其の壱 ―鳥羽・伏見前夜―

 慶応三年 十二月末
 大政奉還、王政復古の大号令などにより、徳川幕府は消滅。京都守護職も廃止され、新撰組という組織も無くなった。近藤、土方、竜馬の三人は『新・遊撃隊』として二条城を守護する任務を帯び、留守居役の水戸藩重役と会った。

「……新・遊撃隊、近藤 勇以下、土方歳三、真宮寺竜馬。参りました。……水戸藩のご重役方とお見受けしました。我々は二条城を守護する役目を帯びて参りました。」

 しかし、水戸藩側からは意外な言葉が出た。

「これは、異なことを承る。……二条城留守居役を承った我らに、そのような報せは入っておらん。第一、貴公らは新撰組。新撰組は見境無く人を斬り、薩長の反感を買ってばかりいた。つい先日も、油小路の同士討ち、天満屋の騒動など、枚挙に暇が無い。」
「……全ては旗本として、徳川の御代を守るため……」
「旗本?・・・・フン、片腹痛い。新撰組に武士など一人も居るまい!!」
「なにぃっ!?」

 土方が立ち上がろうとしたが、近藤がそれを制した。
 一方の竜馬は腕を組んだまま一言もしゃべらない。何の反応も示さない。

「侍の皮をかぶった農民め。侍気取りもこれまでだ!!」
「……活っ!!」

それまでずっと黙っていた竜馬が突然抜刀、重役の髷を切り落とした。

「な、何をなさるか!!」
「……貴様をぶった斬って、俺たちだけでこの二条城に立て篭もるのも、また一興と思ったまで。」

しかし、竜馬もまた近藤に止められた。

「謀反はならん。……お手前の言われる通り、我らは鋼の刀が折れるほど、この段だら染めが血で真っ赤に染まるほど、人を斬ってきた。お手前方は何をなさった?……徳川の御代を守るため、お手前方は何をなさった!!」

 近藤の迫力に髷を斬られた重役は何も言うことが出来ない。彼らはただ、傍観するだけで何もしなかったのだ。

「我らは新撰組。勝手ながら、『新・遊撃隊』の御名は、ただいまをもって返上仕る。」

 竜馬の肩をポンと叩き、近藤は出て行った。刀をおさめて竜馬も、土方もそれに続いた。
 この数日後、新撰組は不動堂の屯所を引き払い、伏見奉行所に移った。

「土方さん、三番隊、全員伏見に到着しました。」

 伏見奉行所に最後に入ったのは斎藤 一が率いる三番隊であった。

「ご苦労。後は監察と竜さんだけだな?」
「は、いま少し時間がかかるとおっしゃってましたが、もうそろそろ出発する頃でしょう。」

 監察部と竜馬は残務整理があるので、屯所を最後に出発する。
 しかし、屯所を無人だと思い込んだ10人以上の浪士たちが屯所に土足で上がりこんできた。

「これが、新撰組の屯所か?」
「蛻の空だぞ。・・・・新撰組には散々痛い目にあったのだ。火をかけて燃やしてしまおう。」
「そりゃあいい。だがその前に、近藤や土方、そして真宮寺の部屋を散々荒らしてやろう。」

 三大幹部の部屋で一番手前にあるのが局長代理・真宮寺竜馬の部屋である。
 浪士たちがここに入ると、作業用のボロ服を着て、頭巾をかぶった竜馬がいた。

「な、何だ貴様は?……火事場泥棒か?」
「…………そういう貴様たちこそ何者だ?」
「何ぃっ!武士に向かって何たる口の利き方だ!!」

 「武士に向かって……」という言葉を、竜馬は特に嫌っている。
 誠武士の姿を思い描く竜馬にとって、このような浪人が「武士」を名乗ることは我慢ならない。

「それでも貴様らは武士のつもりか!!……屯所が無人と思って狼藉に及ぼうとしたのであろう。屯所はまだ無人ではない!貴様ら全員、役儀によってこの場で討ち取る。」
「フン、偉そうなことを。……貴様何者だ!!」
「お前ら如きに名乗るほど安っぽい名は持ち合わせていない……だが、斬られた相手の名も知らずにあの世へ行くのもまた不憫……耳の穴かっぽじいてよぉく聞け、俺の名を!!」

そして竜馬は一呼吸おいて、名を名乗った。

「新撰組局長代理・真宮寺 竜馬!」

 竜馬は床の間にあった霊剣荒鷹をとって構えた。
 浪士たちも抜刀。10人で竜馬を包囲する。

「落ち着け、相手は一人だ。」

さ すがの竜馬も、10人を相手には楽に戦えない。だが、ここは勝手のわかる新撰組屯所。狭い廊下に誘い出すと一人斬っては逃げ、また一人斬っては逃げる戦法をとった。

「局長代理!!」

 やがて駆けつけたのは山崎 烝、島田 魁、吉村貫一郎ら監察の者達。
 既に5人にまで人数が減っていた浪士たちはあっという間に全員斬殺されてしまった。

「いやぁ、山崎、島田、吉村も。いい時に来てくれたぜ。」
「少し……気になる情報を掴みましたので、その報告に。」
「……何だ?」
「篠原泰之進、鈴木三樹三郎ら高台寺の残党が、薩摩藩邸からミニエー銃を持って出て行ったのを、小者が見たそうです。」
「何?」
「……武田街道方面に向かったと、報告が入っています。」
「武田街道?……まさか、近藤さんを……」

 その日、近藤 勇は数名の隊士を引き連れて大坂城から伏見に戻る途中であった。
 途中の武田街道には篠原泰之進らが待ち構えていた。

「いいか、私が近藤を撃ったら、それを合図に一斉に斬り込むんだ。」

 篠原は竹やぶに潜みミニエー銃に弾を装填して近藤の一行を待つ。一方、鈴木三樹三郎、富山弥兵衛、加納鷲尾、阿部十郎ら高台寺党の生き残りたちは左右に散って篠原の合図を待つ。
 やがて馬にまたがった近藤 勇と護衛の新撰組隊士たちが見えた。

「……」

 篠原は狙いを近藤の心臓に定め、接近するのを待った。
 そして、近藤との距離が約10mまで迫ったところで引き金を引いた。
 ガアアアァァァァンッ!

「うわっ!?」

 弾道は少しそれて近藤の左肩に命中。
 それを見て鈴木、富山、阿部らが一斉に斬りかかった。

「狙いは近藤だ!近藤一人を狙え!!」

 篠原も加わって近藤を斬ろうとするが・・・・

「局長!!」

 バシイィッ!
 大石鍬次郎が近藤の乗る馬の尻を叩き、走らせた。

「待てぇっ!!」
「待つのはテメェだ!!」

 篠原たちが追いかけようとしても大石たちが立ちはだかり追うことが出来ない。
 結局、篠原たちは追撃を断念し薩摩藩邸へ逃げ帰った。近藤は肩から多量に出血していたが伏見奉行所に戻ってきた。

「近藤さん!どうした!?」
「鉄砲だ。武田街道あたりでやられた。」

 既に大量の血を失っているにも関わらず、近藤は平然としている。
 永倉や原田たちが応援に駆けつけようと部屋を出ると……

「まったくの不意討ちだ!……護衛の者たちを責めてはいかん。」
「……はっ。」

 応援部隊が奉行所を出て行こうとすると、大石鍬次郎らが傷を負いながらも全力疾走で戻ってきた。

「おお、大石!」
「局長は!?」
「何とかご無事だ。……いったい、何者に襲われたんだ?」
「高台寺党の生き残りです・……篠原に鈴木、富山、加納、阿部……何人かは斬り捨てました!」

 近藤の肩に入った銃弾は取り出されたが、完全に回復するには一刻も早い外科手術を必要とした。
 しかし、近藤本人はかすり傷と言って護衛の者たちの方を気遣うばかりだった。

「さすがの山崎君も、お手上げのようだ。」
「そうか……」

 竜馬と土方は近藤をどうするか、それを決めるために話し合っていた。

「イテェと言わねぇ患者ほど、始末の悪いモンはない。どこがどうなってんのか、さっぱりわからん。」
「……」
「近藤さんはかすり傷だと言ってるそうだが、あれがかすり傷なら戦で死ぬ者など一人も居らんぞ。……トシ、お前から近藤さんに、大坂に退がるよう言ってくれねぇか?」
「……承服すると思うか?」
「さぁな。だが、聞けば傷の本当の具合がわかるってもんだ。突っ撥ねりゃ元気だが、素直に受けいれりゃ……よっぽど苦しいってことだ。」
「……なるほどな。」

 近藤は部屋で横になったままピクリとも動かない。
 傍らには井上がずっと付き添っている。

「近藤さん、ちょっといいか?」

 土方が入ってきたのを見て、井上は土方の気を察してか、黙って退室していった。

「……実は、総司のことだ。」

沖田総司は肺結核の発作が治まらず、奉行所に移っても寝込んだきりだった。

「……山崎君が言うには、このままここに置いておくのは危ないらしい。それで、一旦大坂城に移そうと思う。……だが総司一人じゃ不安だ。だから・……アンタも一緒に大坂に行ってくれねぇか?」
「……」

近藤は返事をしない。ただジーッと土方の顔を見ているだけだ。

「……近藤さん、はっきり言って……アンタのケガは重傷だ。大坂城で、手当てしてもらってくれ。」
「……」

近藤は目に涙を浮かべながら黙ってうなずいた。
大事な戦いを前に、新撰組を離れることは、近藤にとって何よりも辛いことだった。

翌日、新撰組局長・近藤勇と一番隊組長・沖田総司は病気治療のため、本隊を離れて大坂城へ移った。
近藤は今後の指揮を竜馬に任せると言ったが、竜馬は自らの希望でそれを辞退。戦の指揮一切は土方に任された。

年は明け、慶応四年……激動の一年が始まろうとしていた。


其の弐へつづく……


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