第七話「逆撃」(その18)

「お、遅かったな」

 巴里華撃團ジャン・レオ(元)整備班長は、アジトとしているグランパレ地下で、グリシーヌとコクリコの帰還を迎えた。
「ん? なんか難しい顔をしているな」
 グリシーヌはもちろん、ムードメーカーでもあるコクリコまでもが考え込んでいるような表情をしていた。二人は、ジャンにどう返答したものかと迷っているようだ。

「どうした、どうした。折角、珍しいお客さんがきてくれてるっていうのによ」
「珍しい客?」
「ん? だれだれ?」

 ようやく言葉を返したグリシーヌとコクリコに、その人物は自ら声をかけた。

「久し振り。覚えられているかしら?」

 確かに直接会った回数は多いとはいえないが、さすがにこのような重要人物を忘れるわけはなかった。

「あ、ラチェットだ!」
「フロイラン・アルタイル!?」

 紐育華撃団の副司令、ラチェット・アルタイルである。

「いつこちらに?」
「さっきよ。元々は伯林の後始末をつけてきたんだけどね」

 紐育華撃團が信長の騒乱を鎮圧した後、ラチェットは賢人機関による華撃團ネットワーク構想を推進するキーパーソンとして、欧州二つ目の華撃團、伯林華撃團の創設に動いていた。
 元々、独逸ではヴァックストゥーム計画で悪名高い秘密機関ブルーメンブラットが霊力研究の最先端を担っていたが、レニ救出時に藤枝かえでがこれを壊滅させている。以後も第一次世界大戦後の独逸の混乱もあり、霊力研究も後退したものになっていた。
 そこで、ラチェットが乗り込む形で霊力機関の復興と華撃團創設を指揮したのだ。
 しかし、欧州大戦と続くワイマール共和國の混乱は、やがてヒトラーの台頭を招く。
 霊力研究に積極的なヒトラーとナチスの支援を、当初は賢人機関も歓迎していた節がある。しかし、やがて、その危険性に気付くと、伯林華撃團の計画を中止。一九三二年のヒトラー首班内閣成立直前には伯林華撃團のために用意された人員、資料のほとんどを引き上げることに成功した(人員の中には自らの意思でナチスへの協力者として独逸に留まり、アイゼンクライトVの完成に携わることになった者もいる)。
 だが、一部施設等は(ナチスから隠される形で)復活に備えて残されていた。
 ラチェットは、単身、独逸に潜入しその残された施設をも全て“処理”してきたのである。
 そして、レジスタンスの手を借りて仏蘭西へ移動。レニと織姫に渡りをつけて合流、ここにいるというわけだ。

「それにしても、単身とは、てぇしたもんだな」

 霊力をほとんど失った今のラチェットには容易なことではない筈だ。ジャンが感嘆するが、ラチェットは落ち着いたものである。

「女一人というほうが、動きやすいことは多いのよ」
「それはわかりまーす」

 織姫が会話に割り込んできた。

「巴里の事件の時には、女一人じゃないでーすが、二人でいろんなとこ、探りをいれまーしたね!」
「……捕まったけどね」
「レニは余計なこと言い過ぎでーす!」

 といっても、ここにいるメンバーのほとんどはそれをリアルタイムで経験しているわけだから、口止めしても意味はないのだが。

「状況次第だけど、ここでちょっと情報を収集してから、英国に脱出するつもりよ」
「UKも早く反攻してほしーでーす!」

 織姫はそう言うが、むしろ、英国はよく持ちこたえているといわざるをえないほど劣勢だ。国内資源に乏しい英国の生命線である海上交通路は、Uボートと米
大西洋艦隊により寸断されている。マンチュリア(満州)、日本から物資が、ソ連経由の北極海船団として到着しているのが、現在の英国の生命線だ。

「英国では、迫水老が特命全権大使として努力されているのよ」

 迫水は既に七〇才を超えているが、鉄壁といわれた全盛時に勝るとも劣らない精力的な活動を続けているという。
 また、スイスには一度外務省を退官した吉田茂が復帰し、駐スイス大使として活動していた。
彼らは英国、ソ連の脱落(単独講和)を防ぎつつ、来るべき和平についての筋道を探すという困難な任にあたっている。

「迫水さんも頑張ってるんですね! エリカたちも負けてられないです! 頑張らなきゃ!」

 懐かしい戦友の活躍を聞けば、士気もあがる。
 一同が盛り上がり、ようやくグリシーヌとコクリコも表情を緩めた。
 これならばということで、ラチェットは彼女たちに話を聞いてみることにする。

「それで、一体、何があったのかしら?」

 再び、グリシーヌとコクリコは少しなかり困惑したような表情になる。
 が、ようやく、その内容を語りだした。

 グリシーヌとコクリコは巴里市中の状況確認や雑事を片付けるために連れ立って街を歩いていた。
 日常的な行動だが、服装などには気をつかい、できるだけ顔がわかりにくく、目立たないように行動している。

「フロイライン」

 カフェの前を通り過ぎようとした時、背後から男に声をかけられた。

「フロイライン、待つんだ」

 独逸語だ。
 男を見ることもしなかったが、仏蘭西駐留の独逸軍人だろう。戦勝国の驕りとでもいうか、こうして声をかけられることは幾度もあった。だが、当然、それに応えるつもりは戦略的にも私的にもない。
 聞こえないふり、もしくは独逸語がわからないフリをして、このまま無視してしまうのがよいだろうと、グリシーヌは歩みを止めなかった。

「おいおい。無視はないだろう、バイキングと猫さんよ」

 今度はフランス語。それもグリシーヌとコクリコを知っている、いや、それよりも、この声には聞き覚えがある。

「ロベ……」
「おっと、それ以上はいいっこなしだ」

 振り向いたグリシーヌとコクリコの視界に入ってきたのは、カフェの軒先でコーヒーを飲むロベリア、そして、マイヤーだった。

「そこにかけたらどうだ」

 マイヤーの有無をいわさないという威圧感をともなった言葉に、二人はやむなく従う。レニとアイリスの報告によれば、この元帝撃雪組隊長は、ヒトラーに忠誠を誓っている。実際、アイリス、レニ、織姫はマイヤーによって一度は捕らえられるという危機にも陥っている。ここは下手な動きはせず、様子をうかがうべきと二人は判断した。
 そして、なぜ、その傍らにSSの軍服を着て男装したロベリアがいるのかを問いただしたかったのだ。

「一体、どういうことなんだ」

 あまり目立ちすぎないよう、静かに、しかし、怒気をはらんだ声でグリシーヌはロベリアを詰問する。

「どうしてもこうしてもない。反共十字軍の尖兵たる武装親衛隊に志願するのは、このローベ・カルリーニ、アーリア民族として当然の義務だ」

 芝居ががった台詞を吐くロベリアに、グリシーヌはからかわれているのだと理解した。二人の間の緊張が高まっていく……のをブチ壊したのは、コクリコだった。

「わかった! ロベリアとおじさん、カップルになったんだね!」

 あまりに清々しく言われてしまったので、ロベリアは体勢を崩し、マイヤーは苦笑するしかなかった。

「残念ながら私には妻も子もいる。そういうことにはならんな」
「ったく。調子が狂うぜ」

 そうはいいつつも、ロベリアは本音を口には出さない。
 グリシーヌも稀代の大悪党だった彼女に口を割らせるのは困難なことは解っていた。

「かつての同志だというのに、悲しいことだな」

 この面と向かっている状態で武装SS将校を罵倒しては、目立ちすぎる。勢い、グリシーヌの言葉は慎重になっているが、本来なら胸倉を掴みあげたい気分だ。ロベリアはその斜に構えた表面とは別に、心の奥には熱く燃える正義の心と、仲間に対する絆があると信じていたのが、裏切られたのだから。

「でさ、何か用なの?」

 コクリコは険悪な場を進展させようと口を挟む。

「なに、再編成でここまで下がってきたら、暇をもてあましてな。ちょっとした見物だ」
「見物?」

 マイヤーの言葉をいぶかしむグリシーヌとコクリコに、ロベリアが後を紡ぐ。

「我が司令官は面白い情報を聞きつけたのさ。巴里の真ん中に、ジプシーを連れたフランス美人があらわれるってな」

 独逸はジプシーを劣等民族として、ユダヤ人と同じく差別、迫害を続けている。霊力の如何に関わらず危険な状態にあるのだ。

「面白そうだ、てわけで見物にきたってわけよ」

 ロベリアは薄笑いを浮かべている。

「ふむ。我々武装SSに珍しがられているうちが華だろうよ。そのうち、大捕り物があるだろうからな」
「ま、快適な仏蘭西とももうすぐお別れだから、生では見られないのは残念だけどねぇ」

 ここまでで言いたいことは言い終わったと二人は腰を上げた。

「ま、待て!」

 グリシーヌの引止めも、歯牙にもかけない。
 ただ、マイヤーはもう一言だけ言い捨てて言った。「近々の新聞には注目しておく。楽しみだ」

「その後、尾行でもつけてるんじゃないかと思って、まくような行動もして見たんだが……」
「だーれもいなかったみたい」

 それで帰りが遅くなったということらしい。
「そう。そんなことがあったの」

 話を聞いたラチェットは少し考え込む。

「ロベリアさんが敵になっちゃうなんて。エリカ、大ショックです〜」

 確かにそれは衝撃的だった。
 だが、今ひとつ解せない。

「とりあえず、コクリコの外出は控えた方がよさそうね。危険だわ」
「んー、つまんないけど、しょうがないかー」
「我慢するんだ、コクリコ。わざわざイヤミを言いにきた連中の思い通りになんてさせられないからな!」
「わかったよ、グリシーヌ」

 表面的に見ればそういうことなのだろう。
 だが、帝都で雪組隊長時代のマイヤーをしっているラチェットには、彼の行動にしては芝居的にすぎるとも感じられていた。

(もしかして、わざと……?)


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