其の弐 ―友情と裏切り―

 慶応四年 一月三日。
 読者の方々はご存知と思うが、この年は後に明冶元年と改元される。
 この日の朝、伏見奉行所に会津藩の砲兵隊と別撰隊が到着した。砲兵隊を指揮するのはベテランの林 権助。別撰隊は「鬼の官兵衛」の異名をとる佐川官兵衛。
 さらに佐々木只三郎も見廻組400人を率いてやってきた。

 日が高くなると一発の銃声が響き渡った。
 鳥羽方面で徳川勢と薩摩勢が戦闘を開始したのである。これに呼応して伏見でも薩摩・長州の連合部隊が砲撃を始めた。

「新撰組、出動!!」

 伏見奉行所から新撰組、砲兵隊、別撰隊、見廻組が出動。薩摩藩部隊と真っ向から激突した。
 しかし、薩摩・長州の部隊は新式の銃砲で武装されている。一方、旧幕府側は旧式銃や刀剣のみ。敵陣に到達する前にほとんどが射殺されてしまう。

「くそ! これじゃ勝負にならん!」
「竜さん、伝令に走ってくれ。源さんの六番隊に後退を命令してくれ。」
「よし、わかった!」

 井上源三郎が率いる六番隊はたった一門の大砲を薩摩藩陣地に向けて撃ち続けていた。

「ダメじゃ……弾が届かん……」
「おぉい、源さん!」

 伝令に走ってきた竜馬が後退を命令。しかし井上は……

「わかった。竜さんたちは先に行ってくだされ。」
「アンタはどうするんだ?」
「わしはこの大砲をもう少し撃ち続けます。」
「なら、俺も残ろう。大砲をぶっ放すのは一人じゃしんどいからな。」

 他の部下を下がらせ、竜馬と井上はその場に留まって大砲を撃ち続けた。
 しかし、一門の大砲ではとうてい進撃を止められるはずはない。薩摩藩兵たちは既に目の前まで迫っている。

「撃てぇっ!」

 ガアァァンッ! ガアァァンッ!!
 薩摩藩兵たちが一斉射撃を行った。そのうちの一発の銃弾が井上の胸部に命中した。

「うわっ!?」
「源さん!?」

 弾丸は貫通せず、井上の体内に残ったままだ。
 出血もひどい、応急処置を施しても止まる気配を見せない。

「竜さん……もういい。……行きなされ。わしは……ここで……」
「……」
「土方さんや……近藤先生に……よろしく……」
「……源さん……」

 薩摩藩兵たちは砲撃が止んだのを見て突撃してくる。

「竜さん、早く行きなされ!……ここから出来るだけ遠くへ……」
「源さん……アンタ……アンタは、本物の武士だぜ!!」

 竜馬は井上を置いて走り出す。
 どんどん小さくなっていく竜馬の後姿を見ながら、井上は最期の力を振り絞って導火線に火を点けた。

「竜さん……近藤先生……土方さん……総司……わしゃぁ、一足先に……三多摩に帰るよ。」

 ドゴオオオオオオオオオオォォォォォォォォッ!!
 まとめて置いてあった炸裂弾に引火して大爆発を起こした。井上は大砲と薩摩藩兵もろとも壮絶な自爆を遂げたのだ。

 爆発音が聞こえ、竜馬は振り返った。
 井上と大砲があった場所から黒煙が上がっている。

「……源さん……帰ったんだな……武州の三多摩に……」

 しばらくそこに立ち尽くしていたが、薩摩藩兵が近付いてくるのを見て、奉行所に向かって走り出した。


 一方、永倉、斎藤、原田、そして吉村貫一郎と山崎 烝の五人は突出しすぎで孤立していた。既に山崎は負傷しており戦闘は無理である。吉村も足に銃弾を受けている。
 五人は民家の中に隠れて外の様子を窺っていた。

「まいったなぁ、このままじゃ孤立しちまう。」
「どうする、新八っつぁん。一丁、敵中突破でもしてみるか?」
「……そうだな。山崎君、吉村君。走れるか?」
「私は大丈夫です……」

 山崎はやせ我慢しているが、相当苦しいはずだ。

「わだしも、大丈夫でござりやんす。」
「よし、行こう!」

 五人一斉に家を飛び出し、敵中突破を試みた。
 途中、数名の薩摩藩士を斬殺したが、何とか脱出できそうであった。

「うわっ!?」

 途中で吉村は転倒。足の傷からの出血が止まらず、血を流しすぎたのだ。

「吉村君!?」
「……行ってください。わだしも、必ず後から参りやんす。少し休んだら、必ず行きやんすから。」
「……わかった。必ず来いよ、吉村君!!」

吉村は近くの店に隠れ、少し横になった。
しばらくすると、人の気配が近付いてきた。それも複数いる。

「あっちを探せ!!」

 大神一彦と佐伯忠康の小隊が新撰組を追撃しているのだ。
 小隊は永倉たちが逃げていった方向へと向かっている。

「……あのままでは……」

 あのまま追い駆けさせたのでは、永倉たちに追いついてしまう。そこで吉村がとった手段は……

「……新撰組、斬り込み用意!!」

 と、大声で叫んだ。
 その声を聞き、大神や忠康たちは戻ってくる。

「あっちの方で新撰組とか言ったぞ。」
「あの小屋だ!」

 食いついたのを確かめた吉村は刀を抜き、名乗り上げた。

「新撰組隊士・吉村貫一郎!! 天子様に弓引く気はござらねども、某は義の為に戦をせねばなりもさん!お相手致す!!」
「構えっ! 撃てぇっ!!」

 ガアァァンッ!ガアァァンッ!!
 大神の命令で銃士隊が一斉射撃。中に居た吉村にも数発命中した。

「ぐおっ!……し、新撰組の……吉村……貫一郎である……」

 銃士隊は引き続き射撃を行う。再び吉村に数発の弾丸が命中。遂に吉村は倒れた。

「新撰……組……吉村……貫一……ろ……」

 吉村は壮絶な戦死を遂げた。数秒後、戸口を蹴破って大神と忠康が斬り込んで来た。

「……何だ、一人か?」
「……おい、一応中を改めろ。」

 店の中を探させてはみたが、他に隊士は一人も居ない。

「中には誰もいません。」
「もういい、他を探せ。」

 大神と忠康は吉村の遺体に陣羽織をかぶせてやった。

「この男……仲間を逃がそうとしたのだろうか……」
「恐らくな……見上げた男だ……新撰組にも・・・・このような男が居るとは……」
「……」

 大神と忠康は店を出ようとしたが、振り向き、吉村に対して敬礼した。
 仲間を逃がすために己の命を犠牲にした、その吉村の心意気に、感動したのかもしれない。


 その日の夜、土方は竜馬、永倉、原田、斎藤、島田ら精鋭の隊士を引き連れ、見廻組と協同で薩摩の陣地に夜襲をかけた。
 陣地に火をかけて大砲を数門爆破。新式のミニエー銃も何丁か奪取することに成功した。

「よし、引き上げだ!」

 しかし、引き上げる土方たちの前に、巨大な影が立ちはだかった。

「な、何だ!?」

 まさしくそれは大神と音熊の乗る人型蒸気だった。
 先の第二次長州征伐で使用され、小倉城を徹底的に破壊し、幕府軍を散々に打ち破った恐るべき戦闘能力を備えた、薩長軍最強の兵器であった。

「ば、バケモノだぁっ!!」

 見廻組の隊士たちはその姿を見ただけで逃亡していく。
 人型蒸気は刀を振り下ろして攻撃してくる。土方たちが避けたので空振りに終わったが、風圧が凄まじく、その破壊力は見なくてもわかる。

「……やあああぁぁぁぁっ!!」

 竜馬は荒鷹を振りかざして斬り付けたが、傷一つ入らない。
 土方たちも奪ったばかりのミニエー銃をぶっ放して攻撃するが、全ての弾丸は弾かれてしまう。

「……おのれ……かくなる上は……」

 竜馬は目を閉じて刀に霊力を込める。荒鷹が桜色の光を放ち、霊力の充填が完了すると竜馬は目をカッと見開いて斬りかかった。

「これで……どうだぁっ!!」

 霊力を帯びた必殺の一撃は人型蒸気の右腕に命中。それまでビクともしなかったが、今度はいとも簡単に右腕を斬り落とされてしまった。

「や、やった!」

 しかし、喜びも束の間。薩摩藩兵たちが増援として駆けつけてきたのだ。

「まずい、退却だ!!」

 新撰組は伏見奉行所へ撤退。またしても、数名の死傷者をだしてしまった。
 大神と音熊はハッチを開けて人型蒸気から降りた。腕を斬りおとされたのは大神の機体だった。

「さすがだな、真宮寺の奴……たった1回斬り付けただけで、こいつが霊力で守られてることを見抜きやがった。」
「ああ、侮りがたい奴だ。しかし……いとも簡単に斬り落とされてしまったな。」
「奴の霊力は、俺たちの比では無いということだ。……あいつがもし、これに乗ったら……」

 もし、竜馬が人型蒸気に乗り込んだとしたら、大神や音熊の人型蒸気を超える最強の兵器となるに違いない。そう思うと、大神も音熊も竜馬がより恐ろしい存在に思えてきた。


 新撰組、会津藩、見廻組は伏見を撤退。山崎に陣を構えた。
 淀川を挟んだ対岸には伊勢藤堂藩が陣を構え、薩長軍を迎え撃つ。藤堂藩の砲兵隊は、無傷に近く、薩長軍と互角に戦えるはずだった。翌日、薩長軍は山崎に陣を構えた新撰組・会津藩・見廻組の陣に総攻撃をしかけた。

「おっ?」

 竜馬が永倉たちを率いて前進すると敵陣に斬り込んで大暴れしている一人の男が見えた。

「凄いのが居るな、誰ですあれは?」
「別撰隊の佐川だ。」
「あれが鬼の官兵衛か!」
「別撰隊に遅れをとるな!行くぞ!!」

 新撰組も別撰隊と合流して陣に斬り込む。
 一方、本陣で戦況を見つめている土方は一つ腑に落ちない点があった。対岸に陣取っている藤堂藩の砲兵隊が攻撃をしないのだ。今砲撃を加えれば、薩長を追い返せる。なのに、なぜか攻撃しない。

 戦況は一進一退。勝利はどちらに転んでもおかしくない。今藤堂藩が砲撃を開始すれば、勝利は間違いなく旧幕府側に転がり込む。しかし、藤堂藩は沈黙したまま動かない。

(何故だ……砲撃を加えれば敵は文字通り総崩れとなるはず……なのに、なぜだ!?)

 そして午前二時過ぎ……
 ドドオオオオオオォォォォォンッ!!
 遂に対岸に陣取っていた藤堂藩の大砲が火を噴いた。

「やった!」

 これで勝利はこちらのもの。そう土方は思った。しかし……
 ヒュルルルルル…………ドゴオオオオオオオオォォォォォッ!!
 何と藤堂藩の砲弾が旧幕府軍のど真ん中に着弾したのだ。

「何だっ!?気でも狂ったか!?」

 藤堂藩はどんどん砲撃を加える。
 会津の砲兵隊を率いる林権助は応戦を開始する。

「撃て!撃ちまくれ!!敵は藤堂藩じゃ!!」

 しかし、既に大砲の数で比較にならない。会津の砲兵隊は藤堂藩の砲撃を浴びて瞬く間に壊滅した。

「おのれ、藤堂藩め!!」

 軍を指揮する家老の藤堂采女は薩長の要請を受けて薩長側につく決意をしていた。
 土方は単身突撃しようとするが、斎藤たちによって止められてしまう。

「放せ!あいつらに一太刀浴びせてくれる!!」
「ダメだ土方さん!今飛び出せば的になりに行くようなもんだ!!」

 土方は斎藤たちによって後退させられて行く。
 一方、竜馬は佐々木只三郎と共に藤堂の陣を見ている。

「許せん……」
「……真宮寺殿。」
「……節義を踏み躙った裏切り者……許すまじ!!」
「……真宮寺殿、ご一緒させて頂きます。」

 竜馬と佐々木は馬にまたがり、淀川を渡り始めた。

「竜さん! どこ行くんだ! そっちは敵だぞ!!」

 永倉たちの制止も聞かず、二人は藤堂の陣目掛けて突撃していく。
 藤堂の陣からは怒涛の如く歩兵隊が突撃してくる。馬上の二人は刀を抜き、それぞれ名乗りあげた。

「見廻組与頭、佐々木只三郎である!」
「新撰組・真宮寺竜馬、見参!!」

 竜馬と佐々木は藤堂の陣のど真ん中に突っ込んで行った。
 この直後、新選組、見廻組、別撰隊は退却。退却中に、竜馬と佐々木の姿を見た者はいなかった。


其の参へつづく……


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