真宮寺竜馬
近藤勇
永倉新八
斎藤一
井上源三郎 島田魁
山南敬介
大神一彦
佐伯音熊
吉田稔麿
北添佶麿
池田屋惣兵衛
河上彦斎
松平容保
山崎丞
土方歳三
配給
引用 司馬遼太郎『新撰組血風録』
特別協力
製作総指揮
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次 回 予 告
元戸の町に突如降魔が現れた。
千葉定吉は病に伏せ、降魔を迎え撃つために
千葉重太郎は2人の剣士を江戸に呼び戻した。
裏北辰一刀流を継承する
真宮寺 竜馬、藤堂 平助、千葉 佐那。
江戸の月明が照らす日本橋で
3人の剣が紅蓮と燃え上がる。
次回 狼の咆哮
『月明・日本橋街道』
燃えよ我が剣、燃えよ我が命!
新撰組隊士録
其の拾陸
中島___登(1838〜87)
八王子出身。天然理心流免許皆伝。入隊は元治元年頃。戊辰戦争全般に渡って情報収集などを主任務として土方を助けた。箱館戦争で弁天台場を守っていたが降服。
維新後は絵師となり、新撰組同志たちを錦絵として世に残した「戦友姿絵」や新撰組の終幕部分を記録した「覚書」は有名。
其の拾漆
谷__三十郎(生年未詳〜1866)
副長助勤・七番隊組長。宝蔵院流槍術の道場を大坂に構えており、十番隊組長・原田左之助も彼に槍術を学んでいる。入隊は文久三年と早く、弟の万太郎、昌武(近藤周平)と共に入隊している。
近藤に取り入り、権力を握ろうとしたが土方に妨害された上に、接近した伊東甲子太郎にも疎まれる。慶応二年、祇園石段下で何者かに斬られたとされるが、犯人は土方の命を受けた斎藤 一という説が有力である。
其の拾捌
尾 形 俊太郎(生没年未詳)
副長助勤・五番隊組長。監察方を務めたこともある。学問に秀でており、学術師範も担当。近藤の信頼は厚かったが、土方には割と嫌われ気味だったようだ。戊辰戦争第三の役、会津戦争まで記録が残っているが、その後の消息は不明である。
其の拾玖
吉 村 貫一郎(生年未詳〜1868)
諸士取調役兼監察方。入隊は慶応一年頃。北辰一刀流免許皆伝で剣術師範を務めた。その実力は『鬼の貫一郎』と呼ばれるほどである。斎藤 一とウマが合わず、衝突もしばしばあった。戊辰戦争の初戦。鳥羽・伏見の戦で負傷。戦場離脱を命じられたまま消息を絶った。
浅田次郎原作の『壬生義士伝』の主人公。