第4話「混乱・迷走・右往左往!」(その2)

「じゃあ、大神はん。うちの実験室にいこうか!」

 花組所属に戻ったとはいえ、花やしき支部長代理まで努めた紅蘭である。彼女の実験室は依然として残されていた。

「待ってくれ。一応、弓大佐のところに挨拶していこう」

 紅蘭の後を継いで花やしき支部長代理に就任したのは、風組隊長でもある弓慶一郎(ゆみ・けいいちろう)である。帝國陸軍技術士官であった彼は、霊子兵器については世界屈指の技術者である。が、それゆえ保守的な用兵側と度々衝突し、陸軍内部で孤立していた。だが、その腕を買っていた米田に華撃團設立時に引き抜かれたのである。

「大神一郎、入ります!」
「李紅蘭、入ります!」

 弓大佐の私室までたどりついた二人は、その扉を開ける。

「やあ。よくきたね」

 弓はにこやかに迎え入れる。

「おひさしぶりです。弓大佐」

 大神が肘を開かない海軍式の敬礼を決める。

「大神くん。よしてくれ。私のことはQで構わないといっただろう」

 Qとは「弓」の音読からきた彼の渾名である。
 彼自身もそれをいたく気に入っているようで、華撃團内部ではすっかり「Q」で通っている。

「ところで、君たちがくるというので、色々容易させてもらったものがある。紅蘭、第3装備実験室に大神くんを案内してくれたまえ」
「ははーん。アレを見せる気やな」

 紅蘭にはピンときたらしい。

「そういうことだ」

 Qもニヤリと笑う。
 知らぬは大神ばかりというわけだが、ともかくそこまで行かねば始まらないようだ。
 大神は紅蘭に案内されるまま移動する。

「さあ、ついたで!」

 第3装備実験室は霊子甲冑の装備などを試験する花やしき支部でも最も大きな実験室である。

『大神くん。まずはこれをみてくれたまえ』

 Qの声がスピーカーから流れてきた。実験制御室からの彼の遠隔操作により、実験室の床が開き、装備がせりだしてくる。

『これが、神武用新型兵装の一つ、一五試霊子速射砲だ!』  従来の霊子速射砲に比較すると、銃身が何倍も長い。おそらく、これを神武に取り付けて腕を伸ばせば、銃口が地面についてしまうだろう。

『では、試射するぞ。的は三〇糎のシルシウス鋼板だ』  けたたましい蒸気音とともに、銃身が回転し、射撃が始まる。目標とされたシルシウス鋼がみるみる切り裂かれていくのが肉眼でも確認できる。

「凄いな!」

 大神は嘆息する。
 口径は同じだが、長砲身になっており、初速が向上している。貫通力は比較にならないほど強力になっているようだ。

『装薬も改良してある。薬室を新形状にしたから、耐圧が増している』

 抑えてはいるが、得意気なQの声が響く。

『続けてはこれだ』

 さらに大きな兵装がせりだしてきた。

『一四試霊子加農砲だ。これは口径自体をあげてある』

 説明されるまでもなく、その大きさは一目瞭然であった。

『撃つぞ』

 実験室の空気が震え、まるで空気の壁を叩きつけられたかのような衝撃が大神と紅蘭を襲う。海軍でもっと大口径の砲に慣れている大神はともかく、紅蘭が思わず二三歩後ずさるほどだ。しかし、それだけにその威力は強大であった。的となったシルシウス鋼板は文字どおり吹き飛ばされている。

「こいつは!」

 かつてないほどの威力だ。
 大口径砲の宿命である発射速度の低さと取り回しのしにくさ、そしてそれに伴う近接戦闘時の脆さを除けば、すなわち支援兵器として考えれば、これほど頼もしい兵器もないだろう。

『今日、見せられるのはこの二つだけだが、他にも開発中のものはある。いってくれればいつでも取り付けるからな』

 上機嫌であるQの声に送られて第3装備実験室を出た大神達であったが、紅蘭の表情は今一つ暗い。

「あんなぁ、大神はん。Qはんの前ではいいにくかったんやけど」

 意を決したように紅蘭が口を開いた。

「さっきの兵器なぁ。確かに今までのもんより格段に協力や。けど、弱点がある」
「弱点?」
「一つは、いろんな意味で機械の限界ギリギリの性能をだしてるさかい、兵器としての寿命も短くなってるし、整備も難しいこと。ほんで、もう一つは、強力がゆえに、えろう扱いにくいものになってしもーとるんや」
「そういうことか」

 考えてみれば、あれだけの威力。反動だけを考えても従来の数倍だろう。
 そういえば、Qは技術力がある分、技術が暴走しがちな癖があったのを思い出した。

「世の中うまくはいかないもんだな」

 敵が強力になっていくのに神武自体は性能が向上していない。それを操縦者自身の技量向上と集団戦術により対抗してきたが、すでに限界に近い。それを打開できるかとも、大神は期待したのだが。

「まあ、大神はんが悩んでもーてもしょうがあらへん。Qはんや月組のみんなにまかせておかんとな。それよりも、うちの会心の発明をみてーな!」

 紅蘭はとある一角に大神を連れてきた。

「なんだいここは?」
「使ってない倉庫やったから、うちの個人的な発明をおかせてもろーとるんや」

 大神も見た事のある『えんかいくん』や『まことくん』などもあれば、何なのか見当もつかない怪しげな発明品の間をぬっていく。そして、その最も奥に、紅蘭の“会心の発明”はあった。

「どや、これがうちの『紅神(ほんしぇん)号』や!」

 そこにあったのは、紅い羽布張の単発複座複葉機であった。

「ついこの前、完成したばかりのほやほややでぇ」

 確かに真新しい。

「そうか……ようやく、現実になろうとしてるんだね」

 大神は、かつて紅蘭が語ったことを覚えていた。彼女が子供のように目を輝かせて語った夢のことを。

「い、いややなぁ。そんな風にいわんどいてんか」

 照れ隠しに紅蘭は大神の頭をすぱーんとどついた。

「い、いててて……」

 いささか力が入りすぎだ。だが、紅蘭は気づかず、紅神号の解説を始める。

「この紅神号の発動機は、うちの開発した蒸気霊子併用型、祝(いわい)11型や。こいつは星型十気筒に真式霊子機関の簡易型を組み合わせたもんやで。この前、大神はんが海におとしてくれた蒸気自動二輪の発動機はこれの試験機も兼ねてたんや」
「ふーん」

 とりあえず聞いてはいるが、大神には半分くらいしか理解できない。

「で、紅蘭。いつ初飛行するんだい?」
「問題はそれや。大神はん、今までの説明で、なんで複座になってるかわかったやろ?」
「え、いや、その……」

 わかっていない。

「だからやな。霊力の強い人間が二人おらんとちいとばかしパワーが足りんのや」

 大神の背筋に流れる冷たい汗。

「ということは……」
「そや。後席は大神はんや。これから初飛行するで!」

「本当に大丈夫なのかい?」

 無理矢理後席に乗せられた大神の顔はひきつっている。

「うちを信用しぃ!」

 霊子機関により始動した発動機により、紅神号はゆっくりと移動をはじめる。

「紅蘭。滑走路はどこにあるんだい?」
「こっからいくんや!」

 倉庫の扉が開いた。その先はトンネルとなっており、ゆるやかな坂が続いていた。機体はそれを登っていく。
 出口の光が次第に迫り、やがて陽光の中に紅神号は飛び出した。

「こ、ここは!」

 それは地下鉄浅草駅脇の一般道だった。

「大神はん。黙っててーや。舌噛んでまうで!」

 紅蘭は構わず発動機の回転をあげた。しかし、機体はまだとびあがらない。

「紅蘭! 前!」

 正面から、蒸気自動車が接近している。

「わーってる。けど、今更、方向転換もできへん」

 そんなことをしたら、左右の建物に突っ込んでしまう。そして、ブレーキをかけても間に合う距離ではない。だが、機体はなかなか離昇しない。

「南無三!」

 アイリスが映画館を壊して依頼の惨劇を想像した大神が目を閉じた刹那、荒れた日本海で下から波に突き上げられたような、しかしそれよりも優しい、妙な感覚が彼を包んだ。

「!?」

 恐る恐る閉じていた目を開ける。その視界に映ったのは、青い空。慌てて首を捻れば、眼下に街がある。
 紅神号は飛んでいるのだ。

「やったじゃないか、紅蘭!」
「あたりまえや! うちがつくったもんやで!」

 だから心配なのだとは、口が裂けても言えないが、ともかく飛行は順調だ。

「じゃあ、ちーとばかり遠出してみましょか」
「初飛行なんだし、あまり無理しないほうが……」
「もう、大神はんは心配症やね。うちにまかせとき!」

 結局、大神の意見など聞くつもりはないのである。
 紅神号はゆっくりと帝都上空を舞う。大神も紅蘭も翔鯨丸で数え切れないほど飛んできた。しかし、翔鯨丸は飛行船、“吊り上げられている”という感覚だ。それに比べると、航空機は“飛翔している”という感覚である。

「うーん。気持ちいいなぁ」

 頬をうつ風。発動機から流れる煤煙。

「そやろ?  うちも気分は最高や!」

 それは決して初飛行の成功からだけきてるものではない。

「さて、大神はん。これからどないします?」
「そうだなぁ。燃料はどうなんだい」
「まだまだ大丈夫やで。全速でいったって余裕や!」
「それじゃぁ……」

 と、言いかけたところで、機体に据え付けられた無線機が唸りをあげた。

『大神! 聞こえるか!』 「米田長官!」

 軽量化のため、音声のみの短波帯無線機だから、音質は悪いが、実用に問題はない。

『大神。早く戻ってこい。泉岳寺に黄泉兵があらわれた!』
「なんですって!」

『ともかく、貴様らが帰ってきたらすぐに出撃できるように準備をしておく。急ぐんだ』

 大神は米田の言葉を聞きながら、瞬時に所用時間を計算していた。

(駄目だ。遅すぎる!)

 大神達が花やしき経由で帝劇に戻るのをまち、それから現場にいくのでは、時間がかかりすぎる。

「米田長官。先に花組を出撃させて下さい。指揮はマリアに。俺と紅蘭の神武ももっていくいようにお願いします」
『どうする気だ?』
「現地集合です。詳細は説明している暇はないでしょう」
『わかった。貴様に任せるぞ』
 米田との通信は切れた。

「大神はん。どうするんや?」
「紅蘭。このまま、泉岳寺に向うんだ」
「なるほど。わかったで!」

 祝11型が唸りを上げ、紅神号は翼をひるがえした。




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