第一話「帝国華撃團・雪組結成!」(その2)

 


其の参  米田の杞憂・あやめの杞憂
 

 いわゆる「初代」帝國華撃團は米田一基帝國陸軍中将指揮の下、五つの部隊が存在した。
 もっともその名を知られているのが戦闘部隊である花組。
 さらに後方支援部隊の風組、情報収集部隊の月組、霊能力部隊の夢組と続き、最後に極地戦部隊である雪組――となる。
 この中で、資料が一番少ないのが夢組。ついで雪組である。
 しかし夢組に関しては現在のところまだ機密解除となっていない多数の資料の存在が確認されているから、実際にその内情を知る資料が最も乏しい部隊は雪組、ということになる。
 これは他の部隊がそれぞれ独自の分野の任務を割り当てられていたのに対して、もっとも華やかな部隊・花組の補助部隊として位置づけられていたこと、また当時、新設されたばかりの急拵えの部隊であったことなどが原因として挙げられるだろう。
 

 或いは……雪組隊長の特異な経歴もまた、その要因のひとつであったのかも知れない。
 
 

 太正十二年六月――。
 仮発足から二ヶ月が経ち、雪組はすでに隊員のひとり・三田良子を暫定的な副隊長に任命して、活動を開始している。
 だが一応の体裁は整えても実際にはまだ数のうちに入れるのをはばかる−−というのが現状である。
 隊員をせめてもうひとり増やしたい、というのは贅沢な望みなのかも知れない。しかし、仮発足以前から懸案の種だった隊長の人選が暗礁に乗り上げたまま進展なしという状況は司令の米田にとって何とも頭の痛い問題だった。
 雪組の拠点となっている帝國華撃團・花やしき支部をこれまで取り仕切ってきた藤枝あやめも、その話題には口が重かった。
 そして今日、あやめは雪組隊長の件で折り入って話しがある、と米田のもとを訪れたのだった。

「どうでぇ、あやめ君。単刀直入に言って、良子では無理……そういうことなのかぃ?」

 あやめのこれまでの報告を一通り聞くと、米田はそう切り出した。

「いえ、そういう事ではないと思います。実務的な面では今のところ特に問題はないんです。良子はしっかりとやってくれていますから。隊員たちも皆、副隊長の良子に一目置いて協力的ですし。ただ……」

 米田の問いに、あやめは言葉を淀ませた。
 まだ実際の出撃がなく、訓練が主の活動だからという点で甘い採点になるのは承知の上だが、雪組は思った以上のまとまりを見せている。
 だが……。

「ただ……?」
「ええ、何と言っていいか……。精神的な面で、どうも不安定な状態が続いているんです」

 先日、訓練の最中にちょっとした失敗がもとで隊員のひとり・田中恵里が飛び出していってしまうという騒動があった。――そのことが、あやめはひどく気になっていたのだ。あの時、恵里は自分なりに心の整理をつけて戻って来たし、他の隊員も彼女の帰還を心から喜んでいた。
 隊員たちの間に深い溝を残すような結果にはならずに済んだし、良子や恵里をはじめとして、皆がそのことを案外楽観的に受けとめているようにも見える。

『まったくぅ、もうこれっきりにして下さいよ〜』
『恵里、もう逃げるなよ』
『心配してたんですよ。大丈夫ですか? すぶ濡れになって……風邪をひかなきゃ良いけれど……』
『一緒に頑張ろう。力を合わせればきっと大丈夫よ。あなたにもそう思えたから帰ってきた……そうでしょう?』

 言葉はそれぞれ違った。
 揶揄するような口調、厳しい言葉もあったが、仲間たちの言葉は皆、恵里を暖かく迎え入れるものだった。
 そして恵里自身、何か手応えのある答えを得たように見える。雨降って地固まる……彼女たちはそんな風に受けとめていたのかもしれない。
 しかし、あやめは彼女たちほど楽観的にその光景を見ていることはできなかった。
 いや、恵里が……というのではない。
 恵里だけでなく、雪組隊員の少女たちの誰もが(それは隊長代理の良子もまた例外ではない)同じことを繰り返す可能性をその身のどこかに潜ませているのだ。
 やがて彼女たちの仲間意識だけでは乗り越えられない行き違いが生じるのではないか。その行き違いが、彼女たちがこれまで懸命に作り上げてきた雪組という組織の輪に、取り返しのつかない亀裂を与えることにでもなったら……。
 これまで彼女たちをずっと見守ってきたあやめも、今は花やしきに常駐することは難しかった。この帝劇での仕事に、比重を置かねばならない状況となっている。
 自分の代わりに……いや、自分ではしてやれなかったことも含めて、彼女たちの支えになれるような隊長がどうしても必要なのだ。

「不安定か……そりゃあ仕方ねえことだろうなあ」

 深刻なあやめの顔を見つめ、案外に暢気――ともとれる口調で米田はあくびを漏らすように呟いた。
 もともと帝國華撃團は強い霊力を持つ少女たちを集めた組織である。現在、彼女たちの能力は帝都の護りになくてはならないものだと言える。
 しかし、彼女たちをその戦いの最前列に押しやることはまた、定型の枠に押し込めることの難しい――多感な年頃の娘たちを統率して行かねばならない難しさと表裏一体の危険をはらんでいる。
 雪組の隊員たちも同じだった。
 並外れた霊力を持ち、それぞれに体術や武術に長けている。例え生身でもそこらの男では叶わないだろう。
 だが、彼女たちは同時にまだ未成熟な……迷いや悩みを抱える少女なのだ。
 あやめが不安に思っているのはまさにその点だったし、米田もまた同じ気持ちだった。
 あやめの言う通り、単なる事務処理としての存在ではなく、彼女たちの心の支えとなる男を隊長として選んでやりたい。
 戦いは常に死と隣り合わせのものである。
 その中に並の男以上の重荷を背負って出て行かねばならない彼女たちには、自らの生命を預けるに足る隊長が必要なのだ。
 帝國華撃團の一番隊とも言える花組にも少し前にようやく隊長が決まり、赴任した。
 それから花組は順調に任務をこなし、敵・黒之巣会との戦いにもめざましい結果を残すこととなった。
 それは勿論、花組隊長・大神一郎ひとりの功績ではない。
 しかし彼なくしてはあれだけの成果を期待できなかったのもまた、揺るがすことのできない事実なのである。
 隊長の存在があるのとないのとで、こうも違うものか……。米田はそう実感していたのだ。 

(だが……大神のような適任者はそうそう転がっちゃあいねえ)

 そう嘆息を漏らしたい気持ちもまた、米田の実感ではあったが……。
 大神の人選にだって、時間がかかった。
 大神を選び出すまで一体何人の男を調べ、何人の男と面会をしたことか。
 いや、他にも霊力や頭脳の面で条件を満たす者はいた。
 しかしそうした者たちにも米田は花組を任せられるとは思えなかった。いつだって何かひとつやふたつ、物足りないものを感じていたのだ。
 大神より他には隊長を任せられる男はいないだろうと心を決めた後も米田は迷いを捨てきれなかった。
 下手な隊長を押しつけて、彼女たちの気持ちを乱すようなことになっては全くの逆効果だ。だから大神を、彼の職務が単なるモギリに過ぎないのだと一芝居打つような真似さえしたのだ。
 雪組の隊長だって同じ事だ。じっくり時間をかけて、間違いのない人選をしなければない。
 良子をはじめとする雪組隊員、そして今はこの帝劇に所属を移したあやめにとっても、多忙で気の抜けない日々が続くことになるだろうが……それはどうにもならないことだった。

「今日や明日にどうこうってわけには行かねえだろう? あやめ君、もう少しこのまま様子を見ようじゃねえか」
「実は……ひとり当たってみたい人物がいるんです」

 米田の杞憂を振り払うように凛とした声で、あやめは意を決したようにそう切り出した。

「……当たってみたい人材ぃ?」

 ふと顔を上げてあやめを見る。
 投げ遣りに拱手傍観を決め込んだともとれる米田の言葉を留めるために口にしたその場の思いつき――という訳ではなさそうだった。
 彼女には何か策があるのだろう。
 それをあやめの表情は如実に語っていた。

「だが、これまで陸・海軍は勿論、警察・消防に至るまでそれこそ虱潰しに人材をあたって、どれもこれも今一つだったはずだ。今更当たるようなヤツは残っちゃいないんじゃないのかぃ?」
「いえ、これまで候補には挙がっていなかったんですが、彼ならきっと間違いありません。雪組は、花組以上の隊長を手に入れることになるかも知れませんわ」
「ほほう、自信たっぷりじゃねえか」

 米田はそう口にして表情をなごませた。
 あやめがここまで太鼓判を押す人材には米田とて興味があった。 

「経歴の点で多少ひっかかりがあって、候補から外されていた人物です。しかし、経歴上の問題も重大な欠点とは言えませんし、任務に支障をきたす類のものではありません。能力は折り紙付きです。そして何より重要なのは……彼がすでに、黒之巣会の存在をかぎつけているらしいということです」
「黒之巣会の存在を……?」

 その言葉には、さしもの米田も眉を寄せた。

「はい。あまりはっきりとしたことはまだ分かっていないのですが、彼が候補から外された理由はその辺にあるらしいんです――明日、彼に会って見るつもりでいます」

 少し大見得を切りすぎたかも知れない。
 自分でもそう思えていたのだが、あやめは確固たる意志を感じさせる表情を少しも崩すことはなかった。
 そして米田の方も、どうやらそれを見抜いていたらしい。
 もうあやめは心を決めている。
 実際にその男を自分の目で見て最終的な決断を下すつもりなのだ。

(だとしたら……ここは彼女に任せるのが得策ってもんだろうよ)

 米田にはそう思えた。
 これまで雪組をその手で育ててきたあやめである。彼女になら人選を任せて間違いはあるまい。
 

(そう……今度こそ……)

 米田との会話を思い返しながら、あやめはもう一度、明日会うことになっている青年の資料に目を落とした。
 彼の名は、久慈龍一郎。23歳。
 半年前まで帝國陸軍少尉だった男である。
 陸軍士官学校を首席で卒業し、将来を嘱望されて軍に入った男だ。
 しかし、負傷がもとで現在は予備役となっている。
 資料によればすでに傷は癒え、熱心に軍務への復帰を勧められているのだという。それもまた、彼の能力が高く評価されている結果だ。
 あやめが何より注目したのは彼が現役を退くきっかけとなった負傷のことだった。
 表向きは訓練中の事故、とされているが、実際には黒之巣会との接触が原因であった、という報告があるのだ。
 訓練中に黒之巣会の魔操機兵と遭遇した彼の部隊は、壊滅。
 その中でただひとり重傷を負いながらもただひとり生き残った男、それが久慈だった。
 戦いがどんなものであったのか、その詳細は資料には記されていなかった。ただ久慈ひとりが魔操機兵との戦いから生還した、と記されているだけなのである。
 久慈は部下すべてを失った戦いのことを何も語らなかった、と言う。
 だがそれが辛酸を極める戦いであったことは明白である。

 その地獄から生還した男なら……きっと雪組の隊長に相応しいに違いない。
 そして彼もまた、部下を失った無念を晴らすことができるはずだ。
 

続く
 


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