第七話「逆撃」(その14)

 日高隊が分離してから、約二十分後。

「敵空母発見!」

 村田機の電信員・水木徳信飛行特務少尉が電鍵を叩く。
 第一次攻撃隊が捉えたのは、空母『ヨークタウン』を中心とする第一七任務部隊であった。

「全軍突撃!」

 まず、空母『瑞鶴』の艦爆隊の急降下爆撃から襲撃が開始する。
 敵の上空直衛機であるF4Fも、果敢に迎撃してきた。

「させへんでぇ!」

 紅雄をはじめとした護衛戦闘機隊もそれに対抗し、たちまち空戦が開始される。

「まずは、ここや!」

 敵戦闘機隊の頭を抑えるように七.七粍を短く二度に分けて撃つ。
 これは艦爆隊を護るための牽制で、敵の注意をこちらに向けさせようというものだ。
 F4Fも、いくら第一の目標が攻撃機とはいえ、ただ撃墜されてしまってはかなわないとばかりに機体を引き起こし、紅雄たちの方を向く。
 このように互いに機種を向け合う正対に近い状態では、相対速度が速すぎて、なかなか弾はあたるものではない。だから一度すれ違った後、態勢を立て直す、または、巴戦に入るというのが定石だ。
 だが、紅雄は違った。

「そんで、ここやで!」

 砲口初速が毎秒七五〇米まで改善(二五%程向上している)された二〇粍機関砲にも猛訓練で慣れることができていた。紅雄が放った、一見、見当違いの方角に撃たれたかのように見える弾道は、しかし、ただ一点でのみ、敵機と交錯する。

「よしっ!」

 当たりさえすれば二〇粍の破壊力は戦闘機に対しては圧倒的だ。
 F4Fは黒い煙を吐きながら高度を下げていく。あれなら、ほぼ撃墜は間違いあるまい(後、僚機により撃墜確認)。だが、それを見届けている余裕は、今はなかった。
 すばやく周囲に視線を走らし、見張りを怠らない。それが空戦を生き残る必須条件だ。

(滝澤もついてきてるな)

 はじめてもった部下が追随してきていることも確認できる。
 紅雄と同じように攻撃して成功させるのは不可能だ。が、機動に追従するだけならば、二機編隊。長機をひたすら追いかければいいということで可能だ。長機たる紅雄にしても後ろに「目」があるのは有難い。

「次はあいつや……っと、こっちを先にやらなあかんか!」

 この時、上空直衛のF4Fは零戦の倍以上の機数がいた。戦闘機隊指揮官である空母『瑞鶴』飛行隊長・白根斐夫海軍大尉らも奮闘するも、苦戦は免れ得ない。
 戦端を切ろうとした艦爆隊の第一中隊も態勢をたてなおさざるを得ず、第二中隊からの突撃になるなど、混戦模様だ。

「よし、いくぞ」

 その混乱を突くような形で、村田が率いる雷撃隊が攻撃を開始する。
 敵空母の両側から挟撃するような形での低空進入だ。

「くそっ!」

 対空砲火で被弾した九九式艦爆の一機がそのまま駆逐艦に突入、自爆していく姿を視界の端にとらえた紅雄が悪態をつく。
 この段階で、ヨークタウンには何発かの急降下爆撃が命中していたにも関わらず、まだ沈降するような様子はない。

「アメ公の空母はやけにガタイがよくて困るんや!」

 やはり雷撃によらなくてはダメかと紅雄は低空に視線をずらす。
 すると、ホーネットの艦首左舷側から進入する三機編隊の雷撃機を認めた。射角としては絶好の位置取りだ。だが、F4Fにとりつかれている。一二.七粍の銃火を浴びた一機が火をふき、海中に叩きつけられた。

「それ以上は!」

 紅雄はそのF4Fに喰らいつく。
 日本軍の雷撃機の恐ろしさを知っているF4Fは、それでも九七式艦攻への攻撃を続けようとする。向こうも必死だ。
 だが、紅雄も後に不利になることを承知で高度を落とし、その速度を利してF4Fを攻撃する。

「このっ! このっ!」

 弾数の多い七.七粍を、強引ながら連続して射撃していったのが効を奏した。F4Fの水平尾翼に命中し、空中姿勢を僅かに乱れさせた。大きな損傷を与えたわけではなく,通常の高度であれば難なく立て直せるものであっただろう。しかし、低空では致命的である。F4Fは左主翼先端から飛沫をあげたと見えた瞬間、機体が水面を転がるようにバラバラになった。
 これを見て敵僚機が紅雄へ反撃するようなそぶりをするが、紅雄よりやや上方に占位した滝澤が当てずっぽうながら射撃すると、この場を離脱していく。

「助かりまんなー」

 紅雄は二機一隊の戦術の実戦での効果を実感する。そして、失った高度を取り戻そうと機種を引き起こしながら、自分が助けた雷撃隊に目をやった瞬間、驚愕した。

「村田少佐!」

 すでに白煙をあげている機体には白線が二本巻かれている。隊長機の印であるそれをつけた九七式艦攻は、この戦場には村田しかいない。
 魚雷を投下した編隊は、僚機こそ機首をあげて離脱していくが、村田機は高度を変えようとしない。いや、すでに高度を変えることができないのだろう。
 そのまま直進していった機体は、ヨークタウンの艦首付近に激突。紅蓮の炎と黒煙をあげる。

「村田隊長が……!!」

 直後、ヨークタウンの左舷に大きな水柱があがった。魚雷命中だ。

(あれは村田隊長の雷撃に違いない!)

 ヨークタウンは急速に行き足を落とし、船体を傾けていく。この瞬間、ヨークタウンは戦力として存在ができなくなったのである。

(少佐はヨークタウンと刺し違えたんや!)

 その壮烈な最期は、紅雄と村田と同じ空母『翔鶴』艦攻隊の鈴木武雄海軍中尉、長曾我部明海軍中尉により報告され、現代に至るまで語り継がれていることは、いうまでもないだろう。

 照和一八年四月、小澤治三郎聯合艦隊司令長官の名で、村田の戦死と殊勲が全軍に布告された。死後、二階級特進により海軍大佐。
 そして、戦後、大神が部下たちの弔問を行う際、最初に訪れたのが島原の村田家だったということも、今日に語られている。

つづく


一つ前に戻る
目次に戻る