「よく頑張ってるね、杏里くん。でも、だからこそが僕はここにきたんだ」
杏里を慰めながらの大河の言葉に、サジータが反駁する。
「どういうことだ?」
「うん。黒人コミュニティにも影響は出ているだろ?」
質問に質問で返されたサジータは、やや表情をしかめるが、大河に押し切られた形で返答をはじめる。
「確かにな。日系人とは関係が深いから……」
米国内でいわれのない人種偏見に晒されていた黒人にとって、有色人種唯一の列強である日本は、いわば希望の星である。
特に日露戦争で、白色人種は有色人種より優越種であるという(当時は“科学”として根拠づけされようとしたほどの)神話を突き崩したというのは、とてつもなく大きな出来事だった。
だから、二〇年代から本格化した日本人のアメリカへの移民についても、黒人たちは好意的に捉え、黒人系新聞であるフィラデルフィアトリビューン紙は“黒人たちは日本人を心から尊敬している”“日本人の態度は見習うべきものである”と述べている。
一方で、日系人たちも、白人系病院のほとんどが黒人の医者を拒否する中、日系病院では黒人の医者を採用するなどしてそれに応えている。
こうした関係は戦争がはじまっても変らず、黒人公民権運動の指導者ウィリアム・エドワード・バーグハード・デュボイス(ハーバード大学博士号をとった最初の黒人)は「アメリカが日本人の権利を認めてさえいれば、戦争は起こらなかったはずだ」と主張したほどであった。
「私もミスター・ヒキタやミスター・ナカネとも会ったことがある。主張には必ずしも同意できないが、日本人なのに、われわれ黒人のことを真剣に考えてくれていることは有難いと思ったよ」
サジータのいう、ヒキタとは、ハーレムを中心に活動した日本人の黒人指導者・疋田保一であり、ナカネとは同じく黒人指導者となった中根中のことだ。
もっとも、中根は私財をなげうって運動を行った上で、三九年には逮捕されて今は獄中にあるという純粋な義侠心だが、疋田は外務省嘱託職員として、かつて加山が形成の端緒をつけた在米諜報網も利用しての活動であり、開戦後の外交官交換船で帰国しているが。
「僕も聞いたよ。政治ジョークがあるんだってね。徴兵された黒人が“白人を守ろうと、黄色人種と戦って命を落とした黒人、ここに眠ると墓石には刻んでくれ”って言ったとか」
黒人を差別するアメリカのために戦うことは馬鹿げているという揶揄だ。
実際には兵役についた黒人のうち、実際の戦闘に参加したものはわずか5%という戦後の統計が出ており、彼らが戦死することはほとんどなかったのだが。
「でも、黒人社会も一枚岩じゃない。アメリカ国民としてアメリカのために戦うべきだ、勝利に貢献することで公民権を得ようっていうヤツもいる」
「僕はそれはかまわないと思っている。自由の国だから──だから、自由の国・アメリカを取り戻すために、僕はここにきたんだ」
「取り戻す?」
「そうだよ。カーのようにね」
コロラド州知事ラルフ・ローレンス・カーは日系人に対する強制収容に反対したただ一人の州知事である。
『我々は、ある人の仲間に対する愛情や国家に対する忠誠心を、その人の祖父が生まれた場所で判断することはできない。すべてのアメリカ人は、アメリカ合衆国の国境の向こう側の出身なのだ』
開戦直後、ラジオでそう演説した彼は、州内の強制収容所に日系人が到着した際、白人が暴徒化した時も、自ら現地に急行した。
「彼らに危害を加えるのであれば、私に加えなさい。小さな町で育った私は、人種差別による恥辱や不名誉を知り、それを軽蔑するようになった。なぜならそれは、幸せを脅かすものだからだ。あなたの、あなたの、そして、あなたの幸せを」
白人達に視線を巡らせながらのこの演説は、カーの生涯で最も有名なものと言われている。彼は口約束だけではなく、実際に暴徒を沈静化し、日系人を保護したのだ。
「そりゃ、人種差別はずっとあった。僕だって紐育で生活したんだから、少しは体感してるし、サジータさんやリカ……杏里くんはもっともっと辛いことがあったと思う」
黒人で、しかも女性の弁護士という立場のサジータが様々な差別に晒されたことは想像に難くない。かつてハーレム立ち退き騒動に利用されたのも、黒人の地位向上、立場改善に焦るあまりのことだった。
リカりッタも、まだ少女だった頃からバウンティハンターという腕一本、裏家業スレスレのところで生きていかなければならなかった事に、“征服された”ネイティブアメリカンの社会的立場を反映しているといえよう。
「でも、少しずつでも、いい方向に向かってた。アメリカ──自由の国アメリカとして目指すべき方向に向かってた。それなのに……」
大河は唇を噛む。
かつて、彼が命を賭して守ったこの地。第二の祖国。
それが逆コースにすすもうとしている。
「だから、僕は自由の国アメリカを取り戻しにきたんだ。アメリカのために」
「大河!」
「にゃう〜ん、大河さん!」
「よくわからないけど、すごいぞ、しんじろー!」
サジータ、杏里、リカが歓声をあげる。
しかし、サニーサイドは営業スマイルのような笑顔のまま、鷹揚に拍手していた。
「なるほど、立派なもんだ、大河くん」
言葉とは裏腹に、いささか皮肉めいた口調だ。
「だけどね、カーは四二年の上院議員選挙で負けてるんだよ。民主主義の主権者たる国民が、日系を擁護する彼の政治生命を絶ったんだ。まして、僕はWASP(ホワイト・アングロサクソン・プロテスタント)だよ。君の話に僕が簡単にのると思うかい? そう、今すぐ通報でもした方がよっぽど楽じゃないか」
サニーサイドが本当に人種を問題にするような人間だったなら、そもそも紐育華撃團は存在していない。だからこの態度は、自分がそれだけのことをするに足る人物なのかを見極めようとしている。
そう大河は喝破した。
「サニーサイド司令。僕は貴方が自由の国アメリカを諦めるなんてちっとも信じません」
サニーにとってみれば、大河は紐育にきた当初の頼りないイメージが先行してしまうのかもしれない。いつまでも子供を心配する親のようなものだろう。
であるならば、こんな凡百な台詞だけでは、彼を安心させられない。
大河は笑顔を作りながら言葉を続けた。
「それに、こんなに面白い事を見逃すとも思ってませんよ。だってそうでしょう。人生はエンターテイメント! 人生はサプラーイズ!」
サニーサイドの表情が変わった。
それは、大統領すら振り切ってCARPシステムを発動した時のような快心の笑顔だ。それは彼が大河の成長を認めた喜びであり、これから困難へのやりがいでありをあらわしたものであろう。
だから、彼は高らかに宣言した。
「いいだろう、大河くん。イッツ・ア・ショータイム!」