最終話「太正燃ゆ」(その1)

 帝劇地下作戦司令室。
 皇居から一時的に戻ってきた大神を筆頭に、月組隊長・加山雄一や薔薇組隊長・清流院琴音、雪組隊長ハインリヒ・フォン・マイヤーといった帝撃首脳部が集結していた。
 だが、一様にその表情は暗く、押し黙っている。
 それが、本来ならこの中心にいるべき人物の永遠の不在によるものであることは誰の目にも明らかであった。

「いつまでもこうしていてもしょうがない」

 沈黙を破ったのは加山だった。

「我々が今、やらなくてはならないことは、誰を帝撃の総司令官代理とするかだ」

 米田が戦死しても戦いは続いている。
 まさか合議制で帝撃の“意志”を決定していくわけにはいかない。巧遅より拙速が勝るとさえ言われている戦争という状況において、そんな時間はどこにもないのだ。極端なまでの上意下達式の組織が軍隊に採用されているのはそういうわけである。
 帝撃は軍隊ではないが、戦闘組織であることは変わらない。その総司令官が空席のままでは勝利などとてもおぼつかないだろう。

「といっても、実際問題として、この中から選ぶしかない」

 確かに、帝撃各組の隊長の中から誰かを選ぶのが妥当だろう。

「大神。お前がやらないか?」

 加山はそう切り出した。

「俺ではとても勤まらないよ。加山、むしろお前ならいろんな情報を収集したり判断できて、司令官にふさわしいんじゃないか?」
「いや。俺はあくまで情報屋にすぎんよ。その情報をもとに戦略をたてていくことは俺にはできない。先の大戦も含めて実戦経験がないからな。机上の空論にしかならない」

 加山の言う事には一理ある。

「ならば、マイヤー隊長はどうですか。実戦経験はあるし、なんといっても欧州大戦の経験がおありになる。一番の年長者でもあるし」

 だが、マイヤーもこれを固持した。

「私の実戦経験はツクヨミとのものではない。それに、私は未だドイツ国籍だ。代理とはいえ、日本政府直轄部隊の司令官というわけにはいくまい」

 これもその通りだろう。
 日本の過半を失い、ほとんど恐慌状態にある日本政府と陸海軍だ。欧州大戦では敵国であったドイツの軍人が総司令官代理を務めるなどといったら、どんな介入をしてこないとも限らない。

「大神隊長。適任者はあなただけよ」

 清流院もそのように主張した。
 だが、大神はまだ躊躇している。
 米田の存在は、名実ともに帝撃を支える柱石であった。その代役が自分にできる自身がないのだ。

「私には、とても……」

 そう大神が口を開いた時だ。
 作戦司令室の扉が開いた。

「大神くん。あなたがやるしかないのよ」

 その声は大神の記憶にある、生涯決して忘れることのできないだろう人物のものと重なった。慌てて視線を扉に向ける。

「……あやめさん!?」

 藤枝あやめ。
 陸軍特務中尉にして帝國華撃團副司令。
 先の大戦で、何度も窮地に陥った大神達を支え、励まし、最後は自らを犠牲として大戦を終わらせた。
 そう、彼女が確かにこの世での生を捨てたはずだ。
 しかし、目の前にいるこの女性は……

「はじめまして、大神隊長。私は、帝國華撃團副司令、藤枝かえで。あやめ姉さんの妹よ」

 気づけば、周囲の人間は全て敬礼をしている。
 慌てて大神も直立不動の姿勢をとり、敬礼した。

「そう固くならなくていいわ、大神くん。貴方にだけは私の存在を教えていなかったからね」

 確かに他の面々が即座に敬礼をしたところを見ると、知らなかったのは大神だけらしい。

「どうして、そんなことを?」
「米田長官の指示だったのよ。副司令という存在があっては、それを頼ってしまう。長官はそう考えて、私がいつことを秘密にしたの。あなたの成長のために……」

 そして、かえでは一振の剣を大神に差し出した。

「これは米田長官から託されたものよ。あなたに渡すようにね」
「長官から!?」

 大神はその剣を受け取った。

「神刀滅却。米田長官の降魔戦争の頃からの愛刀だったものよ」
「これを俺に……」

 刀は武士の魂。
 それを渡すということは、大神を自分の後継者として指名したことになる。
 だが、それでも大神は躊躇していた。

「かえでさんが、司令官代理では、いけないのですか?」
「何のために米田長官が私という存在を秘匿したのを考えてちょうだい。長官はね、いつも言っていたのよ。大神は必ず俺以上の指揮官になれると、東郷提督や乃木将軍以上になれる逸材だとね」

 米田一基は、決して世辞をいえる人間ではない。
 そこまで自分を高く評価していたとは。

「……わかりました。不肖、大神一郎。若輩者ではありますが、全身全霊を賭して、帝國華撃團総司令官代理の職務を全うさせていただきます!」



「敵の様子はどうだ」

 会議を終え、皇居内の花組駐屯地に戻った大神は、真っ先に状況を確認する。

「相変らずや、見てみい」

 紅蘭が蒸気演算機の携帯型端末を叩いた。
 これは専用線にて帝撃地下の汎用大型蒸気演算機と結ばれており、その情報や処理能力を自由に使用する事ができる。

「この円が皇居を中心とする残った帝都や。それ以外は全て扶桑になってしもうとる」

 そして、その円の縁に沿うようにして、多数の光点が輝いている。確認されている敵の位置だ。

「こっちも変わってへん。雑魚どもは帝都に進入できへんようや」

 それが現在の小康状態を生み出している。だが、それは時を経れば破られるものであることはわかっていた。

「それで、収縮速度は?」
「毎時五糎といったところやね」
「そうか。すると日に一米を越えたな」
「そうやね。僅かづつやけど、収縮速度が早くなってきはる。そう長くはもたへんで」

 現在、帝都を維持しているのは、太正帝が三種の神器を用いて霊力を放出し続けていることによる。
 しかし、その体力には限界があることはいうまでもない。霊力の及ぶ範囲が次第に狭くなってきているのもその証拠だ。

「陛下のご様子は、どうだった?」

 今度はさくらに尋ねる。

「はい。霊力を放出し続けておられます。まだ目立った変化は見られませんが、一滴の水さえ口にされていないそうです」

 強大な霊力を放出するには、それに見合う集中力を必要とする。今の太正帝には、食事をとることすら不可能なのだ。

「このままでは、陛下の体力が……」

 その時、同時に帝都も滅びる。
 ツクヨミは座してそれを待てばよい。

「相手の本拠を突き止めて、ツクヨミを叩くしかないか」
「でも、大神はん。その位置がわかりまへんで」

 帝撃工廠が新たに開発した二二号霊探(霊力探信儀)をもってしても、ツクヨミらしき霊力を感知することはできなかった。

「地下に潜っているのか、霊力を遮断するなにかを身にまとっているのか。皆目検討がつかん」

 紅蘭はお手上げといった様子だ。
 だが、なんとしてもツクヨミの居場所を突き止めねば、勝利はありえない。

「紅蘭。回線を夢組へ」
「はいな」

 有線で接続されているから、通信状態は良好だ。
 すぐに夢組本部につながる。

「大神です」
『はっ。これは長官代理』

 耳慣れぬ呼ばれかたに苦笑しかけた大神だが、すぐに引き締め、言葉を続ける。

「ツクヨミの位置は、割り出せないでしょうか」
『残念ながら、未だ果たせません。ですが、辛うじて概ねの方位だけは掴みました』

 それによれば、帝都から見て西の方角ということである。

「わかりました。引き続き、調査をお願いします」
『了解』

 夢組の霊能力による調査でも成果はあがっていないようだ。
 となれば、頼るのは昔からの方法しかない。
 大神は、今度は自らの手で回線を開いた。

「加山、いるか?」
『よー。大神。そろそろ君から連絡があることだと思っていたよ』

 風組隊長・加山雄一海軍少尉は、いつものように軽やかな調子で通信に出た。
 だが、彼が身にまとっているのは、平時の、伊達者じみた白い背広ではなく、海軍の第二種軍装である。臨戦態勢の緊張下にあることは、それが雄弁に語っていた。

「加山。月組でツクヨミの居場所を探ってほしい」
『そうくると思っていたよ、大神』

 情報収集・分析能力に長けた加山だ。状況は先刻承知らしい。

「夢組からの報告は受けているか?」
『ああ。なに、方位さえわかっていれば、どうということはないさ』

 加山はそう言うと明るく笑って見せた。
 霊能力で探知できない以上、実地に出向いて調査するしかない。それは、敵地の中心へと歩を進めることを意味する。
 そして、加山の性格からして本人がそれを行うに違いない。
 一見、無責任な態度に見える加山だが、それは表面上だけだ。強いて言うならば、『責任ある無責任』というところだろう。彼の言動は、必ず守られるのだから。

「加山……死ぬなよ」
『やだなぁ、大神。そんなに深刻ぶっちゃぁ。第一、俺が死ぬわけないだろう。“憎まれっ子、世に蔓延る”と言うからな』

 しかし、一瞬、真顔に戻る。

『約束しよう、大神。長官代理と隊長としてでなく、男と男の約束として、必ず生きてかえるとな』

 そして、再び柔和な表情へと変わった。

『アディオス! 大神!』

 通信は切れた。
 場合によっては、これが最後の会話なのかもしれない。
 もちろん、軍隊とはそうしたところである。
 だが、一方で、それを当たり前の事として受け取れないのが人間だ。
 かつての大戦では藤枝あやめを。今次大戦では米田一基を失った。
 まるで両手両足を一本ずつもがれていっているかのような感覚だ。

(米田長官。貴方もこうだったんですか……)

 陸軍対降魔部隊の同僚を全て失った米田。
 明るく振る舞い、帝撃という特殊な組織を引っ張ってきた彼だが、最後は自らの死に場所を求めた。

「それができたのは、貴方の成長を確認したから――子の成長を見届けた親には、もう思い残すことはない、子の為に親ができることを全てするのは当然だと言っていたわ」

 帝劇での会議終了後。かえでは大神に米田のことを語った。
 大神にはまだそこまでの気持ちは理解できない。
 だが、米田が自分達、帝撃の隊員を思っていてくれたことはわかる。その気持ちを無にするわけにはいかない。

「よし、今は月組に任せよう。みんな、休養してくれ」

 そう言って、集まっていた一同を解散させる。
 だが、大神は、さくらだけを呼び止めた。

「さくらくん。ちょっといいかな?」
「え、あ、はい」

 司令室代わりの天幕は、大神とさくらだけになる。

「さくらくん。これから言う事は、米田大将の……遺言の中にあったことだ」

 それを伝えるか否かは、大神の判断次第だとされていた。
 大神はどうすべきか迷った。いや、今でも迷っている。

「さくらくん。真宮寺家には、つまり、きみには、『破邪の血脈』という血が受け継がれている」
「破邪の血脈……?」
「そう。魔を退ける能力をもった血筋だ。真宮寺家は代々、その力をもって魔を封じてきたらしい。ただ、この破邪の力を真に発揮するには、自らの命と引き換えとなる」
「それじゃあ、お父様は!」

 大神は肯いた。

「さくらくんのお父上、真宮寺一馬少佐は降魔戦争の時に破邪の血脈の力を使い、巨大降魔を封印したんだ。自らの命と引き換えにね……」

 さくらの視線が床に落ちた
 その肩は震えている。

「さくらくん……」

 返事がない。

「さくらくん……」

 もう一度よびかけて、ようやくさくらは顔をあげた。

「だ、大丈夫です。大神さん」

 必死にこらえたのであろうが、その目にはうっすらと涙を浮かべている。
 それをぬぐうと、さくらは、大神に話かけた。

「大神さん。なんで、私にその話をしたんですか?」

 あるいは、自分に破邪の血脈を使えという暗喩なのかとさくらは問い掛けているかのようだった。

「俺は、さくらくんに隠し事はしたくないんだ。それに、どんな運命がさくらくんに待ち受けていようとも、自分は必ず護ってみせる。二人で乗り越えてゆける。そう思っているからさ」

 ぬぐった筈の涙が、再びさくらの目に浮かぶ。

「大神さん……!!」

 さくらの感情が、その小さな胸から溢れだした。
 彼女は、大神に身を投げ出し、その胸に顔をうずめた。
 大神は、そのまま、それを抱きしめる。

「さくらくん……」

 さくらの想い。
 大神の想い。
 それが今、一つになった。



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