花組メイド物語(中編)   作・花組メイドプロジェクト

 さて、この後も大騒ぎの昼食があったりしたのだが、それを語るのはまた次の機会ということで、時間は午後へとうつる。
 さすがにこの時間となると事務処理をしないわけにはいかない。今日は三人娘も不在だから、大神がやらなくてはいけないものが多い。

「さてと。そろそろとりかかるか」

 覚悟を決めた大神は気合を入れながら、事務室のいつもの机につくと腕をまくる。
 まさにこれから事務仕事をせんとした、そこにマリアが通りかかった。

「たい……ご主人様。どうされたのですか?」
「ああ。書類がたまっているからね」
「そうですか。でも、ご主人様に仕事をさせるわけにはいきませんわ」
「え!?」

 思いもかけない台詞に大神は面食らう。

「ちょっとお待ち下さい」
「あ、マリア!」

 呆気にとられる大神を残してマリアは小走りに立ち去って行く。

(うーん。メイドのマリアが小走り……スカートのフリルが左右に揺れていい感じだなぁ)

 走り方も女の子らしくなっている。
 滅多にみれないその姿に大神の鼻の下はなが〜く伸びていた。
 と、その余韻にひたっている間に、マリアはレニをつれて戻ってくる。

「おまたせしました、ご主人様」
「事務仕事ならボクたちに任せて」

 どうやら、一人で失敗するよりは、二人で確実な成功という戦術に出たようだ。
 さすがはマリア。冷静な判断である。

「さ、ご主人様。ここは私達にまかせてください」
「ボクたちなら、効率良く仕事をこなせる」

 レニの言うとおり花組きっての才媛二人にかかれば、大神より早く事務処理ができるだろう。しかし、そうなると……

「俺は何をしてたらいいのかな?」

 苦笑する大神。
 だが、そんなことを言えば、薮蛇だ。

「ご主人様は、こちらにいらしてくださーい!」

 いつのまにか織姫が登場している。
 こちらはアイリスと一緒だ。どうやら、織姫−すみれ同盟が成立しているらしい。

「さあ、アイリス。アレをお出しなさい」
「わかってるわよ、織姫。えーい!」

 アイリスがテレポートでだしたのは豪奢な椅子であった。

「これは、わーたくしが特別にアツラエさせた、豪華なチェアーです!」
「お兄ちゃん……じゃなかった、ごしゅじんさま! このイスでお休みしてね!」

 これでは座らないとは言えない。
 大神は、事務室横という不審な位置で、椅子に身を静めた。

「おっ、これはなかなか……」

 ソレッタが自慢するだけのことはあった。
 柔らかでいながら沈み込みすぎず、ゆったりと身体を包んでくれる。背もたれも丁度よく傾いており、腰に余計な負担をかけない。

「あたりまえでーす! このわーたくしが用意したものでーす! 完璧でーす!」

 勝ち誇る織姫だったが、そんな目立ったことをしては他のメンバーを引き寄せるだけだった。

「あら、織姫さんはそれで終わりですの?」

 騒ぎを聞きつけて現れたすみれは織姫に挑戦的な台詞をたたきつけた。

「なーんですって?」
「貴方がした事は、ただ道具を用意しただけ。ド○えもんじゃあるまいし、それではメイドとはいえませんわ」

 完全に時代背景を無視した台詞をはきながら、すみれは、座っている大神の前でしなをつくりながら横座りした。

「失礼します、ご主人様」

 すみれは大神の靴をやさしく脱がし、ついでに靴下も丸めるように脱がしてしまう。
 そして、今度はズボンの裾を捲り上げて大神の素足を露出させた。

「さあ、ご主人様。私がご奉仕して差し上げますわ」

 すみれはポケットから取り出した乳液を大神の素足にまぶした。
 
「一体何を……!?」
「いいから、ご主人様。私に身を任せて下さいまし」

 すみれは撫で回すように大神の足に自らの手を滑らせる。
 乳液が潤滑油となって、すみれの手は優しく大神の皮膚の上を這い回るかのようで、伝わる体温が艶かしい。

「す、す、す、すみれくん!?」
「ご主人様。緊張しなくていいですわよ。力を抜いて下さいまし」

 動揺しまくる大神にかまわず、すみれは落ち着いて動作を繰り返す。

「どうですか。気持ちよくなってきたでしょう?」
「き、きもち、よくって、ってててて!?」
「マッサージですわよ。今、巴里で流行っているというやり方ですわ」
「あ、ああ、マッサージね……」

 がっかりしたような、ほっとしたような。

「う、うん。これはなかなか疲れがとれそうだね」
「ちちち。まだまだ甘いぜ!」

 後ろからの声に大神が振りかえれば、カンナが椅子の背後に立っているではないか。
 すみれにすっかり気をとられていて、全く気がつかなかった。

「マッサージってのは、こうやるんだぜ!」

 座っている大神の右肩をしっかりと掴むと、右腕の手首をむんずと掴み、引っ張った。

「ボキ!」

 骨が折れるような音が響いた。

「な、な、な、な、何をしているの、この筋肉女!」
「黙って見てな」

 悲鳴をあげそうになるすみれに構わずカンナは手を左肩に置き換えると左腕を引っ張った。
 またも痛そうな音が響いたが、カンナは得意そうな顔をしている。

「どうでぇ、隊長」
「うーん。びっくりしたけど、これは効くねぇ」

 カンナがやったのは、マッサージというよりはスポーツ整体に近いものだ。桐島流空手に伝わるものである。

「じゃ、次ぎいくぜ。それ!」
「おわっ!」

 それはそれで連日の疲労を癒してくれるのだが、先ほどまであった何ともいいがたいムードはブチ壊しだ。

「まーったく。山猿はこれだから……」
「なんだって?」

 カンナもすみれもマッサージの手をとめてにらみ合う。
 こうなれば、次の展開は決まったようなもんだ。

「隊長!」
「少尉!」

 大神に決着をつけてもらおうと、振り返ると……

「あれ?」
「あら?」

 すでに展開を読みきっていた大神は素早く姿を消していた。

「ふぅ〜」

 彼がほっとして大きくため息をついたのは、二階のサロンでだった。

「どうしたんですか、おお……いえ、ご、ご主人さま」

 そこに現れたのはさくらである。
 ちょっと恥じらいながら『ご主人様』という姿は、大神ならずとも背筋をゾクゾクさせるような可愛らしさがあった。

「い、いやぁ。カンナとすみれくんが喧嘩をはじめそうだったんで、逃げてきたんだよ」「そうなんですか。それじゃあ、ゆっくりしていった下さいね」
「ああ。そうさせてもらうよ」

 大神はソファの真中に深く腰を下ろすと、両手を背に広げるようにしてもたれかかり、天を仰いだ。

「ふ〜」
「なんや。みんなに仕事をしてもろうても、まーだ、疲れたような表情しとるんかい」

 紅蘭も姿をあらわした。

「しゃあないなぁ。ウチがいいもん用意してやりましょ」
「あ、そんな、いいよ!」
「いいから、いいから。ご主人様なんだから、気を使ってちゃあきまへんで!」

 もちろん、気をつかっていたのではなく、紅蘭がなにか、得体の知れないものを持ってくるのではないかと恐れていたのである。
 だが、紅蘭はそんな大神の思いを知る由もなく、嬉々として何かをもってきた。

「ほーら。疲れにはこれが聞くんやでぇ」

 紅蘭がもってきたのは、湯のみに入った飲み物だ。
 とりあえず、見た目は暖かいお茶に見える。

「このお茶に見えるものは……なに?」
「お茶やで」
「いや、そうでなく、お茶に見えるけど、何かなぁーって」
「失礼なこといいなはんな。これは、正真正銘のお茶。中国茶やで!」

 そう言われても信用はならない。
 恐る恐る大神は口をつけ、一口飲み込んだ。

「……まともだな」
「だから、それが失礼や、ゆうとるんや」

 紅蘭の説明によれば数種類の中国茶を新陳代謝を活発にして疲労回復をはかるようにブレンドしたものということらしい。

「ご主人様。どうぞ」

 さくらはお茶菓子を出してきた。

「ああ、ありがとう」

 早速、それに手をのばす。

(ああ、考えて見れば……)

 帝撃赴任以来、戦闘と雑用と隊員同士の様々な出来事の解決、あげくは夜回りまで。例え休息中であっても、常に次、次、と先を考えて頭は回転させていなければならなかった。こうして、真からくつろげたのは、一体、いつ以来だろう。

「ああ、幸せだなぁ……」

 しみじみ。

「ど、どうしたんですか。ご主人様?」
「なんか辛いことでもあったんかいな?」

 思わずつぶやいた大神に、二人が心配そうに声をかける。

「ああ、いや、なんでもないよ」

 二人と他愛も無い会話を交わす。
 しかも、その二人の美少女はメイドなんだから、ということでソファには座らず、低いところに、控えるようにて横座りしている。

「あ、お茶、新しいのにしてきますさかい」
「新しいお菓子、出しますね」

 おまけに世話は焼かれ放題。
 これで幸せに感じなかったら、全国のサクラファンから殺されても文句は言えまい。
 しかし、あまり普段とかけ離れていると落ち着かなくなってくるのも、大神の悲しいところだ。

(なんか、ケツの座りが悪いなぁ)

 大神はおもむろに立ち上がった。

「どないしたん?」
「ちょっと下の様子を見てくるよ。事務仕事の仕上がりはチェックしないといけないからね」
「わかりました。じゃあ、ここの片付けは私達がしておきますから」
「あ、うん。じゃあ、よろしく頼むよ」

 大神は一階へと逆戻りしていく。
 ここで、手ぶらで戻れないのが、大神の大神たるゆえん。
 厨房によってテキパキと準備を整えてから、事務室に向かった。

「お茶を持ってきたんだけど、いいかな?」

 大神は、湯飲みと急須と茶菓子をのせた大きなお盆を持っていた。

「わ〜、どら焼きだ〜」

 こういう時に何気に加わっているのがはアイリスだ。

「ありゃ、わりぃなぁ」
「月餅までもってきていただいて、さすがですわ」
「すみません、隊、いえ御主人様。こういうことは、本来ならメイド役の私たちの役割ですのに」
「え?いいんだよ、マリア。主人だってたまにはこういうこともするだろうし」

 そういって爽やかに笑う大神。歯がきらりんと光らないのが不思議なくらいだ。


「じゃ、お茶いれるから」

 と、急須に手を伸ばしかけた大神の手を、小さくて細い手が遮った。

「…これはメイドの仕事。ボクがやる」

 レニは、てきぱきと湯飲みへお茶を注いでいく。その動きはまったく滞りがなく本物のメイドさながらであった。

「へぇ、結構様になってるじゃないか」
「そうなんだよなぁ。メイド服を着るときも全然間違えてなかったしよぉ」
「カンナさんやさくらさんは前後ろ逆に着てましたものねぇ」
「す、すみれさん、それはいわない約束でしょ」

 上を片付けて降りてきたさくらが間が良く、というか悪くというか、丁度のところで現れる。

「ほーっほっほっほっ。田舎娘はこれだから」
「何ですって、すみれさん!」

 だが、そんな二人におかまいなく、レニは淡々と大神の方を向いて答えた。

「本を読んで勉強したんだ」

 まだまだ表情豊か、とはいえなかったが、それでも恥ずかしげな雰囲気が伝わってくる顔つきである。あの、戦いに関することしか考えていなかったレニが、徐々にではあるが他のことにも興味を示し始めている事を、大神は喜ばしく思った。

「そうか。偉いな、レニは」
「あ、ありがとうございます」

 白磁の頬にうっすらと紅が掃かれた。

「…ご主人様」

 白菊婉然。大神は、不覚にも幾つも年下の少女に魅せられていることに気がついた。

「あはは、じゃ、俺もお茶をもらおうかな」

 誤魔化すように笑うと、お盆の湯飲みに手を伸ばす。

「ダメ」

 再び細く白い手が遮る。

「ご主人様にはメイドがしてあげる…そう本に書いてあったから」

 レニは、大神の湯飲みをさも大事そうに両手で持ち上げた。
 そして、なにをおもったのか、とたとたと大神に近寄ると、あぐらをかいた彼の足の上にするりと座り込んだ。

「レ、レニ?」

 レニは小さいお尻を大神の足の上に乗せて、横座りになっているものだから、自然身体は密着状態である。大神としてはウハウハ状態(死語)なのであるが、超絶パワーを持つテロリスト達の報復を考えると、そうもいっていられない。
 ギシッ。梁の軋む音がした。部屋の霊圧が徐々に高まりつつあるらしい。大神の背中に冷や汗が伝った。

「レ、レニ。ちょっとくっつき過ぎじゃないかな〜。ほら、こんな状態じゃお茶が飲めないし」
「大丈夫。ボクが飲ませてあげる」

 赤くなったり青くなったりしながらの大神の言葉は全く耳に入っていない風情で、面を心なしか伏せた上目遣いのまま、ますますすり寄ってきた。

「ご主人様、お茶、飲んでくださいませ」

 そして、手にした湯飲みからお茶を一口含む。

「あれ、飲ませてくれるんじゃ」

 やっぱり期待していたのか、大神一郎!(笑)
 チャキ。剣の鯉口を緩める音がした。

(うわぁ、さくら君、許してくれぇ!ほんの出来心なんだ。男はこういうシュチュエーションに弱いものなんだ〜)

 心の中で、さくらに土下座してあやまる浮気亭主、大神一郎。しかし、チト男として涙を誘う光景だったりする。
 クイクイ。大神のシャツの襟が引っ張られた。

(ん?)

 引かれた方へ目をやると、かすかに頬を染め、こちらを見上げているレニの顔があった。
 そして、恥ずかしげに微笑むと、すっと目を閉じた。

(こっ、これは!)

 大神の頭は、衝撃とともにいつになく素早い結論を叩き出した。

(いわゆる、『口うつし』ってヤツですかー?!)

 ガチャリ。銃の撃鉄が起こされる音がした。が、大神は聞いちゃいなかった。天使のような無垢な美しさを持つ少女の、かすかに濡れた紅い唇だけが知覚できる全てだった。
 クイクイ。『早くして』ということなのか、再びシャツが引かれる。
 ゴクリ。

「それでは、いただきま…」
「いただきますじゃないでしょーっ!!」
「この浮気者っ」

 桜花放神、スネグラーチカ、鳳凰の舞、精獣ロボ、「あたいの全てをここに!」、「お兄ちゃんのバカァ」降魔をも倒す必殺技が大神へたたきつけられる。って君たち、彼を殺す気か?(汗)

「ぐはぁ!」

 大神はずたぼろになって楽屋の隅に叩きつけられた。
 ごっくん。

「あ…飲んじゃった」

 レニは、唇を手で押さえて、先程と同じ場所でポケっと座っている。まったく無傷なのは、とっさに大神が「かばう」コマンドを使ったからだろう。

「ちょっと、レニ。あんな事どこで覚えたの?!」
「あんなの反則だよ!」
「そうよ、あんな羨まし、いえ破廉恥な事」
「さくらはん…(汗)」

 血相を変えた花組の面々がレニに詰め寄った。事態についていってないようで、ポケーとした顔で座っているレニ。

「あ、由里さんが貸してくれた本には、ご主人様へのご奉仕はああしろって書いてあったから」
「由里さんー?」
「うん。今度メイドの役をやるんだっていったら、『そうね。レニはこういうことに疎そうだから、この本で勉強すると良いわ。メイドについてよくわかるし、ついでに大神さんのハートもゲットよ!』って」

 レニは、ぽっ、と頬を染めてうつむいた。由里のセリフのどの部分が魅力的だったかは問うまでもない。

「由里さん、なんて本貸してるのよぉー」
「レニ、いい?そんな本読んじゃダメよ?」
「え」

 レニは戸惑ったような表情になる。

「だって、隊長は喜んでくれたから」

 嗚呼、立派なる御主人様至上主義。レニ、君こそメイドの鏡だ(笑)

「絶対駄目よ。その本も没収します、いいわね?!」
「えっ、そんな」

 嫌、という言葉は続かなかった。取り囲んでいる花組のみんなの顔が怖かったからだ。
「…はい」

 レニは、うなだれるように頷いた。だが、心の中は不退転。

(そうか、これが先輩メイドのイジメなんだね)

 なおも由里のありがたい教本の内容を思いだしていたのであった。

(由里さん、ボク負けないよ。一生懸命、隊長、じゃなくて、ご主人様にご奉仕して、『ハートをゲット』するから)

 がんばれ、レニ。負けるな、レニ。ご主人様のハートを手に入れるその日まで(笑)。


〜後編へ〜





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