第参部「竜馬と龍馬」(其の壱)

 土方が早馬を出して2日後――――

 奥州・江刺(岩手県)
 酒場で若い浪人たちとまざって平間が酒を飲んでいた。その時、店の入口から編み笠を被った男が入って来た。顔はよく見えない。男は平間の前で立ち止まった。

「元・新撰組副長助勤、平間重助殿とお見受け致す。」
「ああ?いかにも平間重助だ。それがどうしたぁ?」
「貴殿のお命、貰い受ける。」
「けっ、ふざけやがって・・・・フン!」

 平間は刀を抜き、切りかかった

 キィィィィィン!!

 しかし、男も抜刀しており、平間の刀を捌いていた。

「き、貴様、何者だ!?」
「この顔・・・見忘れたか、平間重助!」

 男は編み笠を取った。男の正体は、竜馬だった。

「なっ!?」
「思い出したか。そうだ、拙者は真宮寺竜馬だ。潔く覚悟を決めろ。」
「く・・・くそおおぉぉぉぉぉっ!!」

 破れかぶれに斬りかかってきた。

 ザシュウウウウウゥゥゥゥゥッ!!

 斬られたのは、平間だった。一刀の下に斬り捨てられていた。

「・・・・・」

 入口から尾形俊太郎が入って来た。

「監察・尾形俊太郎、確かに検分いたしました。」
「ご苦労。あとは任せるぞ。」

 店を出ようとするが・・・

「おい、待て!」
「貴様、よくも平間先生を!!」

 浪士たちは平間に雇われた者達であった。

「悪いことは言わぬ、大人しくしておけ。」
「ふざけやがって!死ねぇぇぇっ!!」

 その場にいた8人前後の浪人達が斬りかかった。
 しかし、竜馬はものの数分で全員切り倒し、しかも自分は無傷だった。

「いやぁ、すごいものですね。」

 尾形が思わず感心している。

「フン。さて、行くか。」
「戻られるのですか?」
「ああ、だが殿のお許しが出た。年が明けてからは当分、向こうにいられる。」
「では、壬生でお待ちしております。」

 そのとき、店の奥から一人の女が包丁を持って、竜馬に突っ込んできた。

 キイィィィン!

 竜馬は抜刀し、女の包丁を叩き落した。

「女・・・お前、何者だ?」

 竜馬の問いに、女は京言葉で話し始めた。

「何者だやあれへん!あんたらこそ、何者や!なしてウチの旦那様を斬ったん!?」
「旦那?・・・・そうか、お前、糸里だな?」

 糸里。それは平間重助の妾になっていた芸者である。芹沢一派粛清時には平間と同衾しており、運良く平間と共に脱出していた。

「そうや。あんた誰や!?」
「拙者は新撰組総長、真宮寺竜馬。」
「なしてや!なしてウチの旦那様を・・・・」

 糸里はその場に泣き崩れてしまった。

「・・・・・」

 竜馬と尾形は何も言わずにその場を去っていった。

 年が明けて、元治元年・正月。
 仙台・真宮寺家
 旅支度を整え、権太郎に声をかける。

「留守は頼むぞ、権太。」
「はい、旦那様。」

 そして、桂にも・・・

「桂さん。また、しばらく会えませんが・・・」

 しかし、桂は笑顔で首を振った。

「竜馬様がご無事で戻って来られれば、私はそれだけで幸せです。」
「・・・・・必ず。」

 竜馬は馬にまたがり、颯爽と駆け出していった。
 竜馬は京へ向かう途中、江戸の玄武館に寄った後、桶町道場にも立ち寄った。道場にいたのは千葉定吉と伊東甲子太郎であった。

「おお、竜馬殿。新年、おめでとう。」
「定吉殿、伊東さん。新年、おめでとうございます。」
「いやいや、聞きましたよ。新撰組の総長になったらしいじゃないですか。」

 伊東がニコニコしながら言う。

「総長と言っても、ほとんど何もしてないがな。」
「ははは・・・事務を嫌がるのは相変わらずだね?」
「ところで、重太郎殿と佐那殿は?」
「ああ、重太郎は出稽古だ。佐那は、京へ行ったよ。坂本龍馬に会いにね。」
「ほお、わざわざ京まで。娘さんの一人旅は危険だが・・・佐那殿なら大丈夫でしょう。あの気の強さだ。」
「あんな娘でも、男に惚れることはあるもんだ。内心、心配していたんだが。」

 竜馬は道場に一泊し、翌朝早くに京へ発った。
 その頃、新撰組はある組織に警戒していた。
 組織の名は海仙寺党。構成しているのは数名の浪士だが、いずれも腕の立つ者ばかりで、しかも悪事を働いても証拠が一切残っていないため、新撰組も見廻組も手が出せないのだ。おまけに水戸藩が彼らを支援しているという情報もあり、ますますもって手を出せない状況にあった。
 その日の夜、三番隊が巡察を行っていた。
 隊長は斎藤 一。出身は明石。剣の腕は一刀流の達人で、新撰組最強を誇る。しかし、極めて義理堅く、また、命令には忠実である。
 その日も「異常なし」。無事、屯所に戻ってきた。

「やあ、お疲れ様でした。」

 勘定方の河合耆三郎が出迎えた。

「河合さん、『市中異常なし。全員帰還。』報告終わり。」
「はい、承り申した。お台所へどうぞ、夜食に握り飯とお茶の用意ができとります。」
「遠慮なく頂戴します。みんな、聞いての通りだ。着替えたら、台所に行くように。」
「はい!」
「よし、解散!」

 隊士たちはそれぞれ部屋に戻っていった。
 その三番隊の隊士の中に、佐伯又三郎という男がいた。

「斎藤先生、お疲れ様でした。」
「ああ。君も、着替えたら台所で夜食を頂きたまえ。私もすぐ行く。」
「はい、そうします。」

 この男、特に目立った能力は無い。平平凡凡とした男だ。ただ、少々頭がキレる。あれこれ考えたり、多少の策を練ることはできる。彼は斎藤と馬が合い、いつも側に引っ付いていた。斎藤が気にしないのをいいことに、その威を笠に着ることがある。
 また勘定方に頼んでは給金を前借して隠れて博打をやったりしていた。勝てばいいのだが、負けた時は隊士たちからも金を借り、ひどい時は斎藤にまで金を借りる始末だった。
 そんなある日、彼は賭場である男と口論になり、喧嘩を始めた。そして、又三郎は斬られた。監察方の調べで、斬ったのは海仙寺党の者とわかった。
 しかし、土方は出動を命じなかった。

 新撰組隊規第五条『私の闘争を許さず』

 又三郎はそれに違反していた。土方の作った鉄の掟は斎藤と言えど動かすことはできなかったのだ。
 そんなある日、竜馬が屯所に戻ってきた。

「よお、トシ。久しぶりだな。」
「尾形君から聞いた。平間重助を討ち取ったそうだな。ありがとう。」
「よせよせ。拙者も新撰組総長だ。何もせんのでは、気が引ける。ところで、最近、何か変わったことは?」
「うむ。海仙寺に浪士団が集まっている。召し取ろうにも、相手は水戸藩の支援を受けている。うかつに手は出せんので、困っている。」

 グルルルルル・・・・・

 竜馬の腹の虫が大きな声を上げた。

「ははは・・・腹が減っているのか?」
「は・・・はは・・・ま、まあね。」
「台所に、みんながいる。食事してこい。」
「ああ、そうするよ。」

 台所に行くと、永倉、藤堂、原田、そして松原忠司が食事していた。

「いよおっ!竜さんじゃねぇか!」

 原田の大きな声が響く。

「おお、お帰りなさい。さ、どうぞどうぞ。」
「竜馬さん、お手柄だったそうですね。」

 永倉たちの言われるまま、竜馬は腰をおろした。

「ん?君は?」
「お初にお目にかかります。副長助勤、四番隊組長の松原忠司です。総長のお噂は皆様から覗っております。」
「そうか。いや、ちょっと空けただけでまた随分と新隊士が増えたものだな。」

 永倉が酒を大きな湯飲みに入れて持ってきた。

「さ、竜さん。再開を祝して乾杯と行きましょう!」
「はは・・これは恐縮。」
「かんぱぁ〜いっ!」

 竜馬は出された酒をグイッと一気に飲み干した。

「くぅ〜〜〜・・・・空きっ腹に来るぜ、こりゃあ。・・・お?そう言や、斎藤君はどうした?もう飯は済んだのか?」
「・・・・・それがなぁ。」

 永倉は又三郎の一件を竜馬に話した。

「そうか・・・・それはつらいだろうな。」
「情けなくても、可愛がってたからなぁ。仇討ちたくても討てねぇ。つらすぎるぜ。」

 その日も、斎藤は愛刀の手入れをしていた。又三郎が殺されてからは毎日やっていた 。


其の弐へつづく…


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