京都から監察・山崎 丞が江戸へ発った翌日、屯所に島田 魁が駆け込んできた。
この数日、長州藩士たちの動きが慌しかったため、島田は川島 勝司、林 信太郎、尾形 俊太郎ら監察部の者たちを動員して彼らを尾行した。報告を総合すると藩邸を出て行く時間や目的はバラバラなのだが、全ての者が一様に西へ向かうことがわかった。
「・・・西に何があるのだ?」
「まだはっきりとは分かっていませんが、私は嵯峨・天竜寺が怪しいと睨んでいます。」
「天竜寺?」
かつて長州は洛中に兵隊が駐屯する場所が無いため、天竜寺を宿舎としたことがあった。無論、天竜寺と長州には何の関係も無いのだが、今、もし長州が大軍を擁して御所に攻め入るのなら、洛西・嵯峨は駐屯するのに何かと都合がいい。そう島田は考えていた。
「いい狙いだ。俺も島田君の考えに賛成だ。どう思う、近藤さん。」
「異論は無い。・・・やはり、池田屋の一件が効いているのだろうな。」
池田屋事件において、長州は吉田稔麿、杉山重助などの有能な志士を失った。これに長州が黙っているはずは無いと近藤は思っていた。事実、来島又兵衛、久坂玄瑞といった血の気の多い連中は遊撃隊を率いて京都へ向かって進軍中であった。
「ご苦労だった島田君。引き続き、情報を集めてくれ。」
「心得ました。では・・・・」
島田は再び監察部の者を引き連れて屯所を出て行った。
このあと、天竜寺には来島又兵衛が率いる遊撃隊が駐屯、さらに伏見には福原越後率いる長州の正規兵隊が現れることになる。京へ上るにあたって、来島又兵衛は京都に居る桂
小五郎、佐伯 音熊、大神 一彦の三人に遊撃隊に加わるよう要請していた。
しかし・・・・
「行くなだと!?」
「そうだ。」
主戦派の音熊はすぐにでも遊撃隊に合流しようとしたが、なぜか大神は動こうとしなかった。
「なぜだ!?長州は今、一つになって京へ攻め上ろうとしているのだぞ!それは大神、お前が考えていたことじゃねぇのか!!」
大神は池田屋事件の直前、吉田稔麿や宮部鼎蔵たちには長州が一つにまとまるための犠牲になってもらう、と冷徹な考えを音熊に話していた。
「・・・・違うな。」
「どう違うというのだ!?」
「今の長州は、幕府など相手にしている場合ではない。お前は知らんだろうが、アメリカ、イギリス、オランダ、フランスの四カ国連合艦隊が長州を目指している。」
「・・・・なぜ、お前がそんなことを知っている?」
「欧州より帰国した井上聞多(後の井上 馨)が密かに桂さん宛に知らせて来た。」
「・・・・じゃあどうしろと言うのだ!?長州が一つになって攘夷をやれと言うのか!?」
「それも一つの手だ。・・・とにかく、今は長州がとことん叩きのめされなければならんのだ。」
「・・・・・・大神・・・・」
「何だ?」
「オメェは・・・・オメェは狂ってる・・・・」
そう言われると、大神はクスッと笑った。
「時代を動かすのは狂気だ。桂さんがいつも言ってることだろ?」
狂気こそが時勢を動かす。それはあの吉田松陰が松下村塾において門下生たちに教えてきたことである。桂や高杉晋作、久坂玄瑞らはその教えを心に深く刻み込んで行動しているのだ。
その頃、竜馬と平助は玄武館で作戦会議を開いていた。
参加しているのは竜馬、平助、佐那、重太郎、伊東、そして服部武雄の6名。伊東が持ってきた江戸の地図にこれまで降魔が出現したとされる場所を記入していると、平助が奇妙なことに気づいた。
「・・・どうして、日本橋周辺には被害が無いのでしょう?」
日本橋は街道の出発点でもあり、江戸の中でも最も賑わう場所である。
だが、この地域では不思議なことに降魔の目撃記録や被害がほとんどない。
「そう言われると、降魔の出現場所は日本橋を中心にして円形に広がっているようにも見える。」
降魔の巣は日本橋にあるのかも知れない。竜馬はそう考えた。
「今夜にでも、探りを入れましょう。」
「うむ・・・俺と平助で行こう。」
「あの・・・私は?」
「いや、佐那さんはここに残って定吉殿を守ってくれ。降魔が玄武館を攻撃してこないとも限らん。これも大事な役目だ。」
「わかりました。真宮寺様、藤堂様、お気をつけて。」
その日の夜、佐那たちを残して武装した竜馬と平助の二人は日本橋へ向かった。
いつもなら大変に賑わっているのだが、降魔を恐れているのか、往来には二人以外に人影は無い。
「・・・・見ろ、平助。」
竜馬の指差した方向には日本橋があった。
しかし、その下には大穴が開いている。
「地獄への入り口だ。」
二人は刀を抜いて穴の中へ下りていく。
まるで本当に地獄まで続いているのではないかと思うような不気味な穴であった。だが、やがて視界が開けた。
そこには広大な地底空洞が広がっていた。
「驚いたな、江戸の地下にこんな巨大な空洞があったとは・・・・」
後に『大江戸大空洞』と呼ばれる大空洞がこれである。また後に太正七年の降魔戦争、太正十二年の帝國華撃團 対 黒之巣会の最終決戦場にもなる場所である。
「しかし・・・・肝心の降魔の姿が見当たりませんね・・・・」
「いや・・・・あれを見ろ。」
天井を見上げるとまるで蝙蝠のように逆さまにぶら下がっている降魔の大群があった。
「先手必勝・・・・おっ始めるぞ!!」
竜馬と平助は霊力を刀に霊力を込めると、天井に向けて刀を振った。
「破邪剣征・桜花放神!!」
「破邪剣征・桜花放神!!」
二人が放った桜色の光弾は降魔の群れに命中。十数匹の降魔が消滅したが、同時に、空洞内にいた降魔が一斉に二人に襲い掛かってきた。
ちょうどその頃、玄武館にも異変が起きていた。
「・・・・・」
定吉の看病をしていた佐那はこの異変を察知。刀を持って部屋を出た。
「どうした佐那?」
「お兄様、お父様をお願いします。・・・・降魔が近くに。」
「わかった・・・・気をつけろよ。」
「はい。」
重太郎を部屋に下がらせると、佐那は大きく深呼吸し、庭に飛び出しキッと上空を見上げた。
10匹前後の降魔が群れをなして上空を旋回している。
「真宮寺様の読みは当たりね。いざっ!!」
屋根に上り、刀に霊力を込める。そして・・・・
「破邪剣征・桜花放神!!」
桜色の光弾が4匹の降魔を飲み込んだが、その直後、残りの降魔が佐那目掛けて急降下してきた。
「さあ、かかってらっしゃい!!」
佐那は6匹の降魔相手に単身突撃していった。
裏北辰一刀流を受け継ぐ三人の剣士と、降魔軍団との戦いが今始まったのだ。