元治元年 六月五日 午後十時
三条旅籠・池田屋の前に集まる人影があった。人数は表に四人。裏に二人。
ドンドンドンドン!!
戸を激しく叩くと主人の惣兵衛が奥から出てきた。
「どちら様でごぜえましょう?あいにく今宵は・・・」
戸を開けてみると、そこにいたのは浅黄色にだんだら模様の羽織を着た剣客たちだった。京都に住む人間なら見ただけでわかる。
「あっ!お二階のお客様!!」
近藤が前に進み出て叫ぶ。
「御用改めでござる!!」
よく聞こえなかったのか、北添佶麿が部屋から出てきた。
「何だ?何ぞ、言うたか?」
刀を抜こうとしたが、すでに階段を駆け上がった近藤が目の前に迫っていた。
ザンッ!!
北添をあっという間に斬り捨てると奥の部屋に突っ込む。
「突っこめ!!」
近藤の合図で総司が続く。総司は二階に駆け上がり、藤堂と永倉は一階に配置に付いた。
総司が二階の部屋に入ると近藤と志士たちが睨み合っていた。
「壬生狼かぁっ!!」
誰かがそう叫んだ。それが新撰組の仇名だった。それに対して、近藤は改めて叫ぶ。
「御用改めでござる!手向かい致す者は容赦なく斬り捨てる!!」
「やああぁぁぁっ!!」
近藤の言葉に続いて総司が斬り込んできたため、志士たちは怯んで散り散りになってしまった。
「今だ!!」
近藤がそれに続く。
何人かは二階の屋根から飛び降りるが、外には竜馬、原田、山崎が待機していた。
「もらったぁっ!!」
原田の槍が飛び降りてきた浪士を串刺しにした。
竜馬は両手に刀を持って逃げる浪士を追う。山崎は棒術の達人であるために、鉄棒を振り回して浪士たちの退路を塞いでいる。
階段を下りて一階へ逃げても、そこには永倉と藤堂が居る。
「甘ぇよ。」
階段の下から駆け上がって浪士を斬り捨てる。
藤堂は入口を塞いで逃げようとする浪士を討つ。
しかし、精鋭揃いとはいえ、多勢に無勢。全員が苦戦を強いられていた。
永倉は階段のところで杉山松介と向かい合っていた。
「貴様ら・・・貴様らには、時代が変わっていくのがわからんのか!!」
「問答無用!!」
と、永倉は聞く耳を持たず、斬りかかるが、杉山の体当たりでバランスを崩し、階段下に転落した。そして杉山はチャンスとばかりに刀を振り下ろした。
「でやあぁぁっ!!」
ザシュッ!!
「うわっ!?」
永倉は避けようとしたが間に合わず、左手の指を斬られてしまった。
「もらったぁっ!!」
杉山が止めを刺そうとしたその時・・・
「撥祉!!」
ズンッ!!
「ぐわぁっ!?」
永倉はとっさに杉山の胴を目掛けて刀を投げつけた。刀は杉山の胴を貫通したが、そのために折れてしまった。
「く・・・・くそぉ・・・・」
永倉は脇差を抜いて、再び戦闘の渦に戻っていった。
一方、藤堂は一階に逃げた志士を追っていたが見失ってしまった。
「逃げられたか・・・」
藤堂の様子を押入れの襖の中から肥後藩士の松田重助が覗っていた。
「くそ・・・・暑い・・・・」
余りに暑いため、藤堂は一旦、額の鉢金を外した。
「隙有りぃっ!」
押入れから松田が飛び出し、藤堂に斬りかかった。
「何っ!?」
ザンッ!!
藤堂は額を斬られてしまったが、とっさに突き出した刀で松田も腹を貫かれ、即死してしまった。
「むぅ・・・・不覚だ・・・・」
血が止まらず、藤堂はその場に倒れてしまった。
一方、総司は一階に飛び降りた吉田稔麿を追い詰めていた。
「おのれ、新撰組め!」
「もう逃げられない! 覚悟を!!」
「おのれぇっっ!!」
破れかぶれになった吉田は斬り込んできた。
ザシュウゥゥッ!!
総司の刀が一閃。吉田は一刀の下に斬られたが、刀が火鉢に当たって折れてしまった。
「・・・・うっ!」
突如、総司は咳き込み、夥しい量の血を吐き出した。
「総司!!」
外で戦っていた竜馬が駆けつけ、総司を起こした。
「総司!・・・・総司、お前・・・・」
「な・・・何でもありません!!」
総司は竜馬を跳ね除けるように立ち上がり、そして駆け出していった。
「あいつ、まさか・・・」
竜馬は何かを考え込んだが、今はそんなことをしている場合ではない。荒鷹を握りなおすと再び戦いの渦へ戻っていった。
ちょうどその頃、祇園祭りの中を密会に出席する予定だった桂が池田屋に向っていた。
「・・・・・ん?」
通りの向こうで見廻組がどこかへ急いでいる。
(見廻組だ・・・・何かあるぞ・・・・)
桂は危機を察してそこから長州藩邸へ引き返していった。
隙を突いて、脱出を試みる志士たちも出てきた。その中で宮部鼎蔵他数人が玄関から脱出しようとした時・・・・
「わっ!?ダメだ、戻れ戻れ!!」
土方率いる隊士20名が到着したのだ。
結局、四国屋に浪士は全く居なかった。
「一人も逃がすな!周りを改めろ!!」
本隊の乱入で形勢は一気に逆転した。
戦闘は2時間に及んだ。この池田屋事件により、それまで長州藩の指導的立場にあった志士たちが多数死亡した。ために維新が1年は遅れたとも、逆に1年早まったともいわれている。
「・・・片付きましたよ、土方さん。」
原田や斎藤たちが玄関で一息ついている。
「そうか・・・藤堂君、ケガは大丈夫か?」
藤堂は顔を斬られたものの、致命傷には至らなかった。
「ははは・・・男前傷と言ってね、女たちが黙っちゃいないよ。」
「総司はどうした?」
「ああ、総司なら上で近藤さんや源さんと話してますよ。」
玄関から山崎と竜馬が戻ってきた。
「トシ、逃げた奴らも片付いた。これで全員だ。」
「そうか・・・」
土方は山崎の顔を見た。
現代の人間なら「それ見たことか!」と怒鳴るだろうが、山崎は違った。
何も言わずに土方の顔を見ている。
「・・・・山崎君、よくやってくれた。ありがとう。」
土方はたった一言、そう言って手を差し出した。
「・・・ありがとうございます!」
2人はがっちりと堅い握手を交わした。
入口から外を見ていた島田がようやく到着した会津藩兵を見つけた。
「副長・・・会津藩が今頃来ましたよ。」
「・・・・・」
土方は何も言わずに、ただ兵士達をじっと睨んでいた。
何度か会津藩の兵士達が手柄を横取りしようと中に入ろうとしたが、その度に・・・
「何か御用ですかな?」
と、入口に仁王立ちしている土方の気迫に負けて結局、中に入ることは出来なかった。それも、この一件の手柄を全て新撰組のものとするためだった。
翌朝、近藤達は池田屋を出て、壬生までの帰路を誇らしげに凱旋した。浅黄色にだんだら模様の羽織、朱に『誠』一文字の旗が、男たちの象徴。
壬生の狼、新撰組の最も暑く長い一日は終わったのだった・・