第二部「誠の旗」(其の肆)



文久三年 八月十八日

 京都御所内で、会津、薩摩、淀の三藩が政治クーデターを起こした。御所から長州藩を完全に締め出したのだ。新撰組も三条実美の屋敷を占拠するために出動。新撰組が会津藩の正式な要請を受けて出動したのは、これが最初である。

 その三条邸を奪回すべく、桂 小五郎と大神一彦は兵士数名を連れて駆け込んだ。しかし、既に新撰組が三条邸を占拠している。土方がそれを見て一歩前に出た。

「どこの藩の者だ、名乗られよ!!」

 髭を生やした男が一歩前に出る。

「久留米藩の真木和泉だ。三条卿の護衛にまかり通る。」

 土方はその後ろにいる男に目をつけた。

「そちらの御仁は、長州の桂小五郎殿ではありませんかな?」
「いかにも、長州藩士・桂 小五郎。」
「三条卿は謹慎とあいなった。お引取り願おう。」

 しかし、大神が前に出て刀に手をかけた。

「そう簡単に、引くわけにはいかん。」

 一方、新撰組の方からは竜馬が前に出た。

「たってとあれば、拙者が相手になる。」
「ん?」

 大神は竜馬の顔に見覚えがあった。

「どこかで見た顔だな?確か、水戸の講道館だ。」
「ああ、行ったことがある。」
「俺は、水戸藩士・大神一彦。」
「・・・・仙台藩・真宮寺竜馬。」

 二人は数分間睨み合った。ほんの数分だが、実に長い時間に感じられた。

「大神君、刀を納めたまえ!」

 桂の一声で、その睨み合いは終止符を打たれた。大神は刀を納め、戻っていった。

(大神一彦・・・・あの男、できる・・・)

 大神達が去った後も、竜馬はしばらくその場に立ち尽くしていた。
 結局、長州藩は会津・薩摩・淀の三藩と丸一日睨み合ったが、もはや政権奪回は不可能だった。三条実美以下、長州の公家達は御所を追放されることになった。 世に言う、『七卿落ち』である。
 政変のゴタゴタで一時沈黙していた芹沢一派だったが、日がたつに連れ、横暴がまた始まりだした。特に近藤や会津藩を驚かせたのは大和屋へ大砲を撃ち込んだ事件であった。芹沢はしきりに大和屋に御用金の取立てに出向いたが、大和屋は断りつづけた。遂に怒った芹沢は新撰組が会津藩から貰い受けた大砲を使って大和屋の土倉に焼いた鉄の弾を撃ち込んだのだ。
 炸裂はしないが20発近く打ち込まれたために遂には倉が焼け落ちてしまった。
 その日、近藤、土方、山南の3人はそのことについて相談していた。

「参ったな、まさか大砲まで持ち出されるとは・・・山南君、所司代の反応はどうだったかね?」
「はあ、今回は何とかしましたが、流石に役人の方の顔も引きつってましたね。」

 じっと腕を組んだままの土方が話し始めた。

「近藤さん、慌てるこたぁねぇ。大和屋には悪いが、これは好機だ。芹沢一派を叩き潰す好機だ。」

 そのとき、竜馬が黒谷・会津藩本陣から戻ってきた。

「おお、竜さん。どうだった?」
「外島機兵衛殿にお会いした。肥後守様も今回の一件で新撰組の解散もお考えになられているそうだ。」
「芹沢一派のお陰で、迷惑な話だ。」
「そこでお話するわけですが、外島殿はかように申された。『今回の大和屋の一件、殿も頭を悩ませておられる様子。もし、このまま芹沢 鴨並びにその一党を放置すれば、新撰組は解散とあいなる。一党の始末は近藤殿に一任する。』と。」

 一同に緊張が走った。それは、芹沢 鴨一派の粛清をせよという命令であった。
 近藤達はその隙を覗うべく、じっと待っていたが、なかなかその機は訪れなかった。
 そして、仙台藩からの命令で竜馬は国許へ帰されてしまった。
 しかし、それでも近藤達はじっとチャンスを待った。そして、そのチャンスは来た。
 ある日、新見錦が一人で祇園の料亭「一力」に出向いたことを山崎が報告してきた。
 芹沢達は近藤に足止めされ、その間に土方、総司、山崎の3人が祇園へ走った。
 報告の通り、新見は料亭に一人でいた。

「新見先生。」
「誰だ、入りたまえ。」

 入って来たのは土方だった。

「何だ、土方君か。何の用だ、このような所まで来て。」
「新見先生、ご決断頂きたい。」

 新見は笑いながら酒を飲む。

「土方君。君は少々慌ててはいまいか?新撰組には局長が3人いるんだ。芹沢先生、近藤君、そして私だ。決断なら、芹沢先生か、近藤君に仰ぎたまえ。」
「既に、両先生の了解は頂きました。この一件は、局長全員の了解を得なくてはなりません。」
「何だか知らんが、芹沢先生の了解を得ているのなら私も了解しよう。」
「・・・本当によろしいのですね?」
「しつこいな、君も。武士に二言はない!わかったら、帰りたまえ。」

 そのとき、土方の後ろから総司と山崎が入って来た。

「何だね、君たちまで?」
「新見先生、切腹していただきます。」
「何?」
「先ほど、武士に二言は無いとおっしゃいましたな?」
「待ちたまえ、何故私が腹を切らねばならんのかね?」

 土方の表情が一転、鬼のような形相で新見を睨む。

「未練とは思わんのか、新見 錦!!」
「何だと!?」
「局中法度第三条、『勝手に金策致すべからず。』それに触れたと言えば、おわかりのはず・・・・」
「そうか・・・わかってしまったか・・・・私も局長、新見 錦だ。潔く腹を切ろう。」

 羽織を脱ぎ、刀をゆっくりと抜く。
 しかし、新見は突如土方に斬りかかった。

 ザシュウウゥゥゥゥゥッ!!

 横にいた総司が刀を一閃。新見を斬り捨てていた。

「・・・・監察・山崎丞。確かに検分致しました。」
「よし、後は任せた。戻るぞ。」

 土方と沖田は急いで屯所へ戻っていった。
 屯所中に芹沢の声が響いた。

「新見君が切腹!?」

 戻ってきた土方の報告を受け、芹沢は怒り狂った。

「何の理由があってそのようなことを!」

近藤が静かに口を開く。

「局中法度違反・・・・それだけで十分なはず。」
「ふざけるな!それだけで局長を切腹させるとは、何事ぞ!!」

 土方が芹沢を睨みつけながら強く言い放つ。

「それだけで十分なはず!局中法度の前には、局長も平隊士もありません!平間君、君たちとて局中法度に触れれば、即切腹させる!」
「何をっ!!」

 平間達が立ち上がるが、その時・・・・・

 バンッ!!

 四方の障子が開き、永倉や原田たちが睨みながら入って来た。
 芹沢たち4人はそれ以上何も言わず、その場は解散となった。
 その日から、芹沢たちは巻き返しをはかるべきであった。しかし、新見という頭脳を失った彼らにそんなことを考える余裕はどこにもなかった。ただ、酔いに任せて暴れることしかできなかったのだ。
 そして、遂にその日は来た。


 文久三年 9月18日

 芹沢たちが酔いつぶれて八木屋敷に戻ってきた雨の夜・・・
 廊下を静かに行く黒い影・・・覆面で顔を隠した土方、沖田、井上、原田の4人であった。雷の鳴り響く夜、惨劇は起こった。
 芹沢 鴨は土方と沖田に斬られ、即死。平山五郎も井上に斬られ死亡。野口健司はその場に居なかった。しかし、後に切腹させられる。
 そしてただ一人・・・そう、ただ一人、無傷で逃げ切った男がいた。平間重助である。土方は芹沢一派を根絶やしにするために、監察方の一部を回して捜索させた。
 そして2ヵ月後、奥州江刺に潜伏していることが判明した。

「江刺・・・か。遠いな・・・・」
「島田君。報告してきたのは、誰だ?」
「はい、尾形俊太郎君です。あまり剣の腕は・・・・」
「知っている。・・・・」

 土方は腕を組み、考え込むこと数分。何を思ったか、手紙を書き始めた。

「トシ、何か策でも?」
「島田君、大至急早馬を手配してくれ。一番早い馬だ。」
「心得ました。」

 島田は早速早馬の用意に取り掛かった。

「誰かに手紙か?」
「近藤さん、誰か忘れてやいねぇか?」

 そう聞かれて近藤はしばし考え込んだ。

「まさか・・・・」
「そう、そのまさかだ。」

 その日、京から早馬が奥州へ向け走り出ていった。
 そして、その頃から京の街に新撰組の名が知れ渡るようになってきた。
 中京の鴻池善右衛門の別邸に押し込んだ御用盗りを討ち取った事件をはじめ、新撰組の隊士たちは動乱の巷に颯爽と登場したのだ。だんだら模様の羽織を着、紅い『誠』一文字の旗を先頭に市中を見回る剣客たち。いつしか人は彼らを『壬生狼』と呼ぶようになった。
 間もなく、文久三年は終わりを告げ、そして新しい年になろうとしていた。

 

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