翌日、監察の島田 魁が竜馬にある報告をした。
飯を炊く釜の中に毒を混ぜたらしき痕跡があったとというのだ。残念ながら証拠と呼ぶには不十分なもので、ほとんど残っていないのだ。
たまたま釜の中に残っていた飯を屋敷の者が、外をうろついていた野良犬に与えたところ、突然苦しみだして死亡したというのだ。
「なるほど・・・・そんなことがあったのか。」
「はい。恐らく、何者かが毒物を入れたのだろうと。」
「・・・・・島田。至急、隊士に成り済ました間者を探し出せ。」
「はっ。」
「動ける者だけでいい。病人に間者は居ない。」
「心得ました。」
島田は早速、尾形、川島勝司らと共に隊内に潜む間者を探し始めた。
一方、土方も間者の存在に気付き始めていた。そして、それを近藤に言った。
「隊内に間者が居るだと?」
「近藤さん、俺はよーく考えてみたんだが、いずれの事件も、ほとんど同じ手口だ。待ち伏せて巡察隊を襲っている。だがな、思い返してみろ。巡察というのは毎日毎日違った道順を行くんだ。この広い京都でただ闇雲に網を張っていても、新撰組がそこを通るとは限らん。それに隊士の編成も毎日違うんだ。つまり、もし一人でも同じ顔ぶれの隊士が居れば、その時点でその計画はダメになる。」
「成るほど、巡察の編成や道順は、非番の隊士でも知っている。ということは間者がいるということか。」
「そうだ。」
「囮を出して見張りを襲うとは姑息な!新撰組と戦いたければ、堂々と正面から来ればいい!!」
「まあ、そう怒るな。近藤さん、こういうのは万事、竜さんに任せておけばいい。あの男、こういうことにかけては、右に出る者は居ねぇ。」
その頃、枡屋にいつでも斬り込めるよう、永倉新八、原田左之助、藤堂平助、松原忠司、大石鍬次郎の5人が近くの家を借りて待機していた。
「・・・・まだ帰って来ねぇのか?」
主人の枡屋喜右衛門は昨夜、出て行ったきり帰ってこない。逃げられたかと、原田は焦り始めていた。
「まあ待つんだ、左之助さんよ。もし斬り込んだ後に帰ってきたら全部水の泡だ。今は黙って待つしかないよ。」
「しかし、もうすぐ昼ですよ。いくら何でも、もう逃げられたと判断した方がいいんじゃないんですか?」
「私も松原君と同意見だね、新八っつぁん。斬り込もう。武器だけでも分捕りゃぁ大手柄というものだ。」
しかし、永倉と大石は動かない。
「副長の命令では、枡屋喜右衛門を捕えろとのことです。今更、武器を押収したところで、それは何の解決にもなりません。」
「大石君の言う通りだ。もう少し待ってみようじゃないか。」
その時、通りを見ていた藤堂が・・・
「お?・・・・山崎君だ。」
薬屋の格好をしているが、確かに山崎だ。
1ヶ月近く屯所を離れていたが、実は浪士たちの動きを探るためにいろいろと探っていたのだ。
「毎度!薬屋でございます!」
「私が話します。みなさんはここに。」
隊服を着ていない大石が下へ降り、山崎と話した。
「枡屋喜右衛門の正体がわかった。大津の古高俊太郎だ。」
「本当か?」
「ああ、間違いない。私が泊まっている池田屋で杉山松助がそう言っていた。」
「そうか・・・しかし、昨夜からその古高は戻ってこない。逃げられたかも知れんと、上で話していたんだが。」
「ははは・・・逃げてはない。昨夜、長州藩邸で密会があって、それに出席しているんだ。杉山は戻ってきたから、もう帰って来るはずだ。」
と、山崎は通りに目をやった。
「噂をすれば・・・帰って来たよ。」
古高が通りの向こうから歩いてくる。
「後は、任せる・・・・それじゃ。」
そして、山崎はまた薬屋の顔に戻った。
「どうも、毎度おおきに。またどうぞよろしく。」
そして、山崎はまたどこかへ消えていった。
大石から報せを受け、永倉たちはすぐに駆け下り、永倉を先頭にして枡屋に突入した。
「新撰組だ、御用改めであるぞ!!」
奥から喜右衛門は何食わぬ顔で出てきた。
「何の騒ぎですか?」
「枡屋喜右衛門・・・いや、古高俊太郎!新撰組屯所において取り調べる。屯所まで同道せよ!」
「私が何をしたと言うのですか?手前どもは普通の道具屋でございますが。」
「とぼけても無駄だ!既に蔵の中にある物のことは調べてある!!」
「・・・・・そうか。よろしい。同道しよう。」
こうして、古高は屯所に連行され、地下室で徹底的に調べられることになる。
枡屋からは数々の品物が押収された。銃や火薬、炸裂弾。刀剣や槍などもあった。さらには、この計画に参加する浪士達の名簿まで見つかった。
それによると、吉田稔麿、宮部鼎蔵を始め、各藩から大物の浪士ばかりであった。やがてその名簿は監察部に回された。
そして、島田がその名簿の中に遂に間者の名前を見つけた。
松井隆三郎、荒木田左馬助の二人であった。
島田はすぐにそのことを竜馬に報告した。
「そうか・・・・いや、ご苦労だった。それで、その二人はどこにいる?」
「荒木田は非番で屯所を昼過ぎに出て行ったそうです。松井の方はまだ屯所に。」
「そうか。荒木田はお前に任せる。俺は松井をやる。あいつは強い。」
「心得ました。では・・・・」
島田はすぐに屯所を出て荒木田を探し出した。そして、竜馬は松井を見つけて気軽に声をかけた。
「おう、松井君。君は今夜非番かね?」
「あ、はい。そうですが・・・」
「一杯付き合わんか?安くて美味い店を知ってる。この近くにあるんだ。」
「そうですか。わかりました、喜んでお供をさせていただきます。」
と、松井は疑うこともせずに竜馬の後に付いて屯所を出た。
一方、島田は中京方面を捜索中であった。
「おっ!」
通りの向こうから荒木田が歩いてくる。
「荒木田君!」
「・・・・島田さん?」
「荒木田君、君は長州の間者だったのだな?」
「・・・・・」
「屯所に戻れ。近藤局長にご報告する。」
「・・・・今更、屯所に戻ったところで、俺は助からんだろうな。」
「・・・・・」
「だが・・・・お前を斬れば、逃げられる。」
「!!」
荒木田は刀を抜き放ち、島田に斬りかかった。島田も抜刀し、鍔迫り合いになった。
「ぬあああああぁぁぁぁぁぁっ!!」
「何っ!?」
島田は左之助と並んで怪力をもって知られる。力で荒木田をねじ伏せ、そして一刀のもとに斬り捨てた。
一方、竜馬は松井を三条河原まで連れ出した。
「総長、一体どちらまで行かれるのですか?」
竜馬は立ち止まって、ゆっくりと後ろにいる松井の顔を見た。さっきまでと違い、その表情は殺気に満ちている。
「松井君、アンタ・・・・長州の間者だってね?」
「なっ!?」
「枡屋から押収された浪士の連判状に、アンタの名前があった。どういうことかな?」
「それは・・・・何かの間違いです!!」
「見苦しいぞ!貴様も間者なら、潔く覚悟を決めろ。」
「くそっ!!」
松井は刀を抜き、正眼に構えた。しかし、竜馬は抜刀しない。
「来い。俺を殺せば、貴様は逃げられる。・・・さあ、来い!!」
「うおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
松井は大きく振りかぶって竜馬に斬りかかっていく。しかし・・・・・
ザシュウウウウウゥゥゥゥゥッ!!
竜馬が一瞬の抜刀術で松井の胴を斬り払った。その場に倒れ、間もなく息を引き取った。
その日、捕えられていた古高が遂に自白した。
風の強い夜を選んで御所や二条城に火を放ち、混乱に乗じて天皇を奪うという計画を。これを聞いた土方と近藤はさらに奮い立った。
「近藤さん、ついにやったな。」
「新撰組の実力を知らしめる絶好の機会だ。これほどの好機だ。ことは慎重かつ隠密裏に進めるべきだ。引き続き、監察方に探らせよう。」
「それについて、近藤さん。一つ、言っておきたいことがある。山崎君のことだ。」
「山崎君?」
「山崎君は、今、何処にいるんだ?1ヶ月以上も屯所を離れていながら、何も報告してこん。仕事も島田君や尾形君に任せっ放しだ。」
監察方は要するに軍監。副長、局長と言えど自由には動かせないし、潜入捜査をする時は特に潜伏先などを報せる必要は無かった。
「彼は何か大きなことを掴んだのだろう。だから屯所にも戻ってこないんだ。」
「それでも、連絡ぐらい取れそうなものだ。」
「しかし、古高の正体を暴いたのは山崎君だそうじゃないか。必要な時に必ず来てくれるからいいじゃないか。」
「・・・・・」
それでも、土方は納得がいかなかった。
その頃、台所では井上源三郎と沖田総司が焼き魚を食べながら話していた。
「しかし・・・・本気なでしょうか?」
「何がだ?」
「古高って人たちが考えていることですよ。本当にあんなこと出来ると思ってるのだろうか?」
「さあねぇ。わしらにゃ、一向にわからんねぇ。狂っているとしか思えん。」
「人間、狂ったら何をするか、わかりませんからねぇ。」
二人ともそれ以上その話題には触れようとしなかった。
京の街に、夏が訪れようとしていた。
それは新撰組の若者達にとって、最も暑い夏になろうとしていた。