第三話「転換点」(その1)


「よぉ。大神。空母はいいなぁ」
「相変わらずだな」

 第一航空艦隊旗艦「瑞鶴」の艦上で、二人の男が固い再開の握手を交わした。
 一人はこの機動部隊の指揮官、大神一郎中将。
 そしてもう一人は、この艦隊の参謀長に就任した大神の最も古き戦友、加山雄一大佐であった。

「いやぁ。大神。お前も出世したもんだなぁ」

 加山も同期ではトップクラスの出世なのだが、なにせ、大神が特別すぎる。
 ともあれ、これで司令部の陣容がすべて揃った。

「よし、早速で悪いが会議を三〇分後から招集する。いいかな?」
「当たり前だ。俺も海の男、そのくらいなんでもないぞ」

 その言葉通り、加山は定刻五分前集合(海軍の慣習)には姿をあらわしていた。

「今日、加山大佐が参謀長として着任した。加山参謀長、挨拶を」

 加山も大神の後を追う様にして風組隊長の職から離れ、海軍に復帰した。その後は情報収集分析力を生かし、参謀職を中心にした軍歴を送っている。
 開戦時には、第二艦隊参謀であったが、大神が特に希望し、自身の参謀長にしたのである。

「此の度、第一航空艦隊司令部参謀長を仰せつかった加山雄一大佐であります。よろしくお願いします」

 加山も、飄々としたスタイルを崩すしてはいないが、目前に居並ぶ幕僚に身震いした。今の帝國海軍で考えうる最良の布陣ではないか。
 中でも山口多聞の存在は大きい。
 小沢司令長官は二航戦(第二航空戦隊=空母「飛龍」「蒼龍」)は小沢が直率していたが、五航戦(第五航空戦隊=空母「瑞鶴」「翔鶴」)司令から昇格した大神はそのまま、五航戦を直率することとした。そのため、二航戦司令として山口多聞少将が就任したのである。最も彼は開戦時には二航戦司令だったのだが、トラック空襲とそれに続く攻勢により大打撃をうけた海軍基地航空隊を立て直す命をうけて、その職から離れた経緯がある。だから、就任したというよりも、戻ってきたというほうが正解かもしれない。

「では、早速会議に移ります。まずは報告をお願いします」

 各担当から次々と報告があがる。
 空母「飛龍」が突貫工事により、あと一週間で使えるようになりそうなこと、航空隊の補充再編を行い、なんとか定数近くまで揃えられそうなこと。
 どうやら、次の戦いでも空母四隻態勢は維持できそうである。

「わかった。今日はこれで解散しよう」
「はい」

 大神は一旦、私室に戻る。
 待ち受けていた従卒の周防が、直立不動でそれを迎えた。

「大神司令、お茶をお入れしましょうか」
「そうだな。紅茶を入れてくれ」

 帝撃時代、すみれに散々しこまれたせいか、大神は紅茶を好むようになっている。
 周防も慣れたもので、紅茶の準備をしようと立ち上がった。が、そのときだ。

「じゃあ、俺も一杯もらおうかな」

 不意に声がした。

「どうかしたのか、加山参謀長?」

 加山が戸口に立っている。

「いや。ちょぉいと昔話がしたくなっただけさ。戦友」
「わかった」

 周防は紅茶を二杯入れると、雰囲気を察してか、部屋を出ていった。

「今の少尉候補生が橘周防だろう?」
「ああ、そうだ」
「だいぶ、お前に似てきたんじゃねぇか」

 加山は軽口のつもりだったが、大神は珍しく気色ばんで睨み付けてくる。

「大神ぃ。そう恐い顔すんなって。本題は別なんだからさ」
「本題?」
「ああ。旧花組メンバーについてだ」

 加山は一転、真面目な表情になる。

「レニが行方不明になった件は知っているな?」
「ああ」
「どうやら、ドイツ占領下のフランスに潜り込んだようだ」
「なんだって?」

 驚く大神を、加山は手で制した。

「まだ続きがある。アイリスだ。彼女はフランス崩壊直前に地下に潜った」
「まさか!」
「そうだ。二人が中心になってレジスタンスをやっている」

 レジスタンス。
 日本語では抵抗運動などと訳される。要は占領軍のドイツに対して武力テロをもって立ち向かうということだ。

「実際、二人の霊力をフル活用して。かなりの成果を見せているようだ」
「そうか……」

 大神は表情を曇らせた。
 成果をあげているということは、反面、それだけ弾圧が厳しくなるということである。
 霊力を使っていることで優位にはたてるだろうが、霊力をもっているのは何もレニとアイリスだけではない。

「マイヤー隊長はどうしているかな」
「実戦部隊だからよくはわからんが、対ソ戦に参加しているらしい。かなり、戦功もあげているようだしな」
「そうだな」

 大神は、日米開戦直前に見ていた新聞を思い出した。

「それと一番まずいことがある」
「……ソレッタか?」
「ご名答。彼女は本当に行方不明だ」

 ソレッタはイタリアに帰国後、結婚。名門貴族の名跡を継いだわけだが、イタリアはファシスタ党のムッソリーニが独裁態勢をしいた。
 虚勢をはり、実利よりも面子にこだわるようなムッソリーニと、ソレッタでは、折があう筈もない。それでも戦争が始まる前までは様々な圧力をうけながらも無事でいられたが、戦争勃発後は消息不明ということになってしまった。

「我が國のみならず英國やソ連邦の情報網も使ったんだが」
「うーむ」

 何とかしたいが、今はなんともならない。
 もどかしいところだ。

「英國を通じてアイリスたちと接触を図ってみるか?」
「いや、やめておこう。やぶ蛇になるおそれがある」
「俺もそう思うよ、大神」

 加山は肩をすくめる。

「アイリスもレニもまだお前のことを特別な存在として想っているからな、張り切りすぎて失敗しちまうだろう」

 茶化すような加山の言葉に大神は苦笑した。大神自身、それを否定はできないからだ。

「いずれにせよ、米軍を撃破しなけりゃ、どうにもならんということか」
「ああ。そういうことだ。ま、俺がいるからには、まかせておけ」
「頼りにしてるよ」

 大神が笑う。
 もちろん情報収集・分析能力の優秀さが加山を参謀長に推した最大の理由だが、この明るさも理由の一つである。
 先の沖縄沖海戦で一矢を報いたとはいえ、負け戦続きの日本軍のムードは重い。それを変えることを加山には期待しているのだ。

「大神司令、失礼します」

 周防が扉を叩いた。

「どうした?」
「聯合艦隊司令部より至急の出頭命令です」

 大神と加山は顔を見合わせた。

「大神、どうやら、敵さん動きはじめたようだぞ」
「ドラムロールが高鳴る二幕目ってとこだな。開演準備をしにいくとするか」



つづく



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