第四話「奪回」(その6)

「そろそろ時間だな」

 加山は時計を見ながらつぶやいた。
 水平線の向こうから次第に明るさがやってくる。

「よし。第一次攻撃隊発進」

 大神の命令で、四航戦の空母「隼鷹」「飛鷹」から一斉に航空機が飛び出していく。
 既に一昨日、艦隊は索敵機の接触を受けている。
 敵空母の迎撃が間に合ったとは思えないが、マリアナへの攻撃は強襲になるだろう。厳しい戦いが予想される。

「この航空隊、みんなもヘタクソやなぁ」

 上空で編隊を組みながら、川島紅雄は呟いた。
 今回の航空隊には実戦経験がないものも多い。編隊の組方もどこかおぼつかない。

「まあ、俺もヘタクソやけどな」

 紅雄自身、本格的な実戦経験はまだ一回しかない。
 それも、ひたすら敵に追いまくられたようなものだ。

「でも、今度こそ、やったるでぇ!」

 めげないのは母親ゆずりか。
 気合を入れ直した紅雄は、隊長機に先導されるまま、機首を翻した。目標はサイパン上空である。

「桐島。キンタマついてるか?」
「はぁ?」

 小隊長の声に、桐島琢也少尉はおよそ戦場ににつかわしくない間の抜けた声をあげた。

「あのなぁ。緊張しまくってガチガチのヤツに『キンタマ握ってみろ』っていったら、『ありません』とこたえたヤツがいるんだとさ」
「そ、そうですか……」

 小隊長は笑っているが、琢也には『ありません』とこたえた気持ちもよくわかった。
 彼がいる所は、サイパンを目前にした上陸船艇の中だったのだから。

(ここにオレがいるのも血がなせるわざか)

 琢也が所属しているのは、独立特車第一〇六大隊である。
 大隊といいながら、基幹となる戦闘部隊は僅か一個中隊、定数16人。しかし、それは、開発が完了したばかりの人型蒸気、試製二式特装車『甲虎』により編成された唯一の部隊なのである。
 この文字どおりの“虎の子”というべき甲虎部隊編制において、陸軍はあらゆる兵科のあらゆる人材をチェックし、適性検査を行った。陸軍士官学校生徒であり、琉球空手桐島流後継者といわれている琢也がこの「網」にかかったのは、当然であろう。
 高い操縦適性をもつと判定された彼は、急遽、士官学校を卒業扱いとされ少尉任官。この戦地に投入されたのだ。

「おっぱじまったな」

 小隊長が言うように船の動揺が激しくなり、同時に雷鳴のような戦闘音が響いてくる。

『全機、状態を戦闘待機状態へ変更しろ』

 陸軍第六四飛行戦隊長から抜擢され、この部隊を率いることになった大隊長(兼甲虎中隊長)、加藤健夫少佐の命令が無線に伝わる。
 琢也も命令通り、静止待機状態にあった機体の出力を上げていく。同時に幾つかのスイッチを入れると、今まで最低限のものしか稼動していなかった各種計器類に次々と火が入っていく。
 光武などの霊子甲冑のそれと比べれば、初歩的なものだが、日本陸軍の兵器としてはかつてないほどの高度なものだ。

『全機、いつでも飛び出せるよう準備しておくんだ』

 加藤大隊長が言うまでもなく、船の速度があがっていくのがわかる。☆

「上陸部隊を攻撃させるな!」

 上空では紅雄らが米軍基地航空隊を相手に戦っていた。米基地航空隊は日本軍を発見してからの僅か実質1日の間にも増強されている。

「この!」

 紅雄は操縦幹を左に思い切り倒した。
 水平格闘戦能力で零戦に勝る米軍機はない。紅緒を追尾していたF4Fワイルドキャットは急旋回についていけず振り切られる。一対一の勝負なら、これでF4Fの背後をとり、撃墜することも夢ではなかろう。しかし、既に上空は乱戦模様だ。一機ずつを相手にしている様子はない。

「小隊長はどこや?」

 追尾を振り切るために単独機動を強いられた紅雄は、本来、自分がついていなくてはならない小隊長機をさがした。

「!!」

 小隊長機も乱戦に巻き込まれている。そして、敵機を追いかける小隊長機の、更にそのまた後ろに別の敵がへばりつこうとしていた。

「させへんでぇ!」

 紅雄は、一気に赤ブーストとよばれる限界まで出力をあげた。栄一二型発動機の回転が一気にあがり、機体を加速させていく。しかし、小隊長機を追っている敵機は、まだこちらに気付かない。

「これでどうや!」

 零戦二一型には、二〇粍機関砲二門と七.七粍機関銃一門が装備されている。紅雄はこの三門を一斉に発射した。まだ、距離も遠く照準すらしていないのだから、当たるわけはない。ただ、この射撃に敵機が気付いてくれればという一心だ。

(早く気付けや!)

 その思いが通じたわけでもなかろうが、敵機が急に機首を巡らせ、急降下にうつる。ようやく、紅雄機の射撃に気付いたようだ。
 深追いは禁物とばかりに、紅雄はそれ以上の攻撃を行わず、小隊長機と合流する。
 と、突然、機体そのものが小刻みに震えた。すさまじい大気の振動だ。

「巻き込まれたらたまらんなぁ」

 紅雄は半ば呆れるようにいう。
 空戦に夢中で思ったより高度が下がっていた。沖合いの戦艦「金剛」「榛名」を中心とした艦砲射撃の爆風だ。
 金剛型戦艦は旧式艦(ネームシップの「金剛」は日本が外国に発注した最後の主力艦)ながら、二度に渡る大改装により三〇ノット近い高速を確保しているため、高速輸送船とともに先行。第一波上陸の支援にあたっている。
 その主砲は三六センチと主力艦同士の打合いともなれば劣勢を覆い隠せないところだが、地上支援としては十分すぎるほど有力だ。合計十六門が間弾なく射撃を加えるとなると、空襲よりも効果は高い。
 そして、その着弾は次第に海岸線から奥へと移っていく。上陸部隊が近づいてきたのだ。

「うわっ!」
「騒ぐな」

 琢也は思わず声を出して、たしなめられた。海岸からの反撃が強くなってきている。敵重火器の多くは空襲と艦砲射撃で制圧されているから、致命的な打撃ではないが、実戦初参加の琢也にとってはたまらない。

『全機。状態を上陸戦闘待機へ』

 加藤大隊長の声にも緊張がある。彼とて「甲虎」による戦闘は初体験なのだ。
 そして、突然、船が何かにぶつかるようにして、その行き足をとめた。浅くなった海底に座礁したのだ。つんのめるような衝撃を受けた船内だが、それを前提としていたのだから、混乱はない。

『上陸!!』

 加藤の鋭い言葉が発せられた。
 瞬間、船倉の壁が外側に向かって落下した。あらかじめ細工されていたのである。
 その「穴」をくぐるようにして、次々と「甲虎」が出撃していく。

「おりゃぁ!」

 琢也も気合とともに飛び降りた。
 もちろん、下はまだ海面だ。着地と同時に海水が跳ね上がる。

(なんだか、小さい頃に岩場から海に飛び込んだ時みたいだ)

 沖縄育ちの琢也はそんなことを思ったが、感慨にふけっている暇はない。後続のために急いで場所を移動する。
 とはいえ、「甲虎」は半ば以上、海に浸かっているのだ。転倒でもして、頂部にある給排気管が完全に浸水してしまえば

「まあ、再起動できたらミカエル様に感謝せないかんわなぁ」(紅蘭・談)

 という代物だ。必然的に、慎重な動きになってしまう。そうなればアメリカ軍が黙っているわけはない。

「なんだ!?」

 海岸守備についている陸軍第25師団所属のマイク・レイノルズ中尉は舌打ちした。

(噂には聞いていたが人型蒸気を実戦投入しやがったか)

 はじめて人型蒸気と相対した兵達は、「人型」が生み出す威圧感と未知の新兵器に対する恐怖で、明らかに動揺している。

(ここは指揮官である俺の腕の見せ所だ)

 ここで、日本軍相手に活躍すれば、日本軍攻勢下の反撃だけに大きな戦功になる。
 マイクはウエスト・ポイント(米陸軍士官学校)を三番目の成績で出た秀才だ。おまけに愛国心も出世欲も人一倍。このチャンスを見過ごすわけはない。

「叩け! 火力をあいつに集中しろ!」

 マイクの命令で、彼の中隊は全火器を一番近くにいた「甲虎」に集中させた。

「うわぁ!」

 それは偶然にも琢也の甲虎だった。
 突然、激しい射撃にあった琢也は、甲虎を二三歩後ずさりさせる。

『琢也! 怯むな! きいていないはずだ!』

 小隊長からの叱咤に琢也は少しばかり冷静さを取り戻す。
 確かに火線は激しいが、銃弾は全て甲虎の装甲に弾かれていく。

「なろぉ!」

 琢也は甲虎の標準兵装備である7.7ミリ多銃身機銃(バルカン砲)で反撃する。これは、陸軍の九二式重機関銃と同じ弾薬を使用するものだが、バルカン砲形式を採用することで発射速度を高くし、威力を向上させている。もっとも、その分、弾薬の消費は激しく、注意しなくてはならないのだが。

『第三小隊! 十時の方向の火点を潰せ!』

 小隊長からも命令が下った。
 一個小隊四機の「甲虎」はその場に立ち止まり応戦をはじめた。
 だが、相手も必死だ。一層の砲火で攻撃してくる。

「な!?」

 琢也機は今までにない衝撃をうけ、装甲がいやな音をたてるのを聞いた。そして、続けて数回の同じ衝撃をうけ、機体はバランスを崩してしまった。

「うわぁ!」

 琢也機は仰向けに倒れ込んだ。もちろん、下はまだ海である。

「しまった!」

 すぐさま僚機が駆け付け、琢也機を引き起こした。倒れた機体はすぐに助けおこせ。それが、今回の作戦前に与えられた訓示だった。

「助かります」

 琢也は起き上がった機体をすぐさまチェックする。
 左の胴体側面の装甲が破壊されている。幸い、重要部はそれているようだ。

(これが噂のブラウニングか?)

 ブローニングM2重機関銃は.50キャリバーとも呼ばれる米軍の傑作重機だ。陸軍のみならず、艦船や航空機用機銃としても使われた「米軍統一機銃」である。現在でも米国州軍やアジア・アフリカ各国で使われているほどだ。その口径は12.7mmと強力なもので、軽装甲であれば簡単に貫通してしまう。
 甲虎隊にも「ブラウニングには気をつけろ」という伝達はあったが、いざ直接遭遇すると、想像以上のものだ。
 しかし、驚いている暇はない。とりあえずは機体の復旧作業だ。琢也は必死に手順を思い出していく。

「まずは吸排気管の排水!」

 「甲虎」の動力は背部にある蒸気機関だ。その吸排気管は水を吸わないようにするため、垂直上方に立てた形になっており、頭部よりも高い位置に“口”が開いている。だが、倒れてしまえば関係ない。水にひたった吸排気管をそのままにしていては、機関が損傷をうけるのは自明の理だ。

「それから、機関の確認」

 回転がバラついている。
 やはり水をすいこんでしまったらしい。だが、蒸気機関は比較的水には強い。なんとか、いけそうだ。

『大丈夫か、桐島?』
「はい。これならいけそうであります、小隊長殿」

 文字にすると長いが、倒れてからおきあがるまで、実際は二〇秒ほどだ。
 初陣とは言え、よく訓練されている。

(やれると思ったのは甘かったか)

 声には出さなかったが、マイクは焦りを感じていた。
 相手の“蒸気人形(スチームドール)”の一機が倒れた時には、全滅させられるとさえ思ったが、すぐに立ち上がってきた。
 かといって、砲兵連中はジャップの攻撃で右往左往している。とても支援は望めない。

「くそ、迫撃砲だ。やつらにうちこめ!」

 迫撃砲は簡単な曲射砲だ。中程度のものまでであれば歩兵でも運搬できる簡便さが最大の特徴である。しかし、威力はともかくとしても、命中率は低い。狙ってあてるようなものではなく、爆風で制圧するためのものだ。装甲兵器に対して使用するようなものではない。

(だが、それしか火器がない)

 どうやら迫撃砲小隊も同じ判断をしてくれたらしい。今まで後続の歩兵部隊を攻撃していた照準を手前に変更し「甲虎」へ一縷ののぞみをかけた砲撃を開始した。

(直撃できればもうけものだ)

 マイクですらそう考えていたこの攻撃は、しかし、思わぬ効果をもたらした。

「なっ!?」

 突然、周囲にあがりはじめた水柱に琢也はたじろいだ。
 そして、そのうちの一発が、琢也機の至近に着弾する。

「わぁぁ!」

 爆風自体は甲虎の装甲をもってすれば大したものではない。
 だが、その爆発で生じる水圧は直撃以上に強い力となって、琢也機を襲ったのだ。すでに水中にあるのは脚部だけだが、それでも、機体を揺さぶるには十分すぎた。

(また転倒してたまるか!)

 琢也は強引に右脚を引き抜き、倒れようとする右側に突き立てた。荷重を一手に引き受けた脚部の構造材は悲鳴をあげる。

「ふんばれよ、おらぁ!」

 海底に積もっていた砂で右脚はずるずるとすべっていく。しかし、それが逆に衝撃を吸収する結果となった。「甲虎」は耐え切ったのである。
 もっとも、琢也は運がよかった。この至近弾の水圧による衝撃は後に加藤建夫が

「初期の甲虎の最大の敵は水中至近弾だった」(帝都日報/照和21年12月8日付紙面より)

 と述懐しているほどのものだったのだ。
 この時も数機が損害をうけ、脱落した。

「やろぉ。見てろよ」

 桐島家の血が騒ぐのか、ゾンザイな口を叩きながら、琢也は左下腕部に装備された兵器に右手を添えながら間接照準をつける。そして、切換機を“四”に合わせて発射釦を押せば、四本の筒を束ねたような形をしたその兵器から、一斉に飛び出した砲弾は曲線をえがいて、敵陣地に着弾。直撃したかどうかはわからないが、他の機からも立て続けの攻撃が行われ、敵の砲撃はまばらになった。制圧には成功したようだ。
 この兵器は、日本陸軍が歩兵用簡易支援兵器として開発した擲弾筒(今日のグレネードランチャーのはしり)を甲虎用として装備したものである。弾薬自体は流用だが、四基が装備され、また、次発装填が容易になっているため、高い制圧能力をもっている。

『前進しろ! 前進だ!』

 無線から小隊長の声が入ってくる。

「いけねぇ、いけねぇ」

 反撃に夢中になって、足が止まっていた。琢也は甲虎での進撃を再開する。
 数機が砲撃やなにやで脱落しているが、まだ衝力は失われていない。そして、遂に最初の一機――第一中隊第二小隊長・佐倉大成少尉機――が上陸を果たしたのである。

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