「いい度胸ですよ、大神隊長。それにさくらくん」
ツクヨミは結界の中心にいる。
「そして、いい判断だ。これ以外の方法では私に触れることすらできぬだろうからね。だが、それがいい結果をもたらすというところまではいきませんな」
「……勝負は最後までわからないぞ!」
大神は携えていてた剣を抜いた。
神刀滅却。
米田の遺品として託された刀だ。
そして、傍らのさくらも剣を抜く。
こちらは霊剣荒鷹。
破邪の血脈たる真宮寺家に伝わってきた刀である。
「さくらくん、いくぞ!」
「はい!」
大神とさくらが走る。
「座して攻撃を待ちはせじ!」
ツクヨミが腕をふるう。
霊力そのものが、直接、打撃力として放出されていく。
「ちぃ」
大神が転がるようにしてよける。
霊子甲冑に乗っているわけではないから、かすりでもすれば重傷を負ってしまう。
「さすがに敏捷性は高いようですな。ですが、そんな有様では近づくことすらできませぬよ!」
今度はさくら目がげて霊気が放たれた。
こちらも転がってよけざるをえない。
彼らに残された防御力はただ一つ、敏捷性だけなのだ。
それでも、次第に間合いをつめていくのは、厳しい鍛錬が生み出した技量あってこそだろう。
「ぬぅ、やりますな!」
「ほざけ! その余裕も今のうちだけだ!」
ついに大神が刀が届くとこるまで接近した。
「でぇい!」
攻撃をかいくぐりながら、刀をふるう。
だが、手応えが悪い。
「くそ……!」
日本刀と西洋刀の最も大きな違いは、片手持ちか両手持ちかという点である。
西洋では、よく知られている通り、片手に盾をもち、もう片手に剣をもつというのが、古代からの伝統的な形だ。銃器の発展により盾が廃れても片手持ちには変化はなかった。これは、現在でも西洋剣術(フェンシング)を見れば、よく理解できるところだろう。
一方、日本では、刀は両手持ちとして発達してきた。
盾は、今日の用語でいうところの方盾であり、弓矢を防ぐのが主目的である。片手でもつようなものにはならなかったのだ。
必然的に、刀は大重量となり、片手では振り回すのが不可能となった(いわゆるチャンバラ劇で片手で刀を扱うのは模造刀だからできることだ)。
竹刀を使いながらも、両手持ちで構える剣道は、日本刀を基本としたものであることがよくわかる。
両手持ちも片手持ちも一長一短であり、どちらが優れているとは一概にはいえないが、両手で構えねばならない日本刀は、身体の自由度においては劣るといえるだろう。
それが今は災いしている。
ツクヨミの攻撃を避けるために曲芸に近い行動を余儀なくされている大神やさくらは、十分な態勢をつくれないのだ。
それでも、切り付けられただけましというべきだろう。大神が二刀流を修めており、片手での刀の扱いに長け、そのための身体的能力も備えていてこそなのだから。
「さすがに刀が重いか!」
二刀流で使用する大刀は、通常の大刀より小さい。使い慣れていない分、扱いにくい。
大神は一旦、距離を置き、さくらと合流した。
「大丈夫ですか、大神さん!」
「ああ。まだまだ、これからだ!」
しかし、二人とも息が荒い。
体力的な疲労に加え、一度たりともツクヨミの攻撃をうけるわけにはいかないという緊張が、精神的な疲労となっているのだ。
「あきらめたまえ、大神隊長!」
ツクヨミはしきりに降伏を勧める。
といっても、余裕のあらわれではない。むしろ、それだけ大神達の実力を恐れているのだ。
どんなに有利と見える戦いでも、長引けば長引くほど不確定要素は増える。まして、大神達は追いつめられれば追いつめられるほど力を発揮するのだから。
「笑止! 貴様の弱点は見抜いたぞ!」
実際、大神は、ツクヨミが立っている位置を全く変えていないことに気づいてた。
おそらく、術を発揮しつづけていることによる制約だろう。
「さくらくん!」
「はい!」
目を合わせて声をかければ、それだけで十分だった。
「破邪剣征・千花乱撃!!」
生身であっても、技は変わらない。
霊力が地面を舐めるようにしてツクヨミへ伸びる。
「むぅ!」
やはりツクヨミは動けない。
しかし、彼も右の掌を開くと霊力を発揮し、さくらの技を相殺する。
もっとも、これは計算のうちだ。その霊力の乱気流の中から、大神が飛び出したのだ。
「くらえ、ツクヨミ!」
霊気がぶつかり合うのを隠れ蓑にして、一気に接近したのである。態勢も、十分だ。
「だが、甘いですよ!」
ツクヨミはそれを読んでいた。
すかさず左掌をかざすと、そこから霊力を放出し、大神を迎撃する。
「甘いのはそっちだ!」
「なんですと?」
「狼虎滅却・一刀両断!」
大神は、ツクヨミの霊力を神刀滅却で切り裂いた。
もちろん、それで大神の攻撃態勢は崩れてしまう。だから、大神の背後にはさくらが控えていたのである。
「えい!!」
大神に変わって前面へと躍り出たさくらは、霊剣荒鷹を振り下ろした。
「うぉぉぉぉ!」
ツクヨミがうめきをあげた。
大神達にしても一気呵成に追撃を、といきたいところである。
だが、それはできなかった。
今の一太刀のために霊力を消耗してしまい、時間を置く必要があったのだ。
「はぁはぁはぁ……」
「くぉぉ……」
互いに態勢を立て直すために、奇妙な静寂が訪れた。
「ははははは!」
それを破ったのはツクヨミの笑い声である。
「楽しい、楽しいぞ、大神一郎! 真宮寺さくら!」
今までの調子とはまるで違う。
「君たちに、我のことがわかるか? 生まれ落ちた時から、神であるものの
宿命が!」
事態が飲み込めない大神とさくらは、警戒しながら様子を見る。
「我は常に頂上にいた。頼ってくるものはあっても、頼るものはいなかった。万能ならざる神は、民のために全てを捧げてきたのだ!」
上にたつものの孤独と苦悩。
神として、三貴士の一柱として数千年に及びそれに耐えてきた。そして(この戦いに勝利すれば、の前提つきだが)、未来永劫にそれに耐えていかねばならない。
なんと恐るべきことか。
人間ならば発狂するか、腐敗するか、どちらかだろう。
「だが、我は今より、自分のために戦おう! 大神一郎と真宮寺さくらという二人の好敵手のために!」
高天原でも、常世でも、黄泉でもない場所にいたツクヨミ。
目上はおろか、対等のものすらいない中で過ごしてきた彼に、はじめてあらわれた対等なる存在が、ここにいる。
それが、たまたま敵であっただけの話だ。ツクヨミの“喜び”には如何ほどの変化もない。
「な……」
大神といえどもそんな心情は理解もできずに絶句する。
もっとも、それよりも深刻な問題がおきていた。
「まだ、霊力が増大するのか!?」
生身なだけに霊力の変化が直に肌に感じられる。
「大神さん……どうしたらいいんですか?」
大神にも答えがあるわけではない。
だが、進むより他に道は残されていない。
「いくぞ、さくらくん!」
「わかりました!」
さくらと大神は、剣を構え、じりじりと間合いを詰めて行く。
ツクヨミも慎重に機会をうかがう。
「破邪剣征……」
射程の長い必殺技をもつさくらが、その態勢に入る。
しかし、すぐにツクヨミが反応を示し、さくらは技を中止した。
だが、その間に大神が間合いを詰める。
もちろん、ツクヨミはすぐさま大神への対応を示すから、そうは近づけない。
それでも、こうして連携することで、大神とさくらは徐々に優位な位置を占めつつある。
「破邪剣征……」
何度目かの攻撃態勢にさくらが入った。
またもツクヨミが反撃の態勢をとる。だが、それにもかかわらず、さくらは技を止めようとしない。
「……千花乱撃!!」
技が放たれた。
すぐさま、ツクヨミも対抗して霊気をぶつけてくる。
それにより、さくらの放った霊力は四散した。が、すかさず反対側から攻撃が加わる。
「狼虎滅却・一刀両断!!」
「なんの!」
ツクヨミはこれにも霊気をぶつける。
大神の刀は、これを切り裂いたが、まだ、ツクヨミに攻撃するに至らない。
「どうした、この程度か!?」
「まだですよ!」
答えたのはさくらだ。
必殺技を破られた後も、接近していたさくらが、直接、霊剣荒鷹で切りかかったのである。
「くっ!」
ツクヨミも霊力を発せず、腕でさくらを払おうとする。
だが、さくらはそれを巧みに割けると、刀を振り下ろした。
「ぬぉぉ!」
ツクヨミが苦痛にうめく。
この注意力の散漫になった時を大神も見逃さない。
「くらぇ!」
神刀滅却がツクヨミを切り裂いた。
「うぉぉぉ!!」
ツクヨミは一層のうめきをあげ、うずくまらんばかりだ。
「どうだ!」
さすがに霊剣、神剣と称されるだけはある。
単に霊的攻撃力だけをとってみるならば、シルシウス鋼製の神武改の大刀よりも上回っているかもしれない。
「観念なさい、ツクヨミ!」
だが、そんな大神とさくらの言葉に、ツクヨミは不敵に笑みを浮かべた。
「確かに傷は深いがな。だが、大神。君は思い違いをしている」
「なに!?」
「我が動かずにいる訳を一つだけだと思っていることだよ!」
ツクヨミは、その両腕を自信の丹田の前で合わせた。
「ほぉぉぉ」
独特の息吹とともに、掌の間に霊力が集中していく。
ツクヨミは、この力を貯めるためにも動かずにいたのだ。
「神光如月雷!」
球状の霊力が三日月のように痩せたかと見えた次の瞬間、雷のように霊力が放出されていく。
その目標はさくらだ。
「きゃぁぁ!」
よけきれない。
さくらが思わず悲鳴をあげる。
だが、それを黙って見ている大神ではなかった。
「さくらくんは、俺が守る!」
大神はさくらとツクヨミの間に割って入る。
「狼虎滅却・一刀両断!」
ツクヨミの霊力と大神の霊力がぶつかりあう。
しかし、ツクヨミの霊力は今までになく強力であり、大神の霊力は、先程も必殺技を使用したばかりで、十分ではない。その結果は明らかであろう。
さくらの目の前で、大神の身体は宙を舞うことになったのだ。
「大神さん!」
大神は、さくらの頭上を越え、大きく後方へと吹き飛ばされた。
さくらは、目の前に敵がいるのも忘れ、大神に駆け寄る。
「大神さん! 大神さん!」
必死に名前を呼ぶ。
「あ…う……」
幸いにして大神の意識はあるようだ。
「さくら…くん…大丈夫…か?」
「私は平気です。それよりも大神さんが!」
“絹のように滑らかに、シルシウス鋼よりも丈夫に”と紅蘭が豪語していた戦闘服が、まるでボロ雑巾のように裂けている。そして、あちこちから出血していた。
「俺はいい……さくらくん、逃げるんだ!」
「ええ!?」
「機会は今しかないんだ。ヤツを見ろ……」
そういえば、ツクヨミが攻撃してこない。
さくらが、慌てて振りかえると、ツクヨミの胸のあたりに刀が――神刀滅却が刺さっているではないか。
大神は、空中に投げ出された瞬間、刀を投げつけたのだ。ツクヨミも、必殺技を放った直後の虚をつかれた形となり、防御できなかったのである。
「早く逃げるんだ!」
「それなら大神さんも一緒に!」
「いや、駄目だ。今の俺は走ることができない」
立つ事ができないのは身体を強打したためだろう。これは、しばらくすれば回復するだろう。
しかし、その“しばらく”が許されない状態であることはいうまでもなく、左膝の横に大きな裂傷ができている。これでは足手まといになるだけだ。
「そんな……!!」
「急げ、さくらくん!!」
だが、そんなことができるさくらではない。
(どうしたらいいの!?)
そして、この状況は、結界の外にも影響を与えた。
「お兄ちゃんが!」
アイリスが悲鳴をあげた。
花組の間に動揺がおきる。
そして、それは前線において大きな破綻を示した。
「隊長!!」
カンナは後方に振り返ってしまったのだ。
「カンナ、前を見て!」
マリアの叫びで、慌てて攻撃態勢を整えるが、もう目の前に敵がきている。
「ちぃ!」
振り向くために左側に機体を捻ったのを利用して、左の拳を裏拳気味に叩き込む。
「チェストォ!!」
必中の軌道だ。
少なくとも、それで敵は退けられる筈だとカンナは確信した。
しかし、カンナの味わった感覚は、今までにない妙なものである。
「なんだ、こりゃぁ!?」
剛武の左拳は砕け散っていた。
蒼空からの着地の際に痛めたものを、長時間に渡る戦闘で金属疲労が重なり、遂に破綻したのである。
もちろん、攻撃としては不十分だ。
傷が浅い扶桑兵は、カンナに襲い掛かった。
「くそぉ!」
改めて右拳を突き出すカンナ。
その正拳は、確実に扶桑兵を捉え、これを撃破する。
だが、相打ちにもっていくのが限界であった。
扶桑兵の攻撃は、剛武の足首を砕いたのだ。当然、自重を支えきれずに崩れ落ちる。
「みんな、カンナを守って!」
マリアに言われるまでもなく、花組は剛武を援護する態勢に入っていた。
すみれが最前線にたち、紅蘭とマリアが脇を固める。アイリスも、後方からの援護に入る。
だが、剛武を失ったことによる攻撃力の大幅に低下と、白兵戦ができる機体が、すみれの麗武ただ一機になってしまったことによる陣形の崩れは、花組を著しく不利に導いていた。
「頑張って!」
マリアも具体的な指示を下せない。いや、指示を下して何とかなるような状態ではなくなっているのだ。
そして同じ頃。
各所でも苦戦が続いていた。