最終話「太正燃ゆ」(その5)

「いい度胸ですよ、大神隊長。それにさくらくん」

 ツクヨミは結界の中心にいる。

「そして、いい判断だ。これ以外の方法では私に触れることすらできぬだろうからね。だが、それがいい結果をもたらすというところまではいきませんな」
「……勝負は最後までわからないぞ!」

 大神は携えていてた剣を抜いた。
 神刀滅却。
 米田の遺品として託された刀だ。
 そして、傍らのさくらも剣を抜く。
 こちらは霊剣荒鷹。
 破邪の血脈たる真宮寺家に伝わってきた刀である。

「さくらくん、いくぞ!」
「はい!」

 大神とさくらが走る。

「座して攻撃を待ちはせじ!」

 ツクヨミが腕をふるう。
 霊力そのものが、直接、打撃力として放出されていく。

「ちぃ」

 大神が転がるようにしてよける。
 霊子甲冑に乗っているわけではないから、かすりでもすれば重傷を負ってしまう。

「さすがに敏捷性は高いようですな。ですが、そんな有様では近づくことすらできませぬよ!」

 今度はさくら目がげて霊気が放たれた。
 こちらも転がってよけざるをえない。
 彼らに残された防御力はただ一つ、敏捷性だけなのだ。
 それでも、次第に間合いをつめていくのは、厳しい鍛錬が生み出した技量あってこそだろう。

「ぬぅ、やりますな!」
「ほざけ! その余裕も今のうちだけだ!」

 ついに大神が刀が届くとこるまで接近した。

「でぇい!」

 攻撃をかいくぐりながら、刀をふるう。
 だが、手応えが悪い。

「くそ……!」

 日本刀と西洋刀の最も大きな違いは、片手持ちか両手持ちかという点である。
 西洋では、よく知られている通り、片手に盾をもち、もう片手に剣をもつというのが、古代からの伝統的な形だ。銃器の発展により盾が廃れても片手持ちには変化はなかった。これは、現在でも西洋剣術(フェンシング)を見れば、よく理解できるところだろう。
 一方、日本では、刀は両手持ちとして発達してきた。
 盾は、今日の用語でいうところの方盾であり、弓矢を防ぐのが主目的である。片手でもつようなものにはならなかったのだ。
 必然的に、刀は大重量となり、片手では振り回すのが不可能となった(いわゆるチャンバラ劇で片手で刀を扱うのは模造刀だからできることだ)。
 竹刀を使いながらも、両手持ちで構える剣道は、日本刀を基本としたものであることがよくわかる。
 両手持ちも片手持ちも一長一短であり、どちらが優れているとは一概にはいえないが、両手で構えねばならない日本刀は、身体の自由度においては劣るといえるだろう。
 それが今は災いしている。
 ツクヨミの攻撃を避けるために曲芸に近い行動を余儀なくされている大神やさくらは、十分な態勢をつくれないのだ。
 それでも、切り付けられただけましというべきだろう。大神が二刀流を修めており、片手での刀の扱いに長け、そのための身体的能力も備えていてこそなのだから。

「さすがに刀が重いか!」

 二刀流で使用する大刀は、通常の大刀より小さい。使い慣れていない分、扱いにくい。
 大神は一旦、距離を置き、さくらと合流した。

「大丈夫ですか、大神さん!」
「ああ。まだまだ、これからだ!」

 しかし、二人とも息が荒い。
 体力的な疲労に加え、一度たりともツクヨミの攻撃をうけるわけにはいかないという緊張が、精神的な疲労となっているのだ。

「あきらめたまえ、大神隊長!」

 ツクヨミはしきりに降伏を勧める。
 といっても、余裕のあらわれではない。むしろ、それだけ大神達の実力を恐れているのだ。
 どんなに有利と見える戦いでも、長引けば長引くほど不確定要素は増える。まして、大神達は追いつめられれば追いつめられるほど力を発揮するのだから。

「笑止! 貴様の弱点は見抜いたぞ!」

 実際、大神は、ツクヨミが立っている位置を全く変えていないことに気づいてた。
 おそらく、術を発揮しつづけていることによる制約だろう。

「さくらくん!」
「はい!」

 目を合わせて声をかければ、それだけで十分だった。

「破邪剣征・千花乱撃!!」

 生身であっても、技は変わらない。
 霊力が地面を舐めるようにしてツクヨミへ伸びる。

「むぅ!」

 やはりツクヨミは動けない。
 しかし、彼も右の掌を開くと霊力を発揮し、さくらの技を相殺する。
 もっとも、これは計算のうちだ。その霊力の乱気流の中から、大神が飛び出したのだ。

「くらえ、ツクヨミ!」

 霊気がぶつかり合うのを隠れ蓑にして、一気に接近したのである。態勢も、十分だ。

「だが、甘いですよ!」

 ツクヨミはそれを読んでいた。
 すかさず左掌をかざすと、そこから霊力を放出し、大神を迎撃する。

「甘いのはそっちだ!」
「なんですと?」
「狼虎滅却・一刀両断!」

 大神は、ツクヨミの霊力を神刀滅却で切り裂いた。
 もちろん、それで大神の攻撃態勢は崩れてしまう。だから、大神の背後にはさくらが控えていたのである。

「えい!!」

 大神に変わって前面へと躍り出たさくらは、霊剣荒鷹を振り下ろした。

「うぉぉぉぉ!」

 ツクヨミがうめきをあげた。
 大神達にしても一気呵成に追撃を、といきたいところである。
 だが、それはできなかった。
 今の一太刀のために霊力を消耗してしまい、時間を置く必要があったのだ。

「はぁはぁはぁ……」
「くぉぉ……」

 互いに態勢を立て直すために、奇妙な静寂が訪れた。

「ははははは!」

 それを破ったのはツクヨミの笑い声である。

「楽しい、楽しいぞ、大神一郎! 真宮寺さくら!」

 今までの調子とはまるで違う。

「君たちに、我のことがわかるか? 生まれ落ちた時から、神であるものの
宿命が!」

 事態が飲み込めない大神とさくらは、警戒しながら様子を見る。

「我は常に頂上にいた。頼ってくるものはあっても、頼るものはいなかった。万能ならざる神は、民のために全てを捧げてきたのだ!」

 上にたつものの孤独と苦悩。
 神として、三貴士の一柱として数千年に及びそれに耐えてきた。そして(この戦いに勝利すれば、の前提つきだが)、未来永劫にそれに耐えていかねばならない。
 なんと恐るべきことか。
 人間ならば発狂するか、腐敗するか、どちらかだろう。

「だが、我は今より、自分のために戦おう! 大神一郎と真宮寺さくらという二人の好敵手のために!」

 高天原でも、常世でも、黄泉でもない場所にいたツクヨミ。
 目上はおろか、対等のものすらいない中で過ごしてきた彼に、はじめてあらわれた対等なる存在が、ここにいる。
 それが、たまたま敵であっただけの話だ。ツクヨミの“喜び”には如何ほどの変化もない。

「な……」

 大神といえどもそんな心情は理解もできずに絶句する。
 もっとも、それよりも深刻な問題がおきていた。

「まだ、霊力が増大するのか!?」

 生身なだけに霊力の変化が直に肌に感じられる。

「大神さん……どうしたらいいんですか?」

 大神にも答えがあるわけではない。
 だが、進むより他に道は残されていない。

「いくぞ、さくらくん!」
「わかりました!」

 さくらと大神は、剣を構え、じりじりと間合いを詰めて行く。
 ツクヨミも慎重に機会をうかがう。

「破邪剣征……」

 射程の長い必殺技をもつさくらが、その態勢に入る。
 しかし、すぐにツクヨミが反応を示し、さくらは技を中止した。
 だが、その間に大神が間合いを詰める。
 もちろん、ツクヨミはすぐさま大神への対応を示すから、そうは近づけない。
 それでも、こうして連携することで、大神とさくらは徐々に優位な位置を占めつつある。
「破邪剣征……」

 何度目かの攻撃態勢にさくらが入った。
 またもツクヨミが反撃の態勢をとる。だが、それにもかかわらず、さくらは技を止めようとしない。

「……千花乱撃!!」

 技が放たれた。
 すぐさま、ツクヨミも対抗して霊気をぶつけてくる。
 それにより、さくらの放った霊力は四散した。が、すかさず反対側から攻撃が加わる。

「狼虎滅却・一刀両断!!」
「なんの!」

 ツクヨミはこれにも霊気をぶつける。
 大神の刀は、これを切り裂いたが、まだ、ツクヨミに攻撃するに至らない。

「どうした、この程度か!?」
「まだですよ!」

 答えたのはさくらだ。
 必殺技を破られた後も、接近していたさくらが、直接、霊剣荒鷹で切りかかったのである。

「くっ!」

 ツクヨミも霊力を発せず、腕でさくらを払おうとする。
 だが、さくらはそれを巧みに割けると、刀を振り下ろした。

「ぬぉぉ!」

 ツクヨミが苦痛にうめく。
 この注意力の散漫になった時を大神も見逃さない。

「くらぇ!」

 神刀滅却がツクヨミを切り裂いた。

「うぉぉぉ!!」

 ツクヨミは一層のうめきをあげ、うずくまらんばかりだ。

「どうだ!」

 さすがに霊剣、神剣と称されるだけはある。
 単に霊的攻撃力だけをとってみるならば、シルシウス鋼製の神武改の大刀よりも上回っているかもしれない。

「観念なさい、ツクヨミ!」

 だが、そんな大神とさくらの言葉に、ツクヨミは不敵に笑みを浮かべた。

「確かに傷は深いがな。だが、大神。君は思い違いをしている」
「なに!?」
「我が動かずにいる訳を一つだけだと思っていることだよ!」

 ツクヨミは、その両腕を自信の丹田の前で合わせた。

「ほぉぉぉ」

 独特の息吹とともに、掌の間に霊力が集中していく。
 ツクヨミは、この力を貯めるためにも動かずにいたのだ。

「神光如月雷!」

 球状の霊力が三日月のように痩せたかと見えた次の瞬間、雷のように霊力が放出されていく。
 その目標はさくらだ。

「きゃぁぁ!」

 よけきれない。
 さくらが思わず悲鳴をあげる。
 だが、それを黙って見ている大神ではなかった。

「さくらくんは、俺が守る!」

 大神はさくらとツクヨミの間に割って入る。

「狼虎滅却・一刀両断!」

 ツクヨミの霊力と大神の霊力がぶつかりあう。
 しかし、ツクヨミの霊力は今までになく強力であり、大神の霊力は、先程も必殺技を使用したばかりで、十分ではない。その結果は明らかであろう。
 さくらの目の前で、大神の身体は宙を舞うことになったのだ。

「大神さん!」

 大神は、さくらの頭上を越え、大きく後方へと吹き飛ばされた。
 さくらは、目の前に敵がいるのも忘れ、大神に駆け寄る。

「大神さん! 大神さん!」

 必死に名前を呼ぶ。

「あ…う……」

 幸いにして大神の意識はあるようだ。

「さくら…くん…大丈夫…か?」
「私は平気です。それよりも大神さんが!」

 “絹のように滑らかに、シルシウス鋼よりも丈夫に”と紅蘭が豪語していた戦闘服が、まるでボロ雑巾のように裂けている。そして、あちこちから出血していた。

「俺はいい……さくらくん、逃げるんだ!」
「ええ!?」
「機会は今しかないんだ。ヤツを見ろ……」

 そういえば、ツクヨミが攻撃してこない。
 さくらが、慌てて振りかえると、ツクヨミの胸のあたりに刀が――神刀滅却が刺さっているではないか。
 大神は、空中に投げ出された瞬間、刀を投げつけたのだ。ツクヨミも、必殺技を放った直後の虚をつかれた形となり、防御できなかったのである。

「早く逃げるんだ!」
「それなら大神さんも一緒に!」
「いや、駄目だ。今の俺は走ることができない」

 立つ事ができないのは身体を強打したためだろう。これは、しばらくすれば回復するだろう。
 しかし、その“しばらく”が許されない状態であることはいうまでもなく、左膝の横に大きな裂傷ができている。これでは足手まといになるだけだ。

「そんな……!!」
「急げ、さくらくん!!」

 だが、そんなことができるさくらではない。
 
(どうしたらいいの!?)

 そして、この状況は、結界の外にも影響を与えた。

「お兄ちゃんが!」

 アイリスが悲鳴をあげた。
 花組の間に動揺がおきる。
 そして、それは前線において大きな破綻を示した。

「隊長!!」

 カンナは後方に振り返ってしまったのだ。

「カンナ、前を見て!」

 マリアの叫びで、慌てて攻撃態勢を整えるが、もう目の前に敵がきている。

「ちぃ!」

 振り向くために左側に機体を捻ったのを利用して、左の拳を裏拳気味に叩き込む。

「チェストォ!!」

 必中の軌道だ。
 少なくとも、それで敵は退けられる筈だとカンナは確信した。
 しかし、カンナの味わった感覚は、今までにない妙なものである。

「なんだ、こりゃぁ!?」

 剛武の左拳は砕け散っていた。
 蒼空からの着地の際に痛めたものを、長時間に渡る戦闘で金属疲労が重なり、遂に破綻したのである。
 もちろん、攻撃としては不十分だ。
 傷が浅い扶桑兵は、カンナに襲い掛かった。

「くそぉ!」

 改めて右拳を突き出すカンナ。
 その正拳は、確実に扶桑兵を捉え、これを撃破する。
 だが、相打ちにもっていくのが限界であった。
 扶桑兵の攻撃は、剛武の足首を砕いたのだ。当然、自重を支えきれずに崩れ落ちる。

「みんな、カンナを守って!」

 マリアに言われるまでもなく、花組は剛武を援護する態勢に入っていた。
 すみれが最前線にたち、紅蘭とマリアが脇を固める。アイリスも、後方からの援護に入る。
 だが、剛武を失ったことによる攻撃力の大幅に低下と、白兵戦ができる機体が、すみれの麗武ただ一機になってしまったことによる陣形の崩れは、花組を著しく不利に導いていた。

「頑張って!」

 マリアも具体的な指示を下せない。いや、指示を下して何とかなるような状態ではなくなっているのだ。
 そして同じ頃。
 各所でも苦戦が続いていた。



「レニ、大丈夫ですかぁ〜?」
「A4回路に破損。V2回路に切り替え完了。戦闘能力13%減」

 アイゼンクライトVといえども、たった二機では劣勢は否めない。

「もう、早く帰ってシャワー浴びたいで〜す!」

 織姫の機体もあちこちが傷ついている。
 ただでさえ、アイゼンクライトVは操縦者への負担が大きい機体だ。そう長くはもたないだろう。



「きゃぁ!」
「怯むな。立ち上がれ!」

 マイヤーは篠田清美に葉っ端をかける。

「良子、援護してやれ。恵里、俺の後ろに入って、少し休むんだ」
「だ、大丈夫です」

 しかし、雪組一の体力を誇る田中恵里ですら明らかに息があがっている。

「これは命令だ。貴様の機体が中途半端に損傷しては、全体の足手纏いとなって戦力が低下する」
「……は、はい」

 大神とは対極の指揮方法だが、隊員から深い信頼を得ていることには変わらない。
 それが辛うじて雪組隊員達の士気を支えているのだ。

「いいか。俺達はここで全滅してもいいんだ。だが、犬死にはさせん! 戦え!」



「もう弾がありません!」

 椿がいくら操作しても回転式多連装機銃は沈黙したままだ。

「機関出力低下!」

 時をほぼ同じくして由里も悲痛な叫びをあげる。
 帝國の国土がほとんど扶桑と入れ替わった今、翔鯨丸も周囲からの霊子採集ができないのだ。だから、帝都において“貯蓄”したのだが、それももう底をついたのである。

「由里、現在の高度は?」
「約六二〇〇米!」
「じゃあ、降下で速度を維持して!」
「わかった!」

 翔鯨丸は、飛行船であるから、高度の調整にはほとんど動力を使用しなくてすむのが幸いだ。
 だが、機関がなくては舵をとることが困難だ。風に煽られないように進路を安定させることで手一杯となるだろう。 
 そうなれば、いい的だ。
 翔鯨丸の運命は風前の灯火である。



 しかし、それでも、帝國華撃團は一歩もひかない。
 それが、帝都を、日本を護るための唯一の方法だからだと知っているからだ。

「でも、こんな状況で……私はどうしたら……」

 頼みの大神は、未だ苦しげに起き上がれぬままだ。

「大神さん………」

 さくらは思い出していた。
 前にも同じような状況があった。
 ヒルコを目の前にして判断停止状態に陥った彼女を、その時も大神は身を呈して助け、傷ついた。
 命より重いものは、この世にないという。
 ならば、命を賭してくれたことに報いるのは、命を賭すしかないではないか。

「……大神さん。今までありがとうございます。さくらは……幸せでした」

 すっくと立ちあがったさくらは、大神に背を向けると、静かにツクヨミに向けて歩き出す。

「さくらくん! どうするつもりだ!」

 全てを断ち切るかのように、さくらは無言のまま歩を進める。

「一人で我に対抗しようというのか? 見上げた精神だが、状況を見誤っているぞ」

 ようやく神刀滅却を引き抜いたツクヨミが言う。確かに、今までと同じやり方ならば、その通りだ。
 だが、さくらは慌てる様子も気負った様子もなく、静かに霊剣荒鷹を構えた。

「我に流れし血脈よ。我の手にありし剣よ。我と我が一族の名において、我が力となりて、異形のものどもを滅っせたまえ」

 さくらは、誰に教わったわけでもない、それを唱え始めた。
 言うならば、真宮寺家の血が、彼女にそれを教えたのである。
 真宮寺家の血――すなわち、破邪の血脈。
 邪なるものを滅ぼす力。
 だが、人の心には、誰しも正と邪の両面がある。
 この力を使うには、自分の中の邪なる部分を捨てねばならないのだ。
 すなわち、己のすべての欲を捨てるということである。
 そう、“生きる”という欲さえも。

「剣の名は荒鷹。我が血脈に伝えられし、霊なる剣なり。その真なる名は、砕魂之剣!」

 大神も、さくらが何をやろうとしているか気づいた。

「やめるんだ、さくらくん! そんなことをしたら、君の命が!」

 正の心しか持たない状態ではじめて破邪の力は発現する。
 そして、“生きる”ことすら放棄することで、本来なら生命力に費やされるべき力も含め、その者がもつもの全てを引き出すこともできるのだ。

「我の名はさくら。一馬の娘にして、その血脈の唯一正統なる後継者なり。我と我が一族の名は……真宮寺!」

 荒鷹が天へ向かって突き出された。

「破邪剣滅・儚花霧散!」

 莫大な力が、さくらの身体から放出されていく。

「な、これ…は…!?」

 ツクヨミとてなすすべもなくその力に飲み込まれていく。
 脱出しようともがくが、やがて、自分の身体が次第に消滅していくことが避け難いことを悟ると、穏やかに笑みを浮かべた。

「これもまた運命……あの者たちの手になるならば、仕方があるまい……」



「こ、これは一体……」
「なんだ、こいつぁ!?」
「霊力ですの?」
「アイリスわかるよ。これ、さくらがやったんだ!」
「見てみぃ! 敵が消えていくでぇ!」



「なんですかぁ? これは!?」
「強い力を感じる……」
「ああ、敵がなくなっちゃっていきま〜す!」



「なんだこれは!」
「まーちゃん、すっごい“力”だよ! 香南、こんなのはじめて!」
「コマンダー・マイヤー!」
「どうした、エリー?」
「ルック・アラウンド(周りを見て)! フソーの連中がロストしていく!」



「かすみさん、富士の方向から高力場反応!! 高速で拡大、接近中!!」
「椿、到達まで何秒!?」
「駄目です、もうきます!」
「!?」
「由里、損害を報告して!」
「これは……何も異常が……」
「かすみさん、由里さん、外を! 何もなくなってます!!」



「かえで副司令!! 大変よ!!」

 地下司令室に詰めていたかえでのもとに薔薇組の斧彦が駆け込んできた。

「落ち着いて報告しなさい、斧彦くん。あなたも帝撃の一員でしょう」
「これが落ち着いてなんかいられませんわよ! 扶桑が消滅していってます。帝國が、日本の国土が戻ってきたんですよ!」
「なんですって!?」

 自分の言葉とは裏腹に、かえでも腰を浮かしかける。
 しかも、そこにもう一人、駆け込んできた。

「かえで副司令!」

 菊之丞だ。

「扶桑が消えたことなら報告を受けたわよ」
「いえ、それではないんです。加山さんが意識を取り戻したんです!」

 全てが好転していく。

「大神くん……あとは、あなた達。出撃部隊が無事に帰ってきてくれれば……」



 富士が見える。
 台湾を領有したことで、日本一高い山という称号は新高山に譲ったとはいえ、この山は日本人にとって特別な存在であり続けている。
 日本そのものともいえるこの山が、美しく夕日に映えている。それは、取り戻した平和の象徴にも見えるだろう。
 だが、花組には、美しいからこそ、胸を締め付る。

「……」

 ツクヨミの死により崩壊をはじめた地下から脱出した花組は、富士の見えるこの高台に辿り着いていた。

[確かに、ツクヨミは永久の重圧から解放され、帝都も日本も平和を取り戻したよ……」

 応急処置を施された大神は、大きく包帯が巻かれた痛々しい姿である。そして、彼の腕の中には、さくらが抱えられていた。
 まるで眠っているかのような安らかな表情。
 しかし、それが永遠の眠りであることを、誰もが知っていた。

「だけど、君を失った俺達は……俺は……」

 軍人になって以来、もう涙を流すことなどない、仮にそうなりそうな事があっても耐えるのが軍人だと、そう思ってきた。
 だが、愛するものを失った悲しみは、そんな信念を簡単に覆させた。
 大神の目からは、大粒の涙がこぼれる。

「さくらくん……」

 涙は、大神の頬を濡らしていく。
 やがて、一粒の涙が、さくらの頬へと落ちた。

「……う……うーん……」
「さくらくん!?」

 土気色だった肌に赤みが戻り、やがて、ゆっくりと瞼が開かれた。

「大神さん……」

 まだ朦朧としているのであろう、弱々しい声ながら、今度は花組の面々にもはっきりと聞こえた。

「さくらさん!」
「さくら、おねーちゃんが生き返った!」
「お、おい、まさか幽霊じゃねぇだろうな」
「馬鹿いいなさんな。幽霊ってのは、魂だけででてくるもんですわよ」
「神の奇跡だわ!」

 思わずあげたマリアの言葉に、紅蘭はある存在を思い出した。

「まさか、あやめはんが……!?」
「いいえ、そうではありません」

 全員がはっとして声のした上空を見上げた。
 最初は金色の輝きとしか見えなかったものは、急速に実態化し、人の形となる。

「おひさしぶりね、大神くん。それに花組のみんな」

 それは、サタンとの戦いが終わるとともに天に還った筈の藤枝あやめ――いや、大天使ミカエルであった。

「ごめんなさい。みんなが苦しんでいたのは知っていたけれども、私はサタンとの関連においてしか、地上のことに関わることができないの」
「あやめさ……いえ、ミカエル様。教えて下さい。これが奇跡でないなら、一体……!?」
「それはね。大神くん。貴方の力よ」
「え……!?」

 意外な言葉に大神が戸惑う。

「貴方の最後の攻撃には、貴方の残った霊力が全て込められていたの。それは、ツクヨミの内部に直接入り込んだ。もちろん、刀が神刀滅却だからこそよ」

 そうでなければ、そのように大きな霊力を貯えることもできないし、ツクヨミに刺さることすらなかっただろう。

「だから、その分だけ、さくらに力が残ったのよ。もっとも、大きな力を放出することには変わりないから、回復するまでにちょっと時間がかかったの」

 それは確かに神の奇跡ではないだろう。
 だが、さくらを想う大神の気持ちが生み出した、愛の奇跡といえるかもしれない。

「さあ、みんな。あなた達の戦いは終わったわ。これからは、あなた達自身で勝ち取った平和を楽しむ番ですよ」

 そう言い終えると、ミカエルは再び天に昇っていく。

「あやめさん……」

 名残惜しげに上空を見上げていく花組は、しかし、すぐに近づいてくる物体に気づいた。

「隊長、あれは翔鯨丸です!」

 あちこち損傷しているようだが、致命的な損傷はないようだ。

『大神さん、聞こえますか?』

 かすみからの通信だ。
 紅蘭は、慌てて神武改にとびつき、無線機をとった。

「こちら、花組・李紅蘭隊員。こっちはみんな無事やで!」
『よかった。こっちも、雪組、星組を既に収容して、みんな無事よ』

 それを聞いた花組隊員に、ざわめきにも似た安堵が広がる。

「さあ、みんな、帝撃に帰還するぞ!」
「了解!!」



 太正一五年十二月二五日。
 ツクヨミ戦終了以来、霊力の消耗により人事不省となっていた太正帝崩御。
 摂政宮・皇太子裕仁親王践祚し、照和に改元。

 太正時代の幕は降りた。



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