「さーて。チップ、換金してもらえますかね?」
あくまで余裕の大河。
マネージャーの方もここまでくれば腹を括るしかない。
「わかりました。何分、大金ですので、店の中ではちょっと不都合があります。こちらに来ていただけますか?」
「うん、そうだね」
大河はマネージャーに促されるまま、カジノ場内から事務所へと案内されていった。
「それで、お金はどうなるのかな?」
そのソファーに腰掛けさせられてなお、大河は余裕があった。
そんな態度を、店側は、単に世間知らずの馬鹿なのだと思い込んだ。
「このイエローモンキー、調子に乗るなよ」
マネージャーは応接セットの一つであった机を大きく蹴っ飛ばした。
(はぁ。こういう輩のやる事はどこでも代わらないなぁ)
大河はむしろ醒めた目でみていた。この当時のカジノなぞ、ことごとくがマフィアの経営であることは常識だ。むしろ、だからこそ、用があったわけだが。
「イカサマしてやがって。金を全部置いて二度とこねぇんなら許してやる。五体満足で帰りたいだろう?」
強めに脅しておいてから、引いたように見える提案を出す。これもまた基本通り。
「ええ? そんな言いがかりは困りますよ。だって、どうやってイカサマしたっていうんですか?」
霊力を使ってのものだから、一般人に見抜けるはずうはない。もっとも、大河のルーレット結果をみていれば、イカサマ以外にありえないというのは当然の結論だ。
「調子にのってるんじゃねぇぞ。痛い目みねぇとわからねぇようだな!」
マネージャーの横にいた二人の男が大河の前に立つ。そして、手を伸ばした次の瞬間。
「あっ?」
「な?」
間抜けな声とともに二人は椅子の後方へと投げ飛ばされていた。
「おう。こんな弱っちゃろいのしかいねーのか?」
油断しているところに柔道技をかけるなどというのは朝飯前だ。奇襲的に自らの力を誇示してから強面になってみせたのは、事前の計算通りである。
「くっ……貴様、どこのファミリーだ!」
「どこでもないさ。それで、これからどうしてくれるんだい?」
「どうもこうもない!」
マネージャーが合図を送ると、また別の男が入ってきた。手には拳銃──コルトガバメントが握られている。
「お前さん、元はニューヨーク出身だな」
「わかるかい」
この段階でもなお、マフィアは大河を中国系米人(二世)だと疑っていないようだ。大河が単に綺麗な英語をしゃべるだけでなく、スラング──紐育のハーレム仕込のものを駆使しているからだろう。
ただ、さすがにいささか古くなってはきているのだが。
「西海岸の流儀ってものを教えてやるよ」
「そんなチャチなもので? シカゴタイプライターでももってきてくれないと」
「負けず嫌いだな」
「真実さ」
男の右手が伸び、銃口を向ける。大河は素早く踏み込み、間合いを詰める。
しかし、そんな動きより発砲の方がずっと早い。銃声が響き、大河に向けて放たれた弾は──跳ねていった。かつて、さくらが見せたような霊力によるバリヤだ。あの時と違い、方向もタイミングもわかっているから、瞬間の霊力展開で済むから、大河でも可能だったのである。
そして、そのままガバメントのスライドを手で抑えつけた。
「そういうことで」
綺麗な払い腰で男はしたたかに床に打ち据えられた。
「貴様!」
マネージャーはいきり立つが、この男はただものではないのは十分に証明された。うかつに手を出すわけにはいかない。
「早いところ次の相手を頼むね。そう、腕の立つバウンティハンターなんかがいいんじゃないのかい」
「くっ……待ってろ!」
「うん。いいよ.待ってるから早くね」
再び余裕をもった態度に戻る大河。
乱れたソファーを自分で直すと再び腰掛けて、長期戦の構えだ。
マネージャーもここまで馬鹿にされてはそのままにもできない。かといって、あまり大事にしては自分の能力が上層部に疑われる。大河を睨みながら、どこかけと電話をかけた。幾度からのやりとりで、どうやら、“用心棒”を呼び寄せることができたらしい。
大河が悠然と待つ中、駆け足で近づいてくる足音が聞こえてきた。
そして、ノックもなしに、いきなり乱暴に扉が開き、二挺の銃が突き出された。
「金の銃に銀の銃、どっちで撃たれたい?」
懐かしい声に、大河は頬がゆるむのを抑えきれなかった。
「撃ってもゴハンは食べられないからやめてくれよ」
かつての自分の口癖をもじって返されたことに、バウンティハンターは目を丸くした。
「……?? お前、誰だ?」
「またホットケーキが食べられるかと思って楽しみにきだんだけどな」
「え……まさか……」
ようやく、理解できたらしい。
「お前、しんじろーか!」
「うん。久しぶりだね、リカ」
マフィアが呼び寄せたの“用心棒”は、元紐育華激團星組隊員、リカリッタ・アリエスだったのだ・
「うわー、ほんと久しぶりだな! 立派になったな!」
「リカも元気そうだね。ノコも久しぶり」
彼女の肩に昔どおりに白いフィレットがのっていることに気付いて、大河は声をかけた。だが、リカは意外な言葉でそれに応える。
「このノコ、しんじろーのこと知らない」
「知らない?」
「うん。ノコ、二代目だ」
フィレットの寿命から考えれば当然か。
「……って、まさか非常食に食べちゃった!?」
「そんなことしない! 年を考えろ!」
「ははは。ごめんごめん」
たちまちに昔の調子を取り戻した二人である。
逆にすっかり蚊帳の外にされてしまったマネージャーは、おそるおそる口を開く。
「あの……お二人はお知りあいで?」
「うん。そうだ。リカの初恋の相手で、夫になるんだぞ」
「おいおいリカ……」
自分は既にジェミニと結婚している、と続けようとしたが、そんなことはリカも百も承知だ。
「ジェミニはリカよりおばさんだから先に死ぬ。そしたら、リカがお嫁さんだ」
「あ、あのねぇ……」
すっかり美女といっていいリカだが、こういうところはまるで変わっていない。三つ子の魂百までか。
「あー、そうですか。じゃあ、姐さんがいつも言っていたジャパニーズですか」
昔は“お嬢”とよばれていたが、そこはすっかり成長したらしい。ともあれ、マフィアもようやく大河の正体がわかった。
「そうたいした男にも見えませんがねぇ……いや、日本人が敵地のまっただ中にいるんだから、大したものか」
「そうだぞ。大した男だぞ! それに、こんな形で再開するなって大した偶然だぞ!」
その言葉には、大河が首を振った。
「偶然じゃないよ。リカを探してわざとの行動さ」
「どういうことだ、しんじろー?」
大河は種明かしを兼ねて、今までの経緯を説明し始めた。
米本土に効果・潜入した大河は、まずは桑港を目指した。そして、世界最大のチャイナタウンに潜入する。
現在、支那は英国が植民地化を計っており、英国にはもちろんのこと、同盟国である日本も、華僑からの風当たりが強い。
だが、大河には華僑の大物と深い付き合いがあった。紐育華撃團整備班長・王行智である。この大人の縁の者がサンフランシスコにいることを知っていた大河は、それを頼りにしたのだ。王大人からすれば準身内ともいえる大河だったから、単純な国籍の枠を超え、華僑達から一定の協力を得ることができたのである。
そして、その情報網で、探したのがリカだった。ジェミニと昴は日本におり、他のメンバーは紐育周辺にいる事がわかっていたから、西海岸にいる可能性があるのは、住所不定、バウンティハンターとしてアメリカ中を駆け回っているリカしかいなかったからだ。もちろん、その住所不定ぶりゆえに特定は苦労したものの、どうやら、今回、大河が乗り込んだカジノを経営するマフィアの連中の近くにいるらしいということまでがわかった。
「で、ここでゴタゴタを起こせば、リカが出てくるんじゃないかと思ってね」
「そうか。でも、リカを探してるって、最初からいえばよかったのに」
「そうはいかないよ」
紐育華撃團という秘密組織に所属し、大きな霊力をもつ元隊員。そんな相手を表立って探せば、探している自分の素性をさぐられるという危険性が高いと大河は考えた。まだ、そんなリスクをおこすことはできない。
「それで、こんな茶番を考えたんだ」
自分で茶番と言っていれば世話はないが、要するに“日常業務”としてリカがかけつけるような状況を作り出すことで、“自然”な形で再開できるようにしたということだ。
「ふーん、難しいこと考えてるんだな、シンジローは」
「……しかし、ミスター・タイガー」
またもおそるおそるマネージャーが口を挟んだ。
「うちのファミリーが経営するカジノはここだけじゃありませんし、姉さんがいつも駆けつけられたとは限りませんぜ。空振りだったらどうするつもりだったんで?」
「そうだね。とりあえず、元金だけもって逃げ帰るつもりだったさ」
はた迷惑な話ではあるが、そういうことを繰り返せば裏社会の噂となり、リカが乗り出してこざるをえなくなるだろうと計算もあった。霊力をもった自分に対抗するには、最終的には必ず霊力をもったものをぶつけてこなければならないからだ。
「じゃ、じゃあ、本日のチップも……」
「うん。元金だけでいいよ」
「あ、ありがおつございますっ!」
頭を下げるマネージャーに大河は苦笑する。損がでないとわかればこんなものだ。
「で、リカ」
「なんだ、しんじろー」
「僕が紐育にいくのを手助けしてほしいんだ」
目立つ存在であるリカとはいえ、大河よりはよほど自由が利くし、きちんとした身元をもっている。自分が単独で動くより、リカに随行する形をとったほうが、長距離の移動はしやすいから、と大河は説明した。
「よーし、わかった。リカに任せろ!」
もちろん、リカが大河の頼みを断るわけがない。胸を大きく叩いて即答した。
「助かったよ、リカ」
「安心しろ、しんじろー。リカにいい考えがあるんだぞ。いっしっしっしっし」
そのイイ悪戯を思い出したといわんばかりのリカの表情に、一抹の不安を感じる大河であった。