第一幕
「明日香、初陣」



 日本……この国は古の時代より、妖怪、物の怪といった魑魅魍魎が住みついてきた。事実上、人間と共存していたが、お互いに攻撃しあい、憎みあってきた。
 元治・慶応・明冶・太正・照和・平城と、幕末から時代が移り変わる間、とくに降魔と呼ばれる魔物と人間の戦いが繰り返されてきた。元治元年に日本橋に出現して以降、太正期には4度出現。照和期にも度々出現して東京の人々を恐怖に陥れてきた。
 だが、降魔の攻撃はことごとく失敗に終わった。闇の脅威から国を守る組織があったのだ。その名は帝國華撃團。隊長以外の8名の隊士が全て女性という変わった部隊であった。
 その帝國華撃團も照和30年になると解散した。降魔が出現しなくなったことと、高すぎる維持費が原因であったといわれている。
それから……時は流れた。

 1999年(平城11年) 4月
 東京・銀座 旧大帝国劇場
 この劇場は太正11年に完成したもので、銀座のど真ん中にある。外見はヨーロッパの劇場を思わせる作りで、太正期から東京都民の娯楽の場であった。この劇場で定期的に公演を行ってきたのは、帝國歌劇團。8人の乙女たちがこの劇場で舞い、踊り、歌った。しかし、それは帝國華撃團の世を忍ぶ仮の姿であった。
 前述の通り、長きに渡って東京都民に愛されてきた帝國歌劇團も既に解散し、劇場は劇場でなくなり、ただの観光名所になっていた。しかし昨年、久し振りに劇団が復活。既に一度、舞台公演を行ったが、初日から満員御礼で早くも東京都民の間で話題になっている。

 復活にはワケがあった。昨年、突如福岡市内に降魔が出現。市街地を徹底的に破壊した。降魔はその後、海中を東京へ向かい、湾内に侵入した。当然自衛隊が迎撃したが、まったく歯が立たなかった。
 しかし降魔を迎え撃った一団があった。3機のロボットのような機体が降魔に敢然と立ち向かい、そして消滅せしめた。これこそが、帝國華撃團の子孫らによって結成された新生華撃團ともいうべき組織であった。かつての華撃團に倣いこの旧大帝国劇場に本部をおいていた。

 ここに一人の少女がやってきた。黒く長い髪の毛、やや幼さを残した顔立ち、だがその強い眼差しは確かな決意を秘めている証だ。
 彼女の名は吉野明日香、19歳。三重県出身。北辰一刀流を学んだ凄腕の剣客である。
 今日は休演日なので正面玄関は開いておらず、来賓用玄関から劇場内に入った。すぐに事務局がある。受付に一人の女性が居た。彼女の名は草薙あおい。劇場の事務を取り仕切っている。

「当劇場に御用ですか?」
「あ、あの、私、吉野明日香といいます。大神支配人にお取次ぎ願いたいのですが……」
「ああ、吉野さん。伺っております、どうぞこちらへ。」

 あおいに案内されて隣にある支配人室に通された。ノックすると「おう」と声が聞こえ、中に入った。中に入ると立派な椅子に一人の中年男性が座っていた。彼の名は大神一基。この劇場の支配人である。
 彼の祖父は先の帝國華撃團二代目総司令にして帝國海軍の英雄・大神一郎である。

「おう……やっと来たか。ま、かけな。……ご苦労だったな、あおい。戻っていいぞ。」

 あおいはその場を立ち去り、明日香は一基の向かいに座った。

「吉野明日香です。」
「知ってる。……俺が、支配人の大神一基だ。ちょっと待ってろ。」

 一基は受話器をとり、内線を使って誰かを呼び出した。

「……さてと。知ってると思うが我々、東京華撃團の任務は昨年出現した降魔のような闇の者たちと戦うことだ。」
「はい。」
「お前に、あの化け物と戦う覚悟はあるか?」
「ここに来ると決まったときから、私の覚悟は決まっています。」
「……よし。」

しばらくすると一人の男が入ってきた。

「大鳥龍雄、参りました!」

 ピシッと敬礼するこの男。名前は大鳥龍雄、22歳。東京出身。天然理心流の免許皆伝者であると同時に、もとは海上自衛隊の三尉である。ある事件で無期限の謹慎処分を受けていたところを、一基の説得で引き抜かれ、隊長に就任している。

「おう、新入りだ。名前は吉野明日香。案内してやれ。」
「はっ。」

 大鳥はまず1階部分を案内した。
 劇場の1階には舞台や大道具部屋、楽屋、衣装部屋といった劇団関係の部屋が多い。また食堂や売店、音楽室などもある。2階には各隊士の部屋がある。他には図書室や隊士たちの憩いの場であるサロンや遊戯室があり、正面玄関の真上には……

「ここは2階ホールとテラスだ。」

 テラスに出ると時計台などをはじめ、銀座の街並みが見える。

「わぁ……」

明日香はまるで子供のような顔をして街並みを眺める。

「銀座の街並みがそんなに珍しいか?」
「奈良にはこんなに大きな建物がたくさんある街はありませんから。」
「三重県の出身だと聞いたが?」
「ええ、出身は津市です。けど3歳のころに奈良の親戚に引き取られて。」
「……(そんなこと資料に書いてなかったぞ。)」

大鳥は明日香を部屋に案内した後、支配人室にもどり、一基にどういうことか尋ねた。

「どういうことですか?彼女は3歳のころに奈良の親戚に引き取られたと言っていましたが……」
「……ああ、悪いがそのことに関しては、詮索しないでもらいたい。時期が来たら話す。」
「……時期とは?」

一基はその質問には答えず……

「彼女をみなに引き合わせておけ。何事もチームワークが大事だからな。」

 命令どおり、大鳥は明日香をサロンに呼び出し、現在劇場にいる隊士と引き合わせた。

 ではここで大鳥と明日香以外の隊士のプロフィールを紹介しておこう。

 橘 弥生 20歳
 新生華撃團で最初に入隊した隊士である。帝撃隊士だったマリア=タチバナの孫娘である。祖母がロシア人であるためか、目が緑色で、背も高い。もとは新聞記者で唯一入隊前に降魔を目視した隊士である。霊力が全隊士の中でもっとも高く、戦闘では凍気を帯びた霊力波を放つ。


 江戸川ゆり子 22歳
 メカニック担当。もとは作家で『降魔誕生』という本を書いたが政府によって発禁処分となった。執筆活動を続けるかたわら、進学して機械工学を学び、その知識とメカニックとしての腕をかわれて入隊した。IQ600を誇るが、戦闘には不慣れで、防御と仲間の回復に従事する。


 メイリン(明 鈴) 11歳
 中国人。隊士の中でもっとも若い。福岡市で降魔の襲撃を受けて両親と二人の兄を失った。一基に引き取られてその霊力の高さを買われて入隊した。まだ実戦に参加したことはないが、降魔に対して人一倍強い憎しみを抱いている。両親から武芸十八般一通り手ほどきを受けており、小さい体ながら武芸の達人である。

 いま劇場にいるのはこの3人だが、既に入隊が決まっている隊士はもう一人いる。アメリカ人でまだ来日していない。
 残る一人と明日香を加えて5人の隊士と1人の隊長によって、東京華撃團の主力部隊は構成される。


 翌日から早速訓練が始まった。
 劇場の地下には華撃團の心臓部とも言うべき、作戦指令室や格納庫をはじめ、鍛錬室やプール、そしてシミュレーション室といった訓練の場も設けてある。
 シミュレーション室には主力兵器である霊子甲冑という有人型ロボットのシミュレーターがある。訓練の要点を一基が説明する。

「いいか明日香。この訓練によって霊子甲冑の操縦方法を学んでもらう。まずは起動だが……起動が出来なかったら話にならんが……マニュアルは読んだか?」
「は、はい!一通り。」
「起動方法はわかっているな?」
「あの……理論だけは。」
「よし、その理論を活かせ。」

 さっそく起動訓練に入る。だが……
 ブウウウゥゥゥン↓……(沈黙)
 たいてい、霊子甲冑にはじめて乗り込んで一発で起動できる者はいない。

「ま……初めはこんなものだろ。」
「これを一発で起動できる奴なんか、100年に1人しか現れねぇよ。」

 一基の横で訓練に立ち会う男がいた。
 彼の名は真宮寺和馬。もと航空自衛隊のエースパイロットで一基の従兄弟。一基とともに華撃團復活に奔走し、設立後は副司令に就任している。

「しかし……あんな無邪気な娘をかり出さねばならんとは……」
「……破邪の血統か……宿命を断ち切ろうとした先人たちの努力も……報われなかったか。」

 二人は沈痛なおももちで、明日香を見つめる。
 ガラス越しに見える明日香は3度目にして起動に成功し、子供のようにはしゃいでいる。

「やった!やりました!!」

 それを見ながら、二人は別の不安を覚えた。

「大丈夫か?あんなにガキっぽくて。」
「……言うな。何か不安になってきた。」

 明日香は若いが、それ以上に子供っぽい部分があるように思える。もっとも、顔も幼さを残しているが……

 訓練終了後、シミュレーターの整備をしにメカニックの江戸川ゆり子がやってきた。

「お疲れ、明日香はん。」
「は、はい!お疲れ様です!」
「なぁ、アンタ……いくつやったっけ?」
「え?……19です。」

 それを聞いてゆり子は一瞬間をおいた。

「……正直なトコ、言うてもええか?」
「はい……何です?」
「アンタ……」

 ゆり子は明日香の眼前にヌッと顔を突き出し……

「……サバ読んでへん?」
「はいっ?」
「ホンマはもちょっと若いやろ?」
「ど、どうしてです?」
「なんかなぁ……19に見えへんねん。……12ぐらいにしか見えへん。」

 何を聞くかと思えば、年齢のこととは……

「あの……ホントに19なんですけど。今年、高校も卒業しましたし……」
「……」

顔を引っ込めるともう一度ジィーッと見て……

「ふぅ〜む……なんでそないに若ぁ見えるんやろ?」
「あの……ゆり子さん……私、そろそろ行かないと……メイリンちゃんと約束が……」

 自己紹介のときに特技は剣術と言ったところ、メイリンにぜひ聞かせて欲しいと言われ、訓練終了後に中庭で腕前を見せるという約束をしていたのだ。
 するとゆり子は道具を持って……

「うぅ〜む……なんでやろ……羨ましいなぁ……」

 とブツブツ言いながらシミュレーターの下へ潜り込んだ。
 今のうちに、とばかりに明日香はその場を立ち去った。すると今度は弥生に出くわした。

「あ、橘さん。」
「弥生でいいよ。……訓練、お疲れ様。……ゆり子を見なかった?」
「あ、ゆり子さんなら、シミュレーターの下に潜り込んでます。」
「そう、ありがとう。」

 と、会話も短めに切り上げて去って行く。
 半分軍団のような華撃團にあって軍人らしいのは大鳥と弥生の二人だけである。もともと新聞記者である弥生は仕事柄、要点だけを短く話すことがクセになっているらしい。

 1階に上がって中庭に行くと、メイリンが座って待っていた。

「おそいよ、お姉ちゃん。」

 待ちぼうけを喰らったメイリンは顔をプクーッと膨らました。

「ゴメンね、メイリンちゃん。なんか、ゆり子さんに絡まれちゃって。」
「ゆり子に何か言われたの?」
「うん……何か……年をごまかしてないかって。私って……そんなに子供っぽく見えるのかしら?」
「ふふっ……・ボクが見てもあまり年が変わらないように見えるもん。」

 メイリンは二人の兄と一緒に暮らしていたせいか、口調が少し男子っぽい。わりと喧嘩も強くて、小学校でメイリンに勝てる男子はごくわずかしか居なかったという。

「ね、早く見せてよ。」
「うん、わかった。……えぇぇいっ!!」

 シャキイィィィンッ!
 北辰一刀流の免許皆伝である明日香は剣の達人である。関西地区で剣道を志す者で、彼女の名を知らない者はモグリと言われるほど有名であった。彼女は霊剣荒鷲という名刀を所持している。この剣、世に二つとないと言われた伝説の剣で、なぜか長い間行方不明だったといわれている。
 抜刀術にはじまり、いくつかの型を披露し、最後には舞い降りてくる落ち葉を真っ二つに斬ってみせた。いつの間にか、大鳥が来ていてその様子をジィッと見ていた。
 型の披露を終えると、大鳥とメイリンが拍手をおくる。

「すごい!お姉ちゃん凄いよ!!」
「素晴らしい太刀筋だ。……関西で五本の指に入ると言われただけのことはある。」
「そんな……大袈裟ですよ。そういえば、大鳥さんの噂も聞いていますよ。天然理心流最強だそうですね。」

 そんなことを言われ、大鳥は照れくさそうに笑いながら訊いた。

「……誰がそんなことを?」
「剣客なら、誰でも知ってますよ。」

 天然理心流を学んだ大鳥は免許皆伝となり、兄弟子の全てを撃破。そればかりか、新撰組の沖田総司が得意としたと言われる、伝説の『三段刺突』をも会得している。事実上、天然理心流最強の剣客となった。

「いつか君と立ち合いってみたいものだ。」
「大鳥さんには勝てませんよ。」

 と、相変わらず明日香は謙遜する。時として謙遜というのは相手に不快感を与えることがある。しかし大鳥は明日香がそういう人物であると理解しているので何とも思わない。


 ビイィーッ!ビイィーッ!
 その夜、劇場内に警報が鳴り響いた。緊急事態発生の証である。
 すぐさま各隊士が一斉に地下の作戦指令室へ集合する。集合にかかった時間はわずか52秒。


 一基や和馬たち幹部も指令室に到着。すぐに状況説明が始まった。
 築地魚市場付近に異形の化け物が出現。破壊活動を開始しつつあるという。

「異形の化け物とは?」
「密偵の報告では「脇侍」らしい。」
「わきじ?」

 脇侍とは太正十二年に東京を侵攻した黒之巣会という組織が使っていた兵器だ。侍をロボットにしたような恰好をしている。内部構造など詳しいことは何もわかっていない。

「そんなものが、なぜ今頃?」
「わからん。だが、あれは紛れもなく敵だ。ただちに迎撃せよ。……副司令。」

 一基に促されて和馬が前に出て詳しい状況を説明する。

「出現した脇侍の数は……・少なくとも3機。現場は建物が密集している。さいわいにも現場に残っている市民は少ない。が、被害は最小限に抑えねばならん。……悪いことに霊子甲冑は使えない。」

主力兵器である霊子甲冑は現在、改修中であるため、実戦に参加できる状態ではない。

「よって、生身で撃破する。……戦闘の指揮は大鳥隊長に一任する。」
「はっ。東京華撃團・全員出動!!」

全員整列の後、敬礼。そして1階に上がって外に待機しているトラックに乗り込んで現地へ向かった。
移動中のトラック車内で明日香は初陣のためか緊張して、まったく動かない。

「……緊張しているな?」

大鳥に声をかけられ、ようやく少しだけ動いた。

「はい……胸が苦しいです。」
「……初陣とはそんなものだ。入隊前、護衛艦に乗り込んで玄界灘で降魔と戦ったことがあった。」

 98年の春、海上自衛隊の三尉だった大鳥は護衛艦「ひえい」に乗り込み、正体不明の潜水艦と接触した。後でその正体が降魔であるとわかったが、降魔はあっという間に僚艦「はるな」を撃沈し、「ひえい」に迫った。

「艦長が負傷したために代わって俺が指揮をとった。ミサイルを発射して何とかその場を凌いだが……・恐怖のあまり震えが止まらなかった。音を出さないようにしていたが、歯をガチガチと震わせていた。」
「………」
「初陣なんてそんなものだ。……・あれこれ考えていても始まらん。気楽にしろ。」
「はい。」

 やがて現場に近付く。トラックは戦闘区域に突入したところで停車した。

「よし……下車!俺に続け!」

 各隊士が大鳥に続いて現場へと急ぐ。
 やがて炎上している建物が見えてきた。その奥に脇侍らしきものが2体見える。

「よし……いいか、全員よく聞け。これより二手に分かれる。俺と明日香君は右の奴をやる。弥生、君はゆり子君とメイリンで左の奴をしとめてくれ。」
「わかりました。」
「残る一体に気を付けろ。突然現れる場合もあるからな……作戦開始!」

 二手に分かれて脇侍に近付く。
 ふと、大鳥は明日香が刀を持っていないことに気付いた。

「刀は?」
「あの……忘れました。」
「しょうがないな……ほれ。」

 二刀流も学んだ大鳥は常に二振りの刀を装備している。そのうちの一振りを明日香に貸し与えた。

「すみません。」
「今度は忘れんな。……いくぞ!」

 建物の陰から二人同時に脇侍に斬りかかった。霊力をこめた一撃によって脇侍の装甲はいとも簡単に貫かれ、倒れた。
 直後、もう一体の脇侍も弥生たちによって破壊された。残る脇侍は一体。

「よし……あと一体か。」

 トランシーバーで弥生たちと連絡をとり、見つけ次第破壊せよと命令し、大鳥と明日香も残る一体を探す。

「……どこに居るんでしょう?」
「あんなデカイ図体してんだ。そう隠れる場所は無いはずだが……」

 ガラッ
 背後で物音がした。振り向くと瓦礫の中から脇侍が姿を現したのだ。

「明日香君!!」
 ドガッ!
 脇侍が腕を振り下ろし明日香を薙ぎ払おうとしたが、直前で大鳥に突き飛ばされ、明日香は無事だった。だが……

「大鳥さん!!」

 一撃をモロに喰らった大鳥は気絶。大鳥の刀は折れてしまい、貸してもらった刀は突き飛ばされた拍子に手放してしまった。
 すると脇侍は再び腕を振り上げて大鳥にとどめを刺そうとする。

「大鳥さん!……・させるものですか!荒鷲ぃっ!!」

 ピイイィィィィッ!!
 明日香の腕が光った。すると上空に突如、炎に包まれた鳥が飛来した。

「何、あれ!?」

 その鳥は弥生たちからも見ることができた。

「あそこに脇侍が居るのかも知れない。急ぐわよ!!」

 炎の鳥は三つの火球に分裂したかと思うと再び一つになった。
 しかし、今度は鳥ではなく、明日香の愛刀、霊剣荒鷲に変化していた。荒鷲を手に取った明日香は脇侍に向かって突進していく。

「はぁぁぁぁぁっ!!」

 明日香の放った一撃が脇侍の腕を切断した。やはり痛みを感じるらしく、脇侍は大きく後退して悶えている。

「大鳥さんを傷つける奴は、許さない!やあぁぁぁっ!!」
 ズバアァァッ!!
 胴を一閃。脇侍はまっぷたつになって消滅した。
 危険が去ったことを悟った明日香は大鳥のもとに駆け寄った。

「大鳥さん、しっかりして!大鳥さん!!」

 2、3回揺り動かすと、意識を取り戻した。しかし痛みに顔をゆがめている。

「う……む……明日香君か……脇侍は?」
「倒しました。それよりも……ごめんなさい……私が不甲斐ないから……」

 明日香の頬を涙が伝う。すると大鳥は微笑み明日香の涙を拭いてやる。

「何を謝る?……・部下を助けるのは上官の務めだ。一撃でノビてしまった俺の方が不甲斐ないのさ。」

 痛みもおさまったのか、立ち上がって明日香の霊剣荒鷲を拾う。

「この刀……君のじゃないのか?」
「はい、そうです。」
「『そうです』って、忘れたって言ってたじゃないか?」
「わかりません……『大鳥さんが危ない』って思ったらいつのまにか手に握られていて、気が付いたら脇侍も倒れていたんです。」

 なんと明日香は自分がどうやって荒鷲を召喚し、どのようにして脇侍を倒したのかも覚えていないのだという。

「そんなことってあるか?」

 大鳥はこの一振りの剣に、多少の不安と恐怖を覚えた。
 いかに荒鷲が霊剣であるとはいえ、遠くはなれた劇場からこの地まで飛来した。もしかするとこの剣にはとてつもなく強い力が宿っているのかも知れない、と。

 そして明日香にも疑問を抱いた。
 この少女は一体何者なのだろうか。いかに北辰一刀流の免許皆伝者でも、脇侍をたった二太刀で撃破してしまうことなど、考えられない。彼女が霊力の使い手であったとしても、わずかな手数で脇侍を破壊するには強力な霊力が必要とされる。荒鷲を召喚したことといい、明日香には何か特別な能力が備わっているのではなかろうか、と。

 劇場に戻った大鳥はすぐに一基にこのことを話した。すると……

「お前の言うとおりだよ、大鳥。確かに、明日香には尋常でない霊力と特別な力が宿っている。だが……本人はまったくの無自覚だ。」
「やはり……」

 続いて和馬が口を開く。

「お前を守りたいという一心が、一時的にその力を目覚めさせたのだが……同時にそれがあいつの弱点になる。守りたいと思うものが無ければ力を出し切れないから、あいつは己を守ることが出来ない。」

 本人が自覚していないため、明日香は敵と戦う時、無意識のうちに手を抜いてしまっているのだ。そのため、この先脇侍や降魔と戦う時、守りたいと思うものがなければ力を出し切れずに敗れてしまうだろう。
 それが彼女の命取りになると、一基と和馬は前々から心配していたのだ。

「……訓練を積んでいけば、己を守るすべも身に付くだろう。明日からは舞台稽古もはじめさせる。大鳥、これからだ。これから、お前の真価が問われるのだ。しっかり頼むぞ。」
「はっ、大鳥龍雄、粉骨砕身の覚悟で頑張ります!!」

 その翌日から明日香は舞台稽古をはじめた。
 代々、帝國・巴里・紐育といった歴代華撃團の隊士たちは正体を隠すことと、歌舞音曲の持つ霊的意味合いもあって、平時は劇団として活動してきた。今回、新生華撃團もそれに倣い、平時は劇団として活動することになった。

 昨日の戦闘では大活躍だった明日香だが、舞台稽古はさっぱりだった。
 もともと芝居が下手な方だったため、NG連発。セリフは間違える、立ち位置は間違える、動きは間違える。

 客席から一基と和馬がその様子を見守る。和馬はふぅっとため息を付くが、一基は微笑みながら明日香を見ている。

「……楽しそうだな?」
「まぁな。伝説のヒロインたちはみな、芝居が下手だったと聞いているからな。エリカ=フォンティーヌ、ジェミニ=サンライズ、そして真宮寺さくら。明日香も彼女たちのように、凄い戦士になるかも知れん。」
「なるほど……そうだな。」

 そう思うと、和馬もなんとなく笑顔になる。
 平城11年 4月。新生華撃團の戦いはまだ始まったばかりである……


次 回 予 告

女優としての活動もはじめたんだけど、
どうにも上手くいかなくて。
そんなある日、アメリカからハリウッドスターがやってきました。
でも、何か怖そう……
えっ!?私が彼女の付き人!?

次回、サクラ大戦F
「スター、来日」
平城櫻に浪漫の嵐!

霊子甲冑で初見参!ですよ。  

 

キャラクター紹介

吉 野 明日香(Aska Yoshino) C,V:桑島 法子
身長:165cm  体重:50kg  生年月日:1980年4月7日  年齢:19歳  出身:三重県津市  血液型:A
特技:北辰一刀流免許皆伝  階級:花組隊士  特殊装備:霊剣荒鷲  コールサイン:イーグル
 1999年4月に配属されたばかりの新米隊士。剣術は北辰一刀流を学び、居合い抜きを得意とする。生まれてすぐに奈良の親戚に預けられたという。1年前に大神一基によってスカウトされ、高校卒業と同時に華撃團に入隊した。装備している霊剣荒鷲は明日香にしか抜くことが出来ないという。多少ドジなところがあり、舞台上ではNGが絶えない。戦闘では頼れる存在で、真宮寺さくら同様、敵陣に斬り込んでの攻撃を得意とする。なぜ親戚に預けられたのかは不明である。
 ネーミングは「ソメイヨシノ」より。明日香の名は、何となく響きがええかな?と思って付けました。ドジ娘のイメージは捨てようと思いましたが、ちょっとぐらいドジな方が愛嬌があってええかな?と思って、多少ドジにしてあります。


第二幕へつづく……

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