第肆部「祇園囃子・池田屋騒動(其の弐)」

 一方、伊藤と別れた桂 小五郎は浮浪者に変装し、三条河原に来ていた。

「そこの方、こっちで温まりませんか?」

 声をかけたのは、一人の浮浪者。ボロボロの笠を被っており、顔は見えない。桂はヨタヨタ歩きながら焚火の前に座った。

「もうすぐ、芋が焼けます。一緒に食べましょう。」
「いや、かたじけない。」
「・・・近頃は、よく人が死にますな。」
「・・・・・。そうですかな。」
「その誰もが、この国に必要な者達ばかりだった・・・」

 桂は男の顔を見た。汚れた顔だったが、見覚えのある顔だった。

「・・・宮部殿でござるな?」
「探しましたぞ、桂殿。ご無事で何よりです。」
「はは、あまり見られた格好ではないが、殊の外、警備が厳重での。長州藩邸に潜入する手筈は整っています。今宵の内に参りましょう。」

 桂と宮部は河原から舟に乗り、長州藩邸に向かった。
 しかし、あと一息という所で、竜馬たちに見つかってしまった。

「待て!桂 小五郎!!」

 竜馬や大石が川に下りようとしたその時・・・

「待てぇっ!」

 大神、音熊、伊藤らが竜馬たちに斬りかかって来た。

「水戸の大神一彦だ!桂殿はお前らには渡さん!!」

 斬り合いが始まった。誰もが剣の腕は一流の者ばかり。竜馬たちはそれ以上先に進むことが出来なかった。そうこうしているうちに、桂と宮部は長州藩邸に入ってしまった。
 そして、去り際に大神が竜馬に言い放った。

「帰って、親玉の近藤と土方に伝えておけ。桂殿は、無事に長州藩邸に入った。無駄な抵抗はやめておくことだとな!」
「何を!」

 大石が追おうとするが、竜馬がそれを止めた。

「あいつには、うかつに斬りかかるな。死ぬぞ。」

 竜馬は黙って屯所へ引き返していった。
 一方、枡屋の方は、沖田・井上組と原田・永倉組が監視していた。
 総司はこういうことに不慣れで、お菓子ばかり食べていた。

「こら、総司。菓子ばっかり食ってないで、ちゃんと仕事しろ!」
「だっておじいちゃん。もう飽きてしまいましたよ、こんな仕事。」

 一方、原田・永倉組も同じだった。

「・・・・ふあああ・・・・」

 左之助があくびをして居眠りを始めた。

「おい、左之助さんよ。寝るんじゃないよ。」
「あ?・・・ああ、寝ちまったか・・・」
「しっかりしてくれよ。仕事なんだから。」
「しかしよぉ、どうも俺ぁこういう仕事にゃ向かねぇみてぇだな。」
「ははは・・・それは俺もだ。こんなことなら、桂を追っかけてた方がよかったよ。」

 翌朝、屯所内に近藤の怒声が響いていた。

「みすみす桂を取り逃がして、よくおめおめと帰って来られたな、竜さん!!」
「・・・弁解はしない。どんな処罰も受けよう。」
「アンタを処罰して、桂が捕まるなら私もそうしよう。だが何の解決にもならん処分はせん!!竜さん、大石君、松原君!君たちがこれほど役に立たないとは思わなかった!!」

 近藤の横には土方と山南がいたが、土方は腕を組んだまま何も言わない。しかし、山南は近藤をいさめようと必死だ。

「近藤先生、もうその辺で・・・」
「・・・・・」

 近藤はドスドスと足音を立てながら出て行った。土方は近藤を見送るとニヤニヤ笑いながら竜馬の顔を見た。

「何だよ、ニヤニヤしやがって。」
「いや、アンタでも・・・怖い物があるのかと思ってな。」
「報告を聞きましたよ。大神一彦と言う男にまた会ったそうですね。」
「・・・・怖いか・・・そうかも知れんな。あいつは、何か危険だ。うかつに斬りかかるとこっちがやられる。」

 大石と松原が竜馬に謝った。

「申し訳ありません、総長。自分達が不甲斐ないばかりに、迷惑をかけてしまって。」
「怒られるのは慣れてる。気にしてないよ。」
「ふふ・・・ちょっとは、気にしろよ。」

 土方の突っ込みに、山南はクスクスと笑い出した。
 その頃、島田 魁は枡屋に潜り込んでいた。店の中自体には特に不振な点は無かった。

(残るは・・・蔵か・・・)

 店の裏に土蔵があり、鍵を道具で開けて中に入った。
 棚には壷や掛け軸が並んでいる。

(・・・・)

 積み上げてある木箱を開けてみると、中には銃や火薬が詰まっていた。

「これは!?」

 島田はすぐに脱出し、屯所に走った。
 報告を聞いた近藤と土方は奮い立った。

「・・・・どうする、トシさん?」
「近藤さん・・案外これは、新撰組始まって以来の大喧嘩になるかも知れんぞ。」
「ふふ・・・トシさん。アンタの夢だった、誰にも出来なかった大喧嘩をできるな。」
「近藤さんよ、アンタこそ誰もなれなかった大きなガキ大将になれるぞ。」

 二人の夢・・・新撰組の晴れ舞台がもうすぐ始まろうとしていた。



 その頃、長州屋敷に入った桂たちはある計画のための議論をしていた。

「風の強い夜を選んで御所に火を放ち、混乱したところで天子様を奪う。これが、我々の計画です。」
「玉さえ奪えばこっちのもの。敵は雪崩のように崩壊するだろう。」

 しかし、そこに大神が待ったをかけた。

「その前に、片付けておかねばならんことがある。」
「何だね、大神君?」
「新撰組です。奴らがいる限り、この計画は成就しません。奴らを叩くことを優先すべきです。」

 宮部や他の志士たちは反対する。

「新撰組など、その気になればいつでも潰せる。気にすることもあるまい。」

 そこに枡屋喜右衛門もいた。

「その通り、所詮はゴロつき浪士の集まりだ。何ができよう。」
「君は・・・誰だね?」
「お初にお目にかかります、桂先生。大津藩士・古高俊太郎です。武器の調達を受け持っております。」
「そうか、よろしく頼む。」

 しかし、大神はそれでも意見を曲げない。

「みなさんは新撰組の強さを量り兼ねている。吉田殿が送り込んだ間者の報告では、今屯所にいる大半の者は病にかかり、動ける隊士は30名程度だとか。今こそ絶好の好機だ。叩くなら今しかない!」

 宮部もまた、一歩も退かない。

「大神君、大半の隊士が動けないのなら、計画の決行は今しかないだろう。」

 結局、大神の意見は受け入れられず、最終決定は祇園祭の宵山の日、六月五日の会議で決めることになった。
 会議の後、大神と音熊は二人で話した。

「どうだった?」
「・・・・話にならん。玉を奪うのが最優先だそうだ。・・・で?そっちはどうだ?」
「ぬかりは無い。土佐の岡田以蔵、肥後の河上彦斎らが俺たちに味方してくれる。」
「そうか・・・これで、ざっと15人といったところか・・・・」
「それと・・・どこから聞きつけたのか知らんが、もう一人増える。」
「誰だ?」
「本人が来てる。おい、入ってくれ。」

 部屋に入って来たのは大神や音熊よりもやや大きめで、見るからに豪傑といった感じの剣客だ。

「どちら様かな?」
「福岡藩士の斯波正義。小野派一刀流の達人だ。」
「そうか・・・俺は、大神一彦。水戸脱藩、今は桂さんの護衛だ。よろしく頼む。」
「・・・・・」

 斯波は黙って大神と握手し、出て行った。

「何だ、あれは?無愛想な奴だ。」
「愛想の無い剣客などいくらでもいる。気にするな。」

 大神と音熊は明け方まである計画を練っていた。

「新撰組の隊士は何名動ける?」
「正確な人数はわからんが、情報によると30名程度だそうだ。しかし、幹部の連中はほとんど動けるそうだ。」
「そうか・・・毒を盛り損なったか・・・」
「そう言うな。松井君も荒木田君も精一杯やっているのだ。」
「・・・・・」

 その両名は長州の間者として新撰組に入隊した松井隆三郎、荒木田左馬助の二人であった。



 その頃、間者の二人は更なる行動を起こしていた。
 巡察隊の編成、巡察の通り道を長州側に流し、剣の立つ者に襲撃させたのだ。そして、その手段は極めて巧妙なものであった。
 酒場で喧嘩が起こっているという偽情報を流し、新撰組を突入させ、外に立って見張りをする隊士を襲うというものだった。
 幹部たちは無事だったが、平隊士の何人かは斬り死にした。



其の参へつづく……


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