『すみれさん! 伏せて!』
突然、受信機に割り込んだ大音声に、すみれは反射的に従った。
次の瞬間、目前で轟音・炸裂・爆炎とあらゆることが同時に発生する。
『今のうちよ。早く後退して!』
状況が飲み込めないながらも、すみれは麗武の態勢を立て直し、八十禍との距離をとる。
「大丈夫か、すみれくん」
「ええ、なんとか。ですが、中尉。今のは一体なんですの!?」
「あれだよ」
大神に示されて、上空を見上げる。
そこには、見慣れた巨体が佇んでいた。
「翔鯨丸!!」
花組を蒼空にて射出後も、全速で航行を続けていた翔鯨丸が、間一髪のところで戦場に到着したのだ。
「どう、すみれさん。私の腕も捨てたものじゃないでしょう?」
すみれを助けた一弾を放った椿が、誇らしげに言う。
実際、至近距離に敵味方が隣接する中に、狙い過たず初弾命中をさせたのだ。賞賛に値する正確さである。
もっとも、こうなると素直でないのがすみれだ。
「あら。誰も助けてくれなんていってませんことよ。これから私が華麗な反撃を繰り広げるところでしたのに」
『はいはい。わかりました』
大神は、戦場の流れが変わりつつあるのを感じていた。
もちろん、翔鯨丸の火力をもってしても、今の八十禍に対抗するには不十分だ。実際、奇襲だったからこそ、八十禍を怯ませ麗武を脱出させることができたが、直撃弾にも八十禍の身体そのものが傷ついた様子はない。
(それでも……ここは、押すべきだ)
そうすれば勝てる、と大神は確信した。
これが、米田の言っていた“戦場の匂い”ということなのか。
「由里くん。翔鯨丸をもっと接近させてくれ。それと、麗武の予備武装を!」
『了解!』
すぐさま、薙刀が翔鯨丸から射出され、麗武は再びその牙を得た。
「さあ、いくぞ! 八十禍!」
大神は、再び花組を展開させ、攻撃準備を整える。
「何をやっても同じことです。今の私にはききませんよ」
確かにその通りだ。
大神の感じた“流れ”とは裏腹に、翔鯨丸も含めたすべての攻撃は効かない。
それでも、大神は攻撃をやめようとはしなかった。ここで、攻撃を中止しては、折角、引き寄せた流れを手放してしまう。
「大神はん。もう、弾が切れてまうで!」
紅蘭が残弾不足を伝えてきた。
兵の掃討からはじまって、かなりの長時間戦闘になっている。
「マリア。烈武はどうだ?」
「こちらの残弾も、もかなり苦しいです」
本来、翔鯨丸には予備弾薬が積載されている。だが、伊勢神宮からの連続した戦いのため、既に消耗してしまっていた。
他の五機は、そうした弾切れと無縁はいえ、烈武と雷武の支援力がなくなってしまえば、攻撃のために八十禍に近接することすら難しい。
「そろそろ息切れのようですね」
八十禍も、それを見抜いている。
「ならば、今度はこちらから攻撃させていただく番ですよ!」
八十禍が霊気を高めていく。
「なんてことだ。まだ、全力ではなかったというのか!?」
やがて、草薙剣が、黄金色に輝きだし、さらに霊力を増大させていく。まさに天井知らずだ。
「隊長ぉ。こんな化け物、どーやって戦えばいいんだよぉ!」
ついにはカンナまでも弱音をはく。
だが、こんな時でも冷静沈着なのはマリアである。
「待ってください。なにか、様子がおかしいです」
よく見れば、八十禍の表情からは、満ち溢れていた自信が消え、逆に戸惑いと困惑をあらわにしている。
「何がおきたんだ?」
大神がいぶかしんでいると、突然、無線から悲鳴が聞こえた。
『きゃぁぁぁぁ!』
花組隊員の声ではない。
慌てて上空を見上げると、翔鯨丸の挙動がおかしい。
いや、それどころか、全体が黄金色の光に包まれている。まるで、草薙剣のように。
「大変やで、大神はん」
この現象を解析したのは、やはり紅蘭である。
「草薙剣と八咫鏡が共鳴してるんや。互いの力が何倍にも増幅されとる」
「なんだって?」
「おまけに、持ち手がそれを制御しきれてないんや。暴走状態やで」
それで合点がいった。
八十禍も翔鯨丸も、あまりにも強大な霊力をもてあまし、翻弄されているのだ。
「ならば、今しかない! さくらくん!」
「は、はい」
「あの技をやるぞ」
「でも、まだ未完成じゃないですか。訓練でも成功率は低いのに……」
さくらは、こんな大事な場面で、初めての技を出すことをためらった。
「大丈夫。自分の力を信じるんだ!」
「大神さん……」
その言葉に、さくらは、決心した。
自分の力を信じて、そして、そう言ってくれた大神を信じて。
「瞳に宿る不屈の炎は!」
「みんなを未来に誘う旭光!」
「今、その光を正義の力に変えて!」
「破邪滅却・桜花疾風!!」
桜花のごとき霊子が疾風のごとく戦場を吹き抜ける。
神武改という新しい霊子甲冑と、黒之巣会と戦った時代より遥かに高まっている個人の霊力とを最大限に生かすために、大神とさくらが密かに鍛練してきた新合体技である。
それでも、八十禍が受けた傷は小さなものだが、己の限界をとうに超えた霊力を貯えていた身体には、それで十分であった。
「ば、馬鹿な……正義は……正義は、我らにあるという……のに……」
八十禍は、断末魔にあえぎながらも自問する。
これに、大神は間髪を入れずに答えた。
「確かに正義は一つではないかも知れない。それぞれが置かれた立場によって、それぞれの正義があるかもしれないことも否定できない。でも、他人を一方的に犠牲にすることを必要とする正義など、正義ではない。正義たりえない!!」
この言葉に、八十禍は反論することができなかった。
もちろん、納得をしたわけではない。ただ、意味のある言葉を口にするだけの生命力がなくなったのであった。
「なっ……そん……な……あぁっ!」
膨れた風船に針を突き刺したように、八十禍の身体は、内側から破裂するように四散した。その蓄積された霊力を物語るような、凄まじい閃光と爆音とともに。
そして、それと同時に、翔鯨丸を包んでいた黄金色の霊気も消えた。剣の持ち手が消滅したため、共鳴が止まったのである。
「ふぅ……危なかった……」
真武は、ひっくり返るように仰向けに崩れおちた。他の神武改も同様である。
花組隊員は霊力を使い切り、もはや神武改を立たせておくことすらできなかったのだ。
大神は、神武改を動かすことを諦めた。手動で操縦席の装甲扉の固定具を解除すると、生身で砂浜に降り立つ。
だが、その一歩目で砂に足をとられ、よろめいた。
「大分、体力も消耗しているな。みんなは大丈夫かな?」
他の隊員達も、大神に習って降機してきたが、やはり、誰もかれもつかれきっている。
「隊長。とにかく剣を確保して下さい」
「ああ、そうだね」
マリアの言葉に従い、剣へと歩を進める。
持ち手を失ったそれは、砂地に突き刺さり、まるで墓標のようだ。
「………これは……」
近づくにつれ、大神は無言になる。
剣のもつ圧倒的な威圧感――あるいは存在感に気押されたのだ。
同じ神器でも八咫之鏡とは全く異なる気色である。
「………」
剣の前に大神が立った。
先ほどの共鳴が頭をよぎって、一瞬、躊躇するが、思い切って柄に手をかけた。
「うっ……」
花組一同も注目したが、何も起こらない。
どうやら、持ち手がそれを望まない限り、霊力の増幅などの現象は発生しないようだ。
大神は、そのまま一気に剣を引き抜いた。
「やりましたね、大神さん」
わっと歓声があがる。
三種の神器の最後の一つである勾玉は皇居にあるから、これで全てを揃えたも同然だ。
「じゃあ、いつものやつ、いきましょうか」
この言葉に大神は耳を疑った。
これだけの激戦を経て、誰もが一目でわかるほど疲弊しているというのに。
(やれやれ。大したものだ。まだまだ俺は花組を理解しきれていないらしい)
これじゃ一生モギリだ。
苦笑する大神の周りには、もう花組隊員達が集まってきている。
「それじゃあ、いきますよ」
さくらが音頭をとった。
「勝利のポーズ」
「決めっ!!」