第四話「奪回」(その1)


 その日、大神は瀬戸内海に面する海軍の試験場に赴いていた。
 列席するのは、軍幹部の他、今回の開発責任者である李紅蘭空技廠技術顧問や開発メーカーである神崎重工を擁する神崎財閥総帥・神崎すみれらである。

「はじめます」

 試験監督官の合図により、沖に浮かんでいる船艇が動き始める。それは、海岸に向けてほぼ直角につっこむと、そのままのりあげる。すると、船の中からゆっくりと兵器――人型蒸気が立ち上がった。
 そして、人型蒸気は船の縁をまたぐと、そのまま大神達が陣取る方向へと歩き出す。

「射てぇ!」

 号令一下、九六式重機関銃六挺が一斉に射撃される。しかし、人型蒸気にはまるで効いていない。

「射撃止め。歩兵砲、前へ!」

 口径七〇粍の九二式歩兵砲が砂浜に設置されると、直接照準で砲撃を開始する。それを確認した人型蒸気は背面に背負っていた方盾を構えながらの前進に移った。
 何発目かの砲撃が直撃となり、人型蒸気は、一瞬、よろめくように見えたが、方盾のおかげでダメージは負っていない。すぐに態勢を立て直すと前進を続け、遂には上陸に成功した。
 
「撃ち方止め。攻撃性能試験用意」

 人型蒸気の右手には航空機間砲を流用した三〇粍機関砲が装着されている。
 目標とされた旧式戦車(八九式戦車)が瞬く間に破壊されていく。
 更には、三〇粍機関砲の真下に装着されている筒内に背部から取り出した弾薬を入れ、目標めがげて撃ち出すと、放物線を描きながら着弾。派手な爆発を見せた。大型の擲弾筒である。

「以上です」

 試験が終わったことを試験監督官が告げると、固唾を飲んで見守っていた見学席がたちまち喧騒に包まれる。

「人型蒸気か……」
「どうしたどうした大神ぃ。遠い目しちゃって」

 加山にからかわれ、大神は照れくさそうに頬を掻いた。

「いや、霊子甲冑を思い出してね」

 霊子甲冑に限らず霊子兵器は、ワシントン条約により軍事用兵器として戦場で使用することが禁じられている。
 これは、政治的には、霊子兵器の実用化に先んじていた日本を封じ込めたい諸列強と、国内の疲弊により霊子兵器開発競争に国力が耐えられそうになかった日本との利害が一致した結果である。しかし、強力な霊力をもつものがほとんど女性であったということも強く影響している。つまり、日本もさることながら、キリスト教文化圏である欧米列強も女性が最前線の兵士として戦うことを嫌ったのだ。
 いずれにせよ、霊子兵器の戦場投入が禁じられたことで、通常戦用人型蒸気の開発は振り出しに戻った。霊子機関なくしては、人型蒸気を実用兵器レベルで行動させるだけの出力は得られなかったのである。
 だが、技術の進歩が、ようやく霊子機関抜きの人型蒸気兵器を実用化したのだ。

「確かに、光武のフォルムに似てるようにも見えるなぁ。大きさは天武並だけどね」
「あれが、花組の新型霊子甲冑だといわれても信じるところだよ」
「そ〜やろ、そ〜やろ」

 突然、割り込んできたのは紅蘭だ。

「光武は人型蒸気としては一つの究極形やからな」

 曲面から構成された光武の外形は人型蒸気としての自由な動きを確保しつつ、避弾傾始に優れたものだ。

「二式特装車(=特殊装甲車両の略。人型蒸気であることを隠匿するための呼称)『甲虎』は光武の甥ってところか?」
「うまいこといいよるな、加山はん」

 紅蘭は手を叩いてうける。

「でも、残念ながら叔父さんよりも出来がわるうてなぁ」

 霊子機関に比べれば、やはり内燃機関の性能はおちる。
 サイズこそ大型なため装備している武器も強力なものになっているが、裏を返せば、機関のコンパクト化ができなかったということだ。運用可能時間も短い上、整備も難しく、戦車のように長期間の地上作戦に用いることはできない。
 紅蘭と神崎重工はそれを逆手にとり、「上陸作戦専用兵器」として、人型蒸気を開発したのだ。 

「それでもいいわよ。強襲上陸はもっとも危険な戦術の一つ。敵が待ち構える陣地めがげ、何も遮蔽物のない海岸をすすまないといけない。この『甲虎』で部隊を編制できれば、損害はぐっと減るわ!」

 今や陸軍第一七軍司令官である太田斧彦中将も会話に割って入った。

「閣下。お言葉使いか……」

 斧彦も立場上、薔薇組然として振る舞うわけにはいかない。

「あら、いけないけない! 一郎ちゃんの顔を見るとつい、ね……」

 表面的には和やかな帝撃の同窓会といった雰囲気だ。だが、皆、目が笑っていない。今、こうしている瞬間にも、前線では戦いが続いているのだ。

「すみれくん。どうなんだい、生産は?」

 珍しく大人しくしているすみれに大神は声をかけた。

「……難しいですわ。この機体、お世辞にも量産向きとは言い難いんですもの」

 曲面で構成された機体外形、出力を得るために精密な工作を要求される蒸気機関、ギリギリの性能を求めてネジの一本に至るまで特殊化された構造。ほとんどハンドメイドに近い生産態勢をとぎなくされてしまう。

「すまんなぁ、すみれはん。うちの設計じゃ、これが精一杯なんや……」
「気にするな。紅蘭はよくやってくれているよ」

 大神が紅蘭を慰める。

「戦争そのものを絶対的に忌避しようとしたら、どんな相手の理不尽な要求でも呑まなくてはいけなくなってしまう。そして、一端、戦争状態に入ってしまえば、こちらも破壊と暴力をもって対抗するより他に手段を見つけられない。だから、人を不幸にする発明なんかいらないって言ってた紅蘭が、兵器の開発に心血を注いでくれてるんだ。それを考えれば、紅蘭をせめることなんてできないよ」
「大神はん……」

 紅蘭は目をうるませる。
 こうした大神の優しさが女性からの人気の高さに繋がるのだが、大神自身はそれを認識していないのだからたちが悪い。
 さくらが度々、嫉妬に燃えるのも無理からぬところか。

「あー。よろしいでしょうか、皆様」

 試験監督官である技官がわざとらしく咳払いしながら言う。

「あ、は、はい」
「えろう、すんまへん」

 旧帝撃メンバーはバツの悪そうな顔をしながら姿勢を正した。

「今回は全く新しい戦術兵器であるこの甲虎を、真に異例ながら、陸海軍実戦部隊幹部の皆様に実際にご覧いただき、その認識について統一して周知徹底させる場とさせていただきました。何かご質問はありますでしょうか?」

 大神が発言を求めた。

「降下鉄甲龍騎兵(Fallsurum Isen Dragoon)『ドンナー(DONNER)』との性能比較は?」

 ドンナーはドイツ軍が四一年六月のクレタ島への空挺降下作戦で初投入した人型蒸気である。後に「緑の悪魔(Green Devil)」と恐れられる降下猟兵(空挺降下兵)とともに、クレタを迅速に陥落させることに成功し、その後のマルタ島攻略作戦にも投入されている。

「難しいところです。しかし、各種報告による限り、独は空挺降下作戦以外にドンナーを投入しておりません。そこから類推するに、やはり稼働時間は短く、また、整備性も低いのではないかと思われます。攻撃力や防御力は、いかんせん資料不足でなんとも……」

 今次大戦において人型蒸気を実戦投入したのはドイツ軍だけだ。
 しかし、その同盟国たるアメリカもいつ人型蒸気を投入するかもしれない。その時の判断材料を大神は求めたのである。

「そうか。ならば仕方ないな」

 大神の質問が終わった後も、活発な質疑応答が続いた。
 それだけ、この兵器に対する期待が大きいということである。

 しかし、いくら兵器が優れていても、それで得られるのは戦術的勝利にすぎない。そして、いくら戦術的勝利を重ねたとしても、戦略的勝利――戦争そのものの勝敗には影響しえない。極端なことをいえば、連戦連勝であっても戦争には敗北することすらあるのだ(実際、一八一四年の仏国内戦役におけるナポレオンは自身が連戦連勝でありながら、パリの降伏により敗北した)。
 そして、その戦略を考える立場にある聯合艦隊司令部――小沢長官は、大神すら驚かす戦略を決定していたのである。



つづく



第三話に戻る
目次に戻る