第8話「二つの正義」(その4)

「へぇ〜。これが、あの八咫の鏡なのぉ」

 鏡を確保した花組は、既に翔鯨丸へと収容されていた。
 その鏡を、今は椿がしげしげと見つめている。

「椿はん。気をつけた方がえーで。強大な力をもっとる祭器やからね」
「は〜い。わかってますよ」

 紅蘭にそう言われて、椿は彼女の方に振り向いた。

「それにしても、神武改って、すごく強くなってるんですね。私、びっくりしちゃいました!」

 豚もおだてりゃ木に登る。
 というわけではないが、紅蘭は鼻高々に語り出す。

「そーやろ、そーやろ。武器そのものはQはんのものやさかいが、それと神武との整合性をとるのは大変だったんやでぇ〜」

 蘊蓄を語り出すと止まらない。
 他の隊員達はやれやれといった風で苦笑している。
 とはいっても、雰囲気はなごやかだ。戦闘の緊張から解放されて、心身ともにリラックスしている。
 だが、その輪の中に大神はいない。
 米田と今後の展開についての打合せのため交信中なのだ。

「大神さん、しぼられてなければいいけど……」

 しかし、さくらの心配は杞憂だった。
 新装備の好成績に、思いのほか打合せは捗っていたのである。

「どうだ。ツクヨミにも、対応できると思うか?」

 作戦会議室。
 通信画面の向こう側から米田が大神に問うていた。

「難しいでしょう。ただ、作戦の妙を尽くし、死力を振り絞れば、あるいは勝ち目がでてくるかもしれません」
「だーっはははっ。児玉(源太郎=日露戦争時の総司令部参謀長)みてーなことをいうじゃねーか」

 根本的に見通しは暗いということは変わっていない。
 だが、米田の豪快な笑い声を聞いていると、不思議と明るくなってくるから不思議だ。これが、統率の妙というものだろう。

「ともかく、やるしかない。帝國を守れるのは、お前らしかいないんだからな」
「はい」

 通信は終了した。
 それを確認して、大きく息をついた大神は、通路へと出る。
 そして、艦橋に向おうと歩き出すと、すぐに人影に気づいた。

「あれ、マリア?」
「あ、隊長」

 マリアは、通路から防弾有機硝子に空を見ていた。

「疲れたのかい?」
「いえ……」

 相変わらず口数が少なくなっている。
 先程の戦闘ではないが、やはりマリアが本調子でないと影響が大きい。
 なんとかしなければ……
 そう思っていると、マリアが最近には珍しく、言葉を続けた。

「隊長。隊長は、何のために戦っているのですか?」
「え!?」

 図らずも大禍と同じ様な問いをぶつけられ、大神は困惑した。

「どういうことだい、マリア?」

 マリアはしばし沈黙し、それからようやく口を開いた。

「かつて、私は、赤色革命のために戦いました。それは、民衆を圧制により苦しめる皇帝と貴族を打倒するための戦いでした。私は、それを正義の戦いと信じていました。そして、圧政者を倒したこと自体を間違っていたとは思いません。ですが、それは共産党という名の新たな貴族と独裁者を生み出しただけでした。私は、ただの権力闘争の道具だったんです」

 ここで、彼女は何ともいえぬ寂しげな表情を浮かべた。
 しかし、すぐにいつもの表示に戻って、話を続ける。

「結局、流れ着いたアメリカで、私は幸運にもあやめさんに出会い、この帝撃に入ることができました。今度こそ、正義の戦いをするんだと信じて」
「実際、そうだったんじゃないのか?」

 大神の言葉に、マリアは頷く。

「これまではそうでした。でも、今はそれに確証がもてないんです。正義のために皇帝を倒した私が、今度は、正義のために天皇を守るのですか? 一体、正義って何なのですか?」

 正義の定義。
 マリアもまた、それがわからなくなり、自分の存在意義を見失いってたのである。
 いや、マリアだけではない。
 『正義のために戦う』と公言して憚らなかった帝國華撃團そのものの存在意義が問われているといっても過言ではない。

「……正義か……」

 大神もうつむいて考え込む。

「確かに難しい問題だ。俺にも正義を一つに定義することができるのかどうかわからない。いや、正義が一つしかないのかどうかもわからない」
「やはり……」
「でも、マリア。なにを守るか、なにを倒すか。それは正義にとっては本質的な問題ではないように思うんだ」
「どういうことですか?」

 意外そうな顔で、マリアは大神を見つめる。

「攻撃とか防衛とか、それは正義を実現するための方法論にすぎないよ」

 大禍に言われた事だ。
 その時は反発したが、あらためて考えてみれば、この考えは正しい。
 ジャンケンをする時にパーを出そうと、グーを出そうと、『ジャンケンに勝るため』にやっている事には変わりない。パーを出したから負けようとしている、グーを出したから勝とうとしているなどろいう評価は成立しない。
 攻撃か防衛かというのは、その程度の差である。

「それに、何を行なうのであれ、邪心や野心をもって行なうのであれば、それは正義の行動とはいえないだろう」
「確かに隊長のおっしゃる通りです」

 ここまではマリアも納得したようだ。
 だが、まだ疑問が氷解したわけではない。
 最も肝心な部分が残っている。

「では、何が正義なのですか?」

 古今東西、この問いには、様々な人間によって様々な回答が行われた。
 しかし、ただの一度でも万人を納得させる答えはでていない。
 大神もそれらの先人達を超えられるとは思っていなかった。
 だが、彼なりに考えるところはある。

「正義が一つとして定義できるものなのか、そして不変なものなのか。さっきも言ったけど、それはよくわからない。でも、一つ言えるのは、不正義といえるものは確かに存在する。邪な心で事を為したり、あるいは自分のことしか考えない行動。例えばこれらは不正義といえるんじゃないかな?」
「そうですね」
「だから、正義の全てではないかもしれないが、一つとして、『不正義を討つ』というのがあると思うんだ。マリアのロシアでの革命も、ここでの戦いも、共通しているのは、それじゃないかな?」

 マリアの目が大きく見開いた。
 そして、数瞬の後、天を仰ぐように上へ顔を上げる。

「ああ……そうか、そうなんですね……」

 それから顔を振るようにして正面に戻した顔には、先程まであった曇りがない。取って代わったのは、久しぶりの微笑みだった。

「隊長。あたしなんかのために、ありがとうございました」
「いや、いいんだよ。俺も考えをまとめることができたしね」

 マリアの事例を含め、口に出しながら考えることで、大神の中でも大分、整理がついた。

「やはり、隊長は頼りになりますね。もっと早くに相談すればよかったです」

 日本の軍人たる大神に対し、天皇を守ることに対しての疑念をぶつけることを怖れ、なかなか言い出せなかったのである。
 だが、大神は、そんなに小さな人物ではなかった。

「ははは、そんなことないさ。たまたまうまく答えられただけさ」

 和やかな雰囲気である。どちらかというと、“二人の世界”一歩手前というところだ。 だが、そこに乱入者が現れた。

「おいおい、隊長。さくらってものがあるのに、浮気してちゃぁいけねぇな」
「カンナ!」

 振り返れば、ニヤリとした笑みを浮かべたカンナが立っている。

「マリアがいねぇんで心配して捜しにきたんだけど……どうやら、必要なかったみてぇだな」

 大神は慌てて弁解する。

「い、いや、別に何でもないんだよ。たまたま、マリアに会ってね、相談を受けていただんだよ」
「ほーぉ」

 疑いの眼差し。

「ま、確かにマリアの悩みはぶっとんでるようだな」

 カンナは穏やかなマリアの表情を見て、大神の言葉を信じる気になった。

「さすがは隊長だ。惚れ直したぜ!」
「おいおい」

 大神が苦笑した、その時だ。

「瀬戸内海に敵発見! 花組各員は至急、艦橋に集合して下さい」

 けたたましい警報音とともに椿の艦内放送が響いた。

「マリア、さくらくん。いくぞ!」
「了解」
「はい」

 すぐに艦橋に全員が集合した。
 通信画面には、帝撃本部の米田が映っている。

「大神。今、警察から報告が入ってきた。瀬戸内海、壇之浦にヒルコの配下どもがあられたらしい」
「らしい……ですか。はっきりとしませんね」
「ああ。重点監視地域として手配してたんだが、帝都から離れた連中には危機感ってものが無ぇらしい。末端まできちんと命令が行き届いてなくてな。はじめて見たもんだから、どこに報告したらわからずにすったもんだだよ。ようやく俺のとこに上がってきた時ぁ、半日もたってるってぇありさまだ」
「半日ですって!」
「ああ。貴様等が大禍と戦ってる時には既に出現していたってぇことだな」

 敵もさるもの。
 壇の浦のどこに沈んでいるかわからない草薙剣を捜し出すには時間がかかる。伊勢神宮に帝撃を引き付けておいて、その間に、という作戦なのだろう。

「わかりました。ただちに出撃します」
「情報が少ない。十分に気をつけてくれ」
「はい!」

 とはいっても、伊勢神宮からの帰途だ。翔鯨丸では現場に間に合わない。

「紅蘭。蒼空の整備は終わっているか? 使うぞ!」

 神武改を降下させたあとの蒼空は、そのまま滑空。翔鯨丸から発せられる電波に誘導されて空中回収されるのである。

「……大神はん。うちが何て言いたいか、わかってるのやろ?」
「そんな無茶な。蒼空の空中発進は試したことがないし、神武改も消耗しているから整備しなおさなくてはならない。だろ?」
「そんで大神はんは言うんや。けれど紅蘭、帝國を救うには、これしか手がないんだ。他に手がない以上、どんな低確立でも、それをやるしかないんだ。って」
「やれやれ。すっかりお見通しだね」
「大神はんもな」

 二人して苦笑する。

「大体、大神はんは卑怯やで」
「え、なんでだい?」
「そう言われたら、うちが拒めないことをしっててやっとるんやろ?」

 そこまでも見抜かれていたとは。
 大神は照れくさそうに頭を掻いた。

「しゃーないな。万が一に備えて、準備はしてあったさかい、すぐに出れるで」
「さすが紅蘭だ。助かるよ」

 大神は表情を引き締めた。

「よし。花組は、蒼空に搭乗し、出撃する。目標、壇の浦!」
「了解!」




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