第二部「誠の旗」(其の壱)

 文久3年。清河八郎、山岡鉄舟を中心とする浪士隊は江戸を出発。
 中仙道を京へ向かった。
 その途中、甲府城下街・・・・

 土方達は宿に泊まっていた。
 酒を飲んでいた山南が呟く。

「しかし・・・近藤先生もついてませんね。いきなり宿割りの係にされるなんて・・・」

 総司が寝そべって菓子を食べながら言う。

「仕方ないでしょう。清河にして見れば、試衛館なんてただのイモ道場なんだから。」
「これ総司!滅多なこと言うもんでねぇ!」

 井上が子供を叱るように言う。
 しかし総司は気にも止めず、菓子を食べている。

 カンカンカンカンカンカン・・・・・・

 半鐘の音が宿場に鳴り響いた。

「火事ですな。」
「行ってみよう。」

 8人は宿を飛び出し、火の手が上がっている方へ向かった。
 火災現場は宿場のど真ん中。しかも道の真ん中であった。

「燃やせ!もっと燃やせ!!2、3軒ぶっ潰しても構わんぞ!!」

 燃え盛る炎の前で酒を飲む一人の剣客。
 彼の名は、芹沢 鴨。水戸天狗党の生き残りで神道無念流の達人。そして、それにつき従うのは4人の剣客。
 新見 錦、平間重助、平山五郎、野口健司。
 いずれも芹沢の門下で修行を積んだ腕利きの剣客たちである。
 町火消しが火を消そうとするがすぐに新見達によって追い返されてしまう。
 急を聞いて近藤が駆けつけた。

「芹沢先生!」

 芹沢は不機嫌そうに近藤を見上げる。

「・・・・何じゃ、お主は?」
「天然理心流・試衛館道場の近藤勇です。宿割りの係りを仰せつかっております。」
「ほお・・・ならば尋ねるが、わしらの宿が無いたぁ、一体どういうことじゃ!?」
「全て拙者の手違いです。宿は手配いたしましたゆえ、どうぞお移りを。」

しかし、芹沢は動こうとしない。

「結構。ここで野宿する。だが、焚き火くらいはさせてもらうぞ。こう寒くては野宿出来んからのう。」

 新見たちは次々と家の柱などを壊して火の中へ放り込んでいく。
 ちょうどそこへ、土方達が到着した。

「近藤先生!!」

 駆け寄ろうとする総司の前に、平間が立ちはだかる。

「何じゃ、貴様ら?」

 左之助や藤堂が総司の前に出る。

「貴様こそ何者だ!!」
「俺は、神道無念流・平間重助だ。田舎道場の出る幕ではない。去れ!」
「何だと!?」
「待て!」

 いがみ合う左之助たちを近藤が制する。
 そして、突然、芹沢の前に土下座した。

「芹沢先生、どうかお移りを・・・」
「・・・・・」

持っていた扇子をパチンと言わせて立ち上がった。

「新見、平間。行くぞ。」
「はい。」

芹沢達は宿の中に入っていった。

「待ちやがれ!!」

 追おうとする藤堂達を土方が止める。

「今は喧嘩をする時ではない。」
「しかし、土方さん!!」
「もういい。帰ろう。」

 近藤も土方も宿に戻っていく。

「・・・・・」

 竜馬は芹沢たちが入っていった宿をじっと見ていた。

(芹沢 鴨か・・・あんな奴がいたとはな・・・)

 ようやく町火消しが消火作業に入りかかった頃、竜馬も宿に戻っていった。
 その頃の京都の治安は最悪のものだった。
 島田左近、池内大学の暗殺など、元号が『文久』から『暗殺』に変わったとしか思えぬほど、天誅事件が続いていた。
 幕府はこれに対応すべく浪士隊を京へ向かわせ、浪士の取り締まりに当たらせようとした。
 しかし、事態はあらぬ方向へ動いた。
 その日、壬生の新徳寺に集まった浪士隊は、清河から意外な話を聞いた。

「聞けぃ!我らが京へ来た目的は、将軍の護衛にあらず!これより江戸に立ち返り、攘夷を断行する!!ご一同、もとより異存ござらんな?」

 誰も、何も答えない。
 しかし、一人の男が立ち上がった。近藤である。

「我らはあくまで幕府の募集に応じたもの。将軍家のご沙汰があれば攘夷も結構だが、貴公の指図を受けるつもりはない。」
「・・・・それで?」

 横にいた土方も立ち上がる。

「近藤さん、出よう。」
「・・・ああ。」

 一党を引き連れて出ようとするが・・・

「待たれよ。お主ら、幕府の走狗となるのか?」

 それを聞き、土方があざ笑いながら言う。

「フン、知れたこと・・・お主こそ、狗に化けた狐だな。」

 そのとき、清河を支持する浪人が土方に斬りかかった。
 ザシュウゥゥゥゥゥッ!!
 斬られたのは土方ではなく、浪人であった。斬ったのは竜馬であった。

「竜さん、狐なんか斬ったらせっかくの宝刀が汚れるぞ。」
「フン。」

 近藤以下9名の剣客たちは寺を出て行った。
 それをじっと見つめる男がいた。
 直参旗本 佐々木只三郎

(・・・あの3人、長い付き合いになりそうだ・・・)

 後に見廻組を組織する男で、新撰組と張り合うことになる。
 近藤たちが出て行った後、清河は一人の男に指示を出した。

「芹沢君!!」
「・・・・・俺に奴を斬れと?」

 清河は黙ってうなずいた。
 その日、八木源之丞の屋敷に泊まっていた近藤達は清河達の襲撃に備えていた。

「来たぞ!」

 表に立っていた藤堂が走りこんできた。

「5人です。芹沢 鴨の一党が来ます!」
「来たか・・・」

芹沢達は正面から入って来た。しかし、戦意は見えない。

「芹沢先生・・・」

 芹沢はニッと笑い・・・

「近藤君。気が変わった。俺たちも残る。」
「え?」

 話によると芹沢も清河の寝返りには納得いかないものだったのだ。
 ともあれ、これで近藤と芹沢が手を組んだお陰で仲間は14人に増えた。
 一方、清河は老中、板倉勝静によって江戸へ呼び戻された。
 京に残ったのは、近藤、芹沢たちだけであった。


其の弐へつづく……


序章に戻る
目次に戻る