第七話「逆撃」(その16)

「敵空母一、撃破確実!」

 第一次攻撃隊からの報告に第二航空戦隊司令官山口多聞少将はうなずいた。
 山口は大神から指揮を受け継ぐと間隙なくそれを掌握している。
 彼は日米開戦以前に「時局は重大な転機を迎えている。十年兵を養うには一にしの日のためである。緊褌一番、実力の涵養に努めよ。戦場においては混戦となり、信号も届かない場面もあろう。その時は躊躇無く敵に向かって猛進撃すべし。それが司令官の意図に沿うものである」と訓示を垂れたという闘将である。だが、一方で,二度にわたって米に駐在したことがあり、そのうち一回はプリンストン大学に留学していたこともあるという知米派であり、兵学校次席卒業という知将でもある。帝國海軍の時代を担う逸材として認められている存在だ。
 大神も、山口だからこそ、自身が後方に下がるという決断ができたのだろう。

「角田司令にできうる限り速やかに戦場へ到達、攻撃隊を出すように打電」

 山口は、第五航空戦隊司令官角田覚治海軍少将に命令を伝える。

「見縊るなよ、多聞丸」

 うけとった角田は、文面を一瞥するなり、山口を、そのいささかな肥満体からくる渾名で呼んだ。
 角田は、兵学校での年次は山口より一期上だが、彼のことを高く評価している。かねてから「山口を機動部隊司令長官にしてほしい。彼の下でなら、喜んで一部下として戦いたい」と公言していた程だ。
 だが、かれもまた、帝國海軍では山口と一二を争う闘将である。
 元々、角田率いる五航戦は上陸支援部隊である第二艦隊(近藤信竹中将)の援護として、同艦隊に組み込まれていた。もちろん、大きくは大神の指揮下にあり、空母戦が生起した場合は、大神の命令があり次第、機動部隊に合流し、直接指揮下に入るというのは、事前の作戦計画にある通りであった。
 しかし、角田は、敵機動部隊発見の報を受信するやいなや、命令をまたずして敵空母のいる方角へ走り出していた。周囲には戦艦『長門』『陸奥』をはじめ、第四戦隊の巡洋艦など多数の艦船がいたが、角田はその中を全速力──といっても、商船改造空母である隼鷹の最高速力は二六ノット弱にすぎないのだが──で突出していったのだ。
 これに従えたのは直衛の駆逐艦三隻のみであり、「槍を抱え敵陣に突っ込んで行く騎馬武将の様だった」と、述懐されている。
 この甲斐あって、『隼鷹』が零戦一二機、九九式艦爆一七機からなる攻撃隊を発艦させることができたのは、大神、山口の予想よりも早い0714のことだったのだ。
 ただ、この時点でも、被我の距離は二八〇海里あり、戦闘による燃料消費を考えれば、帰還が難しい距離である。しかし、角田は『隼鷹』飛行隊長志賀淑雄海軍大尉にこういわせている。

「敵の位置は、まだ飛行隊の行動範囲外であるが、本艦は全速力で飛行隊を迎えに行く」
 まさに角田の面目躍如であった。
 そして、これが戦局に大きな影響を与えることとなる。

「ヨークタウンは放棄せよ」

 旗艦・空母『エセックス』の戦闘指揮所(C.I.C.)で第一六任務部隊司令官トーマス・C・キンケード海軍中将は苦渋の決断を下していた。
 日本軍の第一波は『ヨークタウン』を大破させてしまった。
 その時はスコールによって日本機の眼から逃れていた、この『エセックス』も、第二次攻撃隊には捕捉され、攻撃を受けている。

(もう少しうまくできた筈だが……)

 『エセックス』のSCレーダーは日本軍の編隊を早期に発見することに成功していた。しかし、敵味方の識別に手間取り、日本機だと確認したのは、すでに艦隊から七〇キロの距離にまで接近してからであった。
 急ぎ、CICからの管制により『エセックス』『ヨークタウン』の上空直衛機を向かわせたものの、今度はこの戦闘機隊が日本軍攻撃隊を発見するのに時間がかかった。これにより、米機動部隊は有効な迎撃を行うチャンスを逸してしまったのだ。
 この海戦で、米軍はCICから防空戦闘を航空機、艦艇とも一元的に統制するという新しいシステムを敷いていたのだが、残念ながら経験不測が露呈してしった。
 しかし、まだ挽回は可能だ。
 ことに護衛艦である戦艦『ノースカロライナ』らがハワイで増設したボフォース四〇粍四連装機銃を統制指揮下で運用した効果は絶大だった。『エセックス』上空にまだ雲があったため、高度を下げて攻撃せざるをえない日本軍機は次々に対空砲火の餌食になったのである。
 日本の第二次攻撃隊は合計三波に分かれていたが、これが裏目に出て各個撃破を許したこともあって、出撃七六機中、実に半数を超える三九機の損害を出してしまう。
 もちろん、この時点のキンケイドにはそこまで正確な数字はわかっていないが、その手応は感じ取れていた。空襲が終わった時、『エセックス』は至近弾一発による小被害だけしかうけていなかったのである。

「『ノースカロライナ』と『サンファン』の被害は?」

 この二艦は『エセックス』の輪形陣の中核だ。空母への攻撃をうまくできない日本軍機は、護衛火力だけでも削ろうとしたのだろう、この二隻にも攻撃を割いていた。

「『ノースカロライナ』には被弾二。戦闘続行に影響なしとのことです。ただし、甲板上の機関砲に損害があり、対空火力がおちるとのことです」

 戦艦だけあって、艦体の防御力は高いものの、四〇粍機関砲はほぼ非装甲で増設されていた。爆風で被害が出るのはやむをえない。

「『サンファン』は被弾一、被雷一です。現在、艦隊行動不可とのこと」

 『サンファン』はアトランタ級軽巡洋艦──俗にいう防空巡洋艦だ。優れた火器管制装置をもち、主砲には両用砲である一二.七糎砲を連装八基、更に四〇粍機関砲六門、二〇粍機銃一四門を搭載している。しかし、その重武装ぶりは重心を上げてしまい、復原性の不足が指摘されている(『サンファン』の次に建造された五番艦『オークランド』は主砲を一基減らして、改善を行っている)。そんな艦が雷撃を受けてしまったのは不幸であった。艦の動揺が激しく、艦隊に追随できなくなったのである。

(こちらの攻撃隊も戦果をあげている。日本軍の攻撃力も弱まっているだろう)

 キンケイドは、なんとか凌げるであろうという目算をたてた。
 が、それを覆したのが『隼鷹』の攻撃隊だった。

「新たな敵編隊が接近中」
「態勢を整えろ」

 キンケイドは米海軍士官学校(アナポリス)の卒業席次では最低(二〇一人中二〇一番)だったのだが、逆に水上経験豊富な指揮官として、今次大戦では二番手、三番手の指揮官として戦歴を積んで評価されてきた。
 この場でも的確に指示をこなしていたが、予想外の攻撃だった。
 日本軍は多くの場合、空母を一群にして運用する。もう一群いる可能性もないとはいえなかったが、索敵範囲には発見できておらず、このタイミングで戦場に到着できるとは思っていなかったのである。

「敵編隊、当艦隊に向かってきます」

 レーダー管制官が報告する。
 この時、準鷹攻撃隊を率いる志賀は大破している『ヨークタウン』への追加攻撃の要なしと認めた。無傷の『エセックス』へと攻撃を集中させたのだ。

「くぉっ!」

 『エセックス』の船体が揺さぶられる。
 『隼鷹』飛行隊は対空火力がおちた間隙をかいくぐり、四発の命中弾を与えたのだ(同時に駆逐艦『ポーター』も撃沈される)。
 しかし、エセックス級は、ヨークタウン級を、軍縮条約の制限なしにの拡大改良したものだから長足の進歩をとげており、防御力もまた優れたものであった。この時も、九九式艦爆の二五〇キロ爆弾は『エセックス』に致命傷を与えることはできなかった。
 だが、『エセックス』といえども装甲甲板は格納庫甲板であり、飛行甲板は装甲されていない(飛行甲板を装甲化すると、万が一飛行甲板が貫通された場合に、被害が大きくなることを嫌ったため)。命中弾は飛行甲板に大穴をあけており、航空機運用能力を喪失した『エセックス』は後退せざるをえなかった。

 こうして米軍は主力空母二隻を戦場から失う。
 だが、予想外の攻撃を受けていたのは、米軍だけではなかったのである。

「まだ空母がいるということだろう」

 一旦、敵の攻撃圏を離脱した『翔鶴』は、火災もほぼ鎮火している。
 大神ら機動部隊司令部も『翔鶴』から駆逐艦『嵐』に移乗していた。

「くそ、一体どれだけいるっていうんだ!」

 大神の言葉に、加山は半ば嘆いて見せた。
 この時点で、山口に指揮を託した二空母のうち、空母『瑞鶴』が小破している。米軍の第二次攻撃隊によるもので、深刻な被害ではないが、やはり後部飛行甲板の破穴により航空機の運用が不可能になってしまった。
 残る空母は山口が座乗する『飛龍』と角田が座乗する『隼鷹』だけだ。
 こちらも発見済の空母は全て叩いたことは確実なのだが……機動部隊本隊から先行し、敵機吸引の任にあたっている前衛部隊が、大規模な空襲を受けているという報告が入っているのだ。

「過大報告ではありませんか?」
「松田提督ならそんなことはないだろう」

 源田の言を大神は否定した。
 前衛部隊を率いるのは戦艦『大和』『武蔵』からなる第一戦隊司令官松田千秋少将。
 その時々の最強艦で編成される第一戦隊は、ほとんどの場合、聯合艦隊直轄、あるいは艦隊司令部直率として運用されるのが伝統であった。
 しかし、今回は本隊から分遣して運用することもありえると大神が聯合艦隊に具申したことにより、照和一一年の原敬太郎海軍少将以来の久々の司令官として松田は抜擢されたのだ。
 その松田は照和四年から六年にかけて駐米経験があるにも関わらず、反米主義者ということで、いわゆる米内─山本ラインとは一線を隔す。
 しかし、開戦前には総力戦研究所(陸海軍軍人を教官とし、軍官民から集めた若手エリートを研究生として総力戦体制の研究を行った組織)に勤務して「対米必敗」の報告書をまとめ、また開戦時には標的艦『摂津』艦長として、自身と歴代の艦長の記録を基に「爆撃回避法」という航空攻撃に対する操艦マニュアル(これが日本最初にして四三年当時も唯一のものであった)を書くなど才を発揮した。
 戦術指揮官としてなら、思想はほとんど関係ないし、松田もあえて政治的に立ち回ろうとする人間でもなかった。今回の任務には最適の人物と考えられ、大佐から少将に特進の上、抜擢されたのだ。
 航空攻撃を「受ける」ことに関しては、海軍でも随一の専門家といえる松田が、作戦判断を狂わすほど航空攻撃戦力を見誤るとは思い難いというのが、大神の判断だった。
 そして、その専門家をもってしても、重巡『筑摩』大破、戦艦『武蔵』中破。重巡『利根』小破の損害を受けたというのもまた、空襲が大規模なものであったという証左でもある。

「すると、もう一群の敵空母は確実ということになりますか……松田司令から『米軍ノ常ナル技量ヨリ低シ』とあります。アメさんもそそろそろ物量は切れてきたらしいですな。二線級部隊じゃないですか、これは」

 源田は松田の報告を見ながら言う。

「大神長官。山口司令に指示を出されますか?」

 駆逐艦では本格的な指揮をとることはできないが、方針くらいなら示すことはできる。加山は参謀長としてがそれをうながすが、大神は首を振った。

「現場に余計な口を出して混乱させてはいけない。それに山口提督と角田提督なら問題はないからな」

つづく


一つ前に戻る
目次に戻る