第五話「血戦」(その11)


「駄目だ、こんなことでは!」

 源田は腹立たしげに言う。
 第二次攻撃隊を出していた五航戦だったが、その長機である高橋定大尉機の無線機が不調という不幸にみまわられる。おかげで、連携がうまくいかず、第二次攻撃隊は敵艦隊との接触に失敗。燃料も限界であり、空しく引き揚げることになってしまったのだ。

「やはり、村田を連れてくるべきでしたな」

 村田や江草といった歴戦の空中指揮官を、大神は今回の作戦につれてきていない。
 フィリピンの攻略支援作戦となれば、長期に渡ると予想される。しかも、今回の大神の作戦案は五航戦は空母戦まで温存するものだ。場合によっては数ヶ月間の間出番なしということにもなる。
 それならば、後方で再建中の空母航空隊の教育をしてもらったほうがよいというのが大神の判断であった。
 確かに彼らが抜けることは痛いのだが、前線の戦力を維持しつつも、“次”の戦力を確保することもまた、“戦争”に勝利するためには必要である。
 『持てる戦力は全て有効に活用する』という大神の考え方はなにも戦術に限ったことではない。大局を見通しての戦略的有効活用なのだ。
 だから、苛立つ源田とは対照的に、大神は落ち着いていた。

「仕方がない。運不運はあざなえる縄のごとく交互に出るものだ」

 誤算ではあるが、戦争に絶対はありえない。
 そのことはイヤというほど経験してきている。

「どうする、誘導機でもだすか?」

 加山は第二次攻撃隊が、今度は自艦隊を見失いはしないかと心配した。

「機位を見失ったわけではないし、他の機もいるから、大丈夫だろう。それに、そんな作業時間はないだろう」

 加山はまさか、という表情をつくる。

「この時間に攻撃をかけてくるということか? 日がもたないぞ」

 すでに機動部隊本隊も敵に発見されているのはわかっていた。
 しかし、その発見された時間と、彼我の距離から計算すると、攻撃できても日没近く。帰還は完全に日没後ということになる。有効な夜間航法装置もなく、目視によるしか着艦誘導ができないこの時代、日没後の着艦は非常に危険な行為だ。となれば、事故が多発し、戦いよりもそれによって戦力を失いかねない。

「加山が教えてくれたじゃないか。相手がハルゼーだってな」
「む……」
「ハルゼーは闘将だ。攻撃できるチャンスがあれば必ず攻撃をしてくる。それに空母戦が先手必勝であることも理解しているだろうしな」

 情報戦を得意とする加山は、論理的に思考を組み立てて結論を導いていく。
 だが、それゆえに情報に溺れてしまったということか。
 確かにハルゼーなら多少のリスクは度外視してくる筈だ。

「ほう、大神長官の読みはさすがですな」

 源田の言葉につられて、大神と加山も上空に視線を向けた。
 今まで旋回をひたすら繰り返していた直衛隊が、バンクを振りながら増速していっている。

「敵攻撃隊を発見!」

 上空からの無電も報告される。
 俄かに艦隊の動きがあわただしくなった。
 各艦の対空砲が敵編隊へと照準を合わし、射撃を開始しはじめる。

「ハルゼーも精鋭に絞ってきたな」

 情報を総合すると、米艦隊は空母3隻ないしは4隻。
 米軍は、空母を分散運用することもあり、全体が編隊を組んでから出撃・攻撃する帝國海軍とは異なり、編隊を組めた部隊から出撃してくる。従って、五月雨式の攻撃になりやすい。だが、それを勘案しても、視界に入ってきている攻撃隊の数は少なすぎる。
 着艦が夜間になることから、練度の高いパイロットを選抜して送り込んできたのだろうと大神は察した。

「あ、畜生。4時の方向だ!」

 加山が空をみながらうめく。
 既に艦から肉眼で見える距離。零戦隊とは逆の方角で、今からでは間に合わない。

「もっと遠くで捕捉できればいいのによぉ」

 遠距離で敵を確認し、上空の編隊の迎撃をする。
 かつて、霊探(霊力探知機)を使って作戦をしたことのある加山には、それがいかに効果的であるかわかっていた。しかし、今の日本では、まだそれを実用化できてはいないのだ。そして、対空砲火など、もとより命中を期待できるものではない。どちらかといえば、照準を素子でも狂わそうというものだ。

「この対空砲火も誘導できればなぁ」

 これも、かつて霊子兵器で誘導兵器の威力を見ていた加山には実感がこもっている。
 だが、そんな高等兵器は、霊子兵器が条約で禁じられている以上、実用化は難しい。今は九四式高射装置四基がニ基ずつの九八式四〇口径12.7cm砲を操り、九五式機銃射撃装置によって操られる九六式25mm三連装機銃十八基(新造時より六基増設)が対空射撃をしていた。
 特に後者は、銃側から離れた場所からリモートコントロールする従動照準装置を採用した画期的な新装置である。L.R.P式と呼ばれる照準方式をとっており、目標機の速度と射距離を調停し、昇順線で狙えば同時に銃身も目標を追従するもので、左右上下の照準を一人でできる(かつては、左右と上下は別々の要員が照準していた)。
 だが、実際に戦争になってみると、敵航空機の速度は設計時の想定速力より2,3倍はやく、また、諸元の調停を次々と修正せざるをえなくなった。逆に命中率を低下させているという評判がたっている。
 そのため、今回は、銃側での照準に一部を切り替えることを試みていた。
 だが、加山はその射撃の様子を見てうめく。

「あれでも駄目だな」

 毎分220発という発射速度による銃煙や閃光のために視界が遮られている。反動も大きく照準が妨げられることおびただしい。
 実際、対米戦が終わるまで、こうした対空砲火の問題は解決することができなかったのである。

「加山。あんまり際にたつな。こっちが仕事場だぞ」

 大神は艦橋から対空砲を覗き込むようにしていた加山を中央に呼び戻していた。
 はっきりとは口にしないが、この流れでは、こっちに損害が出る。
 彼は戦場の風をそうよんでいた。
 そして、不幸にもそれは的中する。

「ぐっ!」

 艦が大きく振るえ、爆発音が響く。
 だが、それは瑞鶴への直撃ではない。

「翔鶴か!」

 加山が叫ぶ。
 僚艦、翔鶴から黒煙があがっていた。
 この時、翔鶴は飛行甲板に三発の急降下爆撃が直撃していたのだ。
 だが、火災は小規模なものにとどまっている。

「あれなら消火できる。大丈夫だ」

 大神の見立て通りだった。
 数を絞ってきていたため、攻撃が程なく止んで、それ以上の命中弾が出なかったこともあり、火災は大過なく鎮火する。また、運良く航行には支障がなく、全力を発揮できるほどだという。

「翔鶴には駆逐艦二隻をつけて下がらせよう」

 大神の命令を加山が起草し、天津風と秋風をつけて翔鶴に内地へ後退するように信号を送る。
 既に出撃した部隊は瑞鶴に収容しており、また、翔鶴の損害を受けた飛行甲板は前端部が吹き飛ばされ、一番エレベーターは陥没。艦橋後部と右舷後部舷梯も破壊されており、本格的に修理しなくては発着艦はできない。
 ここは戦場離脱させてこれ以上の損害を避けなくてはならなかった。

「大神長官、翔鶴より信号があります」
「なんだ?」

 それは、翔鶴艦長の有馬正文大佐からだった。
 信号を読み取った水兵が素早く文字におこし、それが加山を経て大神に渡される。

「さすがは有馬艦長だな」

 大神は笑みを浮かべた。

「本艦は高速で動けます。このまま進んでください。翔鶴がこのまま進んで敵の爆弾を吸収できたら、それだけ味方が助かるではありませんか。どうかこのまま進ませてください」

 激烈な意見具申である。
 『翔鶴』を囮にして敵艦を引き寄せる間に、『瑞鶴』で攻撃せよということだ。

「どうする?」
「まさか正規空母を捨てるわけにはいかんさ。翔鶴には『再起ヲ期セ』と連絡してくれ」

 そうして有馬艦長を宥める一方で、後方に下がる原艦隊から分離させて戦場に残していた戦艦『比叡』『霧島』、重巡『熊野』『鈴谷』、駆逐艦二隻に、本隊から戦艦『金剛』『榛名』と駆逐艦3隻(第16駆逐隊)をつけて別働隊を編成させた。

「高速をもって敵機動部隊を捕捉、撃滅せよ」

 本隊から分派して前進させ、夜戦で撃滅しようというのだ。

「少し手薄にはならんか?」

 機動部隊として残るのは空母『瑞鶴』に駆逐艦四隻となる。

「この時間は対戦警戒だけだ。それなら凌げる」
「よしわかった」

 危険が増すのは確かだが、計算できるうちに収まる。
 それよりも、米機動部隊を後退させなくては、フィリピンへの補給路は断たれ、上陸している部隊は全滅してしまう。それは、この戦争での日本の敗北を意味するのだ。
 大神の意図を理解した加山も、素早く実運用案を仕上げ、指示を下す。
 その一方で、空振りに終った第二次攻撃隊を収容していくのだから、艦隊はてんてこ舞いだ。
 練度が低ければ、それだけで混乱を招きかねないところである。
 だが、かつてロンドン軍縮条約で米英より不利な軍備を押し付けられても「軍備は制限されても、訓練に制限はない」として猛訓練に励んできた帝國海軍は、苦もなくそれをやり遂げていく。

「申し訳ありません」

 そんな中に帰投してきた第二次攻撃隊指揮官の高橋は、すぐさま、大神ら艦隊首脳部のものとに出頭した。そして、土下座せんばかりに頭を下げる。

「謝ってすむ問題なら苦労せん! 甲板を見たのか!」

 航空参謀の源田は、大喝した。
 第二次攻撃隊は敵を発見できなかっただけでなく、帰還が日没付近になったため、何機もが着艦を失敗している。操縦士こそ最悪でも駆逐艦(こうした事故での転落に備えて空母付近を航行する、通称“トンボ釣り”と呼ばれる任務についている)に救助されているが、機体は失われてしまう。
 敵と交戦してならともかく、一弾も交えることなく戦力を消耗するなど、度し難い。今は一機の機体さえ惜しいのだ。

「源田参謀。そのくらいにしておきましょう」
「しかし……!!」

 大神が止めに入るが、源田はまだ不満そうだ。
 しかし、構わず、大神は割って入る。

「源田参謀の言うことは当然のことだ。しかし、重要なのはこれからをどうするかだ」
「はっ……」

 源田はまるで悪役だが、これはこれでいい。
 指揮官は全体を統率する必要があり、参謀は作戦を管理する必要がある。
 自ずからこうした役割分担になってくるのだ。

「同じ失敗は二度と失敗しないこと。それは高橋大尉だけに負わせるべきことでもなかろう」
「いささか手緩くありませんか」
「まあ、高橋大尉にも、攻撃隊のまとめを早急にしてもらって、休養をとってもらわないと」

 加山は大神の考えていることが既にわかっていた。
 源田も、はっとして大神を見る。

「そうだ、源田参謀。夜明けとともに第三次攻撃隊を出す」

つづく


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