第三話「転換点」(その8)

 紅雄の戦線離脱とは全く無関係に戦闘は続いていた。
 先の沖縄沖海戦と同じように、米軍の直衛戦闘機隊は零戦に蹴散らされていた。
 初期の米軍進撃時にも注意してみれば、零戦の機数の割には、F4Fの損害が大きいことに気付けた筈だ。だが、物量と日本側の立ち上がりの悪さから、生まれた見かけ上の“大戦果”に奢り、冷静な分析を忘れたのである。そのツケが、ここで一気に爆発したのだ。

「敵攻撃機、きます!」
「弾幕を張れ!」

 米艦隊も必死の対空砲火を浴びせてくる。

「怯むな!」

 攻撃隊隊長として自らも九七艦攻で雷撃態勢に入った攻撃隊指揮官・友永大尉は自らに喝をいれるように叫んだ。

「二番機やられました!」

 随伴していた僚機が対空砲火に食われた。海面すれすれを飛行しているから、火達磨になった機体はすぐに海へ突っ込み、四散する。

(敵はとってやるぞ!)

 編隊は目標となる空母の斜め後方から入っている。絶好のポジションだ。

「てぇ!」

 ガクンという音がして、九一式航空魚雷が機体を離れた。急に軽くなり浮き上がろうとする機体をおさえつけ、敵艦上空すれすれを飛行する。

「三番機くわれました……自爆します!」

 左側に位置していた三番機は、敵艦を飛び越える直前に被弾したようだ。助からないことを悟り、少しでも多くの敵を道連れにしようと自らの機体を敵艦に突っ込ませたのである。
 そして、目標とした敵空母の舷側から高々と2本の水柱があがった。

「なんてやつらだ!」

 スプルーアンスは大きく揺さ振られた自らの旗艦の行き足が落ちていくのを感じていた。
 雷撃により、水面下で破孔が生じたため、大量の水が流れ込みはじめているためだ。
 一度、目に見えた損害をうけると、戦果を拡大しようと、残る攻撃隊も次々におそいかかってくる。
 たちまち何発もの直撃をくらう。
 旗艦・空母「エンタープライズ」はあちこちの破孔から煙を噴き上げ始めた。

「提督! こちらへ避難を!」
「……もたないか、この空母は」

 旗艦を沈められるのは、海軍軍人にとって屈辱だ。
 合理主義といわれるアメリカ人といえど、それは変わらない。

「もつかどうかは、これから次第です。ですが、もはやこの艦では指揮はできません」

 飛行甲板は引き裂かれ、速度も思うように出ない。何より、指揮通信設備が損害を受けている。

「わかった。ホーネットに旗艦を移そう」

 幸い、第一次攻撃隊は去っていった。第二次攻撃隊が接近するまでのわずかな時間に、危険を侵して横付された駆逐艦にスプルーアンスは移乗した、
 しかし、既に損害の大きい空母からの移乗には思いの他、時間がかかかってしまう。駆逐艦がエンタープライズから離れ始めた時、第二次攻撃隊があらわれたのだ。
 第二次攻撃隊は、機数こそ第一次攻撃隊より少ないが、第一次攻撃隊により、米軍の上空直衛隊は壊滅していたし、艦隊も傷ついているから、攻撃はずっと容易になっている。
 手負いのエンタープライズは、再び集中攻撃を浴びた。

「総員退艦!!」

 もうエンタープライズを救う手立てはない。
 艦内に退避命令が響き、生き残った水兵達は次々と海へ飛び込んでいく。
 そして、エンタープライズは紅蓮の炎に包まれた。

「………」

 スプルーアンスといえど、駆逐艦の上では指揮をとることすらままならない。

「あっ!」

 ホーネットの方角を見ていた幕僚が叫び声をあげた。
 スプルーアンスがそれに振り向く前に、艦全体をゆらがすような大音響が響く。

「ホーネットが……!!」

 九九艦爆による急降下爆撃が命中したのだ。
 その爆弾は偶然にもその直前の攻撃により生じた破孔へと飛び込み、ホーネットの艦体の深部で炸裂。残れていた航空機用弾薬庫を引火させたのである。
 そして、見る間にホーネットは艦体を傾けると、波間に消えていった。

「…………」

 スプルーアンスの幕僚達も声を失った。
 これで、スプルーアンス直率の第16任務部隊は、全ての空母が戦闘不能に追い込まれたことになる。

「フレッチャーに航空戦の指揮をとるように伝達。第16任務部隊は、駆逐艦2隻をエンタープライズの護衛に割いた後、西方へ退避しろ」

 そこまで指示を出すと、スプルーアンスは、天井を仰いだ。

(俺はU.S.ネービーのフリートコマンダーだ)

 その思いが、辛うじて彼を支え、立たせていた。
 指揮官自らが膝をついては、勝ち戦でも負け戦になる。

(まだ終わったわけではない!)

 スプルーアンスは自らを鼓舞した。

「リーにも連絡しろ。全速力で敵艦隊へ向かわせるんだ!」

「フレッチャー提督。これを!」

 空母ワスプで指揮をとる第17任務部隊司令官・フレッチャー少将のもとにスプルーアンスから電文が届いた。

(二隻ともやられたのか!)

 ホーネットが沈み、エンタープライズが大破したことを知ったフレッチャーは愕然とした。
 しかし、航空戦の指揮を自分に委ねるとある。いつまでもひたっている場合ではない。
 幸い、第16任務部隊に敵機が集中したおかげで、第17任務部隊はほとんど無傷だ。

「攻撃隊がもうすぐ帰ってくるぞ! 収容態勢を整えろ!」

 空襲を受けているうちに乱れていた陣形を整え直す。
 やがて、南南西の空からぽつりぽつりと味方機の姿が見え始めた。

「機体を収容したら、すぐに再出撃できるように整備!」

 同時に再出撃できる機数を確認する。
 思ったよりも損耗が激しい。
 特に戦闘機が損害を受けている。

(敵の戦闘機が優勢なのか?)

 現在の稼動機数では、攻撃隊に十分な護衛をつけられない。
 しかし、ここは押すしかない。

(味方が苦しい時は、敵も苦しいのだ)

 フレッチャーは第三次攻撃隊の出撃命令を下した。

「我々は戦争をしてるんだ。多少の出血はあって当然。問題は最後に戦場を支配できるかどうかなんだ!」

 幕僚達にハッパをかける。
 それは、自己を鼓舞する言葉でもあった。

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