第五話「血戦」(その1)


 大帝國劇場に一台の蒸気自動車が横付された。
 そして、そこから降り立った人物は……

「マリアさん。おひさしぶりです……ぽっ」
「花火!」

 北大路花火であった。
 彼女は巴里から帰朝し、日本で生活をしていた。

「大神さんは頑張っているみたいですね……ぽっ」
「ええ。さすがは隊長だわ」

 とりあえずとすすめた珈琲をすすりながら、やっぱり話題は大神のことになる。
 性格は正反対にも見えるこの二人。だが、恋人を失い、大神と出会うことでその痛手から立ち直ったという共通点がある。

「ところで伯爵令嬢……失礼、伯爵夫人が帝劇までお茶をしにきたわけではないでしょう?」

 ひとしきりの雑談を終わった後、マリアは単刀直入に切り出した。

「ええ。そうですわ。でも、ここでお話できませんから、地下へ参りましょう」

 花火はあえて地下司令室を指定する。

「わかったわ」

 マリアもすぐにそれに応じた。
 地下作戦司令室はいつでもスタンバイできるようになっている。
 副司令の楓も交えて三人が司令室に揃う。

「それで、一体、どうしたの?」
「これです……」

 花火が卓上に出したのは、古ぼけたキネマトロンだった。

「それは、巴里花組のものね」
「ええ。太正当時のものです。思い出して、スイッチを入れてみましたら、動きますのよ」

 キネマトロンは基本的に非常時用の通信アイテムだ。
 帝都・巴里の合計4度に渡る騒乱がおさまった後、使用は封印されていた。

「それじゃあ、もしかして……」
「ええ。巴里と通信が可能ですのよ」

 花火はスイッチを入れた。

『あ、やっほー! 花火さん、元気ですか?』

 予想していたのとは余りに異なる明るい声に、マリアは苦笑した。
 この声はエリカだ。

「エリカさん。今日は帝劇にきてるんです」
『えー。それじゃあ、帝都花組のみなさんがいるんですね!』
「おひさしぶり、エリカ」
「エリカさん。相変わらずね」
『マリアさん! かえでさん! おひさしぶりです!』

 エリカの顔が画面一杯に広がる。

「げ、元気そうね」
『はい! 元気が一番です!』

 かえでにエリカは力コブをつくって見せた。

「そっちの様子はどうなってますか」

 要領を得にくい話ではあったが、エリカはドイツ占領下の巴里に残り、教会で戦争で身寄りを失った子供や、家を失った人などの世話をしているということだった。

『それに今日はスペシャルゲストがいまーす! どーぞ!!』

 エリカは画面を譲った。

「レニ! 織姫! アイリス!」

 マリアは思わず声をあげてしまった。

『心配かけてすまなかった』
『へへー。ばっちりだよー』
『おひさしぶりデース!』

 三人とも元気そうだ。
 ドイツの追っ手を逃れた彼女達はエリカと合流していたのである。

「心配していたのよ、織姫!」
『問題ないデース! このソレッタ・織姫にかかればぁ。ムッソリーニだろうとヒトラーだろうとお茶のこさいおうが馬デース!』

 織姫の無事を喜んだマリアだったが、続いてレニから事の顛末を聞いて表情を曇らせた。思わずかえでを見上げると、彼女も難しい顔をしている。

「まさか、雪組隊長が敵にまわるとはねぇ……」

 まさかというのは嘘だ。
 仮にも帝撃副司令。充分に予想はしていた。
 しかし、現実としてつきつけられると重い。

「相手は霊子甲冑を持っている、それも過去最強といっていい程の」

 それでは、いくらこちらは人数がいるといっても、到底、太刀打ちできない。

「同じものでなくてもいい、せめて霊子甲冑があれば……」

 もちろん、帝撃にはあるが、巴里までそれを送り込むことなどできない。
 マリアも考え込んでしまった。

『あ、巴里にもありますよ〜』

 エリカが会話に割って入った。

『お店の地下に、光武F3がある筈です〜』

 巴里は無防備都市宣言により、大きな損害を受けることなくドイツの進駐を受け入れていた。シャノワールもとりあえず無事である。

「でも、ナチは監視しているんじゃないの?」
『だいじょーぶ、マリア。それくらい、アイリスたちがなんとかしちゃうもん!』

 どうも花組と話していると昔ような幼い言葉使いに戻ってしまうアイリスだ。

『そうだね。もちろん、対霊力装備はしていると思うけど、やれなくはないと思う』
『霊子甲冑さえあれば、ばっちりでーす!』
『よーし。みんなで計画たてちゃいましょー!』

 巴里組は盛り上がる。

「気をつけるのよ。ドイツは霊力研究もすすんでいるのよ」
『マリア。任せておいて! 何度もヘマはしないから!』
「何度も? アイリス、何かあったの?」

 レニの説明では、一旦はナチにつかまったことを伏せていた。
 そうした方が余計な心配をかけないだろうと、あらかじめ打ちあわせ済だったのだが、口が滑った。

『あ、ううん。何でもないの。じゃあ、計画立てるから!』

 プツン。
 キネマトロンは切れた。

「大丈夫かしら」
「不安です……
「今はあの子たちを信じるしかないわね」

 残された者達にはただ無事を祈るしかなかった。
 しかし、帝都組も巴里組も重要な事を忘れていた。
 キネマトロンは彼女達だけのものではないかったのだ。

「ということらしいですよ、マイヤー閣下」

 ロベリアのキネマトロンは帝都と巴里の会話を全て傍受していた。

「なるほど。つまらぬことを考えるものだ」

 一緒に聞いていたマイヤーの感想はそれだけだった。
 “この通信は敵も聞いている”とはドイツ軍の軍隊格言だったが、彼女達はそれを知らないようだ。

「で、どうします? ハイドリヒにでもチクリますか?」

 まさか、というようにマイヤーは首をふった。

「こっちはもうすぐ東部戦線にいく身だ」

 ドイツ軍の42年夏季攻勢であるブラウ(青)作戦は苦戦しながらも目標に向けて確実に前進していた。ドイツ南方軍集団とアフリカを突破したロンメルがスターリングラードとバクー油田にそれぞれ迫っている。
 ヒトラーが新型戦車・パンテルの数が揃うまでと攻勢を延期したために、参謀本部は成功を危ぶんでいた作戦だったが、もはやドイツ中東軍団と改称されたロンメルの快進撃でトルコが枢軸側として参戦したことが補給の面などで大きく作用した。
 これでバクー油田を陥落させれば、ドイツの燃料事情は大きく好転する。

「それに、わざわざヤツラに点数を稼がせてやることもあるまい。俺ももう少しゆっくとくつろいでいたいからな」

 マイヤーは笑いながらコーヒーをすすった。
 再編成のためフランスにいられるのもあと少しだろう。前線に出れば、本物のコーヒーなど口にできまい。

「ちがいない。その通りだね」

 ロベリアも愉快そうに笑った。

(なるほど、マイヤーの副官ポストっていうのは退屈せずにすごせそうだ)

 第1SS装甲師団“LAH”師団長副官ローベ・カルリーニ武装SS大尉。
 それが彼女の今の名前だった。

つづく



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