一方、国許へ帰った竜馬は久しぶりに家に戻っていた。
真宮寺家の屋敷は現在と変わらず町の外れにある。もっとも、現在とは多少建物の位置や門構えなどは違っているが・・・
「お帰りなさいませ、旦那様。」
使用人の岩井権太郎が出迎えた。後の権爺である。まだ若々しい少年である。
「おう、今戻ったぞ。権太。」
竜馬は彼のことを権太と呼んでいた。
「どうだ?ちっとは剣の腕は上がったか?」
「はい。日々精進しております。」
竜馬は彼に北辰一刀流を教えていた。
竜馬には兄弟がおらず、両親は既に他界。この家には竜馬の他に権太郎や数名の使用人がいるだけであった。
「ただいま戻りました。」
一人の女性が玄関から入って来た。
「・・・桂さん。」
「え?・・・竜馬様!?」
桂は竜馬の許嫁である。まだ祝言は挙げていないが、実質はもう嫁に来ているようなものであった。
二人は庭で話した。
「江戸や京はいかがなものでしたか?」
「・・・・・桂さん。江戸は、凄い街だ。拙者を負かした者がいるほどに。」
「ええっ!?・・・あ、あなたに勝てる方がいらっしゃるのですか!?」
桂の反応を見て、竜馬は笑い出した。
「ははは・・・桂さん。上には上が居るものです。この国には、私より強い者は幾らでもいます。」
「そういうものですか・・・」
その時、権太郎が馬を引いてきた。
「旦那様。用意が出来ました。」
「そうか。」
「また、京へ行かれるのですか?」
「ああ。だが今回はすぐに戻ります。会津中将様にお会いするだけです。」
桂はそれを聞き、笑顔になった。
「いつまでも、お待ち申し上げております。道中、お気をつけて・・・」
「では・・・ご免!!」
竜馬は馬にまたがり、颯爽と駆け出していった。
その頃・・・京 長州屋敷。
奇兵隊に入隊した大神一彦だが、高杉の命令で長州藩士・桂 小五郎の護衛として神道無念流の達人、佐伯音熊と共に京都に入っていた。
しかし、桂は藩邸からほとんど動かないため、退屈な日々を送っていた。
「どうした、一彦殿。」
長州藩士・伊東俊輔(後の伊東博文)が茶菓子を持ってきた。
「何だ、俊輔か。どうもこうも、桂さんが全く動かんから、退屈してるだけだ。」
「ははは・・・少しは高杉さんみたいに遊んできたらどうですか?」
「借金で軍艦が買えるぐらいにか?」
以前、高杉晋作が上海に渡ろうとしたとき、長崎で3ヶ月の足止めを喰らったことがあった。その3ヶ月、高杉は遊びまくり、軍艦が1隻買えるくらいの借金を残していったという話がある。
障子が開き、桂 小五郎(後の木戸孝允)が入って来た。
「大神君、出かけるぞ。」
「どちらへ?」
「肥後藩邸だ。そこで肥後藩士の宮部鼎蔵殿と会うことになっている。」
宮部鼎蔵は尊王攘夷の過激派志士である。
その日、二人は何やら重大なことを話し合っていた。
その話の内容は、この京都を震撼させるものだった。
一方、土方は法度書を完成させ、芹沢に見せていた。
「『局中法度』?・・・要するに軍律じゃな?」
「そう思って頂いて構いません。」
新撰組局中法度
一、 士道背間敷事 (武士道に背いてはいけない。)
一、 局脱事不許 (局を脱走してはいけない。)
一、 勝手金策致不可 (勝手に金策をしてはいけない。)
一、 勝手訴訟取扱不可 (勝手に訴訟を取り扱ってはいけない。)
一、 私闘争不許 (私闘は許されない。)
右条々相背候者、切腹申付可候也。 (違反した者には、切腹を申し付けるものである。)
「『士道背く間敷き事』か・・・・えらく漠然としているな。お二人に尋ねるが、『士道』とは、何だね?」
「士道とは、武士道のことです。」
「そんなことはわかってる。君たちの『士道』とは何だと聞いているのだ。君たちには君たちの士道があるように、水戸には水戸の、薩摩には薩摩の、長州には長州の武士道がある。我々の士道とは講道館で教えられた武士道だ。君たちの士道は何だね?」
近藤が返答に困っていたが、土方が代わりに答えた。
「一言で言えば、『誠』ということです。」
「誠・・・・ふふ・・・おもしろい・・・・」
芹沢は不気味な笑みを浮かべていた。
数日後、竜馬が京に到着。早速、屯所の前川屋敷を訪ねた。
「おい、待て!」
中に入ろうとしたが入口にいた隊士に止められた。
「ここは新撰組の屯所である。会津藩以外の者は立ち去れぃ!」
「・・・・お前さん、新人だな?」
竜馬の問いに、若い隊士は遂に槍を構えた。
「無礼な!立ち去らねば容赦はせんぞ!」
とその時、巡察から永倉新八が戻ってきた。
「おぉい、どうした?」
「は、他藩の方が屯所に入ろうとしたので、引き止めておりました。」
「・・・・・、ははは・・・・!!この方は仙台藩家老にして、新撰組総長の真宮寺竜馬さんだ。」
その名を聞き、隊士は槍を納め、土下座した。
「し、知らぬこととは言え、無礼をお許し下さい!!」
「構わん、持ち場に戻れ。」
「はっ!」
「全く・・・新入隊士への教育がなっとらんようだな。」
永倉は笑いながら言う。
「無理ないでしょう。竜馬さんはずっといなかったんだから。」
「フン、まあな。」
二人とも中へ入っていった。
竜馬は早速土方を訪ねた。
「よお、トシ。」
書物を読んでいた土方は振り向いた。しかし、特に表情の変化は見られない。
「何だ、アンタか。」
「何だたぁ、随分だな。人に散々走らせておいて。」
「ふっ、そう言うな。それで、仙台藩のお許しはもらったのか?」
「ああ、殿の特別なお計らいで、一月の滞在を許された。」
そのとき、障子が開いて正装した近藤が入って来た。
「やあ、竜馬殿。いつこちらへ?」
「おお、近藤さん。ついさっき着いたばかりだ。・・・お出かけですか?」
「これから会津様のご本陣に行くところです。」
「そうですか。私も明日にでもお伺いするので、よろしくと。」
「承知しました。では、後ほど・・・」
近藤は隊士数名を連れて黒谷の本陣に向かった。
しばし土方と話していると井上源三郎とお菓子を持った沖田総司が入って来た。
「あれ?竜馬のおじさん、いらしてたんですか?」
「これはこれは、ようこそおいで下さいました。」
改まった挨拶をする井上に逆に竜馬が困っている。
「いやいや、井上殿。お手をお上げ下さい。試衛館道場の折には大変お世話になったのですから。」
井上は試衛館の台所を預かり、居候たちの食事などを作ったりしていた。また、金が無くなればすぐにあちこち回って都合したりしていた。
「でも、どうしておじさんはお金が無かったんですか?ご家老様なら、藩の方から給金が出るはずでしょう?」
「いやぁ、それが博打で全部・・・こら、総司!何を言わせる!」
「総司!滅多なこと言うモンでねぇ!」
井上に怒られても、総司はニコニコしながら菓子を食べている。
障子が開き、芹沢が入って来た。
「土方君・・・・失礼、来客中かね?」
「ええ。芹沢先生、何かご用ですか?」
「うむ、これから祇園でも行こうかと思っとるんで、君もどうかと思ったんだが、来客では仕方あるまい。」
土方が笑いながら言う。
「芹沢先生。来客、来客とおっしゃられていますが、こちらは仙台藩家老にして新撰組総長の真宮寺竜馬殿ですよ。」
「ほお、あなたが真宮寺殿か。お初にお目にかかる。拙者、新撰組局長の芹沢 鴨。以後御見知り置きを。」
しかし、挨拶する芹沢の目は決して平和的なものではなかった。
新撰組を自分のものにしたいと企んでいた芹沢は結成以来故郷に帰っている竜馬を消さねばならないと睨み、その機会を覗っていた。
「存じております。そちらは、新見殿ですかな?」
芹沢の後ろにいた新見が前に出て一礼する。
「局長の新見 錦です。以後、御見知り置きを・・・」
「それでは、わしらはこれで失礼します。土方君、後を頼む。」
「承知しました。お気を付けて・・・」
芹沢と竜馬は睨み合ったが、やがて芹沢が出て行った。
屯所を出たところで、新見が芹沢に声をかけた。
「自分から来ましたな。」
「うむ。じゃがどうする? あの真宮寺竜馬という男。剣の腕は確かなものだぞ?」
「何も我らが手を下す必要はありますまい。京の街には食い詰めの浪人たちが大勢おります。金を握らせれば、何でもやりましょう。」
「ふふふ・・・そうじゃな。よし、では資金調達じゃ。大和屋に行くぞ。」
芹沢達は方向を変え、河原町へと歩き出した。
日が落ち、竜馬は一旦仙台藩邸へ戻ることにした。
護衛として、山崎丞と斎藤一が同行した。
「悪いな、とんだ貧乏クジで。」
山崎は笑顔で首を振る。
「いいえ、夜の京を一人で歩くのは危険ですから。」
「お前は話の通り、出来た人間だ。近藤や土方が信用するのもわかる。」
一方の斎藤は先ほどから喧嘩でもするかのような顔をしている。
「・・・・・総長、尾行されています。」
「ああ・・・・ざっと15〜6人ってところだな。」
「土方さんの言われた通りですな。」
土方は芹沢一派の闇討ちを予測し、それに対応できるよう、二人を護衛に出したのだ。
「どうします?」
「・・・・撒けそうにないな、前にもいる。挟み撃ちにされてもつまらん。後ろからやるぞ。」
3人は突然路地に駆け込んだ。浪士達も後を追って駆け込もうとする。しかし・・・
ザンッ!!
「ぐわああぁぁっ!!」
竜馬が飛び出して先頭の浪士を斬り捨てた。
「くそっ!やれやれぇっ!!」
一斉に斬りかかろうとするが、すぐさま斎藤の刺突が飛び出し、出鼻をくじかれる。
そこへさらに山崎が乱入。まずは後ろにいた15人を斬り捨てた。
そして、前方にいた10人も撃破。3人には掠り傷一つなかった。