大丈夫だ」

 実際、物理的な損害はたいしたことがない。
 しかし、花組の切札ともいえる攻撃が、ツクヨミの体に触れることすらできなかったという精神的な衝撃は大きかった。

「ならば! これでどう!」

 白兵戦で近寄れぬならばと、マリアが射撃戦を挑む。
 だが、撃ち出された一三粍の霊子水晶弾も、ツクヨミに届くことなく弾かれた。

「どいういうこと?」

 威力が足りなかったのかと、紅蘭が八八粍徹甲霊子水晶弾を放つが、これも通らない。

「無駄ですな」

 ツクヨミは笑みすら浮かべて言う。

「この術は霊子水晶への結界のようなものだ。貴様らの兵器では近寄ることすらかなわないですな」

 霊子水晶は、霊子兵器には必ず搭載されている代物だ。
 神武改も、その使用銃器の弾丸も例外ではない。

「そうか。霊子水晶が発する力と正反対の力、いわば虚数の力を発生させているんやな」
「ご名答です。さすがは李紅蘭くん」

 ツクヨミは感心してみせるが、紅蘭以外の花組には何のことやらわからない。大神は説明を求めた。

「どういうことなんだ、紅蘭」
「要は、霊子水晶から発する力が大きければ大きいほど、反発する力が強く働いて、近寄れんちゅーことや」
「なんだって?」

 大神を含めた花組一同は愕然とした。

「じゃあ、霊子甲冑を用いている限り、やつに近づくことはできないっていうことか!?」
「………」

 紅蘭の無言は能弁にその事実を肯定している。

「そういうことですよ、大神隊長。今からでも降伏してはどうですかね? 私とて神たる身。無益な殺生を好むものではありませぬよ」

 そして、神衛兵が再び登場した。
 花組を取り囲むように布陣した兵は、じりじりと間合いをつめてくる。
 背後はツクヨミの結界。逃げ道はない。

「隊長! このままでは……」

 マリアは、その先に続く言葉を辛うじて飲み込んだ。
 だが、大神すら、それが――全滅という言葉が、脳裏によぎっている。

(どうすればいいんだ!)

 帝撃本部との通信は、地下とあって途絶したまま。
 帝國陸海軍はいうに及ばず、帝撃各組も既に全力を投入済だ。
 かといって、降伏するつもりはない。
 花組は、自らの力のみで、この局面を打破しなくてはならないのだ。

(待てよ!)

 自らの力のみで。
 それが大神の頭にひっかかった。

(自らの力のみ……何の力も借りない……)

 大神が導いた結論は、あまりに危険が大きい。
 だが、それしかないだろう。

「紅蘭。ツクヨミの結界は霊力そのものに対する結界じゃないんだな?」
「そうや。大体、ツクヨミ自身も霊力をもってるんやから、そんな結界はったら、自縛やで」
「よし、わかった」

 大神は真武に膝を折らせると、操縦席を開いた。

「大神はん! 何をする気でっか!」
「紅蘭。霊子甲冑を使わなければ、接近することは可能なんだろう?」
「まさか、生身でツクヨミと!」
「ああ。やつに一太刀でも浴びせるには、これしかない」

 悲痛な大神の決意だ。
 だが、これを止めることは誰にもできない。
 なぜなら、他の方法が存在しなかったからだ。

「大神はん。なら、うちもいくで!」

 紅蘭も機体を降りようとする。
 しかし、大神はそれを制した。

「みんなはここに残って、神衛兵を撃退してくれ! マリア、指揮を!」
「……わかりました」

 マリアが残りの全員をまとめあげようとする。
 だが、それに従わないものが一人だけいた。

「大神さん! 私も行きます!」

 さくらだ。

「駄目だ。戻るんだ!」

 大神の制止を無視して、さくらは翔武から降りた。

「大神さん……私はいつも大神さんとともにありたいんです。大神さんが死地に赴くのであれば、私も行きます」

 毅然とそう言い放ち、そして、頬を染めながらも付け加える。

「私、もう一人では生きていけそうにないから……」
「……」

 大神はふいとさくらに背を向けた。

「大神さん……!?」

 不安げなさくらに、大神はそのままの姿勢で口を開く。

「いくぞ、さくらくん!」
「大神さん!」

 さくらの表情が喜色に満ち溢れる。

「ぼんやりするな!」
「はい!」

 二人は、そのままツクヨミをめがげて結界の中へと突入していく。

「あーあ、さくらいっちまったぜ」

 一部始終を眺めていたカンナが妬みとも諦めともつかぬ口調で言う。

「いいのかい、すみれ?」
「何がですの?」

 突然、話し掛けられたすみれが訝しげにこたえる。

「隊長とさくらを二人きりでいかせてだよ。いつもなら、『私を差し置いて許しませんわ!』なんて言うとこだろ?」

 いつもの憎まれ口だったが、すみれの反応は意外なものだった。

「仕方ありませんわよ。中尉とさくらさんの間には誰も入り込めませんわ」

 これにはカンナも驚く。

「だって、おめぇ、いつも隊長のことを……」
「ええ。私は中尉を誰よりも愛している自信がありましたとも。いや、今でもありますわ。でも、中尉が見ていたのは、いつもさくらさんだった」
「すみれ……」
「わかっていたことですわ。どうも私は他人のものは奪いたくなる性分ですから」

 それでも最後は強がって見せる。
 だから、カンナも努めて明るく振る舞うことにした。
 
「ま、しょうがねぇ。すみれだけの問題じゃねぇからな」
「そうやで」

 紅蘭も話に割り込んでくる。

「いわば、ここに残ったんは、みんな、大神はんにふられてもーた同志ってことや」
「えー、アイリス、そんなのいやだぁ〜」

 まるで劇場での雑談だ。
 こんな時、引き締めるのは、やっぱりマリアしかいない。

「いいかげんになさい! 敵は目の前なのよ!」

 仕方がない、といったように他の隊員達は陣形を整え直す。

「まっ。いずれにしたって、ここは一歩も通すわけにはいかねーな」
「もちろんですわ」
「アイリスだって、頑張るもん!」
「うちの底力見せたろーかい」

 五機の神武改は、それぞれの戦闘態勢を整えた。

「みんな、帝國華撃團・花組の名にかけて、ここは一歩も通させないわよ!」
「おーっ!」



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