第8話「二つの正義」(その6)

「八十禍はどこにいった?」

 いつの間にか姿が見えない。
 混乱した戦場に踏みとどまるのは危険と判断したのだろう。
 ならば、剣の捜索場所に向ったと考えるのが妥当だ。

「全員、警戒態勢をとりつつ移動!」

 戦闘前に、剣の捜索場所として目星をつけていた方向である東側へと歩をすすめる。

「……中尉。右前方ですわ」

 すみれが霊気を感じたらしい。
 大神も、真武にのみ搭載されているカール・ツァイス社製レンズを用いた可変式超望遠単眼鏡――現在ではズームレンズと呼ばれる――を最大望遠にした。

「まだ、剣を発見していないな」

 大神は、そう見極めると、一気に突撃を図った。

「きたか!」

 八十禍は忌々しそうに言う。回りにはわずかな兵しかなく、それも探索を続けさせている。
 自ら戦うより他、なくなっているのだ。
 もっとも、白兵戦主体ばかりだったこれまでの敵とは戦い方が違うことはいうまでもない。
 八十禍は背負っていた錦の袋を手に持つと、その中身を衆目にさらした。

「火縄銃?」

 正規の軍人教育を受けた大神にすら、そう見えた。
 無理も無い。木製の銃架には銃床もなければ、頬あてもないのだ。そして、太い銃身は、短い段階で切断されている。
 だが、それが、致命的ともいえる誤りだった。

「アタイの拳を受けてみな!」

 八十禍の銃について、大神と同じ様に大した威力ではあるまいと判断したカンナが突っ込んでいく。
 鬼もさけて通りそうなその迫力に、しかし、八十禍はたじろかず、カンナ機・剛武に銃口を向けた。

「なっ!?」

 銃声が響いた次の瞬間。
 呆気にとられたのは大神だけはなかった。いや、一声だけでもあげれただけ、さすがというべきだろう。他の隊員達は言葉を失っている。

「カンナ、大丈夫!?」

 次に声を出したのは、マリアだった。
 銃撃の直撃を受けた剛武は、大きく後方へ吹き飛ばされ、地面に横たわっている。

「くぅ〜。今のは効いたぜ」

 桐島流空手によって鍛え上げられたカンナの身体は、どうにか衝撃に耐え切った。彼女以外なら――例え大神でも――意識を保つことすら難しかっただろう。
 そして彼女に合わせて改装された剛武も、致命部に損傷を受けることは免れた。
 だが、その代償として、増加装甲として取り付けられていた新型シルシウス鋼は原型をとどめていない。一部は剥離し、神武本来の丸みを帯びた装甲が露出している。

「大神さん。なんなんですか、あの銃は!?」

 さくらが叫ぶように問う。
 大神は、自身の動揺を悟られまいと必死に冷静さを装いながら、それに回答した。

「散弾銃だ。というよりも、散弾砲といった方がいいかもしれない」

 火縄銃と見えるほどの古式な姿も、子細に検討すれば、散弾砲をより強力にするためのものだとわかる。
 銃身が太いのは、大口径かつ多数の散弾を撃ち出すため。
 銃身を短く切りつめているのは、散布界(散弾の広がり)を広げるため。
 銃床がないのは、腰だめに構え、自身の運動性を確保しながら速射を可能とするため。
 銃架が銃口の近くまで延びているのは、銃の重量を重くすることで、射撃時の反動を吸収するため。

「畜生。なんてことだ」

 大神は自分の迂闊さを呪った。 
 しかし、それで状況が変わるわけではない。
 いや、逡巡しているだけでは、状況は悪化するだけだ。
 現に、八十禍は、とどめの一撃を加えようと、剛武にむけて散弾砲を構え直している。

「カンナ! よけるんだ!」

 散弾砲(銃)というものは、その性格上、貫通力は低い。しかい、命中範囲が広く、また、その打撃力も高い。
 だからこそ、ボロボロになりながらも、増加装甲が散弾を食い止めてくれたのだ。
 しかし、もう、その増加装甲はないも同然である。直撃を受ければ、今度は装甲だけではすまない。

「いわれなくても、わかってるぜ」

 カンナは剛武の態勢を立て直そうとしているが、このままでは間に合わない。
 大神も、今までの戦闘で霊力を消耗しており、霊気防御は不可能だ。

「!!」

 引き金が絞られ、散弾砲の砲声が轟いた。
 だが、剛武は直撃を免れている。

「助かったぜ、アイリス」

 彼女が念動力で剛武を動かしたのだ。

「ふぅ。でも、カンナぁ。ちょっと重いよ。だいえっとした方がいいんじゃない?」
「なんだとぉ!?」

 危機一髪だったというのに、この調子である。

「困ったもんだ」

 大神は嘆息するが、逆に考えれば、平常心を失っていないということである。
 可憐な乙女達は、幾度もの戦いを経て、心まで鋼鉄に武装したのだ。
 もっとも、それが喜ぶべきものなのか、悲劇なのか。評価はわかれるところであろう。
 ただ、大神は悲劇だと思っている。
 米田が、かつてミカサ出撃の前に「自分は女子供を戦わせているダメ軍人だ」と自嘲したことがったが、大神も同じ思いである。本来、軍人である自分たちが守るべき者を戦わせているのだから。
 そして、さらに悲劇的――あるいは喜劇的であるのは、当の花組隊員達が、それを悲劇だと思っていないことだ。
 もちろんそれは、隊長が大神であるということも強く影響している。彼女達は大神を慕い、大神のために戦っているのだから。

(だから、みんなを無事に連れて帰らねばならない!)

 大神は、二刀を構え直し、霊気を込める。

「狼虎滅却……」

 同時に速度をあげて突っ込んでいく。必殺の無双天威の動きだ。
 だが、愚直なまでに直線的なこの動き――それが大神の持ち味でもあるのだが――は、当然のように八十禍に読まれていた。

「そんなもの、効きませんよ!」

 散弾砲が真武に向けて撃たれる。
 必中と思われた八十禍の攻撃は、しかし、大神の目論見通りであった。

「霊気防御!」

 無双天威と見えたのは、大神の謀であったのだ。さしもの散弾砲も、これを貫くことはできない。
 虚をつかれた八十禍は、瞬間、棒立になった。

「紅蘭! 閃光弾を!」
「は、はいな!」

 八八粍砲の脇に設けられた汎用射出筒から、数発が打ち出される。

「みんな受像機の電源を切って目を閉じるんや!」

 次の瞬間、太陽が地上に降りてきたかと思わせるような激光が戦場を覆った。
 この閃光弾は、照明弾よりもさらに強力な光を発するもので、目くらましであると同時に、対人用兵器としては強力な刺激を視神経に与えることにより人間を一時的に無力化するものだ。あまりにも強力なため、神武/神武改に装備されている受像機も過負荷で動作不能になるほどである。
 さすがに八十禍は、無力化はされなかったが、瞬間的に視力は失った。

「カンナ!!」
「わかってらい!」

 大神の言葉より早くにカンナは動き出している。
 霊子機関が悲鳴をあげるほど速度を上げて突撃していく剛武の狙いは、八十禍自身ではない。

「チェストォ!」

 駆け込みながらの手刀は、八十禍の手首に振り下ろされた。
 素手でも麦酒瓶切りをするほどの威力をもつその攻撃でも、八十禍は大きな傷をうけた様子はない。だが、散弾砲を取り落とすには十分だった。

「や、やりおる!」

 僅かに回復した視力で、散弾砲をとりあげようとする。もちろん、それを黙って見ている花組ではない。

「いかせないわよ!」

 マリアの速射砲が八十禍の直前に弾幕を張り、出足を挫く。

「これ、アイリスがもらっちゃうね!」

 その間に瞬間移動してきた陽武が散弾砲を拾うと、再び瞬間移動して八十禍の近接攻撃圏内から離脱してしまった。

「すみれくん、さくらくん!」
「お任せあれ」
「わかりました、大神さん」

 既に十分な態勢を整えていた二人の反応は早かった。

「神崎風塵流・朱雀の舞!」
「破邪剣征・千花乱撃!」

 二つの同系統の必殺技は相乗効果となって威力を増し、八十禍に襲いかかる。
 まだ満足に視力の回復していない八十禍は、これをまともに喰らうこととなった。

「うおぉぉぉぉぉぉーっ!」

 技の威力に、大きく空中へ吹き飛ばされた八十禍は、断末魔の叫びを残すと海面へ落下。そのまま海中へと没していった。
「……やったか?」

 大神が全てを命じるまでもなく、以心伝心で繰り広げられた花組の見事なまでの連携攻撃だ。
 それ自体は、どこか一個所で小さくても齟齬があれば破綻してしまうような脆いものであったが、大神には成功する確信があった。理詰めでくる相手だから、それを逆手にとれば行動が予測できるからだ。
 だが、それが八十禍に有効な攻撃なのかどうかまでは、確信できない。

「なーんも、反応してきぃへんな」

 紅蘭が色々と探知器類を操作してみるが、どれにも引っかかってこない。もっとも、さすがに水中探信儀までは装備していないから、確証とはならない。

「………」

 全員が水面を見つめる。
 5分、10分、15分……
 先ほどまで戦場であったことが信じられないほど静まり返ったままだ。

「大神さん。もういいんじゃないですか?」

 さくらの言葉にマリアも同意した。

「中尉。逃げたにしろ、倒したにしろ、今は捕捉できないわけですから。草薙剣を探しましょう」
「そうだな」

 大神は肯き、全機を捜索のために展開させるべく後方に振り返る。
 だが、彼はその指示を出すことはできなかった。

「捜しものなら、ここにあるぞ」

 急速に高まる霊気と同時に、その声が響いたのである。

「八十禍!!」

 海面からゆっくりと、その姿が現れる。
 そして、その手に握られているものからは、黄金色の霊気が放たれていることが肉眼でも確認できた。

「草薙剣か!」
「その通りですよ」

 海底へと沈み、もはや死をまつだけかと思われた八十禍だったが、偶然にもそこで草薙剣を発見したのだ。

「さすがは神器ですよ。私の身体に力が満ち溢れるようです」

 実際、八十禍の霊力は、戦闘前よりもさらに高いものになっている。
 草薙剣は、ただ霊力を注ぎ込むことのみならず、使い手の力を増幅もしているのだ。

「いきますよ!」

 草薙剣を振りかざし、八十禍は花組に襲い掛かった。

「全機、自由回避!」

 草薙剣とまともに戦っては危険だと判断した大神は、そう命じた。しかし、動きは八十禍の方が早い。すぐに、すみれの麗武が捕捉されてしまった。

「もう逃げられないですよ」

 麗武の行く手が阻まれる。
 すみれは必死に麗武を左右に振って振り切ろうと試みるが、全く通じない。

「終わりです!」

 草薙剣が振り下ろされる。

「えい!」

 すみれも薙刀の柄で剣を受けようとする。
 柄といっても、それ自身、シルシウス鋼でできているから、十分な強度をもっている――筈だった。

「え!?」

 剣が振り下ろされたにもかかわらず、音も手応えもなかったことが、すみれには一瞬、理解できなかった。
 だが、受像機に捉えられた映像を確認した時、それは恐怖となる。

「なんて……ことですの!?」

 薙刀の柄が真っ二つに切られている、というよりも、ある一部分が消滅してしまっている。
 剣の切れ味どうこうというよりも、草薙剣のもつ圧倒的な力がシルシウス鋼すら分解・消失させてしまったということだろう。

「少し目測を誤ったようだな。どうも私は剣が不得手なものですからね」

 八十禍は再び剣を構えた。
 こうなれば、花組も逃げてばかりいられない。

「やらせんぞ!」

 大神の号令一下、波状攻撃が始まる。

「パールク・ヴィチノイ!」
「うちの力を見いや。いったれ! 四天王ロボ!」
「イリス・シュペール・エトワール」
「破邪剣征・千花乱撃」

 遠距離攻撃のみならず、近接攻撃組も臆さずに八十禍の懐に飛び込んでいく。

「いくぜ! 桐島流空手奥義・一拳励魂」
「くらえ! 狼虎滅却・天衣無縫」

 だが、そのいずれもが、八十禍に触れることすらかなわなかった。
 草薙剣により極大化した霊力により弾かれ、あるいは押し戻らされてしまったのである。

「これが神器の力だというのか!」

 なるほど、それぞれが分けられ、個別に結界の中に保管されるわけだ。
 三種が揃えば、単なる足し算以上に力も出るだろうから、その効果は想像を絶する。
 それに匹敵する力を持っている十種の神宝はツクヨミが持っているのだ。両方を手に入れられては、いかな帝國華撃團といえども万に一つの勝ち目もない。

「くそっ、なんとかしなくては」

 だが、現実はそれどころではない。すみれを助けることすらままならないのだ。

「すみれくん、機体を捨てるんだ! 機体が攻撃されている間に逃げろ!」
「何をおっしゃいますの、中尉。この麗武がなくては、帝都を救うことなどできませんことよ」

 すみれのいうことは、おそらく真実である。
 だが、機体を救える確立は極小にすぎないことも、事実であった。つまり、すみれが機体を捨てない限り、すみれが助かる可能性もまた、極小であるということだ。

「すみれくん、命令だ。麗武から降りるんだ!」

 しかし、それでもすみれは首を縦に振らなかった。

「いやです!」
「すみれくん!!」
「中尉。中尉は、どんな小さな可能性でも、それしか選択肢がないのであれば、どんな困難をも排してそれを実現してきたじゃないですか。私は、愛するひとの教えを守ります!」

 悲壮な、しかし、確信に満ちた決意を固めて、麗武は八十禍の前に立ちはだかった。
 もっとも、八十禍にしてみれば、すみれがどう考えようと知ったことではない。既に武器も失っている神武改など、彼にとっては脅威になりえないのだ。

「大神隊長の言う事を聞いていれば、少しは長生きできたものを。もっとも、たかだか数分の違いしかないだろうがね」

 八十禍は大きく剣を振り上げた。

「意地を張って正確な判断ができなくなることが欠点ですよ。神崎すみれくん!」

 麗武が地面を蹴る。
 素早く機体を左に移動させる――と見せて機体を捻りこみ、急に逆方へと移動方向を変えた。神武改の構造の限界を超えるほどの素早い機動だ。おそらく、これ以上の機動は不可能であろう。
 だが、それでも八十禍を惑わすことはできなかった。その剣の軌跡は正確に麗武を捉えている。もはや、すみれに残された術はかった。すみれには。




次へ進む


一つ前へ戻る
目次に戻る