第七話「逆撃」(その2)

 同じ頃、帝都・帝國劇場では、また一人、人間が増えようとしていた。

「ジェミニ・タイガー、参上つかまつりっ!!」

 往時さながら元気に入ってきたのは、元紐育華撃團・星組のジェミニである。
 中学生のような恋愛(ラチェット・アルタイル評)の末に大河と結ばれた彼女は、大河の日本帰還とともに移住。つい先頃まで、大河の赴任先だった長崎県・佐世保市に居を構えていた。

「いらっしゃい」

 迎えたのは、帝國華撃團司令官代理・藤枝かえで。
 大河の“偽戦死”の件で、あやめはジェミニにも事情を説明した。
 更に彼女は大河ジェミニとして今の国籍では日本人とはいえ、敵国(アメリカ)出身だ。夫が海軍士官という重石がなくなった場合、様々な軋轢が生じることも考えられため、帝劇にくることを薦めたのである。

「遠いところ、ご苦労様。大河の家にはご挨拶してきたの?」
「はい。だいぶ引き止められちゃったけど、お友達のいるところのほうが寂しくないかもって納得してもらいました」
「そう。悪いことをしたわね」

 大河家としては、跡取り息子が戦死して、せめて嫁だけでもというところだったのだろう。
 戦争が終わったら相応の事をしなくては。
 もっとも、新次郎が生きていたということ自体で一騒動になるのだろうけど。

「お久しぶり!」

 かえでに続いて顔をだしたのは、親戚となっているさくらだ。

「さくら叔母さ……」

 いいかけて、鋭い視線が突き刺さった。

「……お姉さま」
「はい。ジェミニさん、いらっしゃい」

 にっこりと微笑むさくらだが、ジェミニには冷や汗ものだ。
 いささか腕に自身があるとはいえ、幼少の頃から流派の継承者として剣を鍛えてきた彼女には、ジェミニもかなわない。ジェミニ認定・リアルサムライの一人にして叔母にして、帝撃・巴里撃花組(元)隊長の妻ときては、頭の上がりようもないというところ。
 これは早めに話を変えるに限る。

「えーと、それで、かえでさん。ボクのラリーは着いてる?」

 愛馬・ラリーは寿命からすると既に晩年であるはずなのだが、霊力の影響か、いまだに元気一杯だ。ジェミニは佐世保からラリーでこようとしたくらいだが、さすがにそれは止められ(なにせ目立ちすぎる)、別々の到着となったのである。

「ええ。中庭に厩舎をつくったから、そっちに繋いであるわよ」
「サンキュー! じゃあ、ボク、見にいってくるね!」

 言うが早いか、あっという間に走り去っていく。
 ……が、あっという間に戻ってきた。

「すいません。中庭って、どうやっていくんですか?」

 帝劇には、見学に訪れたことがある程度だということをすっかり失念していたジェミニである。

「そうね。さくら、案内をお願いできる? 他のところも含めてね」
「はい。わかりました」

 目論見に相違して、しっかりと叔母に付き添われてしまったジェミニだが、やむをえず、さくらに従っていく。

「ふふ。また、にぎやかになるわね」

 それをかえでは微笑しながら見送る。
 これで、帝劇には現在の帝國華撃團隊員と自分に加えて、マリア、さくら、ジェミニと揃った。他に旧花組隊員で日本本土にいるのは神崎財閥を率いるすみれ、海軍に技術者として協力する紅蘭となる。

「……これなら、何かあっても対応できるわ」

 帝劇への風当たりは強いが、根強い支持もあるし、帝撃であるがゆえに最終的には存在が揺るがされることはない。
 だが、かえでには一抹の不安──あるいは予感があった。
 遠からぬうちに帝都で何か大変な事がおこるのではないかという予感が。



「あんたんとこのクソデブは大したものじゃないか」

 報告書を読んでいたロベリアが声をたてて笑っている。
 既にその報告書に目を通していたマイヤーは、それを咎めるでもない。

「豚にしてはよくやってるほうだろう。人じゃないんだからな」
「あんたも言うねぇ」

 ロベリアの笑い声は一層、大きくなる。
 この報告書は包囲されているスターリングラード攻略部隊・第六軍に対する補給に関する報告書だ。
 もちろん、包囲されているのだから、地上からは補給できない。
 本来であれば、補給物資が枯渇しないうちに包囲網を破って補給線を回復するのが常道である。そのための戦術としては、あくまで拠点確保に重点をおいて被包囲部隊は動かさず、包囲網の外側から攻撃して補給路を確保するという方法と、包囲網の内側と外側から同時に攻撃して連絡路を確保し包囲部隊を外に逃がすという方法がある。
 前者のような「固守」の方針がとられるのは、要塞など十分な防衛機能がある場合や、自国首都など戦略上どうしても必要な場合だ。
 その点、スターリングラードは欧州ソビエト南部最大の都市であり、重要な都市ではあるが、単独で戦争の勝敗を決めるような拠点ではない。固守する必要性はないといえよう。
 だが、その都市に冠せられた名前──「スターリン」が事態をややこしくしている。
 二人の独裁者が面子をぶつける場になってしまったのだ。
 しかし、経戦には補給が必要である。
 第六軍には唯一残されたルート、「空輸」によって補給を賄うしかなかった。
 包囲された第六軍司令官・パウルス上級大将は最低でも一日七五〇トンの補給を要求。これに対して、この方面を担当する空軍第四航空軍ヴォルフラム・フォン・リヒトフォーフェン空軍大将は不可能だと判断した。
 だが、彼の上司──空軍総司令官ヘルマン・ゲーリング空軍元帥の回答は異なった。

「我が空軍は一日五〇〇トンの補給物資をピトムニクとグムラクに届けましょう」

 第六軍の支配下にある両飛行場への補給を簡単に保障してみせたのだ。
 もちろん、これには前段が存在する。
 ヒトラーが「現在のボルガ・北部戦線はいかなることがあっても保持せよ。補給は空輸によって行う」と既に命令を出しており、ゲーリングは総統閣下のご機嫌を損ねるようなことをする気はなかったのだ。
 それでも、一応の“先例”をあげるのであれば、四一年一月からデミンヤスクで独五個師団一〇万人が包囲されたものが空輸によりもちこたえ四月に救出されたというものがある。これがヒトラーの頭には残っていたかもしれない。
 しかし、スターリングラードに包囲されたのは約三〇万人。それとは規模も違えば飛行距離も違いすぎた。輸送機はもちろん、爆撃機まで輸送任務に投入したものの、最大でも一日七〇トンに満たない量しか補給できずにいる。
もともと、戦術空軍としての性格の濃いドイツ空軍には不可能なオーダーだったのだ。
 そして、一時はスターリングラード市街の過半を制圧していた第六軍も次第にその制圧範囲を失っていき、飛行場そのものが危険にさらされ、また悪天候もあって空軍は既に四〇〇機以上の損害を出すに至った。

「なんでも、ヤンキーどもに泣きついたらしいぞ」

 どこからか掴んできた情報をロベリアが披露する。
 既に陸軍の後方支援には大量の米製車両が投入(レンドリース)されているが、空軍は米軍からの供与申し込みを断っていた。
 アメリカの手など借りるまでもない、といいたかったのだろう。
 しかし、背に腹はかえられない。
 DC─3やB─24といいった輸送機・中型爆撃機を要望したらしい。

「ふむ。それでも手遅れだろう。今からでは前線に間に合わん」

 つまるところ、補給の道は絶たれたといっていい。
 大言壮語してこの体たらく。
 確かにお笑い種な報告書だ。
 だが、現場の将兵にしてみれば、笑い事ではすまされない。
 状況を打開するために選ばれたのは、名将フォン・マンシュタイン陸軍元帥。新設されたドン軍集団をもって第六軍を救出するというのが、彼に課せられた任務であった。
 しかし、その“軍集団”として編成されたのはマンシュタインが従前、率いていた第一一軍の部隊と第六軍、第四装甲軍だ。もちろん、第六軍は包囲下であり、第四装甲軍の主力・第一四装甲軍団も一緒に包囲されてしまっている。そして、同盟国軍などはソ連軍に撃破されてしまって、戦力として使い物にならない。
 やむをえず、マンシュタインは予備部隊である第一七装甲師団や、フランスで休養中であった第六装甲師団など部隊をかき集めてきたものの、兵力不足は否めない。バクーからレニングラードまで、戦線はユーラシア大陸を縦断するあまりに広大なものだったからだ。
 兵力移動にも手間取り、マンシュタインがスターリングラード救出作戦──“冬の嵐”を開始できたのは、一二月一〇日のことである。

「総統閣下様は、相変わらずなんだろ?」

 ヒトラーは「第六軍は今後スターリングラード要塞部隊と呼ばれる」と布告して、あくまで死守を命じている。

「無理な命令だ」

 既に冬が到来したこの地は、零下四〇度にも達しようとしていた。大地は凍結して鶴嘴すら跳ね返す。そんな中、第六軍は物資が欠乏し、暖をとることすらできぬという。そんな状況での防衛戦など不可能であることは、最初の冬季にマイヤー自身も味わったことである。

「じゃあ、マンシュタインの方はどうなんだい?」
「それも無理な命令だ」

 結局、攻勢を開始した時点で救出部隊の主力は第四八装甲軍団と第五七装甲軍団の二個軍団。包囲しているソ連軍は三個方面軍。攻撃は一点に集中するとはいえ、突破することはかなり厳しい。
 であるのに、補給線を回復したあげく、スターリングラードを死守したまま戦線を旧に復するというのは虫が良すぎよう。

「第六軍が内側から呼応して包囲を突破、後退するしかあるまい」
「ほーう。できるのか?」
「さてな」

 マイヤーはここまでと立ち上がる。

「我々もそろそろ動くとしよう。マンシュタイン閣下の予備戦力として招集されているのだからな」
「ふーん、こんなんでもやっぱり命令には従うのか」
「当たり前だ。我々はドイツ軍人なのだからな」

つづく

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