第七話「逆撃」(その15)

 時間は少し戻る。
 第一次攻撃隊を発艦させた後、大神は第二次攻撃隊の発進を急がせていた。
 だが、それは思いもよらぬ妨害をうける。米軍の索敵爆撃だ

「お、墜としましたな」

 航空参謀源田実海軍大佐が見物気取りで言う。
 既に敵機の攻撃に臨戦態勢にあったため、少数機による爆撃は自殺行為と見えていた。直衛隊の零戦と対空砲火で二機目のSBDドーントレスが煙をあげて海に堕ちていく。
 が、何がおきるのかがわからないのが戦場だ。

「大神司令!」

 従卒の橘周防が指をさした。
 雲間から突如現れたSBDドーントレス二機が軽空母『瑞鳳』に急降下爆撃を敢行したのだ。

「南無三!」

 加山が叫ぶ。
 第二次攻撃隊の発進準備中のため、『瑞鳳』の飛行甲板には魚雷を搭載した九七式艦攻が並べられている。それが誘爆すれば、小笠原沖海戦における米空母の二の舞だ。
 しかし、まだ、運命の天秤は米軍側に傾ききったわけではなかった。『瑞鳳』の飛行甲板の最後尾にかすめるように命中したため、最悪の事態は避けられたのだ。艦の損傷も軽微であり、航行能力にも支障はない。
 ただ、飛行甲板後部を損傷したため、着艦不能だ。

「大神提督。『瑞鳳』を後退させましょう」

 加山が進言する。

「ああ。だが、その前に発艦が可能かどうか問い合わせてくれ」
「なるほど!」

 加山よりも早く源田が反応した。

「収容は他の空母にでも可能ですからな。どうせ攻撃隊は撃墜されるから機数は減って収容は可能だ」

 こうした言い方が源田が嫌われる原因であるのだが、言っている事は正しい。

「なに、あれなら発艦はできます。作業を急がせましょう」

 『瑞鳳』は爆風で損傷した九九式艦爆を海上投棄した上で、零戦六機、九七式艦攻六機を出撃させることに成功(その後に、本土へと後退)。『翔鶴』『瑞鶴』『飛龍』からは、本来の計画通り合計六四機が出撃した。
 ただし、この第二次攻撃隊は帝國海軍にしては珍しく、集合してではなく、単艦ごと(瑞鳳と飛龍は合同編隊)の編隊となって進出している
 これは、『瑞鳳』被弾に伴う緊急発艦や、攻撃を受けた後の艦隊の乱れなどのためやむなく実施したものだった。その混乱を整理してから発艦させるのでは、対応が遅くなりすぎると大神司令部は判断したのである。
 第二航空戦隊司令官(当時)山口多聞海軍少将などは、この指揮を高く評価しており、後年、この海戦での自分の功績を、大神よりも高く評価する声を聞くと、「大神提督の決断があってこそ、その後の作戦行動が可能であったのだ。やはり、功の一番は大神提督にある」などと答えたという。
 実際、第二次攻撃隊を発艦させているまだ最中に、空母『翔鶴』の二一号電探は敵編隊の姿を捉えていた。ここで手間取っていたならば、それこそ、小笠原沖の復讐をなされていたかもしれなかったのだ。
 なお、この『翔鶴』の電探は先の第二次フィリピン沖海戦における修理の際に取り付けられたものである。これにより、南東一四五キロに敵編隊を確認したのだ。一般に探知距離は編隊で一〇〇キロとされていたので、これはかなり調子が良いといえるだろう。大神艦隊は、その情報で十分な迎撃態勢をとることができた。

「戦闘機隊、戦闘に入りました!」

 一二糎双眼鏡で上空を監視している見張員が声をあげる。
 この時、襲ってきたのは紅雄達とすれ違ったヨークタウンによる第一波、二九機。
 上空直衛の零戦隊が奮戦し、数機を撃墜破する。
 だが、攻撃隊を完全に食い止めるには至らない。妨害するF4Fを交わしつつ、零戦隊はさらに追撃を行う。ことにTBFアベンジャーに対しては執拗な攻撃により、対空砲火と合わせて、襲撃してきた六機を完全に封じた。

「やった!」

 低空での攻防ゆえ、各艦からも視認しやすい。
 周防も思わず歓声をあげる。

「……まだだ」

 だが、大神は険しい表情のままだ。
 帝國海軍とは逆で、米艦載機の“主力”は急降下爆撃機である。そして、上空の雲量は濃い。

「上空、敵機!」

 積乱雲をかすめるようにしてSBDドーントレスの編隊が現れた。
 どうやら、『翔鶴』を集中攻撃することにしたらしい。『瑞鶴』『飛龍』には目もくれず、全機が『翔鶴』へ殺到してくる。

「味方機、体当たりしました!」

 このままでは迎撃が間に合わないと見たのか、あるいは機銃弾を撃ちつくしたか故障でもしていたのかもしれない。一機の零戦(後に大森茂高一飛曹機と判明)はSBDへ体当たりして相打ちした。

「あたら得難い操縦士だというのに……」

 加山は唇を噛む。
 その壮烈さを讃える気持ちと、育成に時間のかかる操縦士が自爆を選んだことを咎める気持ちと、心の中でせめぎ会う。
 だが、今はその結論を出している暇はなかった。

「とーりかーじ!」

 『翔鶴』艦長・有馬正文海軍大佐が回避の指揮をとる。
 敵機の照準を外すように舵を切り、あるいは速度を上げて照準を後落させる。
 これで、頭から四発の投弾を振り切って見せたのはさすがであった。
 だが、米軍もすぐに戦術を変更してくる。高度二〇〇米から三〇〇米という超低空で艦首方向から攻撃してきた。

「うわっ!」

 誰が叫んだかわからない叫び声がした。
 ほぼ連続で四発の四五〇キロ爆弾が命中したのだ。

「損害箇所知らせ! 福地運用長、火災を止めろ」

 有馬が矢継ぎ早に指示を出す。
 幸い、艦橋構造物への影響はないが、飛行甲板中央から後部にかけて命中弾を受けている。火災も発生し、拡大しつつある。

「これは指揮をとるのは無理だな」

 艦橋構造物は無事とはいえ、通信設備は爆風の影響を受けて損害を負っている。
 空母として戦力も失っている今、『翔鶴』を戦場に留まらせる理由はない。

「俺の指揮権を山口司令に委譲。『翔鶴』は反転し、敵攻撃圍外へ離脱する」
「大神、司令部はどうする?」

 加山が問う。

「離脱を優先だ。司令部が移乗するために空母を危険にさらすわけにはいかんさ。なーに、山口司令なら指揮は問題ない」

 あるいは司令部が艦隊を置いて逃げたと非難されかねない行動だが、大神は惑うことなく命を下した。
 しかし、これに有馬が激烈な意見具申を行って異を唱えた。

「未だ本艦は高速航行が可能です。このまま進んで下さい! 『翔鶴』がこのまま進んで敵の爆弾を吸収できれば、それだけ味方が助かるではありませんか!」

 先の第二次フィリピン沖海戦と同じ状況となったことで、同じ意見具申をしてきたのである。

「有馬艦長。気持ちはわからないでもないが無謀というものだ」

 加山が有馬を諌ようとするが、有馬は一歩も引かない。

「どうかこのまま進ませてください!」

 目に涙を浮かべながら有馬はくってかかる。
 前回は通信でのことだったが、この海戦では旗艦として司令部と同乗しているだけに、今回こそはという思いなのかもしれない。
 ただ、誤解がないように周知しておきたいのは、有馬は決して簡単に英雄的な行動をとろうとしているわけではないということだ。
 彼は、海軍部内でも一二を争うほど謹厳実直な漢として知られている。
 酒も煙草もやらず、女性も妻しか知らないだろうとはもっぱらの評判だった(特に女の点で正反対だと大神をからかったことがある、と加山は戦後の講演で語ったことがあった)。そして、かの東郷平八郎元帥を私邸に訪ね、訓話をききにいったという逸話ももつ。
 同時に人一倍部下思いの指揮官であり、日没後も未帰還機があるとなれば敵に発見される危険を顧みず探照灯をつけ、未帰還機の自艦の位置を少しでもわかりやすくしようとしたこともあった。また、この海戦後には、『翔鶴』飛行甲板の破片を持ち帰り、その一片一片に“壮烈”の二文字を墨書し、戦死者の遺族に送っている程だ。
 だから、この意見具申も国力に劣る帝國になんとか勝利をもたらそうとする自己犠牲の精神から発せられた悲壮な覚悟と解釈すべきだろう。
 しかし、結局は容れられなかった。

「有馬艦長。今はまだその時ではない」

 大神が諭すように口を開く。

「本当の決戦は次だ。我が海軍の総力をあげて乾坤一擲の戦いをするのはその時にとっておくんだ」

 これでようやく有馬艦長は折れる。
 この大神の言葉は有馬を説得するためのものだと周囲に理解された。
 しかし、実際にその通りに戦況は推移し、大神司令部の面々は彼の戦略眼の鋭さに感嘆することとなるのだった。

つづく


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