第参部「竜馬と龍馬」(其の参)

 その頃、竜馬は島田と松原の二人に送られて、仙台藩邸に戻ってきていた。そして、佐那の一件を聞いた。

「なに、追い返した!?」
「はい。紹介状をお持ちでなかったので。」
「馬鹿者!!その方は千葉周作成政先生の弟、定吉殿の娘さんだぞ!!」
「しかし・・・・」
「もういい。それで、どっちに行った?」
「それが、土佐藩士・赤座智俊と名乗る男が引き取って行かれました・・・」
「赤座智俊!?」

 島田がその名を聞いて驚いた。

「知っているのか?」
「はい、山崎君が調べたのですが、赤座智俊とは海仙寺党の首領格で、三番隊の佐伯又三郎を斬った張本人です。」
「しまった!!」

 竜馬は大急ぎで駆け出していった。

「松原君、追うぞ!!」
「はい!!」

 島田、松原の二人も続いて駆け出していった。
 屯所では藤堂平助が巡察を終えて戻ってきた。

「おう、平助さん!お疲れさん!」

 原田が相変わらずの元気な声で出迎えた。

「いやぁ、腹が減った。飯の用意はできてるかい?」
「ははは・・・河合さんたちが晩飯の用意をしてあるよ。今夜は豪勢に軍鶏鍋だってよ。」
「おお、ありがたいねぇ。先に土方さんに話があるから、ちゃんと取っといてくれよ。」
「おう、心配するな。早く行ってきなよ。」

土方の部屋に行くと、近藤、山南、そして山崎がいた。

「藤堂君か、巡察は終わったのか?」
「はい、異常ありませんでした。ですが、ちょっとお耳に入れたいことが・・・」
「何だ、言ってみたまえ。」
「はい、巡察の途中。仙台藩邸の近くで、竜馬さん、それに島田君と松原君とすれ違ったのですが・・・・」
「それがどうした?竜さんは、仙台藩邸に帰っただけだ。」
「いや、そうじゃなくて。物凄く慌てて西の方へ走り去って行ったんです。」
「西へ?山崎君。」

 山崎はうなずき、話し始めた。

「あの藩邸から西へ真っ直ぐ行くと、海仙寺があります。恐らく・・・」
「なぜ、竜さんが海仙寺に行く必要がある?」
「実は、千葉周作の姪に当たる、千葉佐那という娘が竜馬さんを訪ねて京に来ているそうなんですが、昼過ぎに赤座智俊と共に、海仙寺に入っていったのです。」
「じゃあ、その佐那と言う娘も、海仙寺党の仲間なのか?」

 近藤の問いに、山崎は即座に首を振った。

「いえ。あの娘が現れたのは、今日が初めてです。それまで連絡をとった形跡は、特にありません。」

 藤堂もうなずく。

「そうでしょう。あの佐那さんが、そんな連中の味方をするはずがありません。」

 ずっと黙っていた近藤が口を開く。

「トシ。斎藤君、竜さん、松原君、島田君の4人だけで斬り込んだとしても、相手は今や15人以上居るんだ。危険だぞ。」
「しかし、大っぴらに出動は出来ない。なぁに、心配はいらねぇ。斎藤君と竜さんが居るんだ。負けやしねぇよ。」

 山南も大きくうなずく。

「私もそう思いますよ。斎藤君は剣の腕なら新撰組でも一、二を争いますからね。」

 不安なのは、近藤一人だけであった・・・





 その頃、坂本龍馬は佐伯音熊から佐那が海仙寺党に捕まっていることを知った。

「佐那さんが?」
「やはり、坂本様のお知り合いでしたか。」

 側で聞いていた桂が口を開く。

「どうする、坂本君?」
「決まっとる。助けにいかにゃ。」
「残念だが、私は動けない。新撰組に狙われているんでね。佐伯君を連れて行きたまえ。まだ新撰組には顔がわれていない。」
「ありがとう、桂さん。恩に着る!」

 二人は草履を履き、急いで出て行った。
 その頃、海仙寺にいる侍たちが全く土佐弁をしゃべらないことに気付いた佐那は警戒し始めていた。

「赤座様・・まだ、坂本様はお見えになりませぬか?」
「もうしばらくお待ちを、ほどなく参られます。」

 出された食事を済ませ、既に日が落ちようとしていた。
 赤座を疑いだした佐那は部屋の隅にあった仏像の裏に大量の鉄砲が隠してあり、そしてその仏像に海仙寺という銘が打ってあるのを見て、悟った。ここには龍馬は来ないということを。
 さしあたって立てかけてあった箒を手に執り、脱出しようと、そっと障子を開けた。
 しかし、障子の前に赤座が立ちはだかっていた。

「見たな?俺たちの正体を。」

 佐那は箒を構え、赤座に向ける。

「私を騙したのね!ここは海仙寺で、あなたたちは海仙寺党でしょう!」
「流石は、千葉定吉の娘。察しがいい。だが、少し詰めが甘いな。」

 赤座は刀を抜き、構える。

「さあ、来い!」
「言われなくとも・・・やああぁぁぁぁっ!!」

 佐那は北辰一刀流の免許皆伝。しかし、赤座に軽々とよけられてしまう。

「ふふふ・・・・どうした?北辰一刀流とはその程度か?」
「く・・・・こんなバカな・・・」

 もう一度打ち込むが、軽く捌かれ、箒を斬られてしまう。

「な・・・なぜ・・・・」
「ふふふ・・・まだ気付いてないのか?所詮、女の浅知恵だな?」
「何・・・」
「お前がさっき食った晩飯。あれにちょっと毒を入れさせてもらった。毒と言っても死ぬわけじゃない。体を半日程度痺れさせる程度のものだ。もう全身に毒が回っている。いかにお前とて、内側から攻められては防ぎようもあるまい。」
「く・・・」

 佐那は力が抜け、膝をついた。

「もう立ち上がることも出来まい。ふふふ・・・」

 赤座は刀を納め、帯から外した。

「さて・・・そろそろいいだろう・・・」
「な・・・何を・・・」

 佐那の顔を見下ろし、そして不気味な笑みを浮かべた。

「ふふ・・・・ただ殺すには惜しい気のする女だな。死ぬ前に、俺を楽しませてもらうぜ。」
「く・・・そうはさせない!」

 ドガアアァッ!!

 佐那は力を振り絞って赤座に体当たりし、逃げようとする。
 しかし、体力の無い佐那の体当たりなど、今や無意味。赤座はすぐに態勢を整え、佐那の袖を掴んだ。

「馬鹿者が。逃げられると思ったか?」

 佐那の顔に二、三発平手打ちをして、突き飛ばした。バランスを失い、佐那は崩れるように倒れてしまった。

「大人しくしていればいいものを。」

 赤座は佐那の両腕を抑え、顔を覗き込んだ。

「いい顔だ。女が怯える顔はたまらんな。」
「やめて!!放してっ!!」

 と、その時・・・・

 ドンドンドンドンドン・・・・・!!

 正面入口の戸を何者かが叩いている。

「誰だ?おい、出て行ってぶった斬って来い。」
「はい。」

 三人の浪士が刀を抜いて戸を開けようとする。しかし・・・

 ドスッ!!

 戸口を突き破ってきた刀が男を一人刺した。

「なっ!?」

 壊れた戸口から一人の男が入って来た。まるで狼のような顔で睨みつけている。

「何者だ、貴様!!」
「新撰組三番隊組長・斎藤 一。」
「て、敵だぁっ!新撰組だぁっ!」
「落ち着け、敵は一人だ!一斉にかかれぇ!!」

 と、その時。

 ドガアアアアアアアァァァァァァッ!!

 裏口の戸を何者かが突き破った。

「新撰組だ!!御用改めであるぞ!!」

 竜馬、島田、松原の3人が斬り込んできた。

「おお、竜さん!」
「斎藤君か!加勢するぞ!!」

 凄まじい斬りあいが始まった。4対15。いかに斎藤や竜馬が強くても、流石に苦戦を強いられた。
 そして、数分後。

「真宮寺殿!!」

 坂本と音熊が裏から入って来た。

「おお!龍馬!!佐那殿は奥だ!赤座を斬れ!」
「かたじけない!!」

 坂本は音熊を連れて奥へ突入した。
 部屋に入ると、赤座は佐那に刀を突きつけていた。

「動くな、坂本龍馬。動けばこの女が死ぬ。」
「佐那さん!!」

 佐那は既に意識が遠のいており、坂本の声にも反応しない。

「諦めろ、坂本龍馬。この女は、俺が頂く。」
「ふざけるな、貴様なんかに渡せるか!」

 一方、竜馬たちは赤座を除く全員を斬殺し、奥の部屋に集まった。

「赤座智俊!お前の仲間は全て死んだ!残るはお前一人だ!」
「大人しくお縄に付けぃっ!」

 しかし、赤座は余裕の笑みを浮かべている。

「ふふふ・・・どうせ、死ぬくらいなら、この女を道連れに死んでやるさ。」
「くそ・・・佐那さん・・・」

その時、佐那は一時的に意識が戻った。

「う・・・・」

(坂本様・・・来て下さったのですね。真宮寺様まで・・・私のせいで・・・これ以上、迷惑はかけられない・・・)

 佐那は赤座の左腕に思い切り噛み付いた。

「イテテテテテ!!」

 その隙を突いて、佐那は赤座の腕から逃げ出し、坂本たちの下へ駆け寄った。

「佐那さん、しっかり!!」
「・・坂本様・・・・あ・・頭が・・・」

 佐那は再び意識を失った。

「毒を飲まされたか。くそ!何てことを!!」

 赤座は刀を構え、竜馬たちに向ける。

「こうなったら、刺し違えてやる!」
「島田、忠司!佐那殿を頼む!」
「はい!」

 二人は佐那を抱きかかえ、外へ運び出した。
 竜馬、坂本、斎藤、音熊の4人は、赤座と対峙した。

「観念しろ、赤座智俊!」
「ふっ、片腹痛いわ!さあ、どいつからかかってくる?」

 前に出たのは斎藤だった。

「竜馬さん、こいつは俺にやらせてください。佐伯君の敵討ちです。」
「よし。わかった。」

 他の3人は刀を納めた。
 斎藤、赤座の二人は互いに向き合った。

「・・・・・」
「・・・・・」

 睨み合うこと数分。赤座が先に動いた。

「デヤアアァァァァッ!!」

 しかし、斎藤は眉一つ動かさず・・・・

「ふんっ!!」

 ズンッ!!

 斎藤の刀は赤座の胴を貫通。驚いたことに左手一本で刺突を繰り出していた。

「がはっ!?バカな・・・・」

 赤座は間もなく死亡した。

「・・・ふう。」
「やったな、斎藤君。」
「ああ、これで、佐伯君も浮かばれるだろう。」

 そして、竜馬は坂本に声をかけた。

「よく来てくれたな、龍馬。」
「結局、わしが来んでもよかったみたいだのう?」
「そんなことは無いさ。お前に一番会いたがっていた人がそこにいるぜ。」

 意識を取り戻した佐那が坂本の後ろに立っていた。
 しかし、まだ力は戻っておらず、フラフラしている。

「坂本様・・・・」
「佐那さん・・・」

 二人はしばし、見詰め合った。

「おい、龍馬。邪魔者は消える。じゃあな。」
「ああ・・・ありがとう。真宮寺殿。」

 竜馬は特に答えず、寺を出て行った。





 その帰り道・・・
 島田が竜馬に問い掛けた。

「ところで、総長。」
「ん?」
「あの二人、何者ですか?」
「ただの同門の仲間さ。」
「そうですか・・・・しかし・・どこかで見たような。」
「そうか・・・そうだろうな・・・」

(龍馬よ。今回は見逃してやる。だが、今度会った時は、俺はお前を斬らねばならんだろうな。)

「しかし、すっかり遅くなりましたな。どうします?」

 忠司の問いに、竜馬は・・・

「屯所に帰る。晩飯は軍鶏鍋だと聞いてるからな。」

 斎藤が笑顔で言う。

「じゃあ、一杯やりますか。」
「そうしましょう。四人で軽い宴会ですな。」

 屯所に戻って、台所をあさってみると・・・・

「あれ?無ぇな。そっちはどうだ?」
「ありません。おかしいですな。」
「まさか、左之の奴・・・食っちまったんじゃねぇだろうな。」
「有り得ますな。原田さんのことですから。」

 と、その時・・・

「俺がどうだってんだい?」

 左之助が奥から出てきた。

「おう、一さんに竜さん。島田君も松原君も、来てくれや。」
「は?何で?」
「いいからいいから。早く来なよ。」

 言われるまま左之助について行った。部屋に入ってみて4人は驚いた。

「軍鶏鍋だ!」

 大きな鍋一杯に軍鶏や野菜が入っている。

「へへ・・・帰って来んのをみんなずっと待ってたんだ。」

 総司や山南、永倉など、幹部クラスの者達がそこに座っていた。

「さあ、皆さん。お腹が空いたでしょう。どうぞお座りを。」
「竜馬のおじさん、どうぞこちらへ。」
「こら、総司。失礼なこと言うでねぇ。」
「おう、一さんも、早く来なよ。」

 斎藤も竜馬も、そして島田も忠司も、席についた。
 そして、近藤や土方を山崎が連れてきた。

「やあ、近藤さんに土方さん、遅かったじゃないですか。さ、どうぞどうぞ。」
「ああ。みんな、揃っているな?」
「おお、斎藤君。どうだったね、首尾は?」
「はい、海仙寺党。全滅致しました。」

 斎藤の報告に、一同から歓声が挙がった。
 そして、近藤が杯を持ち、乾杯の音頭をとった。

「え〜、それでは、海仙寺党を見事撃滅した四人の無事生還を祝して・・・」
「かんぱぁ〜〜いっ!!」

 遅い宴会は実に賑やかに行われた。

 時は元治元年・春――――
 もうすぐ春も終わり、新撰組の若者達にとって、最も暑い夏が訪れようとしていた。


次回予告へ……


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