第四話「奪回」(その2)

 イタリア・ローマ某所。

「ソレッタ・オリヒメ!」

 名を呼ばれたソレッタは、不快そうな表情を浮かながら、鉄格子越しに看守の顔を睨みつけた。

「……なんですか?」

 ムッソリーニを盛んに攻撃したソレッタ・織姫は政治犯として収監されていた。
 もっとも、政治的な主張がどうこうというものではなく、ムッソリーニという人物が「下品」で「粗野」なのが嫌いだというのが理由というのは彼女らしい。

「命令だ。出ろ」

 看守はカギを明ける。

「あら。とうとう、このワタクシを処刑されるつもりですかぁ?」

 しかし、看守は一切返事をしない。
 ソレッタもそれ以上はごねることもなく、看守にしたがって牢を出た。いくら霊力が高いソレッタといっても、アイリスのように物理的破壊力をもっているわけではないから、体力勝負では男にはかなわない。ここはまだ我慢するべき時だ。
 そのまま彼女は案内されるままに歩を進める。やがて、この獄舎の所長室へと辿り着いた。

「連れてきました」
「通せ」

 看守が扉を開く。
 そして、そこで彼女は、思いも掛けない人物を目にした。

「マイヤー隊長!」

 10年ぶりでも見間違えることはない。
 懐かしい雪組隊長の姿だ。

「ワタクシを助けにきてくれたんですね!」

 はしゃぎながらマイヤーに抱き着こうとする。しかし、マイヤーは表情も変えず、彼女の腕をとると背中への捻じりあげた。

「い、いたいでーす! なにするですかー!」

 ソレッタが怒るが、マイヤーはまるでとりあわない。

「なにを勘違いしているのか知らんが、お前は大事なエサだ」
「なんですかそれはー!」
「すぐにわかる」

 マイヤーはソレッタを突き放す。その勢いによろけた彼女は、床に倒れこんでしまった。

「連れて行け」

 マイヤーの後に控えていたSS隊員は、倒れているソレッタを無理矢理引き起こす。

「ちょっと! 汚い手で触らないでくださー! このアンポンタン!」

 悪態をつくソレッタも、屈強なSS隊員相手にはなす術がない。

「こら、マイヤー! サイテー! 裏切り者!」

 罵声にもマイヤーは表情を変えない。
 それは冷徹に任務を遂行する軍人のソレに見えた。

「レニ、大変よ!」

 パリ郊外の隠れ家に身を寄せているレニにアイリスがその情報がもたらしたのは、6月12日のことだった。

「どうしたんだ、アイリス。そんなに大声を出してはいけないよ」
「だって、本当に大変なのよ!」
「おちついて。なにがどうしたんだい?」
「織姫が処刑されちゃうの!」
「な!?」

 さすがのレニも顔色を変える。
 ソレッタが捕まっているということは掴んでいたが、まさか処刑とは想像していなかった。

「場所は?」
「グルネルよ」

 グルネルはかつての処刑場である。

「……罠か」

 レニでなくてもそう推察できる。
 イタリアで捕まっていた筈のソレッタをわざわざパリに連れ出して処刑しようというのだ。自分達をおびき出すために間違いあるまい。

「でも、助けなきゃ!」
「そうだね」

 罠とわかっていても、ソレッタを見殺しにすることなどできない。

「いいかい、アイリス。これは僕らだけで解決するんだ。僕らのために仲間たちまで危険に巻き込むことはないからね」
「わかった」

 その日、特設された刑場には通常の警備ではありえない程のSS隊員や警察官が警備についており、厳重な警戒態勢が引かれていた。
 そして、ソレッタは後手に枷をはめられたまま、そこへと引きずり出される。

「触らないで! 自分であるけます!」

 ソレッタは、背筋をのばし、怯えるそぶりすらみせない。恐くないはずはない。ただ、名門貴族の矜持がそうさせているのだろう。
 そんな彼女を、刑場を遠巻きにした群集が単なる下衆な好奇心か、はたまたナチスへの復讐を誓うためか、その一挙手一投足を注目している。

「警備がかなり厳重だ。やっぱり罠だったんだな」

 群集に紛れたレニが、同じく群集に紛れているアイリスに小声で話かける。

「ええ。でも、絶対に助けなきゃ!」

 アイリスとレニはうなずきあうと、左右に分かれた。
 その間にも刑場では滞りなく進行していき、ソレッタは仮設された絞首台に登らされていく。

「ワタシを殺しても、なんにも変わりません! ムッソリーニにも、必ず正義の鉄槌がくだりまーす!」

 絞首台の上に登ったソレッタは、突然、群集に訴えかけた。
 もちろん、SS隊員がそんなことを許すわけがない。ソレッタの頬を平手で殴りつけ、無理矢理に中断させる。

「静かにしろ。往生際の悪いアマだ」

 中で切れたのだろう。ソレッタの口から血が流れる。
 だが、彼女は鋭い視線でそのSS隊員を睨んだ。

「早く立て!」

 まだ戦うことをやめないソレッタに、SS隊員は苛立ちを隠せない。それでも、職務は忠実にこなし、遂にはソレッタの首に縄をかけた。
 もはや、ソレッタの命運もつきた――そう思われた瞬間。

「イリス・エクスプロージョン!」

 刑場にいくつもの爆発がおこる。
 前触れの全くなかっただけに、SS隊員達に混乱が生じた。
 そして、その隙をレニは見逃さない。
 無言のまま一気に刑場に飛び出すと、手近の隊員の鳩尾に膝蹴りをいれて動きを止める。苦悶して倒れるSS隊員から銃をうばうと、ソレッタめがげて走り始めた。

「レジスタンスだ! 生きて返すな!」

 SS隊員も黙って見てはいない。敵が視認できたことで、混乱から立ち直ったSS隊員が反撃に出る。

「狙いが甘い!」

 SS隊員がもっているのは、ボルトアクションライフルであるモーゼルKar98Kだ。連射はきかないから、発射速度が遅い。レニは地形をも巧みに利用することで、射撃をかわす。
 逆にレニの射撃は正確無比。まるで狙撃兵のように一人づつ確実に倒していく。

「相手は一人だ! おちついて狙え!」

 指揮官が叫ぶが、直後、その指揮官自身が撃ち倒される始末だ。

「くそ。こうなれば!」

 ソレッタの脇についていたSS隊員は、絞首台から駆け下りた。そして、ロープを引っ張るとソレッタの足元の板が抜けるようにして観音開きになる。

「きゃぁぁぁぁ!」

 ソレッタの悲鳴。
 かくて、一巻の終わり……にはならなかった。

「なっ!?」

 ソレッタは何事もなかったかのように、そこにいる。
 いや、正確には中に浮いていた。
 驚くSS隊員の背後から、突如、女の声がする。

「織姫を殺させはしないわ!」

 SS隊員は振り向く間もなく投げ飛ばされた。
 いや、正確には一人でに転げてしまった。

「ふふん! アイリスにおまかせ!」

 そう、瞬間移動してきたアイリスが霊力でSS隊員を転がしたのだ。

「まってて、織姫!」

 かけよったアイリスはロープを切ると、自らの霊力で持ち上げていたソレッタの身体をそっと地面におろした。

「大丈夫、織姫?」
「アイリス! 助かったでーす!」

 二人が抱き合って喜ぶ。
 
「アイリス、織姫。そんなことをしている暇はない。すぐに脱出だ」

 冷静なレニの言葉に、アイリスもソレッタも我にかえる。

「よし、いきましょう!」
「富嶽三十六計逃げるにしかずでーす!」

 警備の手薄な方向へと三人は走り出した。
 すぐに追撃されるが、レニが巧みに反撃し、アイリスは霊力のバリヤーを張って対抗する。こうなるとSSといえども霊力をもたない一般人。有効な攻撃が与えられない。
 それでも数を頼みに追撃をあきらめようとはしない。

「もう、きりがないでーす!」

 ソレッタが嘆く。
 レニもなにかひっかかるものを感じていた。

(罠だろうから、用意周到だし、しつこいのもわかる。しかし、それにしては霊力に対し準備がなさすぎる……)

 と、逃げる彼らの前に、荷台にシートをかぶせた大型軍用トラックが目に入る。

「レニ、あれを奪ってにげちゃおううよ!」
「待って。様子がおかしい」

 レニはアイリスを制する。慧眼というべきだろう。
 直後、荷台にのっている荷物が震えはじめたのが、アイリスやソレッタにもわかったのだから。

「な、なんですかぁ?」

 “荷物”は急に高さを増していく。
 そして、シートを引き千切るようにして、中身が姿をあらわした。

「なに!?」

 それを確認した時、レニですら驚愕をかくせなかった。
 人型をしたジャーマングレイの機体が、そこに起き上がっていたのである。

「ドイツ軍の人型蒸気!?」
「違う!」

 アイリスの言葉をレニが鋭く否定した。
 ソレッタも無言で頷いている。
 二人には、懐かしさすら伴う見覚えがあったのだ。

「え、じゃあ、まさか……霊子甲冑!?」

 レニとソレッタは肯いた。

「……アイゼンクライトV『ケーニッヒ・クロイツ』だ」

 アイゼンクライトV『ケーニッヒ・クロイツ』はレニとソレッタが花組合流当時に乗っていたアイゼンクライトⅢ『クロイツ』の拡大発展版だ。試作のみに終わったアイゼンクライトIV『ハーケン』のあとを受けて開発が開始され、アイゼンクライトシリーズの決定版ともいっていいものだったが、あまりに高度な霊力と操縦技術が要求されることと資金難から設計完了時点で開発は中止された筈である。
 アイゼンクライトシリーズは霊子戦闘機の技術を入れたアイゼンイェーガーに進化しているが、見合うだけの冷食を発揮できればアイゼンイェーガー以上の力を出すことも可能だ。

「どーして、それがこんなとこにあるですか!」
「いや、それよりも誰が操縦しているんだ!?」

 並の霊力者でも起動することすら難しい機体だ。

「待って……この霊力の波動には覚えがあるわ……」

 アイリスは神経を研ぎ澄ます。
 そう、この霊力は……

「!!」

 はっとして顔をあげる。
 レニにはそれだけで誰が操縦しているかが理解できた。

「やはりそうか……」
「もう! やはりってどういうことですか! じらさないで教えて下さーい!」

 それに答えたのは、レニである。

「元雪組隊長ハインリヒ・フォン・マイヤー……現在の肩書きはナチス武装SS・第一SS装甲擲弾兵師団『アドルフ・ヒトラー親衛旗』師団長」

 アイリスも悲しげに肯いた。

「なんですって!」

 それでもソレッタはめげない。

「おいこらマイヤー! この裏切り者! 同じ鴨でメシを炊いた仲(注:「同じ釜のメシを食べた仲」の間違い)でしょーが。私たちを通しなさい!」

 返事はない。
 それどころが、装備している二〇ミリ多連装機関砲をソレッタ達に向ける。

「危ない!」

 レニが飛びついてソレッタを伏せさせるや否や、機関砲が火を噴いた。
 ソレッタ達を取り囲むようにして着弾の土煙があがっていく。それも、直接は怪我をさせないギリギリのところを狙ってものだ。操縦の難しいこの機体を完璧にコントロールしていることを誇示するかのようである。

「もう我慢でっきませんわぁ!」

 ソレッタは立ち上がると、霊力を練り始めた。

「クワットロ・スタジオーニ!」

 ソレッタの必殺技が炸裂する。
 ことここにいたっては、レニもアイリスもそれに乗っかるしかない。

「ラグナロック!」
「イリス・シュペール・エトワール!!」

 赤、青、黄の三色の霊気がケーニッヒ・クロイツに放たれた。しかし、ケーニッヒ・クロイツは回避運動するそぶりさえ見せない。それどころか霊気に向けて右腕を突き出すと、掌を開いた。
 そして、次の瞬間、ソレッタ達は驚愕した。
 ケーニッヒ・クロイツは腕一本で、三人の霊気を受け止めてしまったのだ。三つの霊気はそれでも前進を続けようともがくが、まるで効果がない。

「フンッ!」

 マイヤーの気合をいれる声が聞こえたような気がした。
 そして、それとともに、掌が握り締められ、霊気が四散した。 

「Oh! 一体、どうなってるですか!」
「あんなこと、お兄ちゃんだってできないわ!」

 確かに相手は霊子甲冑にのっており、こちらはのっていないというハンデがあるにせよ、今まででは考えられない。

「ケーニッヒ・クロイツの防御力は亜神並ということか」

 かつて戦った中でも、そんなに強力な敵は片手にも満たない数だ。

「その通りだレニ」

 発言が聞こえたのだろう。
 マイヤーの声がケーニッヒ・クロイツの外部スピーカーを通して響く。

「そして、それは防御力だけではない」

 ケーニッヒ・クロイツは右手にコンバット・ナイフを構えると急速に霊力を高めていく。

「あれは、パンツァー・シュツルム!!」

 霊力をナイフに集中させた上で、ナイフを突き刺し、相手の体内に直接霊気を流し込むマイヤーの必殺技だ。

「ちょっと、冗談じゃありませーん! そんなの、かすっただけでも、いえ、近くでやられただけでもふっとんじゃいまーす!」
「みんなきて! テレポートするわ!」

 アイリスの側にレニとソレッタが移動しようとするが、それよりマイヤーの行動が早い。

「パンツァー・シュツルム!」

 霊力が抽入された刃が煌く。
 その剣圧を受けただけで、おそらく致命傷となっただろう。
 しかし、それは、アイリス達にではなくケーニッヒ・クロイツの足元へと突き立てられた。そこに放出された霊力は大地を切り裂き、クレバスを走らせる。その先頭は轟音とともに、アイリス達へと達した。

「いやぁぁ!」
「きゃぁぁぁぁ!」
「しまった!」
 
 悲鳴とともに、三人はクレバスへとのみこまれる。
 それを見届け、マイヤーはナイフを引き抜くと機体から降りた。

「ふぅ」

 思わず溜息が漏れる。
 さすがにこの年になっての霊力戦闘はしんどい。
  
「ご苦労様です」

 駆け寄ってきた副官のマックス・ベンシェが水筒を差し出した。
 マイヤーはそれを一息で飲み干してしまう。

「ようやく人心地ついたな」

 そして、その頃には、警備のSSや警察も駆けつけてきた。

「回収しろ。急げ」

 警備部隊の指揮官が叫んでいる。
 アイリス、レニ、ソレッタは落下したクレバスの底で気絶しているのだ。三人を「生け捕り」にするためのマイヤーの作戦が見事に的中したのである。

「完璧ですな。オンケル・マイヤー」
「そうだな」

 ベンシェの言葉にマイヤーは肯きはしたが、表情は厳しいままであった。

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