第参部「竜馬と龍馬」(其の弐)

 ある日、仙台藩邸に一人の女性が訪ねてきた。

「あの、こちらに真宮寺竜馬様はおられますか?」
「何の用だ?入りたければ、紹介状が必要だぞ。」
「私は怪しい者ではありません。江戸、桶町千葉道場の道場主、千葉定吉の娘、佐那です。竜馬様には江戸でお世話になった者です。」
「紹介状がなければ、入れるわけにはいかん。帰れ!」

 佐那はそれでも何とか中に入れてくれるよう頼んだが無駄であった。

「帰れ!帰らんと、牢にぶち込むぞ!!」

 門番は持っていた棒を構え、威嚇する。

「どうしても帰りたくなければ、この場で召し取る!」

 門番二人が佐那を捕まえようとしたその時・・・・

「待てっ!」

 一人の男が、止めに入った。

「こちらの女性は拙者が引き受ける。」
「何者だ、貴様は?」
「土佐藩士、赤座智俊。」

 交渉の結果、赤座は佐那の身柄を引き取った。

「ありがとうございます。助けていただいて。」
「千葉佐那さんですな?拙者、坂本龍馬殿の知人で、赤座智俊と申します。」
「坂本様をご存知なのですか?」
「ええ、今夜、私が泊まっております寺にお越しになります。よろしければ、そちらでお待ちになられた方が・・・」
「ありがとうございます。それでは、お言葉に甘えさせていただきます。」

 佐那は赤座に付いて、仙台藩邸を後にした。
 連れて行かれた先は古ぼけた寺であった。10名程度の侍たちが中にいた。

「お帰りなさいませ、赤座様。」
「異常ないな?」
「はい。・・・こちらが、例の?」
「そうだ。・・・・どうぞ、こちらへお上がりを。」
「はい、お邪魔します。」

 佐那は言われるまま上がり、奥に通された。何も知らずに・・・
 その寺の名は、海仙寺といった。
 その頃、当の坂本龍馬は長州藩邸にあって、桂 小五郎と会っていた。

「久しぶりだね、坂本君。」
「ほんにそうじゃのう。元気そうじゃの、桂さんは。」
「君はいつもいつも元気だな。そうだ、紹介しよう。私の護衛役、水戸脱藩の大神一彦君と、芸州脱藩の佐伯音熊君だ。」

 二人の男は軽く一礼した。
 佐伯音熊は芸州(広島)出身の剣客で、故あって脱藩し、大神と同じく奇兵隊に入隊し、後に桂小五郎の護衛に任命されていた。

(こんな・・・こんな男が、本当に桂先生を負かしたというのか?)
(とてもそういう風には見えないが・・・・)

「何じゃ?わしの顔に何ぞついちょるか?」
「あ・・その・・あなたが本当に桂先生を負かした坂本龍馬殿なのかと・・・」

 それを聞いて、龍馬も桂も笑い出した。

「ははは・・・・当のわしも未だに信じちょらん。桂さんがわしに負けたなんてな。」
「相変わらずのご謙遜かね?君の剣の腕は超一流だよ。どうだ、大神君と手合わせしてみないかね?」
「いやいや、大神さんには負けますよ。」

 しかし、当の大神は頭をペコペコ下げて手合わせを頼む。

「是非、お願いします!」
「・・・・・しょうがないのう。」

 木刀を持って庭に出た。大神は二天一流(二刀流)だが相手は北辰一刀流の達人であるため、木刀は一本だけ持った。
 双方、一礼して木刀を構えた。二人の表情は真剣そのものだ。

「・・・・・始め!!」

 桂の合図で始まったものの、双方ピクリとも動かない。

「な・・・何だ?もう始まってるのに・・・・」

 音熊の反応を見て、桂はクスクス笑っている。

「ふふふ・・・・大神君も、坂本君の術中に落ちたな。」
「術・・・ですか?」
「そうだ。大神君はかつて私が江戸剣術大会の決勝戦で坂本君と対戦した時と同じ状態にある。」

 桂は神道無念流錬兵館道場の塾頭を勤めるほどの腕で、優勝は桂であろうと誰もが思っていた。しかし当時、北辰一刀流桶町道場師範代だった坂本龍馬と決勝戦で対戦。ほとんど動けずに坂本に敗れたのだ。

「動けなかった?それはどういうことですか?」
「そうだな・・・要するに、動きが全く読めなかったということだ。」
「じゃあ、大神さんは・・・・」
「そうだ、恐らく負ける。」

 まだ二人は睨み合っている。既に10分以上経過しているというのに、互いに最初の構えから全く変化が無い。坂本はまだ平気な顔をしているが、大神は額に汗をかき始めていた。

「・・・・・行くぞ。」

 遂に大神が動いた。

「狼虎滅却・・・・」

 猛然と坂本に突進し・・・・

「トオッ!!」

 目の前で大ジャンプ。

「何っ!?」
「無双天威!!」

 ドガアアアアアアアァァァァァァァァァッ!!
 地面に大穴が開き、砂塵が濛々と舞い上がる。

「・・・・・」

 しかし、大神の表情は暗い。そして・・・

「今の一撃、申し分ない。」

 と、坂本の声が聞こえた。坂本は大神の攻撃を受ける前に大神の上を取っていたのだ。

「だが、惜しかったな。デヤアァァァッ!!」

 バキイイイイイィィィィィッ!!
 坂本の一撃が大神の背中に直撃。大神はそのまま気絶した。

「すごい・・・本当に凄い・・・・」
「あれが・・・・坂本龍馬の力だ。」

 龍馬の力、それは相手に決して動きを先読みされない力である。しかし、坂本自身は相手の動きを先読みすることができるのだ。それが自分に勝たせた要因だと、桂は音熊に言った。

 
 
 その日の夕刻、海仙寺党の動きを探っていた山崎丞が戻ってきた。手がかりをつかんだらしく、早速、近藤に報告しようとしていた。

「山崎君、ちょっと・・・」

 斎藤が山崎を呼び止めた。

「何でしょう?」
「海仙寺党のことを、調べていたのだな?」
「はい、そうですが・・・・」
「何かわかったか? 教えてくれないか。」
「はあ、しかし、まず局長に・・・」
「山崎君、今、俺が何を考えているか・・・・わかるな?」

 山崎は斎藤の目を見て、しばし考え込んだが・・・

「わかりました。お話しましょう。海仙寺党は文字通り海仙寺を本拠としており、現在の人数は15名程度。三番隊の佐伯又三郎を斬ったのは、首領格の赤座智俊と名乗る人物です。」
「わかった。ありがとう。」

 斎藤は刀を持って、一人、屯所を出て行った。


其の参へつづく……


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