「なんだか、わけわからへんなぁ」
第一次攻撃隊として出撃した紅雄が収容されたのは、空母『隼鷹』であった。
『翔鶴』『瑞鶴』『瑞鳳』と三空母が着艦不能となったため、残る『飛龍』だけでは収容しきれなかったのである。紅雄の他にも機動部隊本隊の航空機が『隼鷹』に収容された結果、三航戦第二次攻撃隊は瑞鶴飛行隊長白根斐夫海軍大尉が率いるという変則ぶりだ。
そしてこの白根隊とほぼ同時刻、『飛龍』から田中一郎中尉率いる一航戦第三次攻撃隊も発艦していた。
山口も角田も傷ついた『ヨークタウン』『エセックス』は捨て置き、新たな空母に向かうよう攻撃隊に指示した。
しかし、索敵機を先行させたとはいえ、まだ、未発見の空母群だ。それでも、展開速度を重視することで一致したというあたり、山口と角田の闘将ぶりが垣間見えるだろう。
そして、出撃から約一時間三十分後の1232。
『飛龍』から発艦した『瑞鶴』飛行隊の二式艦偵が敵空母群を発見したという報告がもたらされる。
これは、日本の空母部隊を発見できずに前衛部隊に引っかかったと推測された敵攻撃隊の行動と今までの索敵結果から敵のいる海域を絞り込んだ予測が的中した結果だ。艦隊司令部ほど要員をもたない戦隊司令部でこれを立案、実行した山口の手腕は、高く評価されるところである。
「いくで!」
紅雄も、攻撃隊の各機もその無電を直接、受信することができた。
進路を変え、敵空母群を目指す──
「!!」
視認できたその艦隊に、紅雄は度肝を抜かれた。
空母七隻。
開戦時の帝國海軍の正規空母は六隻であったが、それを上回る数ではないか。
既に二隻を撃破し、あるいは今までの海戦でも損害を与えたというのに。
紅雄は米国の底知れぬ国力に恐怖を感じた。
「落ち着け。敵は小型空母ばかりだ。逸りすぎると仕損じるぞ!」
零戦最初の実戦部隊(第十二航空隊)にも参加していたベテラン、白根飛行隊長は冷静だった。確かによく見るとかなり軽空母、あるいはもっと小さな空母だ。
もっとも、紅雄たちに空母の大きさは直接はあまり関係ない。なぜなら、彼らは護衛隊であり、相手にすべきは敵戦闘機なのだから。
「よし!」
攻撃隊を護るべく、米軍のF4Fへ紅雄ら零戦隊は攻撃を開始する。
「いかさへんで!」
F4Fの鼻っ柱に七.七ミリを撃ちこむ。すると、その機体は水平旋回でこちらへと向かってくる。
「あれ?」
その姿に紅雄は違和感を覚えた。
零戦の性能が知られるにつれ(そして日本軍の技量が回復するにつれ)、格闘戦を挑まれることは少なくなっていた。しかし、このF4Fは巴戦を挑もうかという挙動だ。
さらに、その僚機と見られる機体も長機を上空から援護するのではんく、そのまま零戦隊に突入しようとしている。これは、米軍が用いているサッチウィーブ戦術(米軍版のロッテ戦術)に沿っていない。
だが、これは零戦側には好都合だ。零戦の得意な土俵にやってきてれるのだから。
「ふん!」
紅雄が左旋回で対抗すると、F4Fもこれにのってきた。つづくF4Fは、ロッテ戦術に忠実な紅雄の僚機が牽制すると、翼を翻していってしまう。
「もろたで!」
旋回性能では零戦はF4Fをはるかに上回る。常に旋回半径の内側で機動する紅雄はF4Fを九八式射爆照準機の中央より右側に捉え、二〇粍機関砲を放った。
狙い過たず吸い込まれていく火線により、F4Fは火を噴きながら高度を急激に下げていく。
追撃すれば確実に撃墜できるところだが、今は攻撃隊を護るのが優先だ。紅雄はすばやく周囲に視線を走らせる。
「……?」
周囲でも零戦隊は優位に戦いを進めている。
「なんや、数が多い思うたけど、下手クソが多いんかい」
そう感想を洩らした紅雄だったが、実のところ正しい。
護衛空母は本来、航空機の運搬を別にすると船団護衛など補助的役割を主任務としている。配属されている操縦士も、正規空母の航空隊に比べると技量が劣る。
また、先の正規空母群は完全に機能しなかったとはいえ、最新の戦術であるレーダーとCICによる統一防空指揮を行っていたのに対し、この空母群では装備的にもそこまですることができず、戦術的にも正規空母群に劣っていた。
そして、護衛艦艇も二線級であり、正規空母護衛に猛威を振るったボフォース四〇粍機関砲を装備している艦艇もいなかったのである。
一方で、既に機動部隊航空隊は疲労し大きく傷ついている。
村田だけでなく、機動部隊本隊第二次攻撃隊を率いた翔鶴飛行隊長関衛海軍少佐(艦爆)をはじめ、瑞鶴飛行隊長今宿滋一郎海軍大尉(艦攻)、翔鶴分隊長山田昌平海軍大尉(艦爆)、翔鶴分隊長鷲見五郎海軍大尉(艦爆)といった多くのベテランを失ってしまっていた。
そして、この攻撃でなお、損害は増えるだろう。
だが、二一機の攻撃隊は、臆せず、いや、仇をとるべく勇戦して攻撃を敢行していく。
最初に命中したのは、護衛空母『コバヒー』だった。
急降下爆撃により、後部中央付近に直撃弾を与えたのだ。
「随分と脆いんやなー」
今までの主要な空母戦のほとんどに参加してきた紅雄にとって、米空母の防御力の高さは幾度となく見せつとけられていた。しかし、今回はただ一発の爆弾で大損害を受けている──いや、沈没しはじめているのではないか。
紅雄は知る由もないが、米軍の護衛空母は商船改造空母であり、装甲がないのだ。そのため、投弾された二五〇キロ爆弾は飛行甲板も格納庫甲板も貫通して、船体内部で爆発。缶室に重大な損害を与えるとともに、水線下に破孔を生じせしめたのである。
さらに、この三航戦第二次攻撃隊が攻撃中に、『飛龍』から出撃した一航戦第三次攻撃隊の二〇機が戦場に到着した。
この攻撃により、軽空母『レンジャー』、護衛空母『コバヒー』を撃沈。『ボーグ』を大破せしめ、護衛空母『カード』にも損害を与えた。
更に角田は、手持ちの稼動全機を用いて三航戦第三次攻撃隊を発信させる。再び志賀が率いたのは零戦六機、九九式艦爆七機という攻撃隊ではあったが、彼らは軽空母『インディペンデンス』に二発の爆弾を命中させることに成功したのである。
一方、この護衛空母群から発進した米軍最期の攻撃隊も、『飛龍』を大破、『隼鷹』を小破させた。
しかし、『飛龍』は機関にも損傷を受けたものの、米軍に追撃戦力がなかったことが幸いし、戦場を離脱することに成功する。
『隼鷹』は魚雷二発を受けるも注水により態勢を立て直すと、飛行甲板が無事であったとして、角田は出撃機の収容を強行。格納しきれない機体を海に投げ捨てながらも、最期の一機まで収容を慣行し、多くの搭乗員を不時着水という危険から回避させる。だが、『隼鷹』も航空機発進行動は不可能となっていた。
この時点で両軍は空母戦力を諦め、大神、ハルゼーとも機動部隊に戦場からの撤退を命じる。
が、戦いはまだ終わってはいなかったのだ。
「撃ち方、はじめ!」
松田の号令で、『大和』の四六糎砲が火を噴いた。
元々、十五〜二〇ノットが最高速度の護衛空母である。損害を受け、それ以上に速力が衰えている艦もあった。一方の前衛艦隊は損傷して速度のおちた『武蔵』『筑摩』らを分離してきている。米軍は新型戦艦である『大和』型の最大速力を、他の日本海軍戦艦と同じ二五ノット程度であろうと見誤っていたこともあり、離脱に失敗してしまったのだ。
健在な護衛空母『ナッソー』『オルタハマ』は、手当たり次第に爆装させて艦載機を出撃させるが、既に消耗しきったそれは一二機(資料によっては一六機とも)にすぎず、それでも、軽巡『長良』に爆弾一発を命中させ大破、今日二度目の被弾となった重巡『利根』を沈没させた。
また、護衛の駆逐隊も空母前方に煙幕を展開しつつ、前衛艦隊に肉薄を試みてくる。
「敵ながら天晴れだな」
松田の言葉は圧倒的優位にある余裕ともいえた。
巡洋艦以下の艦艇は主砲を、そして『大和』は、かつて軽巡『最上』級の“主砲”であった“副砲”をむける。米駆逐隊はこれに阻まれ、駆逐艦『ベンハム』『バートン』が沈む。それでも、怯まずに突撃してきた駆逐艦『フレッチャー』は魚雷を発射するも、やはり、複数の日本艦の砲撃の前に沈没していく。
この敢闘精神には、帝國海軍も感嘆し、駆逐艦『磯風』の乗組員が敬礼で沈み行く艦を見送るという光景が見られたという。
だが、残念ながらこの決死の行動も、航空隊の奮戦も前衛艦隊の攻撃を阻むには至らなかった。事前にこの空母群が二線級空母であり装甲が薄いことを知っていた松田が、主砲弾を通常の対艦攻撃に使う徹甲弾ではなく榴弾にしていた判断も的中し、残存していた護衛空母『ナッソー』と『オルタハマ』を轟沈させる。また、損害を受けていた護衛空母『カード』も撃沈した。
辛うじて離脱に成功したのは、スコールにまぎれた軽空母『インディペンデンス』と、艦隊から一時落伍してこの戦場にいなかった『ボーグ』だけだったのである。
この戦いは太平洋戦線において戦艦で空母を攻撃、撃沈した唯一の例であり、戦艦『大和』の伝説化を決定づけた戦いであったといえよう。
「さすがは松田提督。大戦果だ」
この戦果の報告を受けた源田は松田の指揮ぶりに唸った。
戦果そのものはもちろんだが、離脱をはじめたとはいえ、まだ健在な空母がいる艦隊めがげて戦艦を突っ込ませた勇気、そして、その裏にある敵の残存航空戦力が艦隊攻撃に不十分であると見切った冷静な判断を賞賛する。
「それに比べて、こちらの状況は難しいな」
大神は、後退する空母の指揮を山口に任せると、第二艦隊と機動部隊本隊と合流の上、重巡『愛宕』に座乗し、再び艦隊指揮をとっていた。
そして、彼らの視界には空母『ヨークタウン』がうつっている。
米軍は『ヨークタウン』を曳航もしくは自沈させようとしたのだが、急迫する帝國海軍艦隊の前に、不十分なまま放棄せざるをえなくなってしまったのだ。
この状況を報告すると、聯合艦隊司令部からは「事情許さば、拿捕曳航されたし」という命令が発せられた。
大神も様々な手を試みたものの、もともとの被害が大きかった上、米軍が処分を試みたこともあって、困難を極めている。
「ちょっと無茶な命令だな」
加山は見も蓋もないが、大神も同意せざるをえない。
聯合(G)艦隊(F)司令部も無理があるというのは承知してい
るだろう。だが、自軍空母戦力の窮状を思えば、拿捕したいというのは理解できるだけに、大神も出来うる限りの努力をしてきたのだが……
「撃沈しよう。魚雷でいいだろう」
決断を下した大神の意を受けて、加山は第一〇駆逐隊の駆逐艦『秋雲』『巻雲』に雷撃を命じる。二艦から計四発の九三式酸素魚雷により『ヨークタウン』は浪間に没した。
これが、この戦いの結末であった。
☆
<<日本側損害>>
沈没・重巡『利根』
大破・空母『翔鶴』『飛龍』、軽空母『瑞鳳』、重巡『筑摩』、軽巡『長良』
中破・戦艦『武蔵』
小破・空母『瑞鶴』、軽空母『隼鷹』
<<米側損害>>
沈没・空母『ヨークタウン』、軽空母『レンジャー』、護衛空母『コバヒー』『ナッソー』『オルタハ マ』『カード』
駆逐艦『バートン』『フレッチャー』『ベンハ ム』『ポーター』
大破・軽空母『ボーグ』、軽巡『サンファン』
中破・空母『エセックス』、軽空母『インディペンデンス』、戦艦『ノースカロライナ』
☆
この第一次南洋群島海戦は、日米あわせて一四隻の空母が参加し、互いに一〇〇機以上を失うという消耗戦となった。日本軍はようやく立て直してきた航空兵力の中から多くのベテラン操縦士も失ってもいる。今までの戦訓から両軍とも戦闘機の比率を高くするなどの措置をとっていたのだが、それだけでは不十分だったということになる。
一方で、全空母が何らかの損害を受けており、航空機の攻撃力もまた、高いものであった。このことから、日米両軍は艦隊防空についても課題を残したいえる。
また、この戦いでは、帝國側の指揮官、大神、山口、角田、松田らがそれぞれ高い評価を得ているのに対し、米側は評価が割れている。
ことに、強引に護衛空母投入を押し通し、そして、その護衛空母群が壊滅的打撃を受けてしまったハルゼーに対しては顕著だ。
護衛空母は速度が遅い為、艦隊全体の到着が遅れた上、戦術的にも護衛空母群の戦闘加入が遅れ戦力が分散されたこと、そして、練度の低さから第一次攻撃隊が空母を攻撃できなったことにより所期の戦果をあげれなかった。それでいながら、水上部隊に追いつかれ、空母が戦艦に撃沈されるという世界海戦史上の珍事を招き、大損害を受けてしまったというところから見て、護衛空母を空母戦に用いたことが無茶だったというのが批判の主な理由である。
一方で、もし、護衛空母群なかりせしめば、米機動部隊は日本軍空母を討ちもらし、制空海権は日本に完全に握られていた筈であり、護衛空母投入は正しく、その損害はやむをえないもの害だったという、肯定的評価もある。
いずれにせよ、ハルゼーの積極果敢な指揮が、両軍の稼動空母が〇となる状況を生み出したのは間違いない。
そして、トラック周辺の米軍飛行場は日本軍により無力化されている一方、日本軍はまだ飛行場を奪取し運用できるまでには至っていなかった。
この結果、第二次大戦史上、最も“驚異的(アンビリーバブル)”といわれる期間、アイアン・ローリング・サウンド(鋼鉄の咆哮)が始まったのである。