第一部「江戸の喧嘩」(其の弐)


竜馬が意識を取り戻した時には、彼はどこかの部屋に寝かされていた。

「・・・・・」

周りを見回し、起き上がろうとするが・・・・

「・・・うっ!・・・」

腹がズキンと痛む。さっきの一撃がまだ効いているのだ。

「くそ・・・・」

力が抜け、再び横になった。

「おやおや、随分手ひどくやられたね?」

聞き覚えのある声が聞こえ、男が入ってきた。

「・・・何だ、敬助か。何でここにいる?」

彼は山南敬助。北辰一刀流免許皆伝。竜馬とは同門である。

「ははは・・・近藤君とは古い付き合いでね。しょっちゅうここに来ている。」
「・・・・・敬助・・・俺を負かしたあの男・・・名は何と言う?」
「ああ、彼か。彼は土方歳三だよ。君もよりによって、彼と勝負するとはね。」

竜馬は少し笑い出した。

「・・・・ここは、変な道場だな。道場破りを介抱するとは・・・おまけに、ここの人間は化け物ばかりだ。近藤勇や土方歳三はもちろん、俺を案内した優男やあの老人も、かなりできる・・・・・」
「この道場のいいところだ。他とは明らかに違う。」

竜馬は腹を押さえながら起き上がり、山南に言う。

「敬助、俺は決めたぞ。ここに居候を決め込む。」
「君が?君にはお役目があるだろう?」

竜馬は仙台藩の剣術指南役にして家老職を授かる人物。当然、自由にしていられるはずはない。

「そんなものクソ食らえだ。役目は勝手に他の連中がやればいい。俺は居候するっていったらするぞ。」

流石の山南も困り果てている。

「近藤さんは来る者は拒まない性格だが、問題は土方君だな。あの人は人見知りが激しいから。」
「なに。断られれば、もう一度勝負する。今度は、裏奥義を使う。」
「・・・・それだけはやめたまえ。千葉先生に何と申し上げる?私から、近藤君や土方君に話をつけよう。」

山南は近藤の部屋に向かった。
山南の説得が聞き入れられ、竜馬は居候を許可され、改めて近藤に挨拶に行った。

「いいだろう、いつまででもお好きなだけいて下さい。私は構いません。」
「かたじけのうござる。」
「あ、そうだ。君、メシはまだでしたね?台所にみんながいるから、勝手にやって構いませんよ。」
「みんな?」
「ははは・・・君と同じように何となく住み着いている連中が三人ほどいてね。」

障子が開き、土方が入ってきた。入ってくるなり、土方はいきなり竜馬にガン飛ばしをして威嚇した。

「トシさん。竜馬殿は今後、うちに泊まることになった。そのつもりで。」
「・・・・・」

土方は全く答えず、腕を組んで座り込んだ。

「それはそうと、どこに行ってたんだい?」
「後で話す。・・・悪いが、外してくれ。」
「ああ・・・」

竜馬は素直に出て行った。
台所に行くと、2人の男が食事をしていた。
一人は見るからに豪傑そうな顔をしている。腕の太さも尋常でない。

「・・・・何だい、アンタ?」
「近藤殿に、ここで食事をとるよう言われたのでござるが・・・・」
「ああ、居候か!俺もそうだ。俺は、原田左之助ってんだ。」

もう一人の男は竜馬も見たことのある顔だった。

「ご貴殿、どこかで顔を見たような顔だが・・・・」
「桶町千葉道場の藤堂平助です。交流試合で1度お会いしたことが・・・」
「ああ・・・そうでござったな。」
「この藤堂くんは、伊勢藤堂家の落胤だって話だぜ。」

伊勢藤堂家。戦国の名将、藤堂高虎の血を引く由緒ある大名家である。

「藤堂様の!?」

これにはさすがに竜馬も驚いた。

「ははは、よしてくださいよ。それを証明する物は何もないんだから。」

竜馬は腰を下ろし、軽い挨拶をした。

「申し遅れた。拙者、仙台藩士、真宮寺竜馬と申す。」
「ええっ!?」

原田が飛び上がらんばかりの大声を出した。

「仙台の真宮寺って言やぁ、家老じゃねぇか!!」
「ははは・・・ま、ほとんど仕事はしとらんがね。どうも、お勤めの方は苦手でね。」

しばし盛り上がっていると土方が入ってきた。

「原田君、藤堂君。話がある。後で、俺の部屋に来てくれ。・・・アンタも、来たかったら来い。来なくても構わん。」

用件だけ伝えてさっさと部屋に戻っていった。
土方の去っていった廊下を見つめていると左之助が声をかけてきた。

「・・・・ああ、真宮寺さん。気にしなさんな。ああいう人なんだから。」
「ああ・・・しかし、厳しそうな男だ。どこの出身でござるか?」
「生まれは、武州三多摩の百姓です。滅多に笑わないし冗談も全く言いません。近所の評判もよくありません。」
「だが、師範代だろ? 俺が一撃で負けるぐらいに剣の腕はかなり立つ。」
「とぉころが、この道場の免許皆伝は沖田総司といういつもニコニコしている人だ。土方さんは、天然理心流の目録しか取ってねぇんだ。」

目録とは、流派によって異なるが、一言で言えば一通りの技術を兼ね備えた者に与えられる資格である。
このとき竜馬は『目録程度の腕で師範代を気取るな』と、思った。しかし、それと同時に、その目録程度の腕に負けてしまった自分に腹が立っていた。
その後、竜馬は原田らと共に土方の部屋に行った。
土方の用件は、喧嘩だった。
喧嘩の相手は八王子に道場を構える、甲元一刀流。
試衛館のライバル的存在だった。
月の明るい晩、4人は八王子に向かった。

「いいか、宿場は人通りがあっていけねぇ。奴らは恐らく街道で待ち伏せている。最も危ないのは、橋の辺りだ。原田君と藤堂君は提灯を持たずに先に行け。背後に回りこみ、茂みに隠れてろ。俺は提灯を持って正面から行く。」
「拙者はどうすれば?」
「二人と一緒でも、俺と一緒でも、好きにしろ。」

どっちでも好きにしろ。竜馬はこのとき、正直に言って見くびられたと思ってむっとした。しかし、真っ向から戦って負けた相手に見くびられても仕方ないと思い、素直に後発を選んだ。

「では、君は俺の後に付いて来い。最初に敵陣に俺が斬り込む。乱れたところに続いて斬り込め。」
「承知。」

竜馬が後発を選んだのは、正直、土方が心配だったのだ。確かに自分を負かせはしたが、それはあくまで一対一の勝負。団体対少数では組になった方が得策と判断したためである。
しかし、竜馬の心配は無用のものだった。それが、後にわかる。
月の照らす中、橋の上に20人ばかりの剣客がいる。

「来たぞ!二人だ!」

斥候が戻ってきて知らせる。全員が刀を抜き、土方を迎え撃つ態勢に入った。

「・・・・・」

提灯を持ち、土方と竜馬が姿を現した。

「行くぞ!」

剣を抜き、敵陣に斬り込んでいく土方。あっという間に3人斬り捨てている。
すぐに竜馬、藤堂、原田の3人が合流。ものの数分で片が着いた。
相手の20人は全員斬殺、こちらは全員無傷。大勝利だった。




其の参へつづく……


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