第8話「二つの正義」(その5)

「敵、視認!」

 蒼空の外部受像機を通して得られた画像には、あきらかに異形のものとわかるものどもが確認できた。

「さすがは、日本光学製の望遠レンズだな」

 照和後期に“ニコン”の商標で世界を席捲する技術力はすでに確立していた。

『隊長。敵も気づいたようですよ』

 マリアが言うように、敵の動きが変わった。
 もっとも、この霊子パルスジェットというもの、絶えず必殺技を繰り出しているようなものだから、凄まじい轟音がする。

「よし、各機回避運動開始!」

 それとほぼ同時に、敵の対空攻撃がはじまった。
 強酸性の液体や、霊子弾が蒼空めがげて打ち上げられるが、あたらない。
 三次元を高速に移動する物体に対して、二次元展開しかできない“兵器”は圧倒的に不利。まして、霊子パルスジェットは従来のレシプロ機とは比較にならない速度を生み出しているのだから、なおさらだ。

「降下開始!」

 七機の神武改が一斉に降下を開始した。
 こうなると、ゆっくりと直線的に降りてくるから、的になりやすい。
 次第に弾道が近づき、やがて、最初の直撃弾がカンナ機に命中した。

「カンナ! 大丈夫か!?」
「安心しろ、隊長。これくらい、なんともねぇぜ」

 剛武の強靭な装甲は、それを跳ね返した。
 大神もひとまず安堵するが、脅威が去ったわけではない。特に防御力が低い雷武や烈武が心配だ。
 落下傘を切り離し、逆噴射による原則と神武改の耐久性に頼った強行降下をする手もあるが、まだ高度が高すぎる。
 ならば、頼りになるのは、チームプレイだ。

「アイリス。霊気は練ってあるかい?」
「もっちろん! アイリスだって、ぼーっして降下しているわけじゃないんだよ!」

 これならいける。
 大神は、すぐさまアイリスに指示をした。

「わかった。まっかせといて、お兄ちゃん!」

 そう言うや、アイリス機――陽武の姿が消えた。そして、次の瞬間には地上にその姿をあらわす。瞬間移動したのだ。それも、敵の密集する、ど真ん中へ。

「いっくよぉ! イリス・シュペール・エトワール!!」

 突然、降ってわいたような(いや、文字どおり降ってわいたのだが)アイリスの必殺技に、扶桑の兵は怯んだ。反撃しようにも、アイリスは次々と瞬間移動を行なって捕捉させない。陽武の攻撃力は低いが、放っておくこともできず、扶桑側は一時的な混乱状態に陥った。
 そして、それは、降下の時間を稼ぐには十分だった。

「全機、落下傘強制切り離し!」

 神武改の最終減速用落下傘が機体と分離された。
 一端は減速された落下速度が、大きな空気抵抗を失って、再び増大していく。
 みるみる近づいてくる地表に、しかし、各隊員達は焦ることもない。

「噴進機作動!」

 逆噴射によって、下から突き上げられるような鋭い衝撃が加わる。
 もちろん、それによっても十分な減速は得られない。なにせ、神武改の装甲板であるシルシウス鋼は、鉛合金なのだ。
 噴進機の火薬が尽きるとほぼ同時に、神武改は着地した。
 両脚は地表にめり込み、関節部の緩衝機構が蒸気を吐き出し悲鳴をあげる。
 それでも、神武改は耐えきった。
 陽武も合流し、七機の機体が大地に立つ。

「帝國華撃團、参上!」

 地に足をつければ、さすがに神武改は強い。扶桑の兵を全く寄せ付けずに、前進していく。
 とはいうものの、あまりに手応えがなさすぎる。

「隊長。敵は遅滞戦術をとっているようです」

 マリアの指摘に、あらためて敵を観察すると、確かにそのようだ。
 帝撃に損害を与えるよりも、自らの損害を最小限に抑え、かつ、場所を犠牲にするかわりに時間を稼いでいる。
 質的に劣るとはいえ、数量では圧倒的に勝っている扶桑側にこれをやられると、その意図を挫くことは難しい。

「ならば、一気に押し進む! 奴等が退くだけの場所を潰してしまうんだ!」

 更なる猛攻で、花組は前進につぐ前進を重ねた。
 そして遂に、瀬戸内海の波打ち際までの突破に成功する。
 ようやく得られた、開けた視界には、海面の上に静かにたたずむ異形のものが捉えられた。

「さすがですね。帝國華撃團」

 神武改をしっかりと見据えたまま言う。

「私は、扶桑が太政相、八十禍津日神(やそまがつひのかみ)」

 中国流に言うならば、丞相というところか。
 実際、八十禍の姿は文官のそれだった。

「その様子であれば、大禍津日神を、そう苦労もせずに倒したようだな」
「なぜ、わかる!?」
「大神一郎隊長……だったな。簡単な推理だとは思わぬか? 大禍津日神を倒さねば、ここにはこれぬ筈。そして、貴様等の霊子甲冑は大した傷も受けていない」

 言われてみれば、その通りだ。

「ならば、ここの剣だけは譲るわけにはいかない」

 八十禍は采配を振う。
 すると、今までの扶桑の兵とは違う部隊があらわれた。

「ツクヨミ様からお借りした、神衛兵だ。これまでとは、戦力が違うぞ!」

 一方で、大神も、八十禍のことをよく観察していた。
 時間を稼ごうとしているところを見ると、まだ剣を発見していないらしい。

「いくぞ。こっちが先に剣を見つけるんだ!」

 八十禍と神衛兵は、花組から見て東側に布陣している。そちらに剣の捜索場所があるのだろう。

「紅蘭、マリア。敵を制圧するんだ! アイリスは現状を維持。他のみんなは俺に続け!」

 砲撃支援のもと、大神、さくら、カンナ、すみれが前進を開始する。
 しかし、途端に激しい一斉射撃にみまわれた。

「なんて火力だ!」

 今までの敵兵の中にも、遠距離攻撃能力をもつものはいたが、その主力はあくまで白兵戦部隊であった。だが、この神衛兵は、まるっきりの逆である。白兵戦は従であり、遠距離攻撃が主なのだ。
 その一つ一つの攻撃力は大したものではないが、これだけ集中されると馬鹿にならない。大神達は、前に進むことができなくなってしまった。

「敵を撹乱しないと! アイリス。頼むぞ!」
「まかせといて、お兄ちゃん!」

 アイリスがテレポートを繰り返して攻撃しながら、敵の陣列の中を移動していく。
 いつもなら、これで敵陣に動揺が見られる筈だった。
 だが、扶桑の兵は、あらわれる陽武を、軽く囲みながら防御するだけで、陣列を見出すこともない。

「甘いですね、大神。いつまでも同じ手が通用すると思ったら、大間違いです」

 アイリスの攻撃力は低く、やり過ごしてさえいれば、致命的な打撃をうけることはない。そう確信しての行動だ。
 紅蘭とマリアも全力で支援射撃を行なうが、数が違う。特に、自ら相手の射線入らねば射撃をすることのできないマリアは、苦戦を強いられている。

「破邪剣征・千花乱撃!!」

 業を煮やしたさくらが、新必殺技を放った。
 さすがの威力で、敵戦線に穴が開く。だが、惜しむらくは、その攻撃が、直線でしかないことである。八十禍は、左右に残った兵からの射撃で花組を制圧しつづけながら、後方に待機していた無傷の予備部隊を投入し、瞬く間に戦線を整えてしまった。

「言ったろう。同じ手は二度と通用しないとね」

 この戦線を崩すには、すみれの必殺技のように、広範囲に渡って敵に損害を与えて、戦線の修復を困難にする必要がある。
 だが、すみれの必殺技を効果的に使うためには、敵戦線に近接しなくてはならない。そんな事は、八十禍もとうに見抜いているだろう。

(どうすればいいんだ……)

 苦悩する大神を見かねてか、すみれが、突然、突撃態勢をとった。

「中尉。私がいきますわ」
「行くって、どうするんだ!?」
「知れたこと。私の神崎風塵流薙刀術で敵を吹き飛ばしてご覧に入れますわ!」

 慌てて大神は真武で麗武の腕を掴んですみれを止める。

「お放しになって! 私がやらなければ、誰がやるというんですの!」
 
 すみれも、この状況を打破するには自分の必殺技しかないと気づいたのだ。

「飛び出していっても、やられてしまう!」
「承知の上ですわ」

 自らを投げ出すという決心なのか。
 だが、彼女に悲壮感はない。
 愛するもののために命を投げ出すこと。
 それは、すみれにとって至極当然のことであったからだ。

「行かせて下さい、中尉!」
「いや。駄目だ。例えそれで勝利できたとしても、そんなものに意味はないんだ!」

 軍人としての指揮官であるならば、部下に“死ね”と言わねばならない時がある。それができないのは、大神の甘さなのか、それとも“軍隊”ではない“帝國華撃團”の指揮官としては必要な資質であるのか。
 それは、帝撃、そして帝撃の後継者達の歴代指揮官が悩み、答えが出ずにいる問題だ。
 だが、この時は、大神の判断は正しかった。

「隊長、すみれ。伏せて!」

 マリアの厳しい声に、二人は反射的に神武改を沈みこませた。
 そして、それを確認したマリアは、静かに練り上げていた霊気を一気に解放する。

「クワッサリー・レボスカヤ!!」

 烈武から放たれたマリアの新必殺技は、放射状に広がっていく。まるで、鳥が羽を広げていくかのようだ。
 そして、戦線を形成する敵兵に命中したかと思うと、そのことごとくを撃破してしまった。
 これまでのマリアの必殺技とは違い、貫通力は失われたが、その分、広範囲の敵にダメージを与えることができるのだ。

「よし。みんな。俺に続け!」

 一瞬にして戦線を支えるべき兵を失ったことと、データにない攻撃――何よりも今までとは傾向の違う必殺技は予想できない――により混乱した敵を、大神は見逃さなかった。

「狼虎滅却・快刀乱麻!」
「破邪剣征・千花乱撃!」
「神崎風塵流・朱雀の舞!」

 強固な戦線も、内側に潜り込まれ、混乱すれば脆い。
 必死に立て直しを図るが、それをことごとく退け、敗走させる。

「どうやら、片付いたようやな」

 紅蘭の八八粍連装砲による支援射撃を最後に、戦場から銃砲声が消えた。




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