“冬の嵐”作戦が開始された時点で、包囲網までの距離は約一〇〇キロ。
マンシュタインは装甲部隊を先頭に押したてて強引な前進を開始した。兵力的にも輜重的にも余裕があるわけでは無い。しかし、バクーまでの突破を許したことでもわかるように、赤軍も決して余裕のある戦力ではない。巧みなマンシュタインの指揮により、赤軍を各個撃破し、ドン軍集団は進撃していく。
「マイヤー。地獄行きの命令がきたぜ」
「よし、司令部の連中を集めろ」
ロベリアがカードのように投げてよこした電文は、マンシュタインからの投入命令であった。一二月一六日のことである。
それを受けたマイヤーが第一SS装甲擲弾兵師団“LAH”を率いて戦闘参加したのは翌一七日。といっても、LAHは、再編成のために約半数が後方に下がっていた。先の戦いで戦闘団を任せたヨアヒム・パイパー武装SS少佐の所属する第二装甲擲弾兵連隊や、ティーガー戦車を擁する第一戦車大隊もここにはいない。消耗した第一装甲擲弾兵連隊が彼のもっている全てである。
「戦線を押し上げさせろ」
「第六中隊が無理だといってます」
「無理かどうかは俺が決める。前進しろ」
苛烈な指揮ぶり。
現在のLAH、約五千人が全滅しても、包囲下の二〇万人が救出できれば十分に元がとれるという冷静な計算に基づいたものだ。
だが、その覚悟をもってしても戦況の好転は難しかった。
「ローレンス中隊長戦死!」
苦戦を報告していた第六中隊は指揮官まで失う。
(まずいな)
マイヤーは直感した。
すぐにではないが、このままなら六中隊は押し返されるに違いないと。
予備兵力として投入されたLAHの最前線が後退することは、すなわち、この作戦の失敗を意味する。
「フリッツ、後は頼む。既定方針通りでいい。ベック、ランツ、俺についてこい!」
フリッツ・クレーマー師団参謀長に全体指揮をゆだねると、師団司令部護衛中隊の半ばを直率する。
「残ってもいいんだぞ」
前進をはじめたマイヤーのsdkfz251/6装甲指揮車に身軽に飛び乗ってきたのはロベリアである。
「はっ! こんな面白いもの、あたしに見せないつもりかい?」
「面白くあるものか」
「面白いさ。あんたがもがく姿、この目に焼き付けておけるんだからな」
ロベリアは楽しそうな笑みを浮かべている。
元々、味方同士の二人ではない。
この程度のやりとりが本来の距離感といえよう。
「そうか。だが、期待には沿えないと思うがな」
そんなことをいっている間にも戦場音が大きくなってくる。
「降車!」
ここは乗車戦闘で突っ込める場ではない。
兵員を徒歩戦闘に移行させると、自らも装甲車を降り、態勢を低くしながら前線に近づいていく。
既に流れ弾が着弾する距離だ。砲撃にいたってはいうまでもない。
マイヤーの頭上にも砲撃でとばされた土砂がバラバラと降ってくる。だが、まるで怯む様子はなかった。
「ベックは、そのまま前進して戦線を支えろ。ランツは右翼側へ延翼」
中隊長レベルの指揮をとる形だが、第一次大戦以来、帝撃雪組隊長としても戦術指揮官を務めてきたマイヤーの勘は鈍っていない。
更には自ら銃を手に最前線へと歩みを進める。
「オンケル・マイヤー!」
今まで戦線を支えていた将兵たちが彼の姿を認めて意気あがる。直接はマイヤーが見えていない将兵も、師団長自らの前線出陣という事実が伝わるだけで、鼓舞されていく。
「引くな。戦友を救出するんだ!」
マイヤーは手にしていたモーゼルKar98kを発砲する。残骸に身を伏しながら流れるようにボルトを引いていく様は、指揮官というより鍛え上げられた古参兵のようだ。
「ほー。あんたこっちのほうが似合ってるね」
「ふん。貴様はもう少し隠れるポーズくらいはとっておけ」
律儀にもついてきているロベリアは、一応、拳銃こそ手にしているが、戦闘をする気は更々ない。無警戒に立っているのは、目立たない程度に霊力を出してガードすることで物理的攻撃は避けているからだ、
「へーへー。了解」
そんなやりとりの間も、独軍が押され気味のまま戦闘は継続していく。
が、赤軍の銃火そのものは衰えていないのに、独軍の後退そのものは止まりはじめた。
師団長の登場で独軍が士気と統制を取り戻したからだ。
「……ローベ。信号弾、一発!」
「ヤー」
ロベリアが託されていた信号銃を取り出し、上空に向けて放った。
霊子水晶を用いていない通常型通信機は、個人携帯できるほど小型化されていない。こうした指揮手法が前線では未だに一般的だ(日本軍だとこれが喇叭になる)。
そして、この時の信号弾は、先に展開させたベックへの攻撃命令であった。
マイヤーは、攻撃が食い止められた直後の、赤軍が少し“ぬけた”時間帯を見逃さなかったのである。
「こっちも押せ!」
MG42機関銃分隊に直接、声をかけた。
チェーンソーのようなといわれる甲高い射撃音が赤軍兵士たちの頭を抑える。
右翼側からの攻撃に、十分な対処をとらせないための制圧射撃だ。
かつて、東部戦線が幕開けしたころの素人集団だった赤軍兵に比べれば、実戦を経た彼らは独軍兵士たち同様の野ウサギ(アルターハーゼ)になりつつある。確実に実戦能力があがっていた。
が、それでも、変わらぬ弱点がある。
下級将兵における独自判断能力の欠如という弱点だ。
制圧射撃により十分な指揮を得られない状況に追い込んだ場合、彼らの戦闘力は著しく減じられる。
そして、打開策をとれない赤軍は次第に耐え切れなくなり、戦線に綻びを見せ始めた。
「よし。前進だ!」
マイヤーは正面の部隊を積極的な攻勢に転じさせた。
この決定的なタイミングでの投入は、赤軍戦線の崩壊という結果を導く。
「前進! 前進!」
一度あいた穴に次々と戦力を流し込み、広げていく。
「ほう、やるねぇ。でも、これでも、最後までは届かないだろ?」
ロベリアの辛辣な言葉はしかし事実であった。
「最善をつくすのみだ」
表情を変えずにそう答えるマイヤーにしたところで、それはわかっている。
戦術である程度をカバーしたとはいえ、今の低下したLAHの戦力では完全に突破するまではいたらない。
そして、ドン軍集団全体にとってもそれは同様だった。このLAHの前進は、作戦開始時におけるドン軍集団所属部隊にとっては最後の前進となったのである。