文久元年 春
江戸 小石川
町の一角に古い剣術道場がある。
天然理心流 試衛館道場
天然理心流・・・初代『近藤 勇』が開いた流派。この頃全国で教えられていた竹刀剣術に対し、この流派の教える剣術は実戦剣術。当時としては珍しいことであった。
なお、『近藤 勇』とは流派の全てを伝授された者一人に与えられる字で、この時の『近藤 勇』は実に4代目であった。
ある日、この道場の門の前に一人の男が来た。
「頼もう!!」
腹の底から大きな声を出し、道場の者を呼び出す。
しばし沈黙の後、門が開き、一人の門人が出てきた。
その顔は女と間違えそうなほどの優男だ。この道場の免許皆伝、沖田総司である。
「何ですか?」
「道場主殿にお会いしたい。」
「はあ、失礼ですが、お名前は?」
「拙者、北辰一刀流免許皆伝、仙台藩士、真宮寺竜馬と申す。」
「そうですか。では、どうぞ。」
門の中に通され、男に案内されるまま道場に向かう。
途中の通路脇で、一人の老人が七輪で魚を焼いていた。この男の名は井上源三郎。
「・・・・・」
二人は目を合わせ、じっと睨み合っていた。
やがて道場の中に入り、座布団を出された。
「こちらでお待ちください、すぐ呼んできます。」
特に反応を示さず、黙って座り込んだ。
しばし待っていると、後ろの戸が開き、一人の男が入ってきた。
着ている物は粗末で、喧嘩腰の鋭い目つきが特徴だ。
竜馬は振り向き、その男の顔を見た。
「・・・・・」
男も竜馬の顔を見ている。
「・・・・・」
二人とも喧嘩でも始めるかのような目つきで睨み合っている。
「待たせたね。」
反対側の戸が開き、道場主と思われる男が入ってきた。
「何だ、トシさん。帰ってたのか。」
男は睨み合いをやめ、道場主の下に行った。
「何だ、あの男は?」
「ああ、仙台藩士、真宮寺竜馬殿だそうだ。北辰一刀流の方らしい。」
竜馬は軽く一礼する。
「お初に。ご貴殿は道場主の近藤 勇殿とお見受けいたす。」
「いかにも、近藤です。ご用向きは?」
「拙者と、勝負していただきたい。」
「何と!?」
他流の者が一人で挑んでくる。その瞬間、二人は竜馬が道場破りだと悟った。
「勝負とは・・・困ったな・・・」
「・・・困ったとは?」
「うちは道場破りは受け付けておらん。願わくば、お引取りを。」
「そう言われて帰った奴がいるか? いなかったはずだ。勝負されないというなら、表の看板は頂いていく。」
「う〜む・・・どうする、トシさん?」
「引けと言って引き下がる相手でもなし。私が相手をしよう。」
「・・・・わかった。真宮寺殿、よろしいかな?」
「誰でも構わん。その御仁が負ければ、看板は頂く。」
立ち上がり、木刀を構えた。
男もまた木刀を構えた。
「当道場は実戦剣術を教えておるゆえ、そのつもりで。」
「委細、承知の上。」
男と竜馬は互いに睨み合う。
そのままどちらも動かない。竜馬も男も、相手が達人であることを悟っているのだ。
「・・・・・行くぞ!」
先に動いたのは竜馬。猛然と斬りかかっていく。
ガキィィッ!!
しかし、男は軽く捌き、かわした。
(何て奴だ。俺の一撃を簡単にかわしやがった。)
「・・・どうした?それで終わりか?」
「むっ!」
竜馬は男の言葉にカチンときた。しかし、これは男の挑発。乗ってはいけなかった。しかし、竜馬は乗ってしまった。最初の一撃をかわされたことが、竜馬から冷静さを奪っていった。
「この青二才がぁっ!!」
再び斬りかかって行く。しかし・・・・
「ぬんっ!!」
バキイイイィィィィィィッ!!
男の木刀が竜馬の腹を薙ぎ払った。
「ぐわっ!!」
ドシイイイィィィィィィッ!!
竜馬は男の一撃を受け、後ろの壁に叩きつけられ、意識を失ってしまった。