サジータ・ワインバーグは呆然と呟いた。
「……マジかよ」
数日前から紐育で話題になっていた芸能ニュースは『幻の名女優、NYへ戻る!』というものであった。
延々と西海岸から旅をしてきたその一行は、まるでプロモーションのように顔出しを行いながらの道程であったという。そのために、次第に騒ぎが大きくなったのである。
紐育に着いた今では、目抜き通りをいくオープンカーに、摩天楼から紙吹雪がふってこないのが不思議なくらいの盛況ぶりだ。
だが、サジータが駆けつけたのは、そんなお祭り騒ぎに参加するためではない。
その目的地がリトルリップシアターであり、その女優が──
「なにやってんだよ、おい!?」
当日、サジータの目の前をオープンカーでパレードしていったのは、リカリッタ、そして、紛れもなく本物のプチミントではないか。
「あの年になってもよく似合う……ってそういうことじゃない!」
とにかく真実を求めるべく、サジータは群集を掻き分け、リトルリップ・シアターに駆け込んだ。
「あら、久し振りね」
それを出迎えたのは、副支配人にして紐育華撃團副司令でもあるラチェット・アルタイルであった。
他所でも華撃團立ち上げを行うなど、華撃團ネットワーク構想を推進するキーパーソンとしても活躍した彼女だったが、三〇年代中期以降は、再び紐育に腰をおちつけ、本来の業務を中心に活動している。
「丁度、大河くんを迎えて、みんなでお茶しているところよ。貴方もいかが?」
「それは、どこでやってるんだ!」
「屋上よ。昔、みんなでよく集まってたでしょ。懐かしい光景よ」
「わかった!」
あくまで穏やかなラチェットとは対照的に興奮した様子のサジータは、そのままの勢いで屋上へと向かう。
「じゃあ、次回の公演の目玉にさせてもらっていいかな? リカリッタと一緒に」
「いきなりじゃきついですよ。ずっと舞台の練習してないですし」
「そうだね。じゃあ、主役とかじゃなくて、スペシャルゲスト的なポジションでいいかな?」
「ええ、それなら……」
和やかに公演スケジュールについて会話しているシアター支配人マイケル・サニーサイドとプチミント(の扮装をすでにといている大河新次郎)の会話に、これまで以上にサジータの感情が昂ぶっていく。
「これはどういうことなんだ!」
走り寄るなり、バン!と勢い良くテーブルに手をつくサジータ。しかし、それに臆せずもせず──というか、よく理解していないというか──同席していたリカリッタが満面の笑みを浮かべた。
「いっしっしっ。大河をここにつれてくるためのいいアイデアだろ? リカが考えたんだぞ!」
「ははは……もう似合わないんじゃないかとヒヤヒヤしたよ」
「いやいや、一向に衰えてないよ、大河くん。それに、リカのアイデアもいいね!」
プチミントの“正体”は、当時の大河の懇願もあって、シアター外には秘密とされていた。それを利用して、大河の素性を隠し、また、逆に注目を浴びるように仕向けて衆目に注視させることで、万が一の妨害もしにくくする。
今のアメリカで日本人を秘密裏に大陸横断させるのは厳しいと判断したリカリッタのファインプレイだ。
「そういう意味じゃない!」
もう一回、サジータは机を叩いた。
「どういう目的なんだ! ハイリスクな潜入をしておいて、OG会がしたいからだとは言わせんぞ!」
やれやれ、といった風情でサニーサイドがため息をつく。
「このままだと訴えられちゃいそうだし……しょうがない、場所を変えようか」
○
「で、大河。弁明があるなら聞かせてもらおうじゃないか」
地下司令室にうつってすぐにサジータは切り出した。
大河jは柔和な表情を消し、帝國海軍軍人としてのそれに戻ると、凛として宣言した。
「この戦争を終わりにしにきたんだ」
が、それにはサニーサイドが、すかさず鋭い一言をぶつける。
「それは正確ではない。君は日本を勝たせにきたんだろう?」
「ええ、そうですね」
大河も動揺することなく返す。
歴代の華撃團司令は、皆、底が知れない。小細工は無用だ。
「でも、我が国にとっての勝利はこの国を屈服させることではありません。勝利条件は旧に復すること。ただそれだけです」
これは、大河が山本五十六海軍次官に、何度も念をおされたことだ。
彼の派遣は軍部主導で決定され、停戦のための後方霍乱(諜報)作戦として、政府には認知されている。
しかし、それに留まらず、山本らは明確な停戦への道筋を大河に示していた。
しかるにこれは、二元外交というほかない。
こうした道筋は、政府、外務省に一本化されるものであり、職権濫用である。
結果がよかったから無罪放免となる問題でない。
───『日本外交百年史』外川勲
だから、後世、このようにも批判されることもあり、それは的を得ている。
また、同時代においても、この“停戦工作”により、山本らを「知米派ではなく恐米派だ」という批判が大きく巻き起こることともなった。
それでも、冷静な視線でみれば、結論は自明である。
「なるほど。日本政府の戦略眼は実に正しいね」
サニーもそう評価する。
日英同盟を堅持し、英国のブロック経済圏、特に英国の満州(マンチュリア)経営の恩恵を受けた日本は、何度も国内最大都市が被災したにもかかわらず、重工業国へ順調な発展を歩んでいた。だが、それでも、世界最大の国力をもつ米国との差はあまりに大きい。
長期戦になればなるほど、戦力の差は開いていってしまう。例え、勝ち続けとしてもだ。
「で、私に日本のために手をかせというのかい?」
「それだけが理由じゃありません。アメリカの……」
と、ここで大河の説明は遮られた。
「大河さんっ!!」
走り込んできた吉野杏里が、そのまま彼の胸に飛び込んできたからだ。
「杏里くん、大丈夫だったんだね」
「にゃぅ。でも、みんなは……」
泣きじゃくる杏里に、一緒にやってきたプラム・スパニエルは優しげな視線を投げかけていた。
「色々あったから、しょうがないわ。泣かせてあげて、タイガー」
そして、杏里にかわって、その"色々”こと現在の日系人のおかれた立場を説明しはじめる。
日系人のコミュニティの中心であった西海岸諸州では、彼らは強制退去、次いで強制収容されているという。
その対象者は日本人の血が8分の1以上入っている者(つまり曾祖父母に1人でも日本人がいれば)とされる厳しいものだ。西海岸諸州には約十二万六千人の日系人が在住していたのだが、十一万人以上がこの規定に該当してしまう。しかも、うち七万人以上は二世であり、アメリカの市民権を持っていたにもかかわらず対象とされたのである。立ち退き、収容まで僅かな猶予期間しか与えられなかった彼らは、職、築いた財産、全てを失ったといっても過言ではない。
東海岸である、この紐育は対象区域外であるが、当然ながら杏里の多くの縁者、知人が強制収容されてしまっている。更に残る日系人にも監視がついており、日系人が紐育華撃團の中核にいるというのも問題視されるのは必至だ。
サニーらはやむをえず、王大人(王行智は逝去しており、その尊号は彼の娘婿が継いでいる)に依頼し、杏里はチャイニーズアメリカンで、営業用として日系人というギミックを用いていてるということにして、なんとか現状をやり過ごそうとしているところだという。
「よく頑張ってるね、杏里くん。でも、だからこそが僕はここにきたんだ」