第一話「帝国華撃團・雪組結成!」(その6)



其の七 雷鳴

「………………」

 あやめが足を止めたとき、マイヤーは桜の木の下に立ちすくんでいた男に、とどめの一撃を与えようとしていたところだった。
 動きが止まっている。
 マイヤーも……。
 そして彼の構えた銃口を鼻先に突き付けられた、その男も……。
 風がざわっとひときわ強く吹き付けて桜の枝を揺らす。
 それだけが、動く光景だった。

「あ……あ…………あああああっ」

 男はマイヤーにつきつけられた銃など、すでに視界に入ってはいなかった。
 血走った眼球に魔操機兵のまがまがしい姿を焼き付け、すでにその精神は均衡を失っているのがあやめにも分かった。

「ちっ」

 マイヤーが舌打ちをもらした。
 背後に、それもすぐ間近にあの化け物がいる。
 ことさらに振り替える事はしなかった。無用の刺激を与えたくはない。
 その気配を感じ取っただけで……マイヤーには分かっている。

 この間のあの化け物と、同じ臭いがする。

 もはや対峙する敵の刺客など、相手にするつもりはなかった。
 どうでもいい事だ。
 あとの二人……マイヤーが足を撃った強持て気取りの刺客たちの姿も、辺りにはない。
 どちらも膝を砕かれ、その他にも手傷を負っていたのだが、マイヤーを相手にもはや勝ち目はないと踏んだのか、それともこの魔操機兵の出現に驚いて逃げたか……。いずれにしてもその逃げ足の速さはあっぱれというより他ない。
 最後に残った一人も、放っておけば逃げるだろう。
 逃げなかったとしても今にも泡を吹いて倒れそうなこの状況で、マイヤーの障害にはなり得なかった。
 むしろマイヤーが懸念したのは魔操機兵のさらに向こうにいる、女の存在だった。

(今日はよくよく邪魔が入る……)

 そう、苦々しく思った。
 だが……少なくともあのがきとは違う。
 ただ偶然この場に居合わせたというだけじゃない。それをマイヤーは悟っていた。

 あの女も、魔操機兵の臭いを嗅ぎ付けてここへ現れた。

 先日雨の中で見かけた少女と同じように、彼女が魔操機兵と戦う能力があるのかどうか……それを見極めることまではできない。しかしこの夜更け、彼女が息を弾ませてこの場所へ走ってきたのが何の為なのかを知るのは難しい事ではなかった。

(だが、今度は邪魔はさせない)

 見出す事の出来なかった何かを、今ここで見つけ出す事が出来るのではないかと思えたからだ。

「……」

 ふとその口元が歪み、マイヤーが吐息とも言葉ともつかぬ何かをもらす。
 そしてその存在を容認したのだと言うように小さくうなずき、火花を散らす勢いでぶつかり合っていたその視線をあやめから逸らした。

 再び、その青い目が、うなりをあげる魔操機兵へと注がれる。

 一瞬、闇に染まった空を白々と染めて視界いっぱいに稲光が走った。
 マイヤーには、そう見えた。
 雷鳴の轟きは聞こえない。
 その代わりに、重い銃声が立て続けに響いた。

 霊力の込められた銃弾を全身に浴びて、襤褸切れのように崩折れる魔操機兵に、あやめは恐れ気もなく歩み寄った。
 勝負はほんの数秒。
 辺りに散らばったその残骸に手を触れてみながら、あやめは息苦しくこらえていた吐息を、ようやく静かにもらした。

「…………」

 何か声をかけなければと思ったのだが、あやめには瞬時に思いつく言葉がなかった。
 そのあやめを見下ろして、マイヤーの方が先に口を切った。

「子供を見掛けなかったか。水兵帽の……」

 ドイツ語だった。
 だがマイヤーもそう言ってから、場違いな事を言ってしまったのだというように口をつぐんだ。

「子供……?」

 あやめは言葉を返した。
 ほとんどネイティブと変わる事のない、滑らかな発音のドイツ語である。

「……」

 もう一度あやめを見つめて、やはりこの女はただ者ではなさそうだとマイヤーは苦笑を浮かべた。

「いや、何でもない。ただ俺の勲章を持ったまま逃げたってだけだ」

 マイヤーはそう独り言のようにもらした。

「多分家に持って帰って他のがらくたと一緒にクッキーの缶にでも仕舞い込むつもりだろうよ。何せ、命拾いのお守りだからな」

 それはそれでいいのかもしれないとも、今は思える。
 敗戦以来、それこそ宝物を詰め込んだクッキーの缶に仕舞い込んだつもりで後生大事にあの勲章を持ち続けていたのは自分自身だ。しかし……。
 いつまでも未練がましく過去にしがみついているよりも、この日本でまったく別の生き方をしてみようか。
 こうして新たに巡り合った敵と刃を交える事で、失った何か……失ったと思い込んでいる何かをもう一度自分の手に取り戻す事が出来るかもしれないのだ。

「ドイツの方ね。少しお話を伺いたいのだけれど……お時間を頂けるかしら?」

あやめが意を決したように放ったその言葉の向こうに、マイヤーはその何かが有るのを予感していた。


続く



一つ前に戻る
目次に戻る