花組メイド物語(前編)
作・花組メイドプロジェクト
「そんなわけで俺と楓くんは明日から急に出張になっちまった」
帝劇の司令官室で米田は大神にそう告げた。
「そうですか。しかし、間が悪いですね」
「まあな」
京極を倒し、その後始末も一段落したこともあって、加山を含む月組、風組、薔薇組のそれぞれに慰安旅行が用意されていた。それとたまたま重なってしまったのである。
「おめぇにあとのことは任せるからよ、花組も帝劇も頼むぞ」
「はい」
「あ、そうだ頼むといやぁな……」
米田は台本を取り出した。
「こいつは次回公演の台本だ。んで、一人、男が足りねぇんだ。いつもなら、オレが出て、員数合わせするんだが、今回はおまえが出ろ」
「はっ?」
「おめぇ、オレがいねぇんだからしょーがねぇだろう。その他もよろしく頼むぞ」
「は、はい」
☆
翌々日。
昼に米田と楓を見送り、既に昨日には他の舞台は慰安旅行に出ていたから、帝劇には大神と花組のみとなっていた。
こうなると、雑用はますます大神にかかってくる。大神は休む間もなく、右へ左へ走りまわっていた。
みんなと一緒に夕食をとるころには。すっかりヘタってしまっている。
それでも、ようやく一息つけたというところだ。
「大神はん、聞いたでぇ。今度の舞台、全部任されたんやろう?」
「ん? ああ、全部というわけでもないけど、米田司令も楓さんもいないしね」
「あら、そうですの。それで、次のはどんな舞台ですの?」
「ああ。ちょっとホンを読んでみたんだけど、小公女を下敷きにした話で……」
名門女子校に通うお金持ちの娘が親の破産で一文ナシになり、昨日までクラスメートだった娘の屋敷に奉公に出ることになる。いじわるな仕打ちにも関わらず、明るく健気に振舞う彼女。そんな生活の唯一の救いは、その屋敷に出入りする謎の青年(大神)との出会いだった……
「……というものなんだ」
「ねぇねぇ。それで、ヒロインは誰になるの!」
大神が相手役と知った花組一同、俄然、盛り上げる。
「いや、まだ決まってないよ」
「Oh! もう日もなにんだから早く決めないといけませーん!」
「うーん。確かにそうだね。ただ、どうやって決めるか……」
「大神さん。大神さんなら、何を基準に決めますか!」
「そうだなぁ。今回の舞台の鍵は、やっぱり奉公の場面だろうね。いかにそこを明るく、献身的に、健気にこなせるかだよ」
「かぁ。アタイには一番、遠いとこだなぁ」
「そんなことないさ。公平に決めるよ」
「隊長、公平といっても、どうやって?」
「そうだね。やっぱり、普段から、どれだけ役になりきれるか、っていうところじゃないかなぁ」
「なるほど。それは一理ありますね……」
と、大神としては一般論を言ったつもりだったのだが、これが思わぬ波紋を呼ぶこととなったのである。
☆
その日の夜、
サロンでは密かに大神抜きの花組の会合が行われていた。
「……つまりよ、どーゆーことなんだよ」
「まったく。頭の回転が悪いですわね。つまり、少尉が『全部を任された』ということは、主役も少尉が決めるってことですわ」
「大神さんは普段から、どれだけ役になりきれるかで決めるって言ってました」
「ちゅーことはやな、普段から奉公人してればいいっちゅうことやな」
「それは話が飛躍しすぎてなくて?」
「そんなことないでーす。少尉さんは、きっと、そーゆーことをいっているに違いありませーん!!」
「理論的に無理があるように思うけど」
「あれ、レニはお兄ちゃんと一緒に舞台したくないの?」
「い、いやそんなことは……」
恋は盲目。
かくて結論あやまてり。
☆
翌朝。
(ああ、もう起きなくては……)
大神は体をなんとか引き起こそうとする。
だが、前日の雑用で疲れきった身体は用意には言う事を聞いてくれない。
(こんな時に耳元で……)
大神は夢想する。
「大神さん。朝ですよ。おきて下さい」
そう、さくらくんが優しく耳元で囁いてくれて……
「大神さん。大神さんてば!」
やけにリアルな声がする。
意識朦朧としながらも、うっすらと目をあけると……
「うわぁぁぁぁぁ!」
大神の眠気は一度に吹き飛んだ。
彼のベッドサイドには、本当にさくらが膝まづきながら耳元で囁いていたのである。
「ど、どうしたんだい、さくらくん! それにその服装!」
「え? 変ですか?」
立ち上がったさくらの服装はいわゆる“メイド服”であった。
「今度の演劇の服装、洋式の奉公人っていうことでみんなで合わせたんです。それで、みんなで公平に奉公人として競って、大神さんに主役を決めてもらおうっていうことになったんです」
この時、大神の脳裏に花組隊長赴任以来の数々の雑用が頭をよぎる。
特に他の組がいなくなった昨日は辛かった。
「そ、そう。じゃあ、みんなにやってもらっちゃおーかなぁ……」
「はい! 任せて下さい!」
「でも、その前に、着替えたいんだけど……」
さすがに大神も着替えを手伝ってもらおうと思うほど理性を失ってはいなかった。
「え、あ。はい。すいません!」
赤面したさくらは、慌てて扉に駆け寄って行く。
「それじゃあ、みんなサロンで待ってますから!」
さくらが出て行って、ようやく大神は少し落ち着いた。
(これは一体……)
半ば習慣的な動作で着替えをしながら、大神は必死に頭をめぐらせた。
(どうやら、何か誤解があるらしい)
ようやくそこまで行き当たったのは、ズボンもワイシャツも着替え、襟を立てながらネクタイを通している最中である。
「よし、よく話してみよう」
毎日のことで慣れたもの。ネクタイを鏡も見ずに結び終わると衣紋掛からジャケットを取り、腕を通した。
(みんなサロンにいると言っていたな)
着替え終わった大神は、早速、サロンに向かった。
「あっ大神さん!」
すぐにさくらが大神に気付いた。
「大神さん、いかがですか?この衣装……」
歩み寄ってきた大神の前に、さくらは少し照れながら立ってみせる。
さっきは慌てて部屋を出たので、感想を聞くこともできなかった。ここでポイントを稼いでおかねば。
(う〜ん、メイド服を着たさくらくんはやっぱりかわいいなあ。こう……初々しさと言うか、熟れたてのみずみずしい果実のようなさわやかさがあって……)
さっきの決意はどこへやら。
大神がにまぁ〜としただらしない顔でメイド姿に見とれていると、
「やっぱり垢抜けないと言いますか、さくらさんでは何だか“新米のど田舎娘”みたいで役不足ですわね」
そう言って、さくらの横からずいと割り込むように出てきたのは神崎すみれ。
「す、すみれくん。その衣装はいったい……」
大神はその出で立ちに圧倒されていた。
「す、すみれさん、それって……」
さくらもその衣装に戸惑った。
「いかがかしら、少尉? この衣装は、我が神崎家に仕える使用人に全員着用させている特注品ですのよ」
すみれ自ら『すべて舶来の生地を使用し、欧羅巴の職人に仕立てていただいた』とうたうメイド服を『優雅に華麗に』着こなしたすみれに、大神は度肝を抜かれていた。
(な、何て言うか……スカートの裾も短いし、それに胸の大きさをやたらと強調したデザインだな……これじゃ、見ているこっちの方が目のやり場に困ってしまう……)
何せこのスカートの丈では、嫌でも目に入ってくるすみれの脚線美。そして、ことさらに大きさを強調された胸元……大神は事実、目のやり場に困っていた。
「あ〜、チャラチャラした奴ってのは、やっぱり着る服もチャラチャラしたもんになるんだよなあ〜」
横からそう言いながらやって来たのは、やはりメイド服を着たカンナである。
「な、何ですって……!」
すみれはカンナに対して怒りの目を向けた。
「カンナさんこそ、そのお姿はお世辞にも“馬子にも衣装”という柄ではありませんわね。まるで、熊がベビー服を着ているようですわよ」
その含みを込めた言葉に、カンナもカチンと来た。
「な、何だと。このトゲトゲのサボテン女!」
「きい〜〜っ、言いましたわね!」
しかし大神は、二人が言い争っている間、カンナのメイド服にも見とれていた。
(しかしこうして生地の薄いメイド服を着てるのを見ると、カンナのプロポーションはさすがだなあ……こういう大柄でも元気そうな、姉御肌のメイドというのもありかも知れないなぁ……)
「見てみい、大神はん!ウチのメイド服もなかなかのもんやろ!」
と、ケンカしているすみれとカンナの前に進み出てきた紅蘭のメイド姿に、大神は目を見張った。
(おおっ! 小柄な身体、メガネ、そして三つ編みのおさげなんて、ある意味メイドさんの定番だな。紅蘭、実は一番メイド姿が似合ってるんじゃないか!?)
大神は紅蘭の新たな魅力を発見し、思わず鼻の下を伸ばしていた。
と、その紅蘭を押しのけて大神の前に出てきたのは織姫だ。
「少尉さーん。どうですか、この国際的大スターの私の姿は!」
モデルのようにビシッとポーズを決める。
スタイルはいわゆるオーソドックスなエプロンドレスだが、なんと本皮製。光沢処理された表面は滑らかに光を反射し織姫の“ナイスボディ”を際立たせる。それでいて、童顔の表情がアンマッチだ。だが、それが妙に妖しい魅力となって、大神に迫る。
(うーん。言葉では表現できないけど、何か引き込まれるものがあるなぁ)
大神があらぬ世界に引き込まれそうになるのを止めたのはアイリスだ。テレポートで大神と織姫の間に無理やりに割って入った。
「えへへー、アイリスの“めいど”もカワイイでしょー!」
と、かわいいメイド服にご機嫌のアイリスは、大神の目の前でスカートの両裾をつまみ上げ、その場でくるりと一回転して見せた。大神はその仕草のあまりのかわいらしさに、思わず顔がほころんだ。
(う〜ん。さすがアイリスだ。まさに子供の天使のようなかわいらしさが、メイド姿そのままに出ている)
さすがに邪心は消えたようだ。
だが、次ぎの瞬間、それが復活する。
「ほら、お兄ちゃん見て見て〜。マリアとレニも“めいど”に着替えたんだよー!」
「え? マリアとレニもかい?」
二人ともこうした服装から普段は最も遠い。
驚きながらアイリスの指差す方向を見ると、マリアとレニはカーテンの陰に隠れている。
「レニ! マリア! 恥ずかしがってないでおいでよ!」
「え、いや……」
「ちょ、ちょっと、ね……」
アイリスに呼ばれてもマリアとレニはなかなかカーテンの陰から出て来られない。
自分達の姿を見られるのを恥ずかしがっている。
「二人とも早くこっち来てよー、早く早くーっ」
と、アイリスはマリアとレニのところまで行って腕を取ってきた。
「そ、そんな、あっ!ちょっと待ちなさい!」
「あ、アイリス……」
マリアは織姫やアイリスたちに腕を引っ張られ、まずはレニが姿をあらわした。
「レ、レニ?!」
メイド姿のレニに、大神の目が釘付けになった。
「ああ……」
まだ着慣れないメイドの衣装と、ややぎこちない戸惑いと照れの表情を見せる姿に、大神は思わず呻くような声をもらしていた。
(ああ、メイド姿のレニか。なんてかわいいんだろう……清楚な中にも、まだ成熟しきれないそこはかとない色香が漂うようで……レニの魅力がさらに引き立つようで……)
そして続いてマリアも姿を現す。
「マ、マリア……!?」
その姿を見た大神は息を飲んだ。
「た、隊長…………これ、似合いますか?」
その場で頬を紅潮させて俯いてしまったマリアは、そう言うのがやっとだった。
そこにはメイド服を着て、顔を赤らめるマリアの姿があった。
しかも、普段は男役の似合う“耽美派女優”を演じてきた彼女が、フリルをいっぱいつけた裾の長いスカートに、これまたフリルの多いエプロンと、今までのマリアと違う趣があり、大神を驚かせるに十分だった。
(こ、これ程までに、マリアにもかわいらしいメイド服が似合うとは……そう言えば確か以前、マリアはさくらくんの役だったクレモンティーヌの服を、こっそり楽屋で着ようとしていた事があったっけ。あれにはビックリしたけど……)
大神はすっかりこのメイド姿の虜になっていた。
(こうして見ると、やっぱりマリアもかわいいよなあ……裾が長いスカートの方が、気品と落ち着きがあって、それでいて赤くなって照れてるのが何ともかわいらしくて……)
思わず大神は口が開いた。
「ふ、二人ともかわいいよ」
この言葉にマリアとレニは照れながらも笑顔を見せる。
「ありがとうございます」
「……ありがとう」
もちろん、二人だけが褒められては他のメンバーは面白くない。
「お、大神さん……!!」
「がーん。やられたで」
中でもさくらと紅蘭は声をあげてショックを受けている。
「もったいぶって登場したほうが、男ってのは、そそられるもんなんやなぁ。作戦失敗や」
と紅蘭は分析して見せたが、さくらはそれが耳に入っているのかいないのか。落胆が怒りに変わっていく。
「もう。許さないわ!」
さくらは加山もかくやというような気配の消し方で大神の背後に回りこみ、彼の背中を思いきりつねり上げた。
「い、痛たたたた! さ、さくらくん!?」
「さあ!皆さん、朝のお掃除と、朝食の支度に行きましょう!」
さくらは背中をさすっている大神や、唖然として見送る他の隊員たちに構わず、ずんずんと厨房へ向かっていったのであった。
☆
間違いを否定するはずだった大神は、とっくにそんな気持ちは吹き飛んでいた。
大神も人の子、男の子。
美少女達に取り囲まれ、かしずかれれば、理性もどこかに吹き飛ぼうというものだ。
ともあれ、朝食の時間である。大神は食堂に降りて行った。
すると、食堂の入口には、花組メンバーがずらりと並んで大神をまっているではないか。
「お待ちしておりました」
お辞儀をして大神を出迎える。
「え、ああ、うん……」
出迎えられた大神のほうが落ち着かない。
「さあ、少尉。こちらにおすわり下さい」
なんとすみれが椅子を引き、大神を座らせる。
そして、間髪をいれずに、アイリスとレニが食事をもってきた。
「はい、お兄ちゃん!」
「隊長。さめないうちにどうぞ」
メニューはいつも大神が食べているものに準じている。
白飯に味噌汁、漬物。それと納豆と海苔、卵だ。
「そのご飯とお味噌汁はわたしがつくったんです!」
すかさずさくらが自己主張する。
実は、大神を起しにいく前にすでに仕込をすませてあったのだ。
となると、他はつくるようなものはないから、さくらが一人で点数を稼いだようなものである。
「へぇ。どれどれ……」
早速、大神は味噌汁に口をつける。
大神の好みからするとちょっと味が濃いような気もするが、これはこれでうまい。
「うん。おしいよ!」
「わぁ。よかったです」
この朝食はまんまとさくらのリードに終わった。
しかし、これが彼女達の争いに拍車をかけることになったのである。
「あー。おいしかった。ご馳走様」
大神が橋を置いた。
と、すみれが、すかさず大神の横にかがみこむと、ハンカチを自然な動作で取り出す。
「ご主人様。口が汚れがありますわ」
見るからに高そうなそのハンカチで、すみれは惜しげもなく大神の口をぬぐい、汚れをとる。
大神の唇にすみれのやわらかな指の感触と温もりが、僅か布一枚隔てて感じられる。
突然のことに動揺して声もでない大神だが、無論、悪い気はしない。
「こら、何してるんだすみれ! それに“ごしゅじんさま〜”ってのは何だ!」
大神のかわりにというわけではないが、カンナがすみれに突っ込みを入れた。
しかし、すみれは平然としている。
「あら、これだから頭が筋肉でできている人は困りますわね。メイドですよ、メイド。仕える相手はマスター。すなわちご主人様と呼ぶのは『世界の常識』ですわよ」
「くっ……」
言い返せず、言葉を詰まらせるカンナ。
だが、大神はそんな光景は全く目に入っていない。
(ご主人様、か。いい響きだなぁ〜)
……馬鹿である。
☆
さて、メイドといえば食事の世話だけが仕事ではない。様々な雑用もその職務である。いつもは大神がやっていたような雑用も、全て花組メイドがやるのだ。
そして、今日は天気もよい。となれば、洗濯をするのは当然の成り行きである。
もちろん、自分達の衣服はもともと自分達で洗濯していたのだが、その他の舞台衣装や客席のカバー、そして大神の衣服に至るまでの全てを洗うのである、
「さあ頑張るわよ!」
さくらは元々洗濯は嫌いではない。
手際良く洗濯をすませていくと、さっそく、それを干しに行くこととする。
「ちょっと多かったかしら?」
いつもより洗濯物の量が多いことにかまわず全部終わらせてしまったので、かなりの量になっている。
しかし、二回にわけて運ぶのも面倒くさいし、何より時間がかかる。ここは一度で済ませて手際のよいところを大神にアピールしなくては。
そう考えたさくらは前が見えないほどにてんこもりになった洗濯物を抱えて、中庭へと向かって行く。
が、その時だ。
「あっ!」
「きゃあっ!」
同じように洗濯物を抱えていて前が見えなかったすみれとさくらは正面衝突。二人は抱えていた洗濯物を辺りにぶちまけてしまった。
「……まったく、何よそ見してるんですのっ! 本当に田舎くさい、泥くさい、鈍くさいの三拍子そろったこの娘は……」
「な、何ですって!すみれさんがよそ見してるからですよ!」
廊下を挟んで、今にも激突が始まろうとしていたその時。
どっかああああああんんっっ!!
洗濯場の一角が、突然大爆発を起こした。
「きゃあっ!」
「な、何ですの!?」
さくらとすみれがその爆発した方に目を遣ると、その真っ黒な煙の中から、これまた顔を煤で真っ黒にした紅蘭が出て来た。もちろん、着ているメイド服はボロボロである。
「こっ……紅蘭??」
二人は唖然としながら、紅蘭の様子を見ていた。
「いったい何事ですの!?」
「けほっ……せっかくウチが発明した『せんたくくん』でみんなの下着をまとめて洗おうとしたんやけど、また爆発してもうてな……」
「え゛っ…………み、みんなのって……」
さくらとすみれは顔を見合わせるやいなや、即座に煙の奥でスクラップと化していた『せんたくくん』のところまで大急ぎで駆け寄った。
「…………ああああっ! あたしの外出着や下着が黒コゲに!!」
「ああっ、わたくしが巴里のお針子につくらせたコルセットが!!」
自分たちの服や下着が爆発で焦げてボロボロになっているのを見つけ、二人は慌てふためいていた。
「いや……ま、まあ、ウチの発明やて、たまにはこういう事もあるさかい……」
「…………こ〜お〜ら〜〜〜〜ん!!」
二人の怒りの眼差しが紅蘭に向けられる。
「ひ……ひいっっ!!か、かんにんやああああっっ!!」
紅蘭は突然背を向けて、ダッシュで廊下を駆け出した。
「あっ! 待ちなさい、紅蘭!」
追いかけるさくらとすみれ。
そして廊下の端の行き止まり。
「はぁ、はぁ……まったく、逃げ足が早いんだから……!」
「ぜぇ、ぜぇ……や、やっと追いつきましたわよ紅蘭!」
恐ろしい形相をしたさくらとすみれが、壁際に追いつめられた紅蘭に迫る。
「あ……か、か、か、かんにんやで、さくらはんにすみれはん……!」
と、その時、追いつめようとしていた二人の横のドアが突然開いた。
「おらおらおらっ!、どいたどいたどいたーっ!」
その声と同時に、突然二人の目の前を、何か巨大なものが疾風のように横切った。
どっかああああああああんんっっ!!
「きゃあああああああっ!」
「あれえええええええっ!」
さくらとすみれは、いきなり廊下を突進してきたカンナに突き飛ばされ、顔から壁に叩きつけられてしまった。
カンナはそんな二人に構わず、見上げるほどの高さまである洗濯物の山を抱えながら、中庭へ干しに行くために全速力で走って行く。
しかし、そんな大騒ぎを、物陰から見つめる一つの小さな影。
「…………やっぱり」
三人の追いかけ合いを見送りながら、一人自分の予感が的中した事に胸をなで下ろすメイド姿のレニの姿があった。
「ああいう紅蘭の発明って、あんまり信用できないから……隊長の着替えだけ、こっそり紅蘭のカゴから抜いといてよかった……」
レニは密かにかつ手際良く洗濯を終わらせると、それを本来は装備乾燥用などに緊急にしか使われない地下の自動乾燥機を使って大神の衣服を乾かしてしまった。
そして、レニらしくきちんと四辺から角まであうように畳んで大神の部屋に届けに行く。
「た…ご主人様、洗濯物持ってきた」
「わあっ、こんなにきれいに洗ってくれたんだ……レニ、ありがとう」
洗濯物を受け取った大神の笑顔に、レニははにかみながら答えた。
「…………ううん。ご主人様のためだったら、このくらい……」
大神の言葉に、その場でややうつむきながら頬を赤く染める。
レニ、リードか?
〜中篇へ〜
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