第8話「二つの正義」(その7)

『すみれさん! 伏せて!』

 突然、受信機に割り込んだ大音声に、すみれは反射的に従った。
 次の瞬間、目前で轟音・炸裂・爆炎とあらゆることが同時に発生する。

『今のうちよ。早く後退して!』

 状況が飲み込めないながらも、すみれは麗武の態勢を立て直し、八十禍との距離をとる。

「大丈夫か、すみれくん」
「ええ、なんとか。ですが、中尉。今のは一体なんですの!?」
「あれだよ」

 大神に示されて、上空を見上げる。
 そこには、見慣れた巨体が佇んでいた。

「翔鯨丸!!」

 花組を蒼空にて射出後も、全速で航行を続けていた翔鯨丸が、間一髪のところで戦場に到着したのだ。

「どう、すみれさん。私の腕も捨てたものじゃないでしょう?」

 すみれを助けた一弾を放った椿が、誇らしげに言う。
 実際、至近距離に敵味方が隣接する中に、狙い過たず初弾命中をさせたのだ。賞賛に値する正確さである。
 もっとも、こうなると素直でないのがすみれだ。

「あら。誰も助けてくれなんていってませんことよ。これから私が華麗な反撃を繰り広げるところでしたのに」
『はいはい。わかりました』

 大神は、戦場の流れが変わりつつあるのを感じていた。
 もちろん、翔鯨丸の火力をもってしても、今の八十禍に対抗するには不十分だ。実際、奇襲だったからこそ、八十禍を怯ませ麗武を脱出させることができたが、直撃弾にも八十禍の身体そのものが傷ついた様子はない。

(それでも……ここは、押すべきだ)

 そうすれば勝てる、と大神は確信した。
 これが、米田の言っていた“戦場の匂い”ということなのか。

「由里くん。翔鯨丸をもっと接近させてくれ。それと、麗武の予備武装を!」
『了解!』

 すぐさま、薙刀が翔鯨丸から射出され、麗武は再びその牙を得た。

「さあ、いくぞ! 八十禍!」

 大神は、再び花組を展開させ、攻撃準備を整える。

「何をやっても同じことです。今の私にはききませんよ」

 確かにその通りだ。
 大神の感じた“流れ”とは裏腹に、翔鯨丸も含めたすべての攻撃は効かない。
 それでも、大神は攻撃をやめようとはしなかった。ここで、攻撃を中止しては、折角、引き寄せた流れを手放してしまう。
 
「大神はん。もう、弾が切れてまうで!」

 紅蘭が残弾不足を伝えてきた。
 兵の掃討からはじまって、かなりの長時間戦闘になっている。

「マリア。烈武はどうだ?」
「こちらの残弾も、もかなり苦しいです」
 
 本来、翔鯨丸には予備弾薬が積載されている。だが、伊勢神宮からの連続した戦いのため、既に消耗してしまっていた。
 他の五機は、そうした弾切れと無縁はいえ、烈武と雷武の支援力がなくなってしまえば、攻撃のために八十禍に近接することすら難しい。

「そろそろ息切れのようですね」

 八十禍も、それを見抜いている。

「ならば、今度はこちらから攻撃させていただく番ですよ!」

 八十禍が霊気を高めていく。

「なんてことだ。まだ、全力ではなかったというのか!?」

 やがて、草薙剣が、黄金色に輝きだし、さらに霊力を増大させていく。まさに天井知らずだ。

「隊長ぉ。こんな化け物、どーやって戦えばいいんだよぉ!」

 ついにはカンナまでも弱音をはく。
 だが、こんな時でも冷静沈着なのはマリアである。

「待ってください。なにか、様子がおかしいです」

 よく見れば、八十禍の表情からは、満ち溢れていた自信が消え、逆に戸惑いと困惑をあらわにしている。

「何がおきたんだ?」

 大神がいぶかしんでいると、突然、無線から悲鳴が聞こえた。

『きゃぁぁぁぁ!』

 花組隊員の声ではない。
 慌てて上空を見上げると、翔鯨丸の挙動がおかしい。
 いや、それどころか、全体が黄金色の光に包まれている。まるで、草薙剣のように。

「大変やで、大神はん」

 この現象を解析したのは、やはり紅蘭である。

「草薙剣と八咫鏡が共鳴してるんや。互いの力が何倍にも増幅されとる」
「なんだって?」
「おまけに、持ち手がそれを制御しきれてないんや。暴走状態やで」

 それで合点がいった。
 八十禍も翔鯨丸も、あまりにも強大な霊力をもてあまし、翻弄されているのだ。
 
「ならば、今しかない! さくらくん!」
「は、はい」
「あの技をやるぞ」
「でも、まだ未完成じゃないですか。訓練でも成功率は低いのに……」

 さくらは、こんな大事な場面で、初めての技を出すことをためらった。

「大丈夫。自分の力を信じるんだ!」
「大神さん……」

 その言葉に、さくらは、決心した。
 自分の力を信じて、そして、そう言ってくれた大神を信じて。

「瞳に宿る不屈の炎は!」
「みんなを未来に誘う旭光!」
「今、その光を正義の力に変えて!」
「破邪滅却・桜花疾風!!」

 桜花のごとき霊子が疾風のごとく戦場を吹き抜ける。
 神武改という新しい霊子甲冑と、黒之巣会と戦った時代より遥かに高まっている個人の霊力とを最大限に生かすために、大神とさくらが密かに鍛練してきた新合体技である。
 それでも、八十禍が受けた傷は小さなものだが、己の限界をとうに超えた霊力を貯えていた身体には、それで十分であった。

「ば、馬鹿な……正義は……正義は、我らにあるという……のに……」

 八十禍は、断末魔にあえぎながらも自問する。
 これに、大神は間髪を入れずに答えた。

「確かに正義は一つではないかも知れない。それぞれが置かれた立場によって、それぞれの正義があるかもしれないことも否定できない。でも、他人を一方的に犠牲にすることを必要とする正義など、正義ではない。正義たりえない!!」

 この言葉に、八十禍は反論することができなかった。
 もちろん、納得をしたわけではない。ただ、意味のある言葉を口にするだけの生命力がなくなったのであった。

「なっ……そん……な……あぁっ!」

 膨れた風船に針を突き刺したように、八十禍の身体は、内側から破裂するように四散した。その蓄積された霊力を物語るような、凄まじい閃光と爆音とともに。
 そして、それと同時に、翔鯨丸を包んでいた黄金色の霊気も消えた。剣の持ち手が消滅したため、共鳴が止まったのである。

「ふぅ……危なかった……」

 真武は、ひっくり返るように仰向けに崩れおちた。他の神武改も同様である。
 花組隊員は霊力を使い切り、もはや神武改を立たせておくことすらできなかったのだ。
 大神は、神武改を動かすことを諦めた。手動で操縦席の装甲扉の固定具を解除すると、生身で砂浜に降り立つ。
 だが、その一歩目で砂に足をとられ、よろめいた。

「大分、体力も消耗しているな。みんなは大丈夫かな?」

 他の隊員達も、大神に習って降機してきたが、やはり、誰もかれもつかれきっている。

「隊長。とにかく剣を確保して下さい」
「ああ、そうだね」

 マリアの言葉に従い、剣へと歩を進める。
 持ち手を失ったそれは、砂地に突き刺さり、まるで墓標のようだ。

「………これは……」

 近づくにつれ、大神は無言になる。
 剣のもつ圧倒的な威圧感――あるいは存在感に気押されたのだ。
 同じ神器でも八咫之鏡とは全く異なる気色である。
 
「………」

 剣の前に大神が立った。
 先ほどの共鳴が頭をよぎって、一瞬、躊躇するが、思い切って柄に手をかけた。

「うっ……」

 花組一同も注目したが、何も起こらない。
 どうやら、持ち手がそれを望まない限り、霊力の増幅などの現象は発生しないようだ。
 大神は、そのまま一気に剣を引き抜いた。

「やりましたね、大神さん」

 わっと歓声があがる。
 三種の神器の最後の一つである勾玉は皇居にあるから、これで全てを揃えたも同然だ。

「じゃあ、いつものやつ、いきましょうか」

 この言葉に大神は耳を疑った。
 これだけの激戦を経て、誰もが一目でわかるほど疲弊しているというのに。

(やれやれ。大したものだ。まだまだ俺は花組を理解しきれていないらしい)

 これじゃ一生モギリだ。
 苦笑する大神の周りには、もう花組隊員達が集まってきている。

「それじゃあ、いきますよ」

 さくらが音頭をとった。

「勝利のポーズ」
「決めっ!!」



「じゃあ、かすみくん。しばらくは頼んだよ」
「はい。ゆっくりと休んでいて下さい」
「そうだね。帰ったら、また事務の手伝いでコキ使われちゃうからね」
「もう、大神さんたら!」

 翔鯨丸に回収された後も種々の雑務をこなした大神は、翔鯨丸の運用をかすみに委ねることで、ようやく、休息の時を得ることができた。
 大神は、副長席――艦長席はあやめのために空席のままだ――に腰掛け、深く息を吐いた。

「ご苦労様でした。大神さん」

 そこにさくらが現れた。
 基本的に翔鯨丸に搭乗している時は、常に臨戦態勢であるから、戦闘服のままだ。

「はい、熱いお茶でも飲んで、少しでも疲れを癒して下さいね」
「ありがとう」

 大神はさくらの入れたお茶をすすった。
 モボだモガだと世間は言うが、やはり根っ子は日本人。こういうものが一番おちつく。

「アイリスはどうだい?」
「もうぐっすり寝てますよ。やっぱり、かなりつかれていたみたいで……」
「そうだろうね。最後までよく頑張ったよ」

 そうこうしていると、すみれも姿をあらわした。

「あら、相変わらずしみったれたことしてらっしゃいますのね、さくらさん」

 開口一番、こう来られては、さくらが怒り出すのは当然だ。

「なんですって!? どういうことですか!」

 しかし、すみれは、さも見下ろしたように言葉を続ける。

「そんな出がらしの番茶で、中尉の疲れがとれると思ってますの」
「じゃあ、すみれさんのもってるのは何ですか?」

 見れば、すみれも湯飲みをもってきている。

「おーほっほっほ。これだから田舎娘は困りますわ。これは、静岡から取り寄せた最高級の玉露ですわよ。中尉にはこれでなくてはいけません」

 すみれは、大神の前に湯飲みを差し出した。

「す、すみれくん。これ、なんか凄い色してるんだけど……」

 玉露といえば、緑色だと大神は記憶していたが、これは似ても似つかない、どちらかといえば(いや、いわなくても)どす黒い色をしている。言われて覗き込んだすみれも、一瞬、そう思ったが、ここまで見得をきった以上、後には引けない。

「いやですわ中尉。最高級のものは、普通のものとは違いますことよ。それなんといっても、中尉の恋人であるこの私の愛がこもっていますもの」
「ちょっ、ちょっと。なんですかその恋人っていうのは!」
「あら。だって、先ほどの戦いの中で、私、愛の告白をしてしまいましたもの」

 確かにすみれは、戦闘中の感情の昂ぶりから、大神のことを『愛するひと』と呼んでいる。

「だからといって、中尉はどうだかわからにじゃないですか!」
「何をおっしゃいますやら」

 すみれは高笑いする。

「帝劇・花組のスタアにして社交界の花、知性・教養・美貌の全てを兼ね備えた、この神崎すみれを袖にする男などこの世に存在しませんことよ」

 いつのものことながら、ここまで言えれば感心するより他ない。

「……はいはい立派な肩書きですこと。でも、私と大神さんは、新しい合体技をできるほど息の合った中ですから」

 この台詞を聞くや、すみれは今までの高飛車が一転して、鬼のような形相になった。

「そうですわ。思い出したましたわ。あれは一体何ですの!」
「破邪滅却・桜花疾風という技ですよ」
「そんなことを聞いているんじゃありませんわ!」

 当たり前である。
 さくらも、だいぶ、ふてぶてしくなったものだ。

「あんな技を練習していたなんて、全然、知りませんでしたことよ。一体、どうなってますの!!」
「あら、知りませんか、すみれさん。敵を欺くには、まず味方からと言うでしょう?」
「まー、うまいこといっちゃって。そうやって中尉をたぶらかしたんですわね!」

 目の前で繰り広げられる、いつもの、しかし、確実に激しくなって行く口喧嘩に、大神は頭を抱えた。

(やれやれ。疲れてるんだから簡便してくれよ)

 辟易しながら、手持ちぶさたの大神は、玉露を一口すすった――その次の瞬間だ。

「うっぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 翔鯨丸が態勢を崩さんばかりの大声をあげて、大神が跳ねあがるように立ち上がったかと思うと、そのまま自由落下して床に突っ伏した。

「お、大神さん!?」
「中尉!」

 慌てて、さくらとすみれが駆け寄るが、既に大神は昏睡状態だ。

「どうしたんや、一体!?」

 騒ぎを聞きつけて、紅蘭もやってきた。

「大神はん!?」

 これも駆け寄ろうとした紅蘭だが、直前で足を止めた。

「すみれはん。何ですの、これ?」

 そこには、倒れた湯飲みが転がって、床に『玉露』がこぼれていた。

「ああ。それは、私が中尉に差し上げた最高級の玉露ですわ」
「は? なにいうてまんねん!」

 紅蘭は、何を訳の分からない事をと言わんばかりだ。

「これは、うちが大神はんのためにつくっていた、特製疲労回復剤やで」
「何ですって?」

 確かに、すみれがお茶を入れていた時、隣で紅蘭が作業していた。
 どうやら、どこかで取り違えてしまったらしい。

「途中でなくなってしもうたんで、おかしいとは思ったんやけど……」
「それよりも、紅蘭。一体、何をいれましたの?」

 よくぞ聞いてくれましたとばかりに目が輝く。

「うちが考えに考え抜いて選らんだもんばかりやで。蛇の生き血、マムシの肝、蜂の子、朝鮮人参、冬虫夏草、龍の骨、イモリの黒焼き……」

 哀れ大神。
 神々と渡り合う天下の花組隊長も、彼女たちにかかっては、ひとたまりもないのであった。



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