第七話「逆撃」(その8)

「お前、JAPか?」
「ノー! アイム・チャイニーズアメリカン」

 ガードマンは中国系米国人だと名乗る男を上から下まで見た。
 黄色人種というのはどうもよく見分けがつかない。第一、年齢もよくわからない。
 ガードマンはそんな事を感じていたが、この男の年齢と流暢な英語から二世あたりであろうと検討をつけた。

「どうぞ」
「サンキュー」

 軽く手を上げながら中にはいっていく男──それは大河新次郎海軍中佐である。
 身一つでで乗り込んだといったいい大河だが、そこは日本軍も抜かりはない。紐育時代の加山が整備した工作員用の幾つかの架空名義口座があって、そこから資金を調達していた。
 ただ、既に四二年二月一九日に、ルーズベルト大統領は、陸軍に対して特定地域から住民を排除する権限を与える、大統領行政命令9066号に署名しており、これを根拠とした日系人の強制収容が行なわれている。うっかり街中を歩くことすら危険という状況で、憲兵のご機嫌次第では、どんなに完璧な偽装をしていてもしょっ引かれかねない状態だと大河は感じていた。

(こんな国ではなかったのに)

 もちろん、大河とて紐育華撃團当時から人種差別を見聞きし、実際に自分がそういう目にあったこともある。
 だが、総体として見れば、この国は自由と正義の国たらんとして努力していた。
 その第二の故郷といえるアメリカの変貌振りに、落胆が隠せない。
 しかし、だからこそ、自分がここにきたのだといえる。

(さて、まずはおとなしくするか)

 目の前には、戦時中とはとても思えないような光景があった。
 彼がいるのは、ネバダ洲ラスベガス。
 そして、その地名を言えば真っ先に思い出される場所、カジノに大河は足を踏み入れたのである。
 ちなみに、今日、ラスベガスの代表的光景として知られているのは、元々は“郊外”であったストリップ地区である。この地区は四六年にバグジーの名で知られるマフィア、ベンジャミン・シーゲルが巨大カジノホテルの草分けであるフラミンゴホテルを開店させるまでは何もない地域であった。そして、我々が思い浮かべるカジノの様子も、こうしたストリップ地区の巨大カジノのそれであろう。
 だが、三一年にカジノが合法化されたばかりのこの頃は、ダウンタウン地区に小規模なカジノが存在するだけにすぎなかった。むしろ、賭博場と表現したほうが雰囲気が伝わるであろうか。
 ともあれ、戦争中だというのに、まるで平常とかわりないようにこうした施設が稼働しているのは、さすが米といえよう。帝劇が戦争中なのに歌舞をすべきでないと批判されているのとは段違いだ。

「じゃ、まずは運試しといこうかな」

 大河は手持ちの資金のいくらかをチップに変え、賭けをはじめた。
 まずはブラックジャック。
 それなりに勝ちもするが、そうは元手を超えるようなことはおこらない。よく粘った、と表現すべきなのか、かなり時間はかかって彼のチップは残り一枚とされてしまった。

「うーん。ここは一発勝負かな〜」

 BJから離れた彼は、ルーレットへと河岸を変えた。
 先程は、このテーブルから「これでコレヒドールだ」などという歓声が聞こえていた。絶体絶命と思われた状況から日本軍を撃退して押し返したコレヒドール要塞(パターン半島)の戦況が盛んに宣伝されていることから、一発逆転を得た時の言い回しとして流行っているようである。
 もちろん、大河はそんな単語にも一ミリたりとも反応せずに、ギャンブルを続けてる。

「男は度胸だ!」

 出目をチェックすることもなく、黒の10にそのままかける。
 1目賭けではなかなかあたることもない、それがたった1枚ではやぶれかぶれかと思われたが……

「……黒の10!」
「やった!」
「コングラチュレーション」

 一枚のチップが三六枚になって戻ってきた。
 と、ここまでは、まあ、ありえる話だ。
 ルーレットは息抜きや通りすがりに遊ばれることがよくあり、そうした際にこうした一枚賭けでの一発勝負もまた、よく行なわれることであるからだ。

「これは運がついてきたね。ちょっとここで遊んでいくか」

 いちいちエクスキューズを入れながら、大河はルーレットに居ついた。
 時にアウトサイドベッド、時にインサイドベッドなど一貫しない戦略でふらふらとするから、チップはどんどんと減っていく。

「うーん、また最後の一枚になっちゃったよ」

 そういいながら、今度もまた1目賭けする。
 すると、またこれが見事に的中する。

「いや〜、まだ運がついてるや」

 そしてまた滅茶苦茶な賭け方でチップを減らして、最後の1枚で1目賭けをして的中させる。
 そしてまた……
 さすがに事態の異様さに、まずディーラーが、次にカジノのボーイたちがというように気付いていく。
 が、大きく儲けるわけでもないので、カジノ側も静観するしかなかった。
 そして、そんなことを何度繰り返しただろうか。

(そろそろいい時間か)

 時計を確認した大河は周囲を確認する。
 二四時間営業とはいえ、未明に入ってくれば客もまばらになってきていた。
 やっと真の仕掛が可能になる。

「じゃあ、赤に全部」

 2倍。

「もう一度赤へ全部」

 2倍。

「次は黒に全部かな」

 2倍。

「また赤に全部だ」

 2倍。
 いくら確率で二分の一とはいえ、連続して的中する確率は二回連続なら二分の一の二分の一で四分の一。三回連続なら、さらに二分の一で八分の一、一六分の一、三二分の一……と確率は飛躍的に小さくなっていく。そして、低倍率とはいえ有り金全部をかけられてしまえば、絶対額が大きくなる。カジノ側もたまったものではない。
 次第にディーラーの笑顔は凍りつき、周囲にも緊迫感が増していく。

「次、赤に全部」

 大河も笑っているのは口だけになっていた。目はまるで冷たいものになっている。

「ほら、早くしてよ。次は黒なんだから」

 と、横からボーイ……いや、貫禄からすると、ここのマネージャーだろう。声をかけてきた。

「お客さん。それくらいで勘弁してもらえやしませんか」
「なんだい、まだ最高金額には達してないと思うけど?」

 大河はそのマネージャーに振り向きもしないまま賭けを強硬する。

「……黒の33です」
「よーし、またあたった! じゃ、次は……」
「お客さん!」

 マネージャーの声が荒くなる。
 ここで、大河はようやく彼を見るために首を向けた。

「もう十分でしょう? 欲張りすぎるとロクなことになりませんぜ」

 明らかに脅しの入った口調だ。

「そうだね……でも、このままじゃ、終わったっていう感じがしないんだ」

 しかし、応じる大河に動じた様子はない。

「だから、最後に一つ大きな勝負をさせてくれないかな?」
「どのような勝負ですか」
「簡単だよ。今まで全部のチップを一点賭けする。負ければチップはご破算。勝てば三六倍だけどね」
「む……」

 マネージャーが返答を躊躇した。
 通常なら胴元が圧倒的に有利な条件だ。
 しかし、コイツは一点賭けを何度も成功させているし、今も連勝中。
 だが、こういう最後の勝負をかけて潰れた客を、何度も見てきた。得てして余計なことをすることで、それまでのツキや流れを一気に失ってしまうものだ。
 悩んだ末に、しかし、決断を下した。

「わかりましたお客さん。最後ですぜ」

 マネージャーがディーラーを促す。
 すでに怯えと焦りの表情を隠せなくなっている彼女だったが、賢明に最後のルーレットを回し、ボールを投げ入れた。

「赤の1」

 大河は無造作にチップをそこに積む。
 そして、ボールは……

「……!!」

 誰も言葉を出せなかった。

「早く宣言してよ」

 大河に促され、ようやくディーラーは数字を読み上げる。

「……赤の1、です」

 もはや大神を賞賛する声すら出なかった。

「じゃあ、三六倍だね」

 今までにはない皮肉っぽい笑顔を大河はマネージャーに向ける。
 もちろん、これには裏がある。
 といっても、そう難しい話ではない。霊力でボールを物理的にコントロールしただけの話だ。
 現在では、カジノの建造物全体に霊力測定装置が設置され、こうしたイカサマは出来ないが、当時はまだ霊力測定装置自体が普及していなかったから、感知できないものだったのである。
 もっとも、強い霊力を発揮できるのは女性がほとんどで、今日とは違ってカジノお客は99%が男性だったらから、問題が発生することがなかったのだ。

「さーて。チップ、換金してもらえますかね?」


つづく

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