最終話「太正燃ゆ」(その2)

 月組が行動を開始して三日目。
 未だ何の連絡も大神のもとに入ってこなかった。

(もし、敵本拠の割り出しに失敗したら……)

 大神が最悪の事態を予想しはじめた時だった。

「大神さん!」

 隊長室の扉をけたたましく叩く音とともに、さくらの声がした。

「どうした、さくらくん」

 慌てて扉を開け、事情を聞く。

「加山さんが、玄関の前で倒れてるんです!」
「何だって!?」

 大神は、とるものもとりあえず部屋を飛び出ると、階段を駆け降りた。
 すぐにたどりついた正面玄関では、すでに人だかりできており、加山が担架にのせられおうとしている。

『大神……大神……』

 一目で重傷とわかる加山は、まるでうわ言のように、大神を呼び続けている。

「加山! 俺はここだ、わかるか!」

 人込みを掻き分けるようにして、加山の担架に近づく。

「大神……すまん。ちょいとドジった……」

 おそらくは、調査活動中に傷を負ったのであろう。

「わかった。とりあえず、今は何も言うな!」

 しかし、聞こえているのかいないのか、加山はその言葉に従わない。

「ツクヨミの……居場所が……わかった……」
「なんだって?」
「富士山……だ。やつは……霊峰、富士の……地下で霊力……を……回復させている。入口は……樹海の中だ」

 そう言って加山は、震える手で大神に紙片を握らせた。
 それに詳しい位置が記載されているのだろう。

「よし、わかった。もういいから、すぐに休め! あとは俺達に任せろ」

 だが、加山はなおも言葉を続けた。

「俺はお前との約束を……守ったぞ。今度は……貴様の番だ。いいか……必ず、生きて帰ってこい……」

 加山は約束を守ること、それを気力の支えにして、ここまで自力でたどり着いたのだ。

「男と男の約束だな」
「ああ……大神。グッド・ラック!」

 最後まで自分を貫き通した加山は、しかし、安心したように意識を失った。
 そのまま、帝劇地下の医療ポッドに運ばれたが、意識不明の重体。先ほどまで喋れていたことを医師は信じないほどである。

「……」

 玄関に残された大神は、託された紙片を広げた。
 血に染まったそれには、青木ヶ原樹海の中にある風穴の位置が記されている。

「大神さん……」
「ああ。俺達は、みんなのためにも勝たなくちゃいけない」

 決意を新たにした大神は、加山の親友という立場から、帝撃総司令官代理という立場に自らを置き直した。

「帝國華撃團、出動せよ!」



「かすみ、準備完了よ」

 由里の報告に、かすみは肯いた。

「わかったわ。翔鯨丸、発進!」

 かすみの号令とともに、強襲降陸飛行船は飛び立った。

「目標、富士山、両舷全速!」

 翔鯨丸は軽荷状態で七六ノットという高速を誇る。
 すぐに帝都上空を抜け出し、扶桑へと突入した。

「霊探に反応多数!」

 もちろん、敵も馬鹿でない。帝都と扶桑の境界線には監視網が張り巡らされており、翔鯨丸の発進はすぐに知られ、迎撃を受ける。

「速度・高度のままで、右二点回頭!」

 かすみが操舵輪をまわし、右六〇度の進路変更を行った。
 今まで直線で富士山に向かう針路をとっていたから、やや遠ざかるような形になる。

「敵第一波、距離一〇〇〇まで接近!」

 由里が報告する。

「全砲門発車準備。このまま突っ込むわよ!」

 その言葉通り、かすみは全速力で敵の真ん中へと突進していく。

「距離二〇〇!」

 急速に敵との距離が縮まっていく。

「距離五〇! 攻撃、きます!」

 直後、翔鯨丸は大きく揺さ振られた。

「かすみさん。反撃しましょう!」
「まって、椿ちゃん。もっと引き寄せてからよ」
「でも、このままじゃ、何もできないうちにやられちゃいます!」
「そう簡単にはやらせないわよ」

 帝劇三人娘の中では最も年長で、普段も落ち着いた様子を見せるかすみであったが、この時ばかりは違った。
 その力強い言葉を裏付けるかのように、右に左に舵を切り、敵の攻撃を巧みにそらしていく。

「敵第二波も攻撃可能圏内に入りました!」
「椿ちゃん、今よ!」
「はい!」

 椿が、明らかに仮設の釦を押す。
 直後、翔鯨丸は、その全体から火を噴いた。まるで空中爆発かとも見まがうばかりだ。しかし、もちろん、そうではない。機体表面に仮設された噴進砲が全弾一斉発車されたのだ。
 口径一五糎、無誘導とはいえ、霊気(妖気)に感応して作動する近接信管を搭載している。一弾ごとに純度の高い霊子水晶を用いた霊子回路を必要とする高価な兵器だが、それに見合うだけの効果はある。
 まるで炎の壁のような弾幕効果が翔鯨丸を包むようにあらわれ、それが消えた時には敵の姿が一掃されていた。

「さすが紅蘭さんの開発だけはあるわ!」

 椿も感嘆の声をあげる。

「油断しないで。まだ敵はくるわよ。噴進弾は、これ一度きりの分しかないんですからね」
「わかってるって、かすみさん。あとは、こいつで勝負よ」

 椿が主兵器の操作を開始した。
 翔鯨丸の主砲たる一二.七糎砲は先の戦いで失われている。元々、海軍の砲を改造・流用したものであるため、保守部品は用意してあっても、砲自体の予備はなかった。そこで、急遽、用意されたのが、ミカサ用対空兵器として開発されながらも、その装備前にミカサが出撃、失われたため、倉庫で眠っていた兵器である。

「敵第三波接近!」
「よーし、いくわよ!」

 甲高い蒸気音とともに弾丸を吐き出しはじめたのは、その兵器、口径二〇粍の回転式多連装機銃であった。
 もちろん、単体の威力でいえば、一二.七糎砲に劣ることおびただしいが、発射速度は高く、弾幕を張るには最適だ。死角を消すように不規則な之字運動もその効果を高めている。

「敵第四、五波も接近!」
「もう! きりがないわ」

 椿が呆れたように言う。
 だが、不思議とその声は落ち着いている。

「これで充分、敵を引き付けられたようね」

 かすみも落ち着いた様子だ。

「帝撃本部に打電よ」



「大神長官代理。翔鯨丸より電信です」
「読み上げてください」
「『ワレ任務ニ成功セリ』、です!」
「よし。帝國華撃團・花組、出撃せよ!」

 今まで暗闇だった大神の周囲が、急に様々な光で包まれる。
 それは、神武・改の操縦席であった。そして既に蒼空に搭載された状態になっている。

「蒼空一番機、発進!」

 大神とさくらの乗る機を戦闘に、次々と射出機から蒼空が飛び出していく。

「全機最大戦速! 目標・富士山!」
「了解!!」

 翔鯨丸は、敵の防衛兵力を吊り上げるための囮だったのである。
 蒼空は、速度を利して、手薄になった防衛線を次々と突破していく。

「隊長。このままだと楽にいけそうじゃねぇか」
「カンナ。油断するな」

 ツクヨミはそう馬鹿ではない。軍事上の常識はきちんと守っている筈だと大神は考えていた。そして、残念ながらそれは的中する。

「霊探に反応ありや! 正面から敵がくるで!」

 やはり、予備兵力がおかれていた。
 翔鯨丸を迎撃した兵力に比べれば、少ないとはいえ、それはそれで大したものだ。それに、蒼空には兵装が皆無であるから、反撃する術はない。

「全機、降下開始!」

 こうした場合の対応は事前に打ち合わせてある。
 蒼空は全速のまま高度を落としはじめた。高度は喪失するが、かわりに速度をえることになるため、水平飛行時の最大速度以上の速度となる。

「よっしゃ。敵は上からからかぶせてきよったで」

 高度を敵よりおとしたため、頭の上をおさえられるような形となる。下は地面だから、上下の動きを大幅に制限されてしまう。加えて、高い高度にある側は、それをいつでも速度や機動に変換できるというという意味で、三次元機動で戦われる空中戦では著しく有利なのである。
 だが、これも大神たちの計算のうちだ。

「よし。全機、上昇にうつる!」

 下降で稼いだ機速を今度はそのまま高度の確保に用いる。速度が高いため、急速な上昇となり、瞬時に敵がいる高度を突き抜けた。

「そのまま水平飛行だ。逃げ切るぞ!」
「了解!」

 虚をつかれて背中側に抜けられてしまったため、敵は追撃するために方向転換しようにも陣形が混乱している。その間に、蒼空は敵との間の距離を稼いでいく。
 彼我の速度差などを考え合わせると、まず追いつかれることはあるまい。

「やったね、お兄ちゃん!」

 アイリスは喜色満面といった様子だ。
 しかし、予備兵力が一群だけとは限らない。
 なお、大神は細心の注意をもって見張を続けていく。

「降下予定地点まで、あと三分やで!」

 そして、この土壇場にきて、二波目の敵予備兵力は出現した。
 もう時間はないから、接敵時間は短くてすむ。だが、降下の態勢を整えるためにむやみな針路変更もできず、また、落下傘降下中は完全な無防備になってしまう。

「紅蘭。神武改の安全落下高は二五米だったな?」
「そうや。二五米までなら、落下しても支障なく着地できるんや」
「ならば、限界落下高は七五米はいける」
「い、いや確かにそうやけど……それは公表していない筈なのに、どうして……」

 安全に関わる性能は本来の限界より低く公表されるのが常である。例えば、海軍の潜水艦は潜りすぎると水圧によって圧壊してしまうために、深度の限界が定められている。それが、安全限界深度であり、演習などではそれ以上に潜ることはない。しかし、設計上の、余裕をもたない限界の深度は、その三倍というのが通常である。
 大神は今までの神武改による戦闘経験から、同じ程度の安全幅をとっていると感じ取っていたのだ。

「花組全機は二〇〇米から落下傘を使わずに降下する!」

 逆噴射が使えるといっても、二〇〇米という高度は理想的な環境下でも無理を前提としている。しかし、それより手はなさそうだ。
 大神は迎撃兵力を無視するようにして編隊を暖降下に入れた。

「降下開始!」

 蒼空から七機の神武改が滑り出す。

「全機、兵器使用自由!。逆噴射さえ忘れなければいい!

 空中を自由落下しながら、花組は近寄る敵に攻撃を開始する。

「死にたい奴からかかってきなさい!」

 マリアの烈武の主兵装は長砲身回転式連装機銃だ。空中でも問題なく姿勢を制御し、敵を撃破していく。

「もう、近寄らないで!」

 アイリスの陽武も霊力による攻撃だから、こちらも問題無い。

「いっくでぇ!!」

 紅蘭の雷武の主兵装も遠距離攻撃兵器だが、八八粍砲とあって反動が大きい。雷武は発砲の度に、まるで曲技のように上下左右に姿勢が変わっていく。だが、それは反動を巧みに方向転換に用いているのだ。

「紅蘭たちに負けてはいられませんわ!」

 それを見たすみれの麗武も薙刀をふるう。
 前三機とは違い、白兵戦装備の機体だ。空中では踏ん張りがきかないところだが、落下していること自体を利用し、敵を切り裂いていく。それはまるで、日本舞踏を舞っているかのごとき、華麗な動きである。
 そして、更に攻撃可能範囲が短い、さくら機・翔武、カンナ機・剛武や大神機・真武も同様にして自由落下しながらの空中戦闘を繰り広げた。
 もちろん、地上よりもずっと威力・精度とも落ちる。だが、敵は落下傘を開いた時を狙っているらしく、あまり積極的な攻撃ではない。これが大神たちに幸いする。敵が花組の強行降下という戦術に気づいた時には、もう降下も終わろうとしていたのだ。

「全機逆噴射!!」

 神武改の機体表面に装備された使い捨て式の固形火薬噴進器が一斉に作動を開始し、降下速度を緩める。だが、それも数秒間で終了すると、樹海の中へと機体は突っ込んでいった。

「きゃぁぁぁ!」

 誰のものとつかない悲鳴があがった。
 樹木が緩衝材になるのではないかとも思われたが、全長四米に満たぬ神武改にとっては、人間の手が全く加えられていない森――原生林は凶器以外のなにものでもないのである。

「み、みんな無事か!?」
「は、はい……」
「なんとか大丈夫やで」
「隊長、問題ありません」
「アイリスは、最後は瞬間移動したから平気だよぉ!」
「ちょっと痛かったですけども、無事ですわよ」

 と、ここまではよかったのだが、全員というわけではなかった。

「た、隊長ぉ! 助けてくれ!」

 カンナの声だ。

「どうしたカンナ!」

 鬱蒼とした樹海の中では、ロクな視界も確保できなければ、踏破すら難しい。
 それでも、なんとか見つけ出したカンナ機は――地面にめり込んでいた。

「まぁ。どんくさい……」

 と、すみれは言うが、これはいささか酷であろう。
 剛武は増加装甲の分、他の機体よりもずっと重いのだ。

「んだとぉ。さっさと助けだしやがれ!」
「それが人にものを頼む態度ですの!?」

 二人ともこの期に及んで大したタマである。
 大神は戦闘によるものとは全く異なる疲労感を感じつつも、先に進むことにした。

「紅蘭、カンナをひきあげてやってくれ」
「ほいきた!」

 剛武は、ようやく脱出に成功した。

「カンナ。大丈夫か?」
「ああ、大丈夫……といいてぇところだけど、左腕の拳がいかれちまった。まあ、行動には差し支えないけれど……」

 着地の際に、地中に潜り込むことで失われた平衝を回復しようとして手をついたことが仇となった。手首関節部に限界負荷を越えた過重がかかってしまったのだ。
 確かに、移動には影響はないが、左拳での攻撃力の低下は免れまい。

「わかった。カンナはできるだけ右翼側についてくれ」

 陣形を整え直し、花組はツクヨミへ到達するための“入口”である風穴を探した。樹海の中とあって、捜索は難航する。もっとも、その樹海のおかげで上空からは攻撃されないのだから、一長一短だ。

「隊長。あそこを!」

 マリアが指差す方向には敵兵の姿が見える。
 花組に備えてのことだろう、徐々に数が増えているようだ。

「入口の警備だな」

 大神もそう判断した。

「紅蘭。例のものは?」
「ばっちりやで、大神はん」

 雷武の両手に、八八粍砲弾を改造したらしい手榴弾が握られている。

「よし。全機攻撃準備。五…四…三…二…一…開始!」

 紅蘭が手榴弾を投げた。
 それは着弾するや、一弾は眩いばかりの閃光を、もう一弾は空気を圧力と感じんばかりの大音響を発する。
 いかな扶桑の兵といえども、生物であることはかわりない。瞬間的にこれだけの“衝撃”を受ければ、一時的に五感を喪失する。各種の感知装置も過負荷がかかって回路が焼き切れてしまうだろう。
 もちろん、花組の神武改は回路を遮断して保護してあったから影響を受けていない。

「突撃!」

 盲となった敵に七機の神武改が一斉に襲い掛かった。この状態では、さすがに圧倒的だ。

「掃討よりも前進だ! いくぞ!」
「了解!」

 敵を混乱させるだけ混乱させておいて、花組は風穴へ突入した。
 今回の戦闘は、雑魚を何万と倒そうと意味はない。ただツクヨミのみを倒せばいいのだから、戦闘は最小限にとどめておこうということだ。

「足元に気をつけろ」

 風穴は富士山の噴火により吹き出した溶岩が冷えて固まる際にできる空洞だ。穴内の気温は夏でも氷点下になる。今も神武改の足場は凍結していた。

「このあたりはまだ自然のままだな」

 霊子甲冑の中でも最も大型な部類に属する神武改で通るには一機ずつでもぎりぎりの大きさである。
 もっとも、入口を狭くしておくのは、日本の城郭でも見られる、普遍化した軍事技術であり、驚くべきことではない。ただ、普遍化しているということは、特効薬的な対応策がないということでもある。
 花組は、さくら機・翔武を先頭、カンナ機・剛武を後衛としている。指揮をとらねばならない大神機・真武を別とすれば、先頭から二番目に配置されて火力支援を行うマリア機・烈武を含めた三機のみが、この状況下での戦闘が可能であるにすぎない。
 すみれ機・麗武の薙刀でも振り回すことは不可能だし、アイリスは攻撃可能範囲のすべてのものに攻撃してしまうので、風穴が危険。紅蘭機・雷武は、八八粍砲の砲身が穴にひっかからないだけマシといった様子だ。
 それでも、この状態が続く区間では、大した心配はない。

「えい! やぁっ!」
「そこっ!」

 時折、鉢合わせする敵兵もさくらとマリアにより片づけられていく。
 狭いという条件による不利は、敵味方共通のことなのだ。
 だから大神は、次の段階の戦闘のことを危惧していた。




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