伊東甲子太郎や藤堂平助が脱退して以降、新撰組では脱走などが相次いでいた。
隊士たちの中には長州や伊東甲子太郎の放った間者が居る。そんなことを考えると自然、隊士たちは殺気立ち、お互いに変な目で見るようになっていた。
そんなある日、新撰組屯所を松本良順が訪れた。
「まるで梁山泊のようだな。」
屯所をグルリと回って見た感想を笑いながら竜馬と土方に話した。
「まぁ、東西の荒くれ者が揃ってる。梁山泊と言うにふさわしいだろうな。」
「だが、一つ違うところがある。……あまりにも不衛生すぎる。」
新撰組には正式に雇っている医者は居らず、病人や怪我人はロクな処置もされないでいる。何よりも良順を驚かせたのは、隊士の三分の一は病人や怪我人であるという事だった。良順はまず屯所内に風通しのいい病室を作り、正式に医者を雇うことを勧めた。加えて衛生面を考えて、浴場の設置も勧めた。
その件を聞いた土方はどこかへ行ってしまった。その間、竜馬と良順は江戸に居る佐那のことを話した。
「佐那さんはその後どうなりました?」
「ああ、割とすぐによくなった。二十日ぐらいで剣も振れるようになったよ。」
「ほお、やっぱり、佐那さんは『鬼小町』だねぇ。」
「お?江戸に戻ったら本人にそう伝えるぞ?」
「ハハハ・・・別に伝えても構わんぞ?いつも面と向かって言っていたことだからな。」
その後、話題は坂本龍馬のことになった。
「そういや、坂本龍馬には会ったのか?」
「……・会った。」
龍馬のことになると、竜馬は妙に不機嫌になった。
竜馬にとって、坂本龍馬は『男の節義を踏み躙った裏切り者』に過ぎない。今すぐにでも八つ裂きにしてやりたい男だった。
「佐那さんの言伝は伝えたのか?」
「……」
「伝えなかったのか?」
『いつまでも……いつまでも、佐那は死ぬまで、坂本様をお待ちしております、と。』
佐那は坂本との婚約を破棄されたにも関わらず、坂本がお龍という女と一緒になったにも関わらず、坂本が帰って来るのを待ち続けている。
「……言ったところで、どうなるものでもあるまい。」
坂本は佐那との婚約を解消したことを『仕方のないこと』という言葉だけで片付けた。その坂本に佐那の伝言を伝えるだけ無駄なことである。
しばらくすると、中座していた土方が戻ってきた。
「良順先生、あなたの指示通りにしたので、見ていただきたい。」
土方に付いて行ってみると、病室や浴場が整備されていた。
「あんた、いつの間に……」
「兵は迅速を尊ぶ。言われたことを実行したまでです。」
松本良順はさらに、大坂・鍼医師の倅という、監察部・山崎 烝に西洋式の医療法を伝授した。
さらに良順は念のため、健康な隊士たちの診察も行った。一通り、幹部の診察を終えた良順は暗い顔をして局長室へやって来た。部屋には近藤・土方・竜馬がいた。
「……」
「どうした、先生?」
「お三方にちょっと尋ねるが……沖田君は、おかしな咳をするかね?」
「咳?…いや…トシさん知ってたか?」
「総司が咳をするのは、試衛館に来てからずっとだ。」
「……・ありゃあ、空咳じゃないのかな?」
「いや、ただの咳なら問題は無い。庭のヤツデの葉っぱを煎じて飲めば治る。だがね……」
「……はっきり言ったらどうなんだ、先生?」
竜馬に尋ねられて、良順は重い口を開いた。
「……どうも、労咳の気がある。」
労咳……今で言う肺結核である。現在ほど医学が進歩していれば、治す事は難しくないが、当時は不治の病であった。また、民衆はちょっとでも患者に触ると伝染するという、間違った知識まで持っていた。
「労咳だと?」
「……」
そこで竜馬は、ある事を思い出していた。それは、元治元年 六月五日のこと。
「御用改めでござる!!」
祇園祭の宵山の夜、長州の過激派浪士たちの京都焼き討ち計画を知った新撰組は近藤 勇、沖田総司、永倉新八、原田左之助、藤堂平助、真宮寺竜馬の六人で三条小橋西の旅籠・池田屋に斬り込んだ。
相手は二十二人。いずれもかなりの場数を踏んだ強者ばかり。いかに精鋭ばかりと言えど、二十二対六では当然、新撰組も苦戦を強いられた。新八は右手の指を斬られ、平助も額を斬られる重傷を負った。
そんな中で、二階に突入し、吉田稔麿を討ち取る手柄を立てた総司は……
「うっ!」
突然、咳き込みんで口から血を吐き出してしまった。
「総司!!」
その光景をたまたま目撃したのが竜馬だった。
「総司、お前……」
「な、何でもありませんっ!」
竜馬を跳ね除けるようにして立ち上がった総司は再び戦いの渦の中へと戻っていった。
思えば、あれは労咳の前兆だったのではないか、竜馬はそう思った。
幕府の第二次長州征伐を返り討ちにした長州。
その勝利には、坂本龍馬の支援と大神一彦、佐伯忠康の力が大きく絡んでいた。
話は、慶応二年五月末に遡る。長州征伐の軍勢が接近している中、長州藩では応戦の準備をしていた。第二次長州征伐において、長州軍は西洋の武装を取り入れた。これには薩摩藩と坂本龍馬の力によって実現したものである。
薩長同盟、それは薩摩が薩摩藩名義で長州のための武器を購入、長州は代わりに兵糧米を提供することによって成り立った。
薩摩藩が購入し、海援隊によって長州に運び込まれた最新鋭の兵器の中には、このようなものがあった。
「何だい、こりゃあ?」
「これは、人形蒸気っちゅうもんぜよ。」
人形蒸気……それはアメリカ・南北戦争で初めて使用された最新兵器である。無人と有人の二タイプがある。銃砲や剣などを装備でき、要塞攻略には凄まじい威力を発揮する。この人形蒸気が後に『霊子甲冑』と呼ばれる兵器の基本となることは読者の皆様はご存知であろう。
大神と音熊はこれに乗り込み、大神は小倉、音熊は芸州口に配置された。大神は奇兵隊と協力して小倉城に突入。城壁、城門を悉く破壊し、文字通り突破口を開いた。
音熊は芸州口から長州へ雪崩れ込む幕府軍のど真ん中に突入し、混乱する幕府軍を蹴散らし、数の上で圧倒的に優勢だった幕府軍はあっけなく敗走した。
「しかし、こいつが無けりゃ、勝てたかどうかわからなかったな。」
「坂本も大した物持ってきたもんだな。」
「大した物だけどな……こいつぁ、エラく疲れるぞ。」
人形蒸気に乗り込んで操縦する者には、特殊な力が要求される。人形蒸気は蒸気の力と乗り手の霊力によって動かすことができる。霊力は人間なら誰しも持っている力なのだが、ごく稀に、この力が異常に強い者がいる。俗に「霊感の強い人」と言われる者は、人一倍強力な霊力を持っているということになる。
人形蒸気を動かすにはさらに強力な霊力が必要である。それほど強力な霊力を持っている者は少ない。大神一彦と佐伯忠康は人形蒸気を動かすことの出来る数少ない者であった。
当時、人形蒸気を動かすことの出来るほど強力な霊力を持っているのは以下の者たちであった。
長州派維新志士・大 神 一 彦
芸州脱藩・奇兵隊隊士・佐 伯 忠 康
北辰一刀流・千 葉 佐 那
北辰一刀流・千 葉 定 吉
御陵衛士・藤 堂 平 助
新撰組監察・山 崎 烝
新撰組局長代理・真宮寺 竜 馬
無論、探せばこのほかにも居るのだろうが、確認されているのはこの七名のみであった。長州は未だ中立を保っている千葉佐那、千葉定吉の二人を取り込もうと動いた。
しかし、佐那も定吉もこれを断固拒否。『破邪の剣士』としてこのような愚かな戦いに身を投じるわけにはいかなかった。そうでなくとも、佐那はようやく剣が振れるほどに回復したばかり。人形蒸気になど、乗り込めるはずもなかった。
こうなると残るは三人。だが、山崎と竜馬はどう考えても引き込めそうにない。藤堂平助はと言うと……
「お断りします。」
訪ねてきた音熊が藤堂に人形蒸気に乗って欲しいと頼んだが、平助は聞き入れなかった。
「どうしても、お聞き入れ下さらないか?」
「俺は剣のみに生きる者です。そんな物に乗ってまで勝利を掴みたいとは思いません。」
どうあっても聞き入れない平助に、音熊は脅迫しようとした。
「……・藤堂殿、ご貴殿……長生き出来ませんぞ?」
音熊がそういうと、逆に平助は笑い出した。
「ハハハ……そんなことはわかっていますよ。さ、お引取り願いましょう。」
「……・フン。」
平助がなぜ、笑っていたのか、それは平助本人にしかわからない。
慶応三年
その日、歴史が大きく動いた。
二条城大広間において、十五代将軍・徳川慶喜がある文章を読み上げた。「大政を帝に奉還す。」世に言う、大政奉還が成されたのである。これにより、徳川幕府は事実上消滅。徳川家は薩摩や長州と同じ、一大名に成り下がったのである。
この大政奉還……実は土佐の坂本龍馬が発案し、実行されたものだった。その狙いは流血を伴わずして維新を迎えるというもの。もしも、龍馬の計画通りに事が運べば、戦などせずに、日本は生まれ変わるかもしれなかった。
その日の夕刻。
祇園のある料亭で、土方歳三と斎藤 一が会っていた。
斎藤は伊東甲子太郎の要請に応じて新撰組を脱退。しかし、その実は土方が送り込んだスパイであった。斎藤は御陵衛士の内情を逐一、土方や監察部に報告していたのだ。
「土方さん、俺はどうもこういった任務は苦手のようだ。時々連絡に来る、山崎君や島田君の方が、御陵衛士の内情には詳しいようだ。そろそろ隊に戻してくれませんかね?」
「わかっている。近々、戻ってもらう。このままでは、君も殺しかねないからな。」
「では、近い内に討ち入りを?」
「……あまり大きな声では言えんがな。」
土方は既に伊東甲子太郎とその一党を一網打尽にする計画を立てていた。
『バラガキのトシ』と、喧嘩名人で武州三多摩にその名を轟かせた土方は、新撰組に入ってからも、その才能を遺憾なく発揮していたのだった。
数日後、公用で仙台藩邸に来ていた竜馬のもとに一通の書状が届けられた。
『河原町蛸薬師下る、近江屋新輔方に来られたし。 薩摩藩士 才谷梅太郎』
才谷梅太郎……・すなわち、坂本龍馬のことである。
竜馬はその日のうちに、近江屋を訪ねた。近江屋新輔は醤油業を営んでいる。
龍馬に面会を求めるにはまず一階で元力士の藤吉に藩と姓名を明かさねばならない。
「仙台藩士・真宮寺竜馬だ。才谷梅太郎殿に面会したい。」
二階に連れて行かれて龍馬の部屋に入ると、そこには龍馬と一人の剣客がいた。
「おお、真宮寺殿。」
「……・書状などよこしおって。何の用だ?」
竜馬は剣客と目が合い、しばしにらみ合った。
「陸援隊の中岡慎太郎。わしの手助けをしてくれちょる。」
「知っている。仙台藩家老・真宮寺竜馬。龍馬とは同門だ。」
「知っちょる。……おんしは新撰組じゃろ?新選組には、あまり知られたくないがの。まったく、龍馬の奴の知り合いは変な奴ばかりじゃのう。」
龍馬の話というのは、佐那のことであった。
「佐那さんやおんしにはスマンことをしたと思っちょる。」
「……・」
「……おんしはわしを斬りたくて仕方ないじゃろうが……わしもまだ死ぬわけにはいかん。やることはまだまだ、山ほどあるきに。」
「また国事の話か?」
龍馬だけでなく誰でも竜馬に国事を話そうとすると、決まって竜馬は不機嫌になる。
自分の身辺の整理すら付けられない者が国事を論ずるなど片腹痛い。……竜馬はそう考えている。
龍馬には四民平等、議会政治といった新しい政治体制を目指している。
竜馬に今、日本の置かれている状況を説明し、自分がやろうとしていることを一つ一つ説明した後、龍馬はある表を見せた。
「これは?」
「わしが、薩摩の西郷に渡したのと同じモンじゃ。新政府の組織図じゃよ。」
そこには新政府の組織図が書かれてあった。しかし、そこには龍馬本人の名前はない。薩摩の西郷、長州の桂の名前はあるが、大政奉還を実現させた龍馬の名前は何処にも見当たらないのだ。
「……お前の名前がないな。」
「わしはいいぜよ。」
「なぜだ? 大政奉還と薩長同盟を実現させたお前がなぜ……」
「この日本でのわしの役目はもう終わりぜよ。わしはこの狭い日本を出る。」
「国外へ出るつもりか?……出て何をするつもりだ?」
「そうじゃのぅ……世界の海援隊でもやるか。」
……竜馬はこの時、龍馬が何を考えていたか、わかるような気がした。
狭い日本を飛び出し、世界を知りたい。そして、日本でやったのと同じように、世界の海援隊となって、全ての国に四民平等の新しい時代を向かえさせたい。
竜馬は何となく、自分が小さな男に思えて仕方なかった。龍馬は徳川を存続させるためには必要な人材。斬るわけにはいかない。
竜馬は夕暮れに屯所へ戻ったが、公用のため、仙台藩邸に向かった。
……男が近江屋を訪れたのは、十一月十五日の夜のことだった。その日、龍馬は風を引いており、近江屋の二階で中岡慎太郎と共にいた。この日は坂本龍馬、三十三歳の誕生日であった。
男は大和十津川の郷士と名乗り、一階で藤吉に名札を渡した。藤吉が取り次ぐために二階へ上がろうとしたその矢先……
ザシュウウゥゥゥッ!!
一刀の元に藤吉は斬られ、階段をころがり落ちた。しかし、藤吉はいつもドタドタと音を立てながら歩くため、龍馬も中岡も、何とも思わなかった。
「藤吉、ほたえな(うるさい)!!」
龍馬が一喝した次の瞬間、襖を蹴破って数名の剣客が雪崩れ込んできた。いずれも覆面をしていて黒装束に身を包んでいる。
「こなくそっ!!」
「こなくそ」とは伊予の方言で、「この野郎」の意味。龍馬と中岡の姿を見るなりいきなり斬りかかったため、龍馬は拳銃を抜く暇もなく、中岡もロクな抵抗も出来ずに斬られてしまった。
暗殺者は二人に致命傷を与えたことを確認すると、鞘と下駄を置いて早々に引き上げていった。
しかし、二人はまだ生きていた。もっとも出血がひどいので助かる可能性はほとんど無い。
「龍馬ぁ……・死ぬな……・おんしは……・おんしは死んだらいかんぜよ!」
中岡慎太郎はこのケガがもとで数日後に他界する。
一方龍馬は拳銃を握ったまま倒れ、意識が朦朧としている。
「頭……頭やられてしもうた……お龍……・さらばじゃ……・佐那さん……勝手に惚れて……勝手に捨てた……わしを……・許してくれ……」
そう言うと龍馬は息を引き取った。
土佐郷士・海援隊隊長・坂本 龍馬 死去 享年三十三歳。
その頃、江戸の千葉道場では……
男物の着物を縫っていた佐那だが、突然棚に上げていた箱が落ちた。
「……・」
その箱の中には坂本と別れた時に渡された、坂本の着物の袖が入っていた。
状況から考えても落ちるはずの無い箱が突然落下し、中に納めてあった袖が外に出てきている。変に思わない者などいない。
「坂本様……・坂本様の身に……何か……」
佐那は袖を手にとって外に出て、夜空を見上げた。満天の星空が広がっている。
「……・・坂本様……・佐那は、いつまでも……坂本様をお待ちしております……・」
龍馬死亡の報せは仙台藩邸にいた竜馬のもとにも届けられた。
「……・・誰か!誰か居らぬか!」
すぐに小者が竜馬の前にやってきた。
「何か御用でありますか?」
「馬を出せ。すぐに新選組の屯所へ戻る。急げ!」
「はっ!」
竜馬は馬を飛ばして不動堂の屯所へ急いだ。
門を開けて中に入ると、竜馬は大声で叫んだ。
「誰か居らぬか!!」
しばらくすると奥から土方が出てきた。
「何だ、竜さんか。今日は仙台藩邸に戻ってたんじゃないのか?」
しかし竜馬はその質問には答えず……
「なぜ斬った!」
「は?」
「なぜ……坂本龍馬を斬った!!」
まだ報告を受けていない土方には何のことだかわからない。
「土佐の坂本龍馬が斬られたのか?」
「とぼけるな!!お前たち以外に一体誰が坂本を斬るというのだ!!」
「坂本は斬られて当然の男……それは竜さん、アンタがいつも言っていたことではないか?」
「そうだ……だがな、奴は徳川を生かすために、そして……まこと新時代を迎えるには是非とも必要な人材だった……それなのに、なぜ坂本を斬った!!」
「新撰組が坂本龍馬を斬ったという証拠でもあるのか?」
「証拠が無ければ白を切れると思っているのか!!」
頭から坂本暗殺の下手人は新撰組と決め付けている竜馬にとうとう土方も堪忍袋の緒が切れた。
「聞き捨てならんな、断じて新撰組ではないっ!!」
「……やるか?」
「場合によっては。」
二人とも抜刀の構えをとってしばし睨み合った。
そのとき、近藤 勇と沖田総司がやってきた。どうやら話は全部聞いていたようだ。
「竜さん、組長たちはもう全員休んでいる。お静かに願いたい。」
「それにおじさん。巡察隊もさっき出たばかりです。居場所もわからない坂本龍馬を斬るには、ちょっと無理がないですか?」
「……」
「そういうこった、竜さん。坂本をやったのは新撰組じゃねぇんだ。」
「……そうか……」
「しかしだなぁ、竜さん。さっきまでアンタの言動……坂本をかばい立てするような言葉は……いささか聞き捨てならん。」
「……」
「所詮坂本は、我々の敵に過ぎないということだ。」
「……」
いまさら何を言っても、状況は好転しない。
龍馬の死により、薩長が武力行使で幕府を攻撃してくることは明白。竜馬は再び仙台藩邸へと戻っていった。
「どうもいかんなぁ、学のある人は。頭を二つも三つも持ってる。」
そんな冗談を言いながら、土方たちも部屋へと戻って行った。