「LAHから、第六軍の前線まであと四〇キロか」
攻勢衝鎚の力は失われた。
ここで、マンシュタインは決断する。
「第六軍はスターリングラードから撤退し、味方戦線に合流せよ」
編成上は指揮下にあるとはいえ、ヒトラーの死守命令を無視した独断だ。
しかし、これに対しての返答はナインであった。
「我が軍の燃料は三〇キロがやっとであり、撤退しても合流は果たせない」
パウルスは、総統の意向を無視することができなかったのである。
これを伝え聞いたマイヤーは、嘆息した。
「独断専行は指揮官の必須条件だが……名参謀、必ずしも名指揮官ならずか」
上級司令部の命令をただ実行するだけでは、凡指揮官。
現場に応じて臨機応変に、時には上級司令部に指示に反しても、より高位の目標を達成するための最善の行動をとるという独断専行は、独軍において最も重要な指揮官の要素の一つとされている。北アフリカ時代のロンメルなど、その積み重ねで英軍を駆逐したといっても過言ではない。
しかし、与えられた命令の中での最善を尽くすという参謀職が、パウルスには長すぎたのだろう。
「ははっ! これでいよいよドイツも終わりだな。あれだけの兵力が包囲撃滅されたんじゃ、この東部戦線、もたねぇだろ?」
ロベリアが愉快だといわんばかりに笑う。
「そうは簡単にやらせはせんさ」
マイヤーの返答も“反論”にはなっていない。
前線突破に成功後、師団司令部に戻り指揮を続けているものの、やはり、二つの河を乗り越え、ようやくたどり着いた今の地点で限界だ。しかも、長くとどまればこの突出部もまた、包囲される危険がある。後退を余儀なくされるのも時間の問題だ。
「そうかい。じゃ、前祝いでもしようぜ」
ワインを取り出したロベリアが、それを投げてよこそうとした時である。
「軍団司令部より入電。攻撃を再開するとのことです」
「……」
クレーマーの伝達に、マイヤーは首を傾げた。
現状の戦力で攻撃をかけるなど自殺行為である。そんな馬鹿な命令をマンシュタインともあろう者が出すとは思えない。
「で、我がLAHへの命令は?」
「現地点にて留まり、攻勢軸後方を確保せよとのことです」
となると、攻勢を行うのは、LAHではない別の部隊ということだ。
しかし、ドン軍集団、マンシュタインの元にはすでに攻勢をかけられる部隊など残っていない筈なのだが……マイヤーも首をひねる。
「よし、どんな連中か見にいってみるか。まさか懲罰大隊とかじゃないだろうな」
そうだったら、装備も食料も隠さなくちゃならんぞ、などと言いつつ、マイヤーはロベリアを伴って、部隊が通る筈の街道にまで進出する。
「マイヤー、あれじゃないか?」
先遣部隊の軽装甲車とハーフトラックが見えはじめる。
いささかくたびれて見える──というより、あまり馴染のないタイプに見える。
「……おいおい、アフリカ仕様か」
白く塗られてはいるが、ところどころ、何かと擦れたのであろう、露出した“下地”はカーキ色だ。マイヤーに気付き、国防軍式の敬礼をしてくる将兵たちをよく見ると、重ね着としてかつての装備をそのまま流用しているとみえ、襟元や規格帽がカーキ色の者もいる。
「第一五装甲師団、か」
ドイツアフリカ軍団の中核として、第二一装甲師団とともにアフリカを駆け抜けた師団だ。コーカサスまでの突破を成功させ、今はドイツ・カフカス軍団となったロンメル軍に所属していた。
実のところ軍団といっても、母体であるDAKも実質三個師団が中核となっていたものである。また、現在の担当地域であるコーカサス南部は赤軍の戦力が薄く、かつ、独軍もこれ以上の前進をする予定がなかったため、中央の部隊に比べると装備も悪く、補給の優先順位も低いままだった。
だが、その苦しい台所から、ロンメルは一個装甲師団を割いてくれた。
「おそらく、総統閣下には無断だな」
「ほー、そんなのばっかりじゃないか」
「前にもいっただろう。命じられた通りに行動するだけなら平凡な指揮官。独断専行してこそ名指揮官だ」
とはいえ、ヒトラーのような苛烈な司令官を相手に独断専行できる人間はそうは多くない。マンシュタインやロンメルの他は、一線を退いたルントシュテットくらいのものだろう。
「よし。これならば我が武装SSも全力を尽くさねばなるまい」
槍先としての力を失ったLAHでも、柄としてならまだ働ける。
形成できたのは、擲弾兵による薄い戦線だが、マイヤーはそれに機動打撃集団を組み合わせることで防衛力を維持した。赤軍は一五装甲師団の衝槌力を削ぐべく、何度も側面攻撃を行なってきたが、それを全て撃退することに成功したのである。
更に、マンシュタインはもう一つの切り札を用意していた。
「おい、マイヤー。やけにうるさくないか?」
「そうだな」
ロベリアとマイヤーは空を見上げた。
この十二月二〇日は冬のロシアにしては珍しく穏かな(あくまで比較表現としてだが)空模様であった。そこに輸送機とそれを護衛する戦闘機の編隊が飛んでいっている。
「スターリングラードへの輸送便か?」
ロベリアはそう推測したが、マイヤーはいぶかしんだ。
(それにしては、いつもとコースが違うし、護衛戦闘機も多い)
このままでは、第一五装甲師団による突出部上空=敵防衛戦の最前線を通過する。スターリングラードへの補給物資輸送のために、なにも敵部隊密度が高いところを通る必要はない。
「む?」
輸送機編隊が高度を落とし始めた。対空砲火の危険性が増すにも関わらずだ。
しかし、ここでようやく疑問が氷解した。
「空挺降下か!」
輸送機から飛び降りた豆粒が、次々と白い花を空に咲かせる。中には、この距離でも人型と視認できる複数のシルエットが見えていた。
「あいつが噂のドンナーか!」
マイヤーも初めて見る降下鉄甲龍騎兵(Fallsurum Isen Dragoon)に眼を見張った。未だクレタとマルタでの降下作戦にしか使用されていなかったから、これが全体でも三度目、東部戦線では始めての使用だ。
そして、これを率いるのはクレタ以来の指揮官であるベルンハルト・ヘルマン・ラムケ空軍少将であった。
「落ち着いて対空砲火から潰せぇや」
空軍といっても、ゲーリングが少しでも自己の権勢を誇るために、陸軍の反対を押し切って降下部隊を空軍所属にしただけの話。ラムケ自身は第一次大戦時には海兵隊、今次戦役開戦時にも陸軍所属で、生粋の、そして老練な陸兵である。
しかも、彼は五〇歳を過ぎてから降下猟兵に志願するという敢闘精神を持つ。それは、この人型蒸気甲冑という新兵器の操縦を会得するということにも発揮されている。日本の甲虎隊長、加藤建夫が三〇代後半で戦闘機パイロットからの転任であることと比較すれば、その果敢な姿勢がわかろうとものだ。
「各機ども、訓練と同じや。火点からを潰していけぇよ」
実のところ、ドンナーは単体の兵器としては余り強力な機体ではない。主要兵装は航空機搭載機銃MG131をベースとした一三ミリ機関砲である。さらに対装甲兵装としてはPzB38対戦車ライフルをスケールアップしたPzB40/IDがあるのみであった。これも、四一年という段階の補給が十分でない孤島の英軍、という限定された条件下でこそ有効であったといえる。空挺降下という性格上、銃装備に欠ける降下猟兵の被害軽減にはかなりの寄与があったことには間違いないが、四二年後半、後に戦車の恐竜時代とまでいわれるほど凶暴に進化・大型化していく東部戦線の戦車には、明らかに力不足であった。
そのため、新型のドンナー用対戦車兵器が今回から投入されている。
「ヤンセン、四時の方向のT─34を潰せぇや」
「ヤー」
名指しされたブルーノ・ヤンセン空軍軍曹のドンナーが、その兵装をT―34に向けて発砲した。口径の割にはおとなしい発射音を残して発射された弾頭は、ライフル弾などと比べると明らかに遅い弾速で、いささか山なりに飛翔していく。それでも一発で命中させることができたのは訓練を積み重ねてきた“腕”と、的が動いていない──防衛のために車体の半分を埋めていたからであろう。
ともあれ、この弾の直撃を受けたT─34は、その遅い弾頭から生み出されたとは思えないほどの威力により装甲を貫かれ、内部で弾薬に引火したのであろうか派手に爆発した。
「おう。大したもんや」
ラムケも初めての実戦での戦果に感嘆した。
この兵器は、独軍が他国に先駆けて実用化に成功した成型炸薬弾を用いた七五ミリ対戦車榴弾を打ち出す兵器──今日の用語でいえばオートマチックグレネードランチャーだったのである。
成型炸薬弾はモンロー/ノイマン効果を利用した弾頭であり、弾頭の金属が液状化して一定の方向に高速な奔流(メタルジェット)として噴出することで、装甲を貫徹するものだ。よって、着弾時の速度によらず貫通力が一定であるため、弾頭自体の移動エネルギーにより装甲を貫通する通常の対戦車砲などに比べると砲をずっと簡便にできるという利点がある。独軍では既に小火器・信号銃用の対戦車弾頭として実戦投入されているが、後には三六ミリ対戦車砲の新型弾頭やパンツァーファウストといった兵器としても実用化され、連合軍戦車を大いに苦しめることになる。もちろん、帝國陸軍でも四式七糎噴進砲などとして実用化されていくのだが。
閑話休題。
このドンナーを含む降下猟兵の空挺降下こそがマンシュタインの最後にして最大の切り札だったのである。総統をなんとか説得してそれが可能になったからこそ、彼はこの最後の攻勢をしかけたのだ。
赤軍の防衛能力は高く、陣地構築能力にも長けていたが、この戦線のすぐ後方に突如、出現した精強な兵力には対応できなかった。下級指揮官クラスの判断能力に問題があるために即断即決ができないことと、高度な陣地は裏目に出て即座の配置転換もできなかったことが大きく響いた。
これによって生じた混乱を第一五装甲師団もマンシュタインも見逃すことはなかった。
そして、十二月二二日。
ついにマンシュタインは第六軍との連絡線を確保した。スターリングラードを解囲したのである。
「速やかに撤退すべし」
マンシュタインは即座に第六軍に電文を発した。
補給路が確保されたことでパウルスが撤退戦闘の拒否理由とした燃料不足はもう言い訳にならない。
しかし、それでも陣形や準備、あるいは赤軍部隊からの攻撃など様々な“拘束理由”をあげては、後退しようとしなかった。スターリングラードとの補給路を回復したという報告を受けたヒトラーは狂喜し、退却許可を求めるマンシュタインの具申を却下したどころか「現戦線をさらに拡大し、スターリングラードを我が軍の攻撃実行拠点とせよ」という命令を出していたからだ。
だが、戦線の拡大など不可能であることはいうまでもなく、また。この方面で突出した形になっている独軍は、今度は救出部隊ごと包囲されかねない。もはや猶予はなかった。
マンシュタインは、スターリングラードの被包囲部隊だったうちから、名目上、彼の指揮下にある(パウルスの指揮下ではない)第一四装甲軍団(第四装甲軍所属)に独断での撤退を命令、実行させる。
三個装甲師団と三個自動車化歩兵師団を擁するこの軍団に引き上げられては、第六軍単独で戦線を維持することはおぼつかない。ことここに至り、ようやくパウルスも後退に同意したのであった。
☆
「ひどいもんだな」
LAHは救出された第六軍とともにチル河を渡るべく行軍していた。
「なんだい、これくらい見慣れてるんじゃないのか?」
合流した第六軍部隊を見て呟いたマイヤーをロベリアが茶化す。
確かに前年の冬季にも、独軍は手痛い打撃を受けた。LAHも戦場を駆けずり回り、包囲下の友軍部隊救出を何度か行っている。
だが、その時の救出作戦は、いってみれば戦術級レベルの話だ。どれか一つが失敗していたとしても、戦局全体を左右することはなかった。
しかし、このスターリングラード戦は戦略レベルだといってよい。
仮に救出が失敗していれば、伸びきった東部戦線を守る兵力は不足し、独軍は二度と立ち上がれない損害を被るところだった。
「軍単位となれば深刻ということだ」
後退してきた兵員の数は生半可なものではなく、また、補給物資の不足も深刻である。小銃を杖がわりに歩くもの、ボロボロなった外套を重ね着するもの、自力後退ができない負傷者の搬送……
そして、救出成功とはいえ、多くの重装備を失わざるをえなかった。
砲兵、装甲部隊の損耗は激しく、再建にはかなりの時間が──あるいは不可能かもしれない。
「おいおい。そんな人事みたいに言ってる場合じゃないだろ。こっちだってボロボロだぞ」
LAHも稼動戦車は一両にまで落ち込んでいる。戦車兵達も銃を手に取り歩兵として戦っている有様だ。
「意味のある損耗なら厭わぬ」
「へーへー、ご立派なことで」
結局、LAHはこのまま後退し、更にフランスへ後送。既に後退していた部隊と合流し、完全な再編成に入った。
また、第六軍を収容したマンシュタインは戦線を、ほぼ作戦前の位置まで戻す。
ヒトラーは激昂したものの、マンシュタインとロンメルという彼自身が引き立てた両将の行動、それも(死守命令を除けば)成功した作戦の指揮官を罷免することは、さすがにできなかった。
『同志諸君の奮闘により、我らが名誉は保たれ、ヒトラーの親衛隊すら逃げ出したのだ!』
一方、自らの名を冠した都市を奪回したスターリンは、救出こそ許したものの、大勝利であるとソ連全土に向け、高らかに宣言する。
そして、その戦果を更に拡大することを望んだのであった。