第一話「帝国華撃團・雪組結成!」(その5)



其の六 乱戦

 荒い息づかいを自分自身で感じながら、マイヤーは自嘲にも似た思いを抱いていた。
 ジャックが言った通り……そして、マイヤーもまた推察した通り、取引という名目で彼を待っていたのは三人の刺客だった。

(たったこれだけの手勢で、俺とやり合うつもりか……!)

 最初の銃声――あやめが耳にしたその音に弾かれたように、マイヤーは反撃を開始していた。
 ここしばらくは、『ゴールデン・アックス』の絡んだ取引は比較的穏やかに進んでいた。威嚇に銃をちらつかせることはあっても、実際に銃撃戦になるのは……いったいどのくらいぶりだろう。
 
 だが、その高揚したマイヤーの思いはたった三人の刺客を相手に戦う機会を得たから――ではない。

(アイツらの気配がする……)

 それを感じていたからだ。
 あの時マイヤーが目撃した謎の機械人形。少女が魔操機兵と呼んだあの化け物が、まるでマイヤーの実力を測ろうとでも言うかのように、この闇のどこかに息を潜めている。
 銃撃戦の血なまぐさい気の高まりを……むしゃぶりついて味わっているその舌なめずりが、ざらりと皮膚に触れるように間近く感じられた。

(もう直き、奴とサシで戦える)

 その期待感に胸が躍った。
 だからかもしれない。高揚する気持ちを、このじれったさが苛立たせているのは……。
 マイヤーが万全の準備を整えてこの場に現れたのと同じように、対する三人の刺客も手に手に使い込んだ武器を携えている。
 鋭い眼光。
 武装したマイヤーを前に、男たちは一歩も退こうとはしない。
 かつての……そして今のマイヤーがそうであるように、こいつらも決して平穏ではない日常に生きてきた。そして、これまで生き残ってきたのだという確かな自信が、その険しい面構えをより一層ふてぶてしく彩っている。
 しかしそのふてぶてしさも、マイヤーが求めている手応えに比べれば脆弱と笑い飛ばす事の出来るものだ。
 単なる鉛弾、単なる刃で戦うことの出来る相手。
 この連中は、ただそれだけの相手でしかない。

 それは戦いというより、マイヤーにとっては「作業」でしかないものだった。
 敵の攻撃の間隙を縫って反撃する。
 確かに相手は海千山千の強面かもしれないが、所詮は素人の生兵法に過ぎないものだ。数が多くて獲物が強力だという以外に手こずる理由などない。
 ……ないはず、だった。

 がさっ、と小さく背後に気配が動くのをマイヤーは感じた。

(魔操機兵か?)

 ほんの一瞬、マイヤーはその気配に気を取られた。
 しかし、振り返りざまその視界に映ったのは、忘れもしないあの機械人形の姿ではなかった。

「ちっ」

 マイヤーは舌打ちした。
 茂みから(おそらくこの銃声に驚いたのだろう)まるで小犬のような丸い目をきょとんと見開いて、水兵服姿に水兵帽といういでたちの子供が顔を出したのだ。
 昨今、日本でも良家の子弟の日常服として水兵服は定着しつつあった。しかし、マイヤーたちの前に姿を現わしたのは、「良家の子弟」とは明らかに一線を画する――ややくたびれた代物だった。子供――なんてな言葉がよそ行きに感じ、むしろ感情に任せてくそがきと呼んでしまった方が余程しっくりいく。
 そこが鉛弾の飛び交う銃撃戦の真っ只中だ、などという事は……多分まるっきり理解しちゃいない……そんな無防備な表情だ。
 銃を構えて立ちはだかるマイヤーを見つめ、そして次の瞬間、僅かに視線を逸らしたと見えたその子供が、何かを思い付いたというようにパッと身を躍らせた。
そしてあろうことか茂みからマイヤーと三人組の男がにらみ合うその真ん中に駆け出して、飛びつくように地面に落ちている何かを拾い上げる。

(………………………………………………)

 さしものマイヤーも、そして多分敵の三人組も、この行動には度肝を抜かれた。
 これだから、がきは恐い。
 思い立ったが吉日とばかり、周囲の状況なんぞお構いなしに突拍子もないことを始めやがる。
 だいたいこの夜の夜中、何を考えてこんな場所をうろついていたのか。親の教育はいったいどうなっているのか。
 君子危うきに近寄らずだとか、車は急に止まれないだとか、ためになる教訓はいくらだって有るだろうに、なぜ今この瞬間、こんな危険で且つ邪魔臭い場所にしゃしゃり出てこなければならないのか。
 抱く疑問はマイヤーも三人組も大差はなかった。ほんの数秒の事ではあったが、マイヤーも三人組の刺客も、構えた銃のグリップを握り締めたまま、あんぐりと口を開けて事態を見守る羽目となった。
 そして……わずかばかりの理性がマイヤーの次の行動を阻んだ。
 この(邪魔臭い)がきを挟んで直ちに銃撃戦を再開できるほど、マイヤーは非情な男ではなり得ない。
 それはこんな敵を相手に苦戦するわけはないとタカを括った油断であり、まさか敵が窮鼠猫を噛むとばかりに反撃に転じる事を瞬時に判断しきれなかった甘さでもあった。

「もらったぜ」

 桜の木を背にした男の一人がそう快哉を叫び、銃口をマイヤーに向ける。その軸線上には水兵服の子供の存在が有るというのに、男はそれを完全に忘れ去っているようだった。怒りに我を忘れ、ただマイヤーへの殺意だけをたぎらせている。
 その怒号に弾かれたように、子供がふっと顔を上げた。
 地面から拾い上げた何かを手のひらに握り締めて、御大層な宝物でも手に入れたというような御満悦の表情が、その子供の顔から一瞬にして消え去った。
 大きく見開いたままの目は、まだ自分の身に起こっている事態を把握しきれているとは言い難かった。が、それまでとは明らかに違う、強い光を帯びて怒号を発した男へと注がれた。
 抵抗の手段も、反撃の手段も有るわけはない。
 ただ、戦意だけがむき出しになってその子供の小さな身体から迸った。揺らめく炎のような光が子供の身体から滲み出す。

 銃声が響いた。
 棒立ちになった子供が、たった一歩足を踏み出すほどの暇さえない。

 子供が、なすすべもなく自分の顔をみずからの手で覆った。
 手のひらに握り締められていたもの――それがいつのまにか自分が落としていたらしい勲章なのだとマイヤーはその時に気づいた――が、強い光を放って弾丸を受け止めたのを、マイヤーは確かにその目で認めた。

「うわぁっ」

 甲高い悲鳴を上げて、子供はつき倒されるように地面に転がった。
 だが、まともに食らったはずの銃弾による傷は……どこにもない。

「畜生っ、はずしたかっ!!」

 男が叫んだ。
 たった今この子供がしでかした事態を、この男は理解できてはいなかったのだ。単に狙いが狂って獲物をしとめ損なった……そうとしか思えなかったのだろう。

 子供は恐る恐る立ち上がった。
 その目もまた、自分が何をしたのか、閃光が迸るように視界が真っ白に変わった瞬間に何が起こったのかを分かってはいない顔つきだった。

「馬鹿がっ! さっさと逃げろ!!」

 マイヤーはそう叫ぶと同時に身を躍らせていた。
 子供の手をつかんで引きずり起こすと、その小さな身体を背後の茂みへと追いやる。
 そしてその銃口を、もう一度三人組の方へ向けた。

(魔操機兵を倒したあの少女と、おなじ力だ――)

 そう、気づいていた。
 だが今はそれに気を取られている場合ではない。
 この戦いに臨んだときと同じように、今もマイヤーにとっての目的は変わってはいないのだ。
 魔操機兵の気配は今も濃厚に闇の中で息づいている。
 ここでこの三人を相手にこれ以上の消耗は避けなければならなかった。


続く



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